
師匠の工房で修行を始めたのは、三十二歳のときのことだった。
これから書くのは、師匠が「室の仕事」と呼んでいた、ひとつの習わしにまつわる話である。
もともとはデザイン関係の仕事をしていた。
グラフィックの制作会社に勤めていたが、三十になるころから、漠然とした物足りなさがあった。
転職を考えていたわけでもないのに、気づいたら石川に移っていた。
縁を引き寄せたのか、引き寄せられたのかは、今もよくわからない。
師匠への弟子入りは、輪島の塗師屋に出入りしていた知人の紹介による。
師匠は七十近い老職人で、輪島塗の世界では知られた人物らしかった。
「らしかった」と書くのは、弟子入りした時点では、そういう背景を調べる気がなかったからだ。
ただ師匠の手元を一度見て、この人の仕事を間近で見たいと思った。
それだけだった。
師匠の工房は、輪島市内の古い商家を改装したものだった。
一階に作業場があり、二階には倉庫代わりの小部屋が二間ある。
作業場には師匠の作業台と、弟子用の台が一つずつ置かれていた。
棚には仕掛かりの椀や皿が並び、壁際には刷毛類や研ぎ道具が整然と収められている。
朝になると、窓から差し込む光が漆の艶に反射する。
私はしばらくそれを眺めるだけで、仕事が手につかないことがあった。
作業場の奥、板一枚を隔てた場所に、「むろ」と呼ばれる部屋があった。
漆を乾燥させるための部屋である。
漆は湿気によって固まる性質を持っていて、塗り重ねた漆を、適切な温度と湿度の中でゆっくりと固める必要がある。
職人の世界では「漆は乾く」と言わず、「漆が固まる」と表現するそうだ。
その「固まる」過程を担う部屋が、むろだった。
壁は厚く、内側には木のすのこが敷いてある。
湿度計と温度計が、二か所の壁に掛かっていた。
窓はなかった。
「あの部屋には勝手に入るな」と師匠は言った。
弟子入り初日のことだった。
工房に足を踏み入れて間もなく、師匠はむろの扉を指差して、それだけ言った。
理由は一言も言わなかった。
扉の隙間から、湿った木と漆の匂いが細く流れ出ていた。
私は少し気になった。
気になったが、初日から理由を問いただす気にもなれず、わかりましたとだけ答えて終わりにした。
乾燥室の扉と白い粉
修行が始まって三か月が過ぎたころ、師匠がむろの方向に向かって話しかけているのを初めて見た。
声は小さく、私には内容が聞き取れなかった。
師匠は作業台に背を向けた姿勢で、むろの扉のあたりを見ながら、何かを言っていた。
私が近づくと、師匠は気づいてこちらを向いた。
その顔には、特に何の表情もなかった。
独り言だったのかもしれないし、むろに向かっての言葉だったのかもしれない。
確かめなかった。
一度だけ、「誰かに話しかけているんですか」と聞いたことがある。
師匠はしばらく間を置いてから、「昔の職人に教わりながらやることがある」と言った。
それ以上のことは言わなかった。
私も聞かなかった。
師匠の仕事は確かなものだった。
漆の塗り重ね、磨き、刷毛の角度の取り方、手首の動かし方。
師匠が一つ仕事をすると、何度見直しても新しい発見があった。
私はひたすら下地の作業を繰り返しながら、師匠の手元を盗み見る日々を送った。
漆を扱う技術は、見ていれば覚えられるようなものではなかった。
刷毛の重さ、腕の角度、呼吸のタイミング。
師匠は言葉で教えることをしなかった。
「見て覚えるしかない」という言い方もしなかった。
ただ仕事をしていた。
それだけだった。
私は毎日、自分が何を覚えられているのかもわからないまま、手を動かしていた。
半年が経ち、一年が経った。
師匠は口数が少ない人だったが、仕事のこととなると違った。
刷毛の選び方、研ぎ砥石の当て方、漆の粘度の見極め方。
師匠の言葉は短く、私が理解できなければ繰り返さなかった。
それが怠慢ではないことは、師匠の目を見ればわかった。
私が自分で考えることを待っていたのだ。
そういう人だった。
むろには一度も入らなかった。
師匠は週に一、二度はむろに入っていたが、いつも一人で入り、一人で出てきた。
師匠はそれを、ただ「室の仕事」とだけ呼んだ。
むろに入るときだけ、師匠の表情は少し違うもののように見えた。
何かを緊張させているような、あるいは集中させているような顔だった。
私には正確なことはわからなかった。
左向きの刷毛
師匠が体調を崩したのは、修行二年目の秋口のことだった。
検査入院だと言っていた。
一週間もあれば戻れると師匠は言っていたが、予定より長引き、二週間が過ぎ、三週間が過ぎた。
師匠の娘さんから連絡があり、しばらくは私が工房の管理を任されることになった。
作業は続けていいが、むろだけは引き続き勝手に触るなと、娘さんを通じて伝言があった。
師匠からの言葉だということだった。
工房は静かだった。
師匠がいないと、音が違う。
空気の動き方が違う。
作業台の前に座っても、手が自然には動かなかった。
師匠のやり方を間近で見ていただけで、自分の手元がこれほど頼りなくなるとは思っていなかった。
一人で仕事をするという行為が、あれほど不安定なものだということを、その時初めて知ったような気がした。
私は師匠から任されていた椀の下地仕事を続けた。
磨きの工程に入ったところで、師匠に確認してからでないと進められないと感じ、手を止めることにした。
それから十日ほど経ったある朝のことだった。
工房に入ると、むろの扉の前に白い粉のようなものが落ちていた。
漆の研ぎ粉に似た、かすかな痕跡だった。
量はごく僅かで、粉だと断言できるほどのものでもなかった。
私は足元のそれをほうきで集めて、捨てた。
師匠は入院中で、娘さんが輪島に来た様子もない。
工房には私以外に、出入りする人間はいないはずだった。
翌朝も同じだった。扉の前に、白い粉のようなものがある。
三日目に私はむろの扉を開けた。
部屋の中は、最後に確認した状態と変わりがなかったように見えた。
棚の上に椀が並んでいる。
刷毛類が一列に並んでいる。
湿度計が壁に掛かっている。
足の裏に、すのこの湿った冷たさが伝わってきた。
ただ、刷毛の向きが変わっていた。
私が最後に確認したとき、柄は右に向けて並べていたはずだった。
それが、全て左向きになっていた。
左向きに並べ替えた記憶はない。
気づかないうちに自分でそうしたのかもしれないし、最初から左向きだったのかもしれない。
確かめる方法はなかった。
それ以降、むろには毎朝入るようにした。
変化はそれ以上なかった。
ただ、むろの中に入ると、空気がどこか違うもののように感じることがあった。
固まりかけた漆の匂いが、前日に塗った量より少し強いような気がした。
気がした、というだけで、実際に何かが増えていたわけではなかった。
むろの空気というのは、独特のものがある。
外とは温度も湿度も違うので、扉を開けた瞬間に、わずかな圧力の変化を肌に感じる。
漆の匂いが濃い。
閉じた空間だけが持つ、深い静けさがあった。
入った形跡は自分の足跡だけで、棚の椀は毎朝同じ位置に並んでいた。
ただ、ときおり、椀の表面の艶が前日より増しているような気がすることがあった。
気のせいだったのかもしれない。
室の仕事の跡
師匠の入院が一か月を超えたころ、私は棚の奥から古い手帳を見つけた。
作業帳と呼ぶべきものだった。
日付と作業内容が、細かな字で書き込まれている。
刷毛の番手、研ぎ目の細かさ、塗りの厚さ、乾燥時間。
機械的な記録だった。
中盤以降には椀ごとの工程記録があり、一点一点の仕上がりに、短い評価が添えられていた。
「右縁の研ぎ、やや浅い」「刷毛目残る、再塗り」。
仕事の記録というより、自分への注意書きに近い書き方だった。
最後のページの日付は、二十一年前だった。
書いた人物の名は、帳面の一ページ目に「坂本」とだけあった。
師匠の筆跡ではなかった。
手帳のことを師匠に確認しようとしたが、退院の見通しがまだなかった。
私は手帳を、棚の元の場所に戻しておくことにした。
師匠が退院したのは、入院から六週間が経ったころのことだった。
退院の前日、私は工房の掃除を済ませた。
師匠が戻ったらすぐに仕事ができるよう、作業台を整え、道具の状態を確認した。
最後にむろを確認しようとして、扉を開けた。
棚の上の椀が、仕上がっていた。
私が磨きを途中で止めていた椀が三点、最終工程まで完成していた。
師匠はその日まで入院中だった。
娘さんも来ていなかった。
椀の表面には、うっすらと最後の磨きの跡が残っている。
その跡の付き方は、師匠のそれとは少し違った。
もっと力を抜いた、古い型の仕事だった。
手帳に記された坂本という職人の筆の向きと、力の抜き方がよく似ている。
そう感じた、というだけで、確かめようがなかった。
私はしばらく椀を手に持ったまま立っていた。
翌朝、師匠が戻ってきた。
「師匠、むろの椀が」と私は言いかけた。
師匠はむろの扉の方を一度だけ見てから、「そうか」と言った。
それだけだった。
椀の仕上がりを確認しようとした様子もなく、師匠はそのまま作業台に向かった。
後日、棚で見つけた手帳のことを師匠に話した。
師匠はしばらく黙ってから、「坂本さんという職人がいた」と言った。
二十年以上前にこの工房で仕事をしていた人で、腕は確かだったが、若いうちに亡くなったのだという。
詳しいことは話さなかった。
「今もここにいるんですか」と私は聞いた。
師匠は少し考えてから、「さあ」と答えた。
「いなくなったとも言えないし、いるとも言えない。室の仕事は、室に任せておけばいい」と、それだけ言った。
それ以来、師匠はむろに入るとき、必ず私を連れていくようになった。
そして扉を開ける前に、「先に入っていますよ」と小声で扉に向かって言った。
誰に言っているのかは、私には確認できなかった。
あれから二年が経つ。
今でも工房にいると、むろの扉の向こうからかすかな音がすることがある。ぴたりぴたりと、刷毛が椀の縁を撫でるような音だ。
翌朝確認すると、昨日より少しだけ仕上がった椀が棚に並んでいることがある。
師匠の仕事なのかもしれない。
あるいはそうでないのかもしれない。
私にはわからない。
ただ、師匠は今年の春から施設に移り、工房には来ていない。
それでも音はする。
今夜もきっと、誰かの手が、静かに室の仕事を続けているのだろう。