ほそりさまは袖から入る
崖線の芋穴を改装した焙煎所を取材した冬、店主は毎朝、床を横切る乾いた粉の筋を掃いていた。隣の老女は言う。ほそりさまは袖から入る。店主が冬至の晩に奥の穴を撮った三…
崖線の芋穴を改装した焙煎所を取材した冬、店主は毎朝、床を横切る乾いた粉の筋を掃いていた。隣の老女は言う。ほそりさまは袖から入る。店主が冬至の晩に奥の穴を撮った三…
記録的な渇水で、ダム湖の底から沈んだはずの旧道が現れた。護岸の点検に入った私は、泥から突き出た古い杭を数え、その本数を記録の余白に書き込んだ。地元で湖底の帳面と…
去年の11月、県の北端にある神無の谷へ古書の出張買取に入った。奥座敷へ通される前に、この部屋では人の名を呼ばないでくださいと言われた。祠の土台にあった桐の名箱は…
去年の4月から、5歳まで暮らした旧道沿いの町が担当になった。夕方5時の音楽が折り返すと、右手の指の間だけが濡れる。玄関の右端はいつも湿っていて、そこだけ乾かない…
ロープアクセスの現場で、ロープは二本と決まっている。それなのに上で私を見ている相方だけが、代わる代わる三本目のロープを見たと言って現場を離れていった。私には一度…
地下二十二メートルの立坑の底で、巻尺の目盛りが送られるような乾いた音が日ごとに数を増していった。掘り当てた古い石組みは止め井戸と呼ばれ、水を張って何かを留めてお…
四国の山あいの紙漉きの谷に嫁いだ私が見た、影の水とウツシサマにまつわる怖い話。日が抜けた後に漉いた紙には顔が浮く。障子を貼り替えた晩から、左利きの義妹の箸は右の…
昭和五十七年、国鉄の保線区で私が受け持った十四キロには用地境界の柵があり、その外側だけ草が伸びなかった怖い話。刈る者はいない。境界杭の外に残る内向きの素足の跡と…
平成六年の秋、山陰の港町で私は拓本を採っていた。堂の壁には墨を二百年重ねた黒い板があり、堂守は拓本だけはいかんと言う。その禁を破った夜の怖い話。紙に白く抜けて出…
昭和三十四年、九州の炭鉱町で札場の番をしていた私が六十年黙っていた怖い話。坑内へ降りた者の数を木札で数える板壁に、番号のない釘が一本だけあった。数が合わない夜、…
二百年続いた変化朝顔の選抜を代行した夏の怖い話。平成八年、遠州の旧家では毎年数百株を蒔き、一株だけを残して残りを畑の隅の捨て地に返していた。抜くときは一声かける…
買い取った蔵書から抜いたはずの古書の紙片が、翌朝また同じ頁に挟まっている。鉛筆の数字は、私が抜いた回数と同じだけ減っていった。四分遅れの柱時計と、いないはずの人…
昭和二十六年の上州の山あいにあった製糸場で検番をしていた女性が語る怖い話。その日の糸は工場で切ってはならず、夕方に蛹塚まで運んで切り口を土に返す作法があった。機…
昭和三十九年の夏、東京の場末で映画看板を描いていた私に起きた怖い話。下絵に見覚えのない顔が混じり、白く塗り潰すたび、その顔の人が町から姿を消していく。旅一座の書…
昭和五十八年の秋、美濃の山あいで板場三年目だった私が兄弟子と山の在へ膳を運んだ怖い話です。谷を挟んだ二つの在は互いを鏡と呼び、片方が水の下に沈んだあとも向かい膳…
昭和六十三年の秋、瀬戸内の無人島の石切場跡で記録調査に加わった写真係の怖い話です。城へ渡らぬまま残された石には宛名の刻紋が彫られたまま、平場には水の溜まらない筋…
平成十二年の冬、東北の山奥の湯治宿で湯守をしていた男が語る怖い話。引いてはならないと言われた留め湯が業者に持ち出された朝から、源泉の温度計も脱衣所の鏡も深夜の廊…
昭和二十八年の秋、種屋のわたしは四国の在で砂糖しめ小屋を一晩借り、立冬の夜に一人で釜を焚いた。この在では火を借りるとき必ず名を言う。その教えを忘れた晩から、甘い…
深夜の品出しのアルバイトで、俺と先輩は同じ紺のエプロンを着て、地下に残る旧魚市場の氷室へ降りた。だが石段を上がってきたのは一人だけだった。顔を笠で隠し名前も呼ば…
駅の地下二階にある遺失物取扱所を舞台にした怖い話。どの駅からも届いていない番号札のない鼠色の包みに、彫られた名前が毎日入れ替わる真鍮の札が入っていた。規定どおり…
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