戻り叩きと五十二段の石段

覗き穴の向こう

平成七年の、大晦日の晩です。

私は十九で、広島の尾道に下宿していました。

浜本荘という、六部屋しかないアパートです。

もとは旅館の別館だったと聞いていました。

山の斜面にへばりつくように建っています。

玄関まで、石段を上らなければ着きません。

その晩、私は部屋で年越しの番組を見ていました。

大掃除も終えて、こたつに足を入れていました。

十時過ぎに、電話が鳴りました。

バイト先の先輩の、谷本さんでした。

「いま上がったけえ、そっち行ってええ」

「ええですよ」

「十五分で着く」

電話を切って、私はお湯を沸かしました。

十五分ほどして、戸が叩かれました。

ドン、ドン、ドン、ドン。

四回でした。

私は、覗き穴に目を当てました。

覗き穴の向こうには、誰もいませんでした。

四回ずつ

谷本さんは、そういう人です。

隠れて驚かせようとしているのだと思いました。

「先輩、見えとりますよ」

返事はありません。

ドン、ドン、ドン、ドン。

また四回です。

間を置いて、また四回。

ずっと四回でした。

強くも弱くもない、同じ強さです。

私は、少しずつ落ち着かなくなりました。

驚かせるつもりなら、ふつうは変化をつけます。

この音には、機嫌がありませんでした。

「開けますよ」

そう言って、私は鍵に手をかけました。

そのとき、電話が鳴りました。

「開けちゃいけん」

受話器を取りました。

谷本さんでした。

「もしもし。いま開けますけえ、そんなに叩かんで」

そこで、声が変わりました。

「開けちゃいけん」

息が上がっていました。

「先輩、どこにおるんですか」

「石段の下におる」

私は、受話器を握ったまま、動けなくなりました。

谷本さんは、まだ着いていなかったのです。

「いま、あんたのアパートの石段を、四つ足で上がっとるんよ」

それが、女なのか何なのかは、言いませんでした。

ただ、四つ足だとだけ言いました。

ドン、ドン、ドン、ドン。

戸は、まだ叩かれていました。

その晩、私は開けませんでした

私は、戸から離れました。

電話を切らずに、そのまま座り込みました。

谷本さんも、電話を切りませんでした。

お互い、ほとんど何も話しませんでした。

ときどき、谷本さんが「まだおる」と言いました。

音が止んだのは、たぶん十二時を回った頃です。

止んだ、というより、なくなりました。

戸の向こうの気配が、薄くなった感じです。

そのあいだ、テレビはずっと点いていました。

年越しの番組の音が、やけに遠く聞こえました。

私は、こたつのコードを握っていました。

握っていた指の跡が、しばらく消えませんでした。

最後の一回が、途中で切れたような終わり方でした。

四回そろわずに、三回で終わったのです。

谷本さんが部屋に来たのは、その十分後でした。

顔が、真っ白でした。

坂の町の暮らし

尾道の斜面地に住んだことのない方には、少し説明が要ると思います。

山が海のすぐそばまで迫っています。

家は、その斜面に段々に建っています。

道路は、下の通りまでしか来ません。

そこから上は、細い石段と路地だけです。

自転車は使えません。

買い物は、両手にぶら下げて上ります。

灯油のポリタンクを運ぶ日が、いちばん憂鬱でした。

路地には、猫がたくさんいます。

日中は、どこの家の塀にも寝ています。

浜本荘は、その斜面の中ほどにありました。

木造二階建てで、外壁は板張りです。

部屋は四畳半に小さな台所がついた造りでした。

家賃は、月に一万八千円です。

窓から、向島と、そのあいだの水道が見えました。

夜になると、造船所の灯りが水面に伸びます。

私は、その眺めが好きで、あのアパートを選びました。

住みはじめてから気づいたこと

いま思えば、前触れはありました。

入居したのは、その年の四月です。

五月の終わり頃から、夜に足音が聞こえるようになりました。

石段を上ってくる音です。

途中で、必ず止まります。

下りていく音は、しません。

はじめは、酔った人が休んでいるのだと思っていました。

夏になって、洗濯物のことに気づきました。

二階の廊下の端に、物干しがあります。

朝、干した順番が入れ替わっていることがありました。

取られてはいません。

裏返ってもいません。

ただ、並びが違うのです。

隣の部屋は、辻本くんという同じ大学の子でした。

一度、廊下で立ち話をしたときに、訊いてみました。

「夜、階段の音せん」

「するよ」

「途中で止まるよね」

辻本くんは、少し困った顔をしました。

「止まるところ、決まっとるじゃろ」

私は、答えられませんでした。

そこまでは、数えていなかったからです。

辻本くんは、それ以上は言いませんでした。

戻り叩き

年が明けて、私は大家さんの家へ行きました。

伊予田さんという、七十くらいの方です。

坂の途中の、古い平屋に住んでいました。

私が話すのを、最後まで黙って聞いていました。

それから、こう言いました。

「あんた、戻り叩きを知らんかったんじゃね」

聞いたことのない言葉でした。

この坂の家は、大晦日の晩だけ、戸を内から四つ叩いてから閉めるのだそうです。

叩いて、それから閉める。

順番が決まっています。

「叩かれたら、返して叩く」

伊予田さんは、そう言いました。

「返さんうちは、開けん」

私は、返していませんでした。

叩き返さないうちは、戸を開けてはいけないのでした。

「開けとったら、どうなるんですか」

伊予田さんは、答えませんでした。

湯呑みを置いて、話を変えました。

五十一段と五十二段

その日の帰り、私は石段を数えました。

下から上まで、五十二段ありました。

次の日、また数えました。

五十一段でした。

数え間違いだと思って、三度数えました。

五十一です。

その次の日は、五十二でした。

週に何度か、入れ替わります。

規則性は、見つけられませんでした。

伊予田さんの帳面には、五十一段と書いてありました。

市の台帳でも、五十一段だそうです。

私が数えて五十二になる日は、どこかに一段、多いことになります。

どこが増えているのかは、わかりませんでした。

数えている最中は、増えたところに気づかないのです。

上りきってから、合わないと気づきます。

止まる段を数えました

辻本くんに言われてから、私は足音の止まる場所を確かめるようになりました。

音が聞こえたら、布団の中で数えます。

一段ごとに、間があります。

だいたい、一秒に一段です。

三十七で止まる晩がありました。

四十四で止まる晩もありました。

ばらばらだと思っていました。

ところが、ノートに書き出してみて、気づきました。

止まる段の数を足すと、必ず五十二になるのです。

三十七で止まった晩は、その一時間後に、十五段ぶんの音がしました。

四十四の晩は、あとから八段です。

一晩で、必ず上りきっています。

途中で止まっているのではありません。

休んでいるのです。

そして、五十一ではなく、五十二でした。

市の台帳にない一段を、数に入れて上っています。

私は、それに気づいてから、夜中に数えるのをやめました。

やめても、音は続きました。

谷本さんが見たもの

あの晩のことを、谷本さんが話してくれたのは、二月に入ってからです。

駅前の喫茶店でした。

「言うたら、あんたが住めんようになると思うて」

そう前置きをしてから、話しはじめました。

谷本さんは、下の通りに原付を停めたそうです。

そこから石段を見上げました。

浜本荘の玄関の電球は、いつも点いています。

その光の中に、何かが動いていました。

「上のほうじゃったよ。もう、あと十段くらい」

手と膝をついていたそうです。

「人の形はしとった」

ただ、上る速さが、人ではありませんでした。

一段ずつではなく、一段のところで何度も手を出していたといいます。

「同じ段を、なんべんも触っとった」

数えているように見えた、と谷本さんは言いました。

そして、私の部屋の戸を叩く音が、下まで届いていたそうです。

「叩いとるもんは、上におった」

「じゃあ、階段のは」

「別じゃろ」

私は、そのとき初めて、二つあったのだと知りました。

柱の刻み

三月に、部屋の畳を替えることになりました。

畳屋さんが来て、家具をどけました。

そのとき、玄関の内側の柱に、細い刻みがあるのを見つけました。

横に一本ずつ、短い線です。

鑿ではなく、小刀で付けたような跡でした。

私は、隣の部屋の人に頼んで、見せてもらいました。

隣も、同じ場所に刻みがありました。

四本です。

その隣も、四本でした。

六部屋のうち、五部屋が四本です。

私の部屋の柱にだけ、刻みが八つありました。

上がり口は二つあった

伊予田さんに、刻みのことを訊きました。

そのとき初めて、旅館だった頃の見取図を見せてもらいました。

昭和三十年代のものです。

紙が茶色くなって、折り目が切れかけていました。

建物の下のほうに、注記がありました。

「上がり口 二」

いま、浜本荘の上がり口は一つです。

石段を上って、玄関へ入る。それだけです。

もう一つは、山側にあったそうです。

裏の斜面から、直接あがれる木の階段でした。

昭和四十年代の土砂崩れで、埋まりました。

そのまま、直していません。

「上がり口が減ったら、どうなるんですか」

伊予田さんは、しばらく黙ってから言いました。

「減らんのよ」

「でも、埋まったんですよね」

「埋まっても、減らんのよ」

私の部屋は、埋まった階段のちょうど上でした。

窓を開けて下を覗くと、笹が生い茂っています。

その下に、埋まった段があるはずでした。

私は、一度だけ、その笹をかき分けて下りたことがあります。

一メートルほど下に、石の角が出ていました。

手のひらで、土をどけました。

三段まで出したところで、やめました。

それ以上は、掘ってはいけない気がしたのです。

辻本くんが出ていった日

年が明けて、一月の半ばに、辻本くんが引っ越しました。

急な話でした。

後期の試験の前です。

荷物を運び出す日に、廊下で会いました。

「もう帰るん」

「実家から通う」

三原からでは、片道一時間半かかります。

私は、理由を訊きませんでした。

辻本くんのほうから、こう言いました。

「三十一日、叩かれた」

「うちも」

「返した」

私は、驚いて顔を上げました。

「知っとったん」

「じいちゃんが、この町の人じゃけえ」

返したのに出ていくのか、と訊きました。

辻本くんは、荷物を持ち上げながら答えました。

「返したら、来年も来るじゃろ」

それだけ言って、石段を下りていきました。

宿帳の一行

伊予田さんは、旅館の頃の宿帳も持っていました。

大学ノートを綴じたような、粗末なものです。

十二月の頁を繰ってもらいました。

毎年、三十一日の欄に、同じ一行があります。

「戸叩き 返し 済」

昭和三十四年から、途切れずに続いていました。

字は、代々変わります。

先代の女将から、伊予田さんへ。

そして、平成三年で終わっていました。

旅館をやめて、アパートにした年です。

「もう、書かんようになったんですか」

「書く者がおらんようになった」

アパートの住人は、みんなよそから来た学生です。

戻り叩きを知りません。

知らない者が住むと、どうなるか。

伊予田さんは、そこで初めて、はっきり言いました。

「知らん部屋から、順に叩かれる」

三回で終わった意味

私は、あの晩の終わり方を思い出しました。

最後の一回が、四回そろわなかったことです。

三回で切れました。

谷本さんは、そのとき石段の下にいました。

電話をしながら、無意識に段を数えていたそうです。

「一、二、三って、口に出しとった」

あとで、そう言っていました。

怖くて、数えるしかなかったのだといいます。

伊予田さんの話では、四つ足で上がってくるものには、段の数を数えさせてはいけないのだそうです。

数え終える前に戸が開けば、そこが上がり口になる。

逆に言えば、数え直させれば、上がりきれません。

谷本さんが下から数えたことで、数が合わなくなったのだと思います。

あの晩、石段が五十二段だったのか、五十一段だったのか。

それは、いまも確かめようがありません。

八つの刻みが意味していたこと

柱の刻みのことも、伊予田さんが教えてくれました。

四本は、その部屋が受け持つ叩きの数です。

戻り叩きを四回する。だから四本。

私の部屋だけ、八本ありました。

埋まった上がり口の分を、上にある部屋が引き受けていたのです。

「あんたの部屋は、二軒ぶんじゃ」

そう言われました。

知らずに、私は一年近く、そこに住んでいました。

大晦日に、一度も叩き返さないまま。

私は、その春に引っ越しました。

伊予田さんは、止めませんでした。

ただ、出ていく日に、こう言いました。

「よそへ行っても、大晦日は叩きんさい」

伊予田さんは、その三年後に施設へ入りました。

お見舞いに行ったとき、宿帳のことを訊きました。

もう手元にはない、と言われました。

「燃やした」

「なんでですか」

「書いてある年より、書いてない年のほうが多うなったけえ」

その言い方が、どういう意味なのか、私にはわかりませんでした。

いまも、わかりません。

いまも叩いています

浜本荘は、平成の終わりに取り壊されました。

いま、あの場所は空き地です。

石段だけが残っています。

去年の夏、久しぶりに尾道へ行って、数えました。

五十二段でした。

建物がなくなっても、段は減っていません。

私は、いま広島市のマンションに住んでいます。

大晦日の晩は、必ず玄関の内側を四回叩いてから、鍵をかけます。

家族には、実家の風習だと説明してあります。

叩くと、返ってくることがあります。

いつもではありません。

三年に一度か、二度です。

はじめの頃は、叩いてから、しばらく間がありました。

五秒か、十秒か。

それが、少しずつ短くなっています。

去年は、私が四回目を叩き終わる前に、返ってきました。

三回目と四回目のあいだに、割り込むように鳴りました。

私は、四回目を叩けませんでした。

今年、どう叩けばいいのかを、考えています。

伊予田さんに訊けば、答えを知っていたと思います。

返ってくる音が、年々、早くなっています。

坂を上ってくるものの話は坂を駆け上がるものに、段を上り下りするものの話は非常階段にも書いています。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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