無記と呼ばれた桐の名箱
去年の11月、県の北端にある神無の谷へ古書の出張買取に入った。奥座敷へ通される前に、この部屋では人の名を呼ばないでくださいと言われた。祠の土台にあった桐の名箱は…
最初は意味がわからない。でも意味が分かった瞬間、背筋に冷たいものが走る——意味がわかると怖い話(意味怖)をまとめました。考えながら読むホラーをどうぞ。
去年の11月、県の北端にある神無の谷へ古書の出張買取に入った。奥座敷へ通される前に、この部屋では人の名を呼ばないでくださいと言われた。祠の土台にあった桐の名箱は…
深夜2時57分から3時までの三分間は、番組表の上では何も入っていません。コミュニティFMの当直に入った私は、その三分の確認用録音にだけ低い声が入っていることに気…
洲影の郵便局の裏には、配らない葉書を入れる留め置き棚がある。入るのは消印の日付が翌日になっている葉書だけで、切手は貼られていない。宛名はいつも浜通りの十一軒。先…
ロープアクセスの現場で、ロープは二本と決まっている。それなのに上で私を見ている相方だけが、代わる代わる三本目のロープを見たと言って現場を離れていった。私には一度…
向渡へ渡る短い橋が架け替えになり、看板屋の私は親柱の写しを引き受けた。石の欠けまで写せたのに、根元のもやい輪だけが新しい柱に付かなかった。工房に預かった輪には、…
湾岸の物流倉庫の四階、E通路の突き当たりに、床を四角く抜いて据えられた丸い石がある。動かせなかったのだと先輩は言い、その前では決して口をきかなかった。ある晩、私…
国道沿いのリユース店の奥に、白い値札のついた41点が並んでいた。金も銀も時計も、値のつかない品などない店で、その棚だけが例外だった。先代が守り続けた決まりを、私…
昭和五十七年、国鉄の保線区で私が受け持った十四キロには用地境界の柵があり、その外側だけ草が伸びなかった怖い話。刈る者はいない。境界杭の外に残る内向きの素足の跡と…
平成六年の秋、山陰の港町で私は拓本を採っていた。堂の壁には墨を二百年重ねた黒い板があり、堂守は拓本だけはいかんと言う。その禁を破った夜の怖い話。紙に白く抜けて出…
二百年続いた変化朝顔の選抜を代行した夏の怖い話。平成八年、遠州の旧家では毎年数百株を蒔き、一株だけを残して残りを畑の隅の捨て地に返していた。抜くときは一声かける…
平成八年の秋、越後の谷にある十一戸の在で、私はどの家の薬箱の底にも同じ白い包みを見つけた。開けた者は八十年ひとりもいないという。分析のため一つ持ち帰ると、包みは…
買い取った蔵書から抜いたはずの古書の紙片が、翌朝また同じ頁に挟まっている。鉛筆の数字は、私が抜いた回数と同じだけ減っていった。四分遅れの柱時計と、いないはずの人…
神田の古書店に、同じ一冊が三度持ち込まれた。臙脂の布装、貼られた貸出票、十七の罫のうち十三の行だけが白い。借りた覚えのない本の、その行に自分の字があった日から、…
平成十二年の冬、奥会津の在に預けられた十四歳の私は、雪が積もらない湯屋の跡へ連れて行かれた。傷を引き取る湯にまつわる怖い話。叔父が足を負い従兄弟と二人で残った晩…
埼玉北部の分譲地に建つ空き家の錠を、私は錠前技師として二日がかりで十一箇所すべて交換した。前の持ち主は施設へ移るとき、鍵を一本だけ持って行ったという。作業を終え…
昭和四十二年、越中の常願寺川で堤を下げる工事があり、私は曳き家の職人として蓑輪という在の十一戸を建ったまま動かした。更地には畳の目が乾いたまま残り、曳いた先の家…
昭和四十四年の日向の山あいで飯場の賄いをしていた私は、夜神楽の晩に番付のない三十四枚目の面が舞われるのを見た。田舎の怖い話として残る椎ノ迫の留の正体と、握り飯が…
深夜の品出しのアルバイトで、俺と先輩は同じ紺のエプロンを着て、地下に残る旧魚市場の氷室へ降りた。だが石段を上がってきたのは一人だけだった。顔を笠で隠し名前も呼ば…
駅の地下二階にある遺失物取扱所を舞台にした怖い話。どの駅からも届いていない番号札のない鼠色の包みに、彫られた名前が毎日入れ替わる真鍮の札が入っていた。規定どおり…
平成五年、大学図書館の地下二階の資料保存室で、私は県北の旧家から寄贈された古い蔵書を繕っていた。虫が食って欠けた文字は、規定どおり推定で墨で補う。やがて誰にも貸…
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