消えた京都の路地
存在しないはずの京都の路地が、雨の日に一度だけ口を開ける。蔵書目録を編む仕事をしていた私が、平成三年の西陣で見つけた一冊の細見図。その見返しには、どの地図にも載…
存在しないはずの京都の路地が、雨の日に一度だけ口を開ける。蔵書目録を編む仕事をしていた私が、平成三年の西陣で見つけた一冊の細見図。その見返しには、どの地図にも載…
昭和四十三年の夏の終わり、蜂を追って分水嶺を越えた養蜂家が迷い込んだのは、菜の花と藤と蕎麦が同時に咲く谷だった。異世界に行った話として書き残しておく。灰色の蜜は…
恩師の生まれ育った谷へ、やり残した測量の杭を打ちに向かった技師。凪の刻に迷い込んだのは、言葉も文字も通じない、少しだけずれた土地だった。毎日打たれる薄青い注射、…
ダムに沈む谷の底、朽ちた坑道の奥に、赤茶けた巨大な鉄の輪が縦に据えられていた。霧のいちばん濃い晩、肝だめしにその輪をくぐった先で、私は名前も、顔も、生まれた国さ…
昭和の初め、峠の脇道に立ちこめる紫の靄に誘われ、私は地図にない盆地の村へ迷い込んだ。松明を掲げ入り者を探す村人、季節外れに穂を垂れる棚田、止まった懐中時計。異世…
夜勤終わりに自転車で走っていたはずの国道が、雪の中で消えた。異世界に迷い込んだようなあの不思議な体験は、今も説明することができない。…
出張帰りに最終新幹線を逃し、群馬のローカル駅で夜を明かそうとした夜、行き先表示に『終点』とだけ書かれたバスがやって来た。乗り込んだ私が降りた先は、亡くなったはず…
残業帰り、いつものコンビニで買い物をして外に出たら、見知らぬ街になっていた。ドアは開かず、車も人もなく、細部がどこかちがう街を歩いた夜の話。…
閉店後の大型ショッピングモールで清掃パートをしていた私は、ある夜、三階の廊下で見知らぬ店舗と、あるはずのない窓と、白昼の景色を見た。同僚には十五分行方不明だった…
卒業旅行中に山中の霧で道に迷い、夏祭りの集落に迷い込んだ。誰も汗をかかず、全員が同じ笑顔。気がつくと十二日間の記憶が丸ごと消えていた。…
残業帰りの終電でうとうとした私が降りたのは、地図に存在しない駅だった。ホームには私以外に三人。全員が同じ方向を向いて立っていた。…
帰省した実家の裏山に踏み込んだら、地図にない古い集落と神社があった。廃村のはずなのに、洗濯物が干してあり、煙の匂いがした。拝殿の前に立つ何かを見た俺は、石段を上…
帰省の夜行バスで目を覚ましたら、見知らぬバスターミナルにいた。誰もいない深夜の乗り場に、作業服の男が一人だけいた。「ここは少し早く着いてる」と男は言った。…
深夜に外の音が気になって非常階段に出たら、下に降りても降りても出口が見つからなかった。そこに現れた作業服の男が「ここは少し余分に続いてる」と言った。…
終電前の地下通路を歩いていたら、いつの間にか同じ場所をぐるぐると歩き続けていた。そこに現れた作業服の男が言った。「ここは少し、ずれてるんだよ」…
仕事帰りに寄った商店街のアーケード。いつもは通り過ぎる場所に、見覚えのない古い文具店があった。翌日、その場所には壁しかなかった。…
出張帰りに終電を逃した俺の前に、時刻表にない列車が滑り込んできた。車内には誰もおらず、窓の外には見たことのない駅名が次々と流れていく——不思議な異世界体験談。…
会津の谷を走る夜の列車で目を覚ますと、駅名標のない板だけのホームに停まっていました。翌朝、定期券には、この線のどこにも存在しない形の鋏の痕がもう一つだけ増えてい…
那須野が原の写真館を継いだ年、疏水の改修を撮ったフィルムのコマ番号がひとつだけ飛んでいました。景色がつながるように並べ直した晩、庭の外にあったのは石積みの水路と…
霧の晩、島へ帰る最終の連絡船が、灯の入らない桟橋に着きました。乗客は全員そこで降り、私の腕時計だけが止まっていました。舫い綱をめぐる島の古い作法と、それから三十…