
あれは去年の11月、山形への出張の帰りだった。
商談が長引き、取引先の担当者と駅前の居酒屋で軽く飲んだのが間違いだった。気がつけば23時を過ぎていて、新幹線の最終はとっくに行ってしまっていた。
仕方なく在来線で何とか仙台まで出て、そこからネットカフェにでも泊まろうと思った。
だが在来線の終電も微妙な時間で、乗り換えの駅で降りたところで完全に足止めを食らった。
駅名は覚えている。けれど、ここには書かないでおく。理由は最後にわかる。
※
地方の小さな駅だった。改札は無人で、待合室にはプラスチックの長椅子が4脚あるだけだった。
11月の東北は夜になると冷え込む。コートの襟を立てて、スマホで近くのホテルを探したが、徒歩圏内にはなかった。タクシー会社に電話しても繋がらない。
諦めて始発を待つことにした。あと5時間。長い夜だ。
待合室の蛍光灯がジジ、と小さな音を立てて瞬いた。
※
うとうとしかけた頃、ホームの方から微かに音が聞こえた。
レールの軋む音。列車が近づいてくる気配。
時計を見ると0時47分だった。終電はとっくに終わっている。回送列車か何かだろうと思い、なんとなくホームに出てみた。
列車が滑り込んできた。
2両編成の古い車両だった。塗装が深い緑色で、窓枠が木製に見えた。今時こんな車両が走っているのかと不思議に思ったが、それ以上に気になったのはドアが開いたことだった。
回送なら客扱いはしないはずだ。
車内を覗くと、誰も乗っていなかった。座席はモケット張りの古いタイプで、照明は暖色の白熱灯のような柔らかい光だった。暖房が効いているのか、ドアの隙間からほんのり温かい空気が漂ってきた。
0時47分の、時刻表にない列車。誰も乗っていない。ドアは開いている。
普通なら乗らない。乗るべきじゃない。そんなことは分かっていた。
だけど、あの時の俺はどうかしていたんだと思う。寒さと疲労と酒の残りで判断力が鈍っていた。気がつけば乗り込んでいた。
※
ドアが閉まり、列車は静かに動き出した。
加速は穏やかだった。線路のジョイントを踏む規則正しいリズムが、妙に心地よかった。
窓の外は真っ暗で、時折遠くに民家の灯りらしきものが点々と見えるだけだった。
10分ほど走った頃、列車が減速し始めた。駅に停まるようだった。
ホームに滑り込み、窓から駅名標を見た。
読めなかった。
正確に言うと、文字は見えるのだが、意味として頭に入ってこない。ひらがなで4文字か5文字書いてあるのに、何度見ても読めない。目が滑るというのだろうか。焦点が合わないのとも違う。文字が、文字として認識できなかった。
背筋に冷たいものが走った。
降りようと思った。すぐにドアの前に立った。
だがドアは開かなかった。
ボタンもない。手で抉じ開けようとしたが、びくともしない。
列車はまた動き出した。
※
次の駅も、その次の駅も、駅名が読めなかった。そしてどの駅でもドアは開かなかった。
車内をくまなく歩いた。運転席を覗こうとしたが、仕切りのガラスが不透明で中が見えなかった。
非常用のコックらしきものも見当たらない。
スマホを見た。電波はゼロ。時計の表示は0時47分のまま動いていなかった。
座席に座り直して、窓の外を見つめ続けた。もう景色は完全な闇だった。民家の灯りすら見えない。
ただ、月だけがやけに大きかった。見たこともないくらい大きな月が、低い位置にかかっていた。色は淡い橙色で、表面の模様がいつも見る月とは違う気がした。
嘘だろ、と声に出して呟いた。
※
何度目かの駅に停まった時、ホームに人影が見えた。
背の低い老人だった。駅のベンチに座っている。
俺は窓を叩いた。声を上げた。老人はゆっくりとこちらを向いた。
穏やかな顔だった。にこりと笑って、手を振った。
それから口を動かした。声は聞こえなかったが、唇の動きで何を言っているか分かった気がした。
「乗っちゃ駄目だよ」
分かってる。分かってるけど、もう乗ってしまったんだ。
列車が動き出し、老人の姿が遠ざかっていった。
※
どのくらい走っただろう。体感では2時間か3時間だが、スマホの時計は相変わらず0時47分だった。
眠気が限界に来ていた。このまま寝てしまったらどうなるのか。もっと遠くに連れて行かれるのか。それとも——
意識が途切れた。
※
ガタン、という大きな揺れで目が覚めた。
列車が停まっていた。ドアが開いている。
反射的に飛び出した。ホームに足がついた瞬間、背後でドアが閉まり、列車はするすると闇の中に消えていった。
振り返ると、そこは最初に乗った駅だった。
同じプラスチックの長椅子。同じ蛍光灯。同じ無人の改札。
スマホを見た。時計が動いていた。5時12分。電波も復活している。
始発まであと30分ほどだった。
※
翌日、東京に戻ってからあの路線のことを調べた。
あの駅から先、列車が停まったどの駅名も、路線図には存在しなかった。それは当たり前だ。読めなかったのだから照合のしようもない。
だが一つだけ、気になることがあった。
あの路線の歴史を調べていくと、昭和40年代にいくつかの駅が廃止されていた。そしてその中の一つに、かつて「深夜に回送でない列車が通過する」という噂があったらしい。地元の古い掲示板の過去ログに、一件だけそんな書き込みが残っていた。
書き込みの日付は2003年。内容はこうだった。
「乗った。降りられた。でも関口さんは降りられなかった」
それ以降、そのスレッドには何も書き込まれていなかった。
俺はその駅名をここには書かない。万が一、誰かがあの列車に乗ってしまったら困るからだ。
俺は降りられた。でも、次に乗った人が降りられるとは限らない。