入口のない離れの鏡台

薄明かりの海辺の茶屋

これは、四十年近く前に私が関わった、ある港町の話だ。

今でもその土地では、口にしてはいけない怖い話として、わずかに語り継がれているはずだ。

当時の私は、文化財調査の補助員をしていた。

古い家屋が取り壊される前に、建具や民具、土蔵に眠る帳面を記録して回るのが仕事だった。

昭和の終わり頃のことである。

その秋、私は北陸の小さな半島へ向かった。

海へ向かって細く突き出した土地で、集落は断崖の上にしがみつくように建っていた。

波の音が、どの家の奥座敷までも染み込んでくるような場所だった。

駅から先は、一日に二本のバスしかなかった。

細い海沿いの道を、バスは喘ぐように上っていった。

窓の外には、灰色の海と、傾いだ墓石のような岩礁ばかりが続いた。

終点で降りたのは、私一人だった。

潮と、海藻の腐ったような匂いが、鼻の奥にまとわりついた。

集落には、人の姿がほとんどなかった。

軒の低い家々が、互いに身を寄せ合うように建っているだけだった。

調査の対象は、かつて廻船問屋を営んでいたという旧家だった。

屋号を「網元の本家」と呼ばれ、土地ではいちばん古い家だという。

最後の住人は、八十をいくつか超えた老女だった。

近く施設へ移ることが決まり、家は更地にされる予定だった。

その前に、古い建具と文書を記録してほしいというのが、私への依頼だった。

初めて訪ねた日のことを、今もよく覚えている。

母屋は黒く沈んだ木造で、太い梁が低く渡されていた。

老女は囲炉裏端に座ったまま、私を静かに見上げた。

挨拶を済ませると、孫娘だという女性を紹介された。

沙也さん、と名乗った。

二十歳を少し過ぎたくらいで、半年前まで東京で暮らしていたという。

祖母の世話のために戻ってきたばかりで、この土地のことはほとんど知らないと笑った。

明るく、よく気のつく人だった。

記録のあいだ、私の助手をしてくれることになった。

作業の合間に、沙也さんは東京での暮らしを、ぽつりぽつりと話してくれた。

服飾の学校に通い、小さな会社で働いていたという。

祖母が一人では暮らせなくなったと聞いて、迷わず戻ってきたのだと笑った。

「この海を見てると、東京のことなんて、遠い夢みたいで」

彼女は、潮の匂いのする風を、胸いっぱいに吸い込んでいた。

その横顔は、まだ何も知らない人のものだった。

今になって思えば、私はあのとき、もっと彼女と話しているべきだったのだ。

母屋の調査は順調に進んだ。

古い船箪笥、海上安全を祈った木札、潮の満ち引きを書き留めた帳面。

どれも、この家が海とともに生きてきた証だった。

老女は、求めれば家の来歴を少しずつ語ってくれた。

この家は、江戸の頃から続く廻船問屋だったという。

北前船の寄る港として、かつてはずいぶん栄えたらしい。

蔵には、遠い土地の焼き物や反物が、今も眠っていた。

「栄えた家ほどな、人には言えんものを、抱えとるんよ」

老女はそう言って、囲炉裏の火を見つめた。

そのときの言葉の意味を、私はまだ何も分かっていなかった。

三日目の昼過ぎ、私は敷地の奥に妙なものを見つけた。

母屋から渡り廊下を抜けた先、裏庭のいちばん奥に、小さな離れが建っていた。

板壁は黒ずみ、屋根は苔に覆われ、母屋よりもさらに古びて見えた。

窓があった。

格子の入った窓と、海に面したガラス戸も。

けれど、どこにも入口がなかった。

玄関も、勝手口も、人が出入りするための戸が、ひとつもなかったのだ。

窓から出入りしていたとでもいうのか。

あるいは、そもそも人が入るための家ではないのか。

記録のために近づこうとした私を、老女が呼び止めた。

それまで穏やかだった声が、はっきりと固くなっていた。

「そこは、記録せんでええ」

理由を尋ねても、老女はただ首を横に振るばかりだった。

沙也さんも、初めて見る祖母の表情に戸惑っているようだった。

私はその日、離れには触れず帰途についた。

ただ、帰り際に一度だけ振り返った。

夕暮れの光の中で、ガラス戸の奥に、何か黒いものがぼんやりと見えた気がした。

鏡のような、台のような。

そのときは、家具の一つだろうと思った。

その夜、なぜか寝つけなかった。

目を閉じると、ガラス戸の奥の黒い影が、瞼の裏に浮かんだ。

あれは本当に、ただの家具だったのだろうか。

鏡のような台の前に、何かが座っているように見えた気もする。

私は布団の中で、何度も寝返りを打った。

翌日から、私は集落の年寄りに聞き込みを始めた。

古い家の由来を知るには、土地の記憶を辿るのがいちばんだからだ。

だが、離れの話になると、誰もが急に口をつぐんだ。

雑貨屋の老主人は、私が「入口のない離れ」と言った途端、釣り銭を渡す手を止めた。

「あんた、あの家に入ろうとしとるんか」

そうではない、記録のためだと答えると、彼は低い声で言った。

「窓から覗くのもやめときなさい。あれは、見るための家やない」

それ以上は、何を聞いても答えてくれなかった。

別の家では、私が訪ねたことを知った老婆に、玄関先で塩をまかれた。

悪気はない、と後で隣の人が取りなしてくれた。

ただ、あの離れの話を持ち出す者を、この集落は昔から嫌うのだという。

港で網を繕っていた老漁師だけは、少しだけ口を開いてくれた。

「あの離れにはな、昔から人を入れちゃならんのよ」

なぜですか、と尋ねると、彼は手を止めずに言った。

「入った者が、出てこんようになるからや」

どこかへ連れて行かれる、ということですか。

「逆や。出られんようになるんや。中にあるものと、同じになってな」

彼はそれきり、海のほうを向いて黙ってしまった。

節くれだった手だけが、また淡々と網を繕い続けていた。

その帰り道、私はもう一度、旧家の裏庭に足を向けた。

記録のためではなかった。

ただ、自分の目で確かめずにはいられなかったのだ。

離れのガラス戸に顔を近づけ、奥を覗き込んだ。

黒い鏡台が、薄闇の中にぼんやりと浮かんでいた。

その前に立てられた棒に、長い髪が一筋かかっていた。

確かに、人の頭ほどの高さに。

まるで、誰かがそこに腰を下ろしているかのように。

私は、思わず後ずさった。

ガラスに映った自分の顔の、すぐ後ろに。

もう一つ、影が立っていたような気がしたからだ。

その晩、宿で古い帳面を整理していて、一冊の過去帳の写しに気づいた。

旧家から借り受けた資料の中に紛れていたものだ。

そこには、女ばかりの名が連なっていた。

名の脇に、見慣れない注記があった。

「贄」とだけ、小さく添えられている名がいくつもあったのだ。

母から娘へ、娘からまたその娘へ。

女の名だけが、細い糸のように繋がっていた。

そして数代に一人、「贄」の字を負った名があった。

私は意味が分からないまま、その頁を書き写した。

次の日、調査に戻ると、沙也さんの様子が少し変わっていた。

「あの離れ、ずっと気になってて」

彼女は裏庭のほうを見ながら、独り言のように言った。

「昨日の夜、窓のところに誰か立ってた気がするんです」

祖母に聞いても、何も教えてくれないのだという。

私は、深入りしないほうがいいと答えた。

けれど沙也さんは、すでに離れに心を引かれているようだった。

「昨日の夢にも、出てきたんです」

彼女は、湯呑みを両手で包んだまま言った。

「鏡の前に、髪の長い女の人が座ってて。こっちを向こうとするんだけど、顔がないの」

そして、その女が自分を手招きしていたのだという。

私は、ただの疲れですよ、と笑ってみせた。

けれど、彼女の目の奥には、もうこちらの声が届いていないような、遠さがあった。

その日の調査中、奇妙なことが起きた。

母屋の柱時計が、昼を過ぎても十一時のまま止まっていた。

沙也さんが朝に合わせたばかりだと言うのに、針はぴたりと動かない。

私の腕時計も、いつのまにか同じ時刻で止まっていた。

離れに近い座敷ほど、空気が冷たく、重く感じられた。

録音用のテープに、波の音とは違う、低い唸りのようなものが混じっていることにも、後で気づいた。

その夜、宿で巻き戻して聞き返したテープには、確かに女の声のようなものが入っていた。

言葉ではなかった。

ただ、低く、何かを噛みしめるような、湿った音だった。

私は途中で再生を止め、二度と聞き返さなかった。

窓の外では、一晩じゅう、波が断崖を打ち続けていた。

調査の終盤、私は近くの神社の宮司を訪ねた。

土地の伝承を、もっとも詳しく知る人だと聞いたからだ。

白髪の宮司は、私の話を黙って聞いていた。

そして、ひとつ息を吐いてから、ゆっくりと語り始めた。

「あの家系には、古い仕来りがあったのです」

宮司の話は、にわかには信じがたいものだった。

その家系では、娘は母の「持ち物」とされていたという。

母は二人か三人の娘を産み、そのうちの一人を「贄」に選ぶ。

選ばれた娘には、二つの名が与えられる。

表の名のほかに、母だけが知る本当の名。

その名は決して娘自身にも呼ばれず、生涯を通じて隠し通された。

「字が分かっても、読みは母親しか知らんのです」

万一知られたときのため、本来とはまったく違う読みが当てられていたのだという。

そして、選ばれた娘には、口にするのも憚られる仕来りが課された。

幼い頃から、人としての情を少しずつ削り取るような、歪んだ教えが続いたという。

「贄」となる娘だけが、その教えを受けた。

選ばれなかった娘たちは、ごく普通に育てられたという。

同じ家に生まれ、同じ母を持ちながら、一人だけが別の道を歩まされる。

普通に育った娘たちは、選ばれた姉妹のことを、どんな思いで見ていたのだろう。

宮司は、そこには触れなかった。

ただ、「むごい話です」とだけ、低く繰り返した。

「私の口からは、その中身までは言えません」

宮司はそこで言葉を切った。

娘が十、十三、十六の節目に、母は娘を黒い鏡台の前に座らせた。

十のときに爪を。

十三のときに歯を。

それぞれを娘自身の手で差し出させ、母は隠し名を書いた紙とともに、鏡台の引き出しにしまった。

そして十六の節目に、最後の仕来りが行われる。

母が、娘の長い髪を切り落とし、そのすべてを口に含むのだ。

「食べる、というより、体に取り込む。それが肝要やったそうです」

髪を取り込み終えた母は、娘の本当の名を、生涯でただ一度だけ口にする。

娘が自分の名を聞くのは、そのときが最初で最後だった。

それを終えた母は、翌日から自分の髪を口に運び続けるだけの、抜け殻のようになった。

そこに残るのは、もう母ではない。

人の形をした、空っぽの何か。

本当の母は、誰も見たことのない、どこか遠い場所へ渡ってしまうのだという。

「資格を得た者だけが行ける、けがれのない場所があると、信じられとった」

その場所には、同じようにして資格を得た母たちが暮らしているのだという。

けがれることのない、楽園のような所だと信じられていた。

鏡台の引き出しは、その資格を封じ込めるための器だった。

爪を、歯を、そして隠し名を。

だから、引き出しを開け、隠し名の読みまで知ってしまった者は。

器の中身に、引きずり込まれてしまうのだという。

「見るだけなら、まだええ。けど、読みと一緒に見てしもうたら、もう戻れんのです」

残された娘は、母の姉妹に育てられ、やがて自分も母となり、同じことを繰り返す。

娘を二、三人産むのは、そのためだったのだ。

「ただ、この仕来りは、長くは続かなんだ」

いつしか娘を贄とすることに疑いを抱く者が現れ、仕来りは少しずつ廃れていった。

やがて、固く禁じられるようになった。

けれど、隠し名と鏡台だけは、母の証として残された。

「忘れてはならんこととして、形だけは受け継いでいったのです」

宮司の話には、続きがあった。

仕来りが廃れて何代か経った頃、土和(とわ)という女がいた。

普通に育ち、土地の網元の家へ嫁いだ、穏やかな人だったという。

やがて娘を授かり、澪(みお)と名付けた。

母から教わった通り、隠し名も付け、鏡台も揃えた。

だが、娘が十になる日、家には澪と父親だけが残されていた。

土和が用を済ませて戻ると、家の中の様子が一変していた。

澪の爪が幾枚か剝がれ、歯も何本か抜かれていた。

娘は鏡台の前で、冷たくなって動かなくなっていた。

床には隠し名を書いた紙が落ち、夫の姿はどこにもなかった。

「断片だけ聞きかじった夫が、見よう見まねで仕来りを真似たんやと、皆そう言うとります」

その晩のうちに、土和もまた娘のそばで、戻らぬ人となった。

知らせを受けた土和の両親は、不思議なほど落ち着いていたという。

「わしらで弔う。婿は探さんでええ。じきに分かる」

そう言い残し、二人を家ごと封じた。

数日後、行方の知れなかった夫が、その家の前で見つかった。

口に、長い髪をいっぱいに含んでいたそうだ。

「あの家に勝手に入った者は、ああなる。そういう呪いをかけた、と」

土和の両親はそう告げ、家をそのまま残すよう命じた。

やがて家が老朽化し、どうしても取り壊すことになったとき、人々は初めて中を見た。

そこにあったのが、あの鏡台と、形を保ったままの髪だったのだ。

呪いと悟った人々は、慎重にそれを運び出し、新しく建てた小さな家に移した。

それが、あの離れだという。

「入口がないのは、人が出入りするための家やないからです」

「窓やガラス戸があるのは、日が当たり、風が通るように。せめてもの供養やと」

宮司はそう言って、深く頭を下げた。

「だから、どうか。あの離れには、近づかんでください」

私はその夜、宿に戻ってから、ひどく嫌な予感に襲われた。

沙也さんの、離れを見つめる横顔が、何度も頭をよぎった。

翌朝、急いで旧家へ向かうと、母屋に彼女の姿がなかった。

老女が囲炉裏端で、ただ一点、裏庭のほうを見つめていた。

その目には、もう驚きも怒りもなかった。

ただ、深い諦めだけがあった。

「止められんかった。あの子は、呼ばれとったんよ」

老女の声は、不思議なほど静かだった。

まるで、いつかこうなると、ずっと前から知っていたかのように。

「行ってしもうた」

老女は、それだけ言った。

私は渡り廊下を駆け抜け、裏庭の奥へ走った。

離れのガラス戸が、一枚だけ割れていた。

足元には、彼女のものらしい小さな運動靴が揃えて脱いであった。

私は割れたガラスから、中を覗き込んだ。

薄暗い板の間の中央に、黒い鏡台があった。

その前につっぱり棒のようなものが立てられ、長い髪が一筋、かけられていた。

まるで、髪の長い女が鏡の前に座っている姿を、そのまま形にしたような。

髪は、つやを失わず、今も生きているかのように黒かった。

風もないのに、その毛先が、かすかに揺れた気がした。

板の間には、薄く埃が積もっていた。

その上に、小さな足跡が、鏡台までまっすぐに続いていた。

そして、その鏡台の前に、沙也さんがいた。

彼女は三段ある引き出しの、いちばん上を開けていた。

中から、古い紙きれと、小さな白いものを取り出していた。

「沙也さん」

私が呼んでも、彼女は振り向かなかった。

二段目を開け、また同じように紙きれを取り出す。

その紙には、見たこともない字が書かれていた。

「黒后」と、「澪冥」と。

私は、過去帳で見た「贄」の文字を思い出して、全身が冷たくなった。

「沙也さん、もうやめて。それ以上は開けないで」

声が、震えていた。

けれど彼女の手は、ゆっくりと、いちばん下の引き出しへ伸びていった。

がたり、と引き出しが開いた。

彼女は、その中を、じっと見つめたまま動かなくなった。

何が入っていたのか、私の位置からは見えなかった。

ただ、彼女の唇が、声に出さずに何かを読み上げているように動いていた。

あの、隠し名の読みを。

次の瞬間、沙也さんは、がんっ、と音を立てて引き出しを閉めた。

そして、自分の長い髪を一房つかみ、ゆっくりと口元へ運んだ。

むしゃ、むしゃ、と。

彼女は、自分の髪をしゃぶり始めたのだ。

私は、その場から一歩も動けなかった。

呼びかけても、彼女は振り返らなかった。

ただ、髪を口に含んだまま、鏡台の中の自分を、静かに見つめ続けていた。

いや、見つめていたのは、鏡の中の自分ではなかったのかもしれない。

鏡には、彼女の背後に、もう一人、髪の長い女が映っているように見えた。

その女もまた、同じように、何かを口に含んでいた。

私は、声をあげることすら、できなかった。

そこから先のことは、断片的にしか覚えていない。

私は母屋へ戻り、老女に告げた。

老女は静かに頷くと、集落の年寄りたちを呼んだ。

幾人かが離れへ向かい、沙也さんを抱えて連れ出した。

彼女はその間もずっと、髪を口に含んだままだった。

私は調査の中止を告げられ、その日のうちに荷物をまとめさせられた。

町を出る車の中で、見送りに出てきた老女が、一度だけ深く頭を下げた。

沙也さんは、あれきり戻らなかった。

後で人づてに聞いた話では、彼女はもう元の彼女ではなくなっていたという。

遠い親戚の家に引き取られ、人目を避けるように暮らしているとのことだった。

私は何度も、自分があの離れの話を聞き込んだことを悔いた。

私が土地の記憶を掘り起こさなければ、彼女はあの離れに近づかなかったのではないか。

そう思うたびに、胸の奥が冷たくなった。

けれど、本当のところは違うのかもしれない。

あの離れは、近づく者を、ずっと前から待っていたのだ。

結局、あの鏡台が、髪が、引き出しの底に何があったのかは、今も分からない。

宮司にも、それだけは聞けずじまいだった。

あれは、見てはいけないものだったのだ。

隠し名の読みと一緒に見てしまうと、もう戻れない。

そのことだけが、今も私の中に残っている。

私は今でも、夜中にふと、あの噛みしめるような音を思い出す。

テープに入っていた、あの低い、湿った音を。

あれはきっと、髪を口に含む音だったのだ。

それから、四十年近くが経った。

私はもう仕事を退き、この話を誰にも語らずに生きてきた。

ただ、去年の暮れのことだ。

あの集落の老女から、一通の手紙が届いた。

もう百歳に近いはずだった。

震える字で、短く、こう書かれていた。

「沙也は、先日、静かに眠りにつきました」

「最後まで、髪を手放しませんでした」

そして、最後にこう添えられていた。

「母親というものは、子のために、最後まで隠し持っている答えがあるのです」

「もし、ああなったのが私の子であったとしても、私は同じ答えを選んだでしょう」

「たとえそれが、間違いだったとしても」

私は、その手紙の意味を、いまだに理解しきれていない。

あの離れは、今もあの裏庭に建っているのだろうか。

窓と、ガラス戸だけを残したまま。

これは、あの港町でだけ、そっと語り継がれてきた怖い話だ。

ひとつだけ、確かなことがある。

入口のない家は、人を中へ入れるために建てられたのではない。

中にいる何かを、決して外へ出さないために、建てられたのだ。

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