線路の柵の外に立つもの
昭和五十七年、国鉄の保線区で私が受け持った十四キロには用地境界の柵があり、その外側だけ草が伸びなかった怖い話。刈る者はいない。境界杭の外に残る内向きの素足の跡と…
昭和五十七年、国鉄の保線区で私が受け持った十四キロには用地境界の柵があり、その外側だけ草が伸びなかった怖い話。刈る者はいない。境界杭の外に残る内向きの素足の跡と…
虫送りの火が夏の田を照らす夜、藁の実盛さまには目がなかった。背負って川へ送る私の後ろで、もうひと組の足音が鳴った。振り返ってはならぬ決まりの先で、人形の顔にいつ…
深夜の配送で立ち寄った山奥の集落。そこにいた老人は何度も同じ話を繰り返した。…
祖母が生前、決して近づくなと言い続けた裏山の祠。遺品整理で初めて足を踏み入れた先にあったもの…
帰省した実家の裏山に踏み込んだら、地図にない古い集落と神社があった。廃村のはずなのに、洗濯物が干してあり、煙の匂いがした。拝殿の前に立つ何かを見た俺は、石段を上…
小学五年生の初冬、スクールバスの停留所で動かなくなった子犬を見つけました。校庭の土はどこも固く、掘れたのは体育館の脇だけでした。その日の夕方、同じ模様の子犬が畑…
柵も看板もない森に、白い紙の帯だけが渡してあります。不良も肝試しの連中も近づかないのに、その紙はいつも新しい。行き場をなくした中学生がそこをくぐった翌週、町の全…
谷で拾った字は声に出して読むな——祖母の言い付けを、俺は面倒くさがって妹に押し付けました。その晩から妹は声を失い、三十七日目に姿を消します。徳島の山あいの集落で…
雨の晩、堤防の道で前を行く車は追い越すな、鳴らすな。祖母の言いつけを破った夜勤明けの朝、前の軽自動車のワイパーだけが一度も動いていませんでした。その意味を知った…
紀伊の山奥の集落へ向かう昼のバス。子どもがぐずったので途中の停留所で降り、定食屋に入った十分後、テレビはそのバスの事故を報じました。妻がこぼした一言の本当の意味…
昭和五十八年の秋、八溝の山あいの集落で、数の合わない彫刻石が見つかりました。誰も見ていない日にだけ増え、絵はしだいに新しくなり、やがて建ったばかりの建物が現れま…
紀伊の山あいの集落では家の戸をみな同じ形に作り、閉めるたびに数える習わしがありました。中学二年の朝、私は開けたはずの引き戸から玄関へ出てしまい、怖くなって一度閉…
鍵をかけない田舎の家で、機械のように規則正しく鳴り続けるインターホン。祖母とそっと覗いた玄関の先に立っていたものとは何だったのか。招かれぬかぎり入れない来客の正…
人見知りをしない双子の弟は、人の顔ではなく頭ひとつ上を見て笑う子でした。二十年ぶりに訪ねてきた同級生を見て、姉が初めて泣き叫んだ雨の日。三和土に残された素足の跡…
丹波の谷の朝は、鳴るはずのない六時の鐘で始まった。鐘楼の鐘は昭和19年に供出されたのに、先代住職が空を撞くと谷いっぱいに音が響く。霜の丸い融け跡、受領印のない台…
津軽のりんご園には、枯れた木の代わりを決めておく習わしがあります。祖父が三十年、南のはずれの一本だけ袋を掛けなかった理由と、新しいはずの剪定鋏の柄に残る二つの握…
六月の夕暮れ、蛙の声が消えた道で、頭に包帯を巻いた子供が一輪車で坂を下ってきた。両手には、生きた白いニワトリ。影はあるのに、音がしない。坂の上は行き止まりで、そ…
九月の初め、東北の遠い親戚を訪ねました。熱帯魚好きのお父さんと畑へ向かう途中、小屋で生まれたばかりの子犬たちを見つけます。ところが最後に生まれた一匹だけ、顔が人…
物心がつく前から、僕には「前にもここにいた」という口ぐせがあったそうです。母の実家の細い道でだけ、足がすくむ。入ったことのない部屋を、なぜか知っている。やがて祖…
昭和41年、伊那谷の旧家へ奉公に上がった私が最初に教わった決まりは、五人家族に膳を六つ出すことだった。湿った茶碗の縁、誰もいない部屋の青い畳、毎年育っていく誂え…