名も知らぬ息子

公開日: ほんのり怖い話

wallpaper100_640_1136

「僕のお母さんですか?」

登校中信号待ちでボーっとしていると、突然隣の男が言った。

当時私は20歳の大学生で、妊娠・出産経験はない。それに相手は、明らかに30歳を超えていた。

ビックリして、「ひっ…人違いです」と答えると、相手はその答えが意外だったかの様な反応で、何でそんな嘘を付くの?と言った表情だった。その反応に私が驚いた。

信号が青になると、私は急いでその場を去りました。

こんな事を言っては失礼だが、普通じゃない雰囲気で、ガリガリで目はギョロッとしていて、よれよれのシャツに、肩から黄色いポシェットを下げていた。

これが彼との最初の出会いで、この後数年に渡って何度も彼と遭遇しました。

その日から彼は毎日その場所で私を待っていて、必ず「僕のお母さんですか?」と聞くのだ。

「違います」そう一言言えば去って行ってくれるので、気味は悪いが警察に言う程でもありませんでした。

しかし、いつの日からか大学にまで現れるようになり、私は彼にきつく怒鳴りました。

二度と現れるなとか、気持ち悪いとか、そんな事を言った気がします。

それからは現れる事も無く、東京の大学を卒業して実家へ戻り1年が過ぎたとき、東京の友人から久々に電話があった。

「あんたのストーカー男。こないだ大学の近くで会っちゃってさあ、「お母さんはどこですか?」って聞かれて、恐くて逃げちゃった」と言う内容でした。

その話を聞いても、ああそんな男もいたな、ぐらいにしか感じず、こっちには関係ないと思っていました。

次の年の母の日、玄関に萎れたカーネーションが置かれていました。

私は瞬時に、あいつだ!っと思い、恐くなって父に相談し、警察に行ったが相手にされません。

被害と言った事件もなかったので、当然と言えば当然なのですが、私は不安で仕方がありませんでした。

そして数ヶ月が経った、雪が積もる夜の事です。私は街の歩道を歩いていました。

すると突然車がスリップし、玉突き事故に巻き込まれたのです。

一瞬意識を失い、次に気付いた時は車と倒れた木の隙間でした。

体中が痛くて身動きがとれず、声を上げても、周りは騒々しく誰も私に気が付いてくれません。

隣では火も上がっていて、もう駄目だと思ったとき、

「おか~さ~ん、おかあさ~ん」

あの男の声がしました。

私は思わず、「ここ!!助けて!!ここにいるの!!」と叫びました。

彼も事故に巻き込まれたのか、血まみれでした。

雪を掻きわけ私を引っぱりだしてくれた彼を改めて見ると、彼の方が重傷に見えました。

とても痛そうだったのに、彼は私を見て笑って、「お母さんですか?」と聞きました。

私は何とも言えない気持ちになり、「…うん……うん」と頷き、ぽろぽろと涙を流しました。

涙を拭い顔をあげると、彼の姿はそこにはありませんでした。ほんの一瞬で消えたのです。

それっきり、もう何年も彼を見ていません。

いったい彼が何だったのかは分りませんが、幽霊と言う物ではないとは思うのです…。

雪が降ると時折思い出します。名も知らぬ息子の事を。

関連記事

家(フリー写真)

下に誰か来ている

うちの家は親父が製麺業を経営していて、親父は仕事上、朝の4時になると家を出て行く。 両親の部屋は1階、俺の部屋は2階にあった。 俺が中学生だった時のある日のこと。 …

自動ドアが認識しない人間

大学二年の夏休みに入る少し前からだったかな…。 コンビニやらスーパーやらの入り口、とにかく全ての自動ドアが俺に反応しなくなった事があった。 それまでは普通に入ることの出来て…

オオカミ様のお堂(宮大工1)

俺が宮大工見習いをしてた時の話。 大分仕事を覚えてきた時、普段は誰も居ない山奥の古神社の修繕をする仕事が入った。 だが親方や兄弟子は同時期に入ってきた地元の大神社の修繕で手…

トタンのアパート(フリー写真)

訳あり物件のおっちゃん

半年ほど前に体験した話。 今のアパートは所謂『出る』という噂のある訳あり物件。 だが私は自他共に認める0感体質、恐怖より破格の家賃に惹かれ、一年前に入居した。 ※ この…

河原(フリー写真)

同じ夢

これは四つ下の弟の話。 当時弟は小学4年生、俺は中学2年生、兄貴は高校一年生だった。 兄貴は寮に入っていたから、家に帰って来ることは殆どなかった。 俺は陸上部に入っ…

星を見る少女

夜、アパートに住んでいる青年がふと外を見ると、向かいのアパートのベランダに人がいる。 背格好からすると少女だろうか。少女はどうやら、空を見上げているらしかった。 なんとなく…

逆光を浴びた女性(フリー素材)

真っ白な女性

幼稚園ぐらいの頃、両親が出掛けて家に一人になった日があった。 昼寝をしていた俺は親が出掛けていたのを知らず、起きた時に誰も居ないものだから、怖くて泣きながら母を呼んでいた。 …

エレベーター

病院での心霊体験

自分が子供の頃の話。 両親の付き合いで誰か(多分二人の共通の知り合いか何かだと思う)のお見舞いに行ったんだ。 何故か病室には入れてもらえず、その階の待合室で弟と絵本を読みな…

天使(フリー素材)

お告げ

私は全く覚えていないのだが、時々お告げじみた事をするらしい。 最初は学生の頃。 提出するレポートが完成間近の時にワープロがクラッシュ。 残り三日程でもう一度書き上げな…

もっさん

うちの病院のカテーテル室(重症の心臓病患者の処置をする場所)には、もっさんと呼ばれるものが出る。 もっさんは青い水玉模様のパジャマを着ており、姿はぼさぼさ頭の中年だったり、若い好…