しるべ石の子が返しに来た

夕暮れの水辺で交わす贈り物

延長保育の最後の子を送り出すと、僕は部屋の人数を指で数え直す。

もう誰も残っていないと分かっていても、数える。

去年の冬、僕は橋詰のしるべ石の前で、小さな子どもから一枚の札を受け取った。

そして、それを捨てた。

いまも毎晩数え直しているのは、たぶん、そのせいだと思う。

僕は31歳の保育士で、この仕事について9年になる。

去年の4月から、港町の古い問屋町にある「こばと保育室」で働いている。

9階建てのマンションの1階に入った、定員19人の小さな園だ。

男の保育士は僕ひとりで、力仕事と夜の戸締まりは、たいてい僕に回ってくる。

朝は7時半に鍵を開け、夜は延長保育が終わる19時過ぎに鍵を閉める。

そのあいだに、おむつを替え、鼻を拭き、泣く子を抱いて、連絡帳を書く。

特別なことは何もない毎日だった。

迎えが遅れた夜に、子どもとふたりで窓の外を眺めるのが、僕は嫌いではなかった。

窓の向こうを通る人の数を、子どもと一緒に数えることもあった。

「いち、に、さん」と声を揃えるうちに、たいていの子は眠くなる。

園の窓は運河のほうを向いていて、夕方になると、水の匂いが部屋の奥まで入ってくる。

子どもたちは、その匂いを「おさかなのにおい」と呼んだ。

問屋町は、かつて港に上がった荷を捌いた商人の町だったという。

いまも乾物屋や荒物屋が何軒か残り、その隙間をマンションが埋めている。

アーケードの屋根は半分ほど外され、残った鉄骨に鳩が並んでいる。

晴れた日には、運河の向こうに港のクレーンが三本見える。

園の子の親は、半分が古い商店の家で、半分が新しいマンションの住人だ。

朝の登園は、どの子も運河沿いの道を通ってくる。

運河沿いの柵には、子どもの背の高さに、錆の筋が一本ついている。

朝の運河には、荷を積まない小舟が一艘だけ舫ってある。

子どもたちは、それを「おじいちゃんのふね」と呼んでいた。

僕は、その小舟の持ち主を一度も見たことがない。

園の前の道をまっすぐ下ると、運河に架かる短い石の橋がある。

しるべ石は、その橋のたもとに立っている。

大人の胸くらいの高さの、四角い石柱だ。

正面には「迷子しるべ」と彫られている。

右の面には「たづぬる方」、左の面には「しらする方」とある。

明治のころ、市場で子どもを見失った親は、右の面に紙を貼ったという。

見つけた人は、左の面に貼った。

石柱の足もとには、手のひらほどの小さな石の子が座っている。

顔はすっかり磨り減って、左の目の彫りだけが、かろうじて残っている。

近所の人は、その石の子を「しるべさん」と呼ぶ。

しるべさんの前には、いつも飴玉や髪ゴムが供えてあった。

片方だけの、小さな靴下が置かれていることもあった。

誰が供えているのかは、誰も知らないようだった。

散歩の途中で園児たちが手を合わせるので、僕も一緒に頭を下げるのが日課になった。

そのころの僕にとって、しるべ石は、散歩の折り返し地点でしかなかった。

母が覚えていた日

この町は、僕の生まれた町でもある。

小学二年の春までは、僕は砂原という苗字だった。

いまの杉野という苗字は、母が再婚した相手のものだ。

砂原の家のことを、母はほとんど話さない。

僕も、あえて聞いたことはなかった。

母と県の東の端へ越してからは、一度もこの町に戻ったことがなかった。

園の面接で、園長の宇佐美さんは僕の履歴書を見て、「ほな、里帰りやね」と笑った。

宇佐美さんがなぜ笑ったのか、そのときは分からなかった。

就職が決まったと電話で伝えたとき、母は少し黙ってから言った。

「問屋町て、あのアーケードのとこ?」

「そう。商店街の入口から、坂を少し上がったとこ」

「あんた四つのとき、あの商店街で一回おらんようなったんよ」

初めて聞く話だった。

受話器の向こうで、母が湯呑みを置く音がした。

土曜の夕方、母が乾物屋で釣り銭を数えているあいだに、僕は手を離したらしい。

見つかるまでに、四十分かかったらしい。

「橋のとこでな、石の前に、ひとりでしゃがんどったんよ」

「全然覚えてないわ」

「そらそうやわ。泣きもせんと、けろっとしとったもん」

母は笑って、それから思い出したように付け加えた。

「首から下げとった名札も、あの日に失くしてきて」

「名札?」

「あんたすぐ手ぇ離す子やったから、はんこ屋さんで彫ってもろたんよ」

「真鍮の丸いやつ。名前と、家の電話番号入れて」

「それも、覚えてないな」

「まあ、無事に帰ってきたんやから、ええわ」

「はんこ屋さん、まだあるやろか」

母は懐かしそうにそう言って、話を引っ越しの段ボールに移した。

段ボールを開けながら、僕は四つの自分を思い浮かべようとした。

何も浮かばなかった。

アルバムの中の、半ズボンの男の子の顔しか知らなかった。

4月に初めて散歩で橋まで下りたときも、何かを思い出すことはなかった。

ただ、しるべさんの磨り減った顔を見たとき、少しだけ指先が冷たくなった。

それを僕は、運河から上がってくる風のせいにした。

夏が過ぎ、秋の運動会が終わっても、園では何も起きなかった。

子どもたちは相変わらず、散歩のたびに石の子に手を振った。

「しるべさん、ばいばい」

僕も、ばいばい、と言った。

ひなただけは、石の子ではなく、石柱の脇の路地のほうへ手を振った。

「ひなた、誰にばいばいしてるん」

「あっちの子」

路地の奥には、錆びた自転車が並ぶ駐輪場しかなかった。

「お友だち?」

「ううん。まいごの子」

ひなたはそう言って、僕の手をぎゅっと握り直した。

4歳の子の言うことだと、僕はそのとき思った。

園では、子どもが見えない友だちの話をするのは珍しくない。

たいていは、ひと月もすれば別の遊びに移っていく。

ひなたの「まいごの子」も、そういうものだと思っていた。

柿渋色の半纏の子

11月の半ばの、火曜日のことだった。

その日は延長保育の子が多く、最後の子が帰ったのは19時を少し過ぎたころだった。

僕はいつものように部屋の人数を指で数え直し、ごみ袋を2つ提げて外へ出た。

空気は、雨の前のように重かった。

園のごみの集積所は、橋詰の少し手前にある。

1つ目の袋をネットの下に押し込んで、顔を上げた。

しるべ石の前に、子どもがひとり立っていた。

3歳くらいだろうか。

柿渋で染めたような、茶色い半纏を羽織っていた。

街灯は石柱の向こう側にあって、顔は影になって見えなかった。

運河の水面に、アーケードの灯りが細く揺れていた。

「ぼく、おうちの人は?」

声をかけると、子どもは何か言った。

鼻の詰まったような、掠れた声だった。

「ハヨ、カエリ」と聞こえた気がした。

早く帰れと言われたのか、別の意味だったのか、分からない。

子どもは、握った手を僕のほうへ突き出した。

何かを渡したいときの、園児と同じ仕草だった。

僕は何も考えずにしゃがんで、手のひらを出した。

冷たくて小さなものが、ぽとりと落ちた。

手のひらに目を落とした一瞬で、子どもは石柱の脇の路地へ入っていった。

追いかけて路地をのぞいたが、突き当たりの駐輪場まで誰もいなかった。

自転車のベルが、風でひとつだけ鳴った。

路地の石畳には、小さな足跡ひとつ残っていなかった。

手のひらに残っていたのは、黒ずんだ紐のついた、丸い金属の板だった。

500円玉より少し大きく、表面は泥と錆でざらついていた。

紐は湿っていて、運河の底のような匂いがした。

紐の結び目は、子どもの手でほどけないほど固く締まっていた。

近所の子が、どこかで拾ったものを見せたかったのだろう。

そう思った。

それにしては汚すぎる、とも思った。

僕の左手には、まだ2つ目のごみ袋が提げられていた。

僕はその板を、袋の結び目の隙間から中へ落とした。

それから袋をネットの下へ押し込み、上から重しのブロックを載せた。

ほんの数秒のことだった。

何かを捨てたという感覚さえ、そのときの僕にはなかった。

園に戻って鍵を閉めるとき、背中のほうで、誰かが短く息を吸う音がした。

振り返っても、廊下の奥は暗いだけだった。

僕は部屋に戻り、もう一度人数を数え直した。

0人。

当たり前のことを確かめただけなのに、指が少し遅れた。

帰りのバスの中で、僕は手のひらの匂いを何度か嗅いだ。

石鹸で洗ったはずなのに、運河の匂いは消えていなかった。

バスが橋を渡るとき、窓の外に、しるべ石の街灯がひとつだけ見えた。

石柱の前に小さな影があるような気がしたが、目をこらす前に、バスは角を曲がった。

その晩は、雨にならなかった。

家に着いてからも、しばらくコートを脱がずに座っていた。

午睡の部屋の数え歌

翌日の午睡の時間は、僕が見守りの当番だった。

カーテンを引いた部屋に、布団が2列に並んでいる。

午睡の布団は、19枚しか敷いていなかった。

その日は欠席がなく、19人全員が眠っていた。

僕は入口の近くに座って、背中を壁にあずけていた。

寝息が揃ってきたころ、部屋の隅から、小さな声がした。

「ひい、ふう、みい」

鼻の詰まったような、掠れた声だった。

前の晩、しるべ石の前で聞いた声と同じだった。

僕は体を動かさず、目だけで布団の列を追った。

起きている子はいなかった。

「よう、いつ、むう」

声は、布団をひとつずつ踏んで歩くような間で、数えていった。

数が進むたびに、少しずつ僕のほうへ近づいてくる気がした。

「とお、あまり、ここのつ」

19まで数えたところで、声は止まった。

それから、ためらうように、もうひとつ足した。

「はたち」

声は、僕の耳のすぐそばで終わった。

そのあとは、エアコンの送風の音しか聞こえなかった。

午睡明けに一人ずつ顔を見て回ったが、誰もいつもと変わらなかった。

先輩の真央さんに、数える声を聞かなかったか尋ねた。

「数え歌? 誰か寝言でも言うてたんちゃう」

真央さんは連絡帳から顔を上げずに笑った。

「杉野くん、昨日遅かったやろ。寝不足やわ」

そうかもしれない、と僕は答えた。

けれど、寝言で「はたち」まで数える子を、僕は知らない。

次の朝、僕は7時半に園の鍵を開けた。

職員の荷物掛けは、事務室の壁に5つ並んでいる。

フックの上には、それぞれ名前テープが貼ってある。

「すぎの」と書いた僕のフックに、黒ずんだ紐が1本かかっていた。

紐の先で、丸い金属の板が、ゆっくり回っていた。

僕はしばらく、コートも脱がずにそこに立っていた。

8時前に出勤してきた真央さんが、僕の後ろからフックをのぞき込んだ。

「なにそれ。杉野くんの?」

「いや、拾いもんで」

「えらい古そうやね。お守り?」

真央さんは指先で板をつついて、すぐに手を引っこめた。

「冷たっ。これ、なんで濡れてんの」

僕は答えられなかった。

真央さんは手を拭きながら、しばらく僕の顔を見ていた。

集積所のごみは、朝6時に収集車が持っていく。

念のため見に行くと、ネットの下には何も残っていなかった。

板は、泥も錆も落ちて、鈍い金色になっていた。

紐だけが、まだ湿っていた。

裏を返してみる気には、なぜかなれなかった。

僕はそれを事務室の引き出しの奥に入れ、上から書類を重ねた。

もう一度捨てる気には、なれなかった。

その朝届いた連絡帳のうち3冊に、似たような一行があった。

「お昼寝のとき、だれかが数をかぞえていたと言っています」

書いた保護者は、それぞれ別のマンションに住んでいた。

ひなたの赤い積み木

その週の後半は、発表会の練習で慌ただしかった。

4歳児クラスの劇は「おむすびころりん」で、僕はねずみの穴の係だった。

段ボールの穴からおむすびが出てくるたびに、子どもたちは床に転がって笑った。

笑い声の中にいると、あの声のことは、少し遠くに感じられた。

変わったのは、玄関の登降園タブレットだった。

延長保育の最後の子が帰ったあと、誰もいないのに「ピッ」と鳴るようになった。

園児がカードをかざしたときの音だ。

画面には「降園 18:52」と表示されていた。

名前の欄は空白で、園児番号は「0000」だった。

業者に問い合わせると、読み取りの誤作動でしょうと言われた。

同じ記録は、その週、毎晩残った。

時刻は、いつも18時52分だった。

業者が来て部品を替えた晩も、同じ時刻に鳴った。

金曜日、延長保育に残っていたのは、ひなたひとりだった。

赤い積み木を箱に戻しながら、ひなたが言った。

「せんせい、きょうも、ひとり おおいよ」

「ひとり多い?」

「ちゃいろい ふく の子。せんせいの うしろで まっとる」

僕は振り返らなかった。

振り返れば、何かを認めることになる気がした。

「その子、何か言うてる?」

「かえしたのに、って ゆうてる」

ひなたは、最後の積み木を箱に入れた。

「かえしたのに、なんで ほかしたん、って」

「ほかす」は、この辺りの言葉で「捨てる」という意味だ。

僕はあの晩のことを、誰にも話していなかった。

迎えに来たひなたのお母さんは、娘の靴を揃えながら困ったように笑った。

「この子、最近ずっと『ちゃいろい子』の話ばっかりするんです」

「家でもですか」

「寝る前に、あの子まだ帰られへんのやって」

ひなたは靴を履きながら、僕の後ろのほうへ小さく手を振った。

「ばいばい。あしたも かぞえてな」

その夜、アパートの玄関で、扉を叩く音を2回聞いた。

大人の拳にしては、低すぎる位置だった。

覗き窓の向こうには、外廊下の蛍光灯があるだけだった。

扉のずっと下のほうから、声がした。

「なして、ほかしたん」

僕は朝まで、玄関の明かりを消せなかった。

朝になって引き出しを開けると、板は書類の上に出ていた。

土曜日、僕は板を持って、アーケードのはんこ屋を訪ねた。

母が名札を彫ってもらったという店は、まだ残っていた。

ガラスケースの奥で、白髪の店主がルーペを額に上げた。

「迷子札やね。いまどき珍しい」

店主は板を受け取り、表の磨り減った彫りを指の腹でなぞった。

それから裏返して、しばらく黙っていた。

「うちの字や」

店主はそれだけ言って、板を僕の手のひらに戻した。

「これは、あんたが持っとき」

名前を読み上げてはくれなかった。

店を出るとき、店主が小さく「おかえり」と言った気がした。

振り返ると、店主はもうルーペを下ろして、別の判子を彫っていた。

町内会の古い帳面

翌週の月曜、僕は園長の宇佐美さんに、しるべ石のことを尋ねた。

宇佐美さんは68歳で、この問屋町の荒物屋の生まれだ。

板のことを話すと、宇佐美さんは老眼鏡を外した。

「しるべさんに、何かもろたんやね」

「知ってはるんですか」

「この辺の子は、みんな一回は言われて育つんよ」

「わたしもな、五つのときに一回、連れて帰ってもろたんよ」

宇佐美さんは、何でもないことのようにそう言った。

「大阪に出て、三十で戻ってきたとき、石の前で札を返してもろた」

「受け取ったんですか」

「もろときます、言うてな。それきりや」

それから宇佐美さんは、石の由来を短く話した。

明治の終わりに、市場の雑踏で、ひとりの子が見つからなかった。

右の面に何枚紙を貼っても、左の面に紙が貼られることはなかった。

それからこの町では、迷子はなぜか決まって、しるべ石の前で見つかるようになった。

見つかった子は、茶色い半纏の子に手を引いてもらった、と言うのだという。

「しるべさんはな、連れて帰った子の札を、預かっとくんよ」

「その子が大きゅうなって、この町に戻ってきたら、返してくれはる」

「石の前で、もろときます、て言うたらええ。それで、しまいや」

「もう迷子やない、いう印やから」

僕は、あの晩のことを話した。

袋の隙間から板を落としたことを、そのまま話した。

宇佐美さんは、しばらく何も言わなかった。

窓の外で、配送のトラックがバックする音が鳴り続けていた。

「ほかした人の話は、聞いたことないわ」

宇佐美さんは、棚の奥から町内会の古い帳面を1冊出してくれた。

戦後すぐのころからの、祭りと寄付の記録だった。

ところどころに、「返札 一」とだけ書かれた行があった。

宇佐美さんの指は、「返札」の字の上で少し止まった。

ページをめくっても、「返札 一」の行は、どれも同じ筆跡だった。

七十年ぶんの行が、一人の手で書かれていた。

「わたしのときの行も、この中にある」

宇佐美さんは、そのページを開かなかった。

「右の面に紙を貼る人は、いまはもうおらんけどな」

宇佐美さんは帳面を閉じて、窓の外を見た。

「そのかわり、しるべさんの前に、物を置いていく人がおる」

飴玉や髪ゴムや、片方だけの靴下のことを、僕は思い出していた。

あれは、供え物ではなかったのかもしれない。

窓の外の運河には、あの小舟がまだ舫ってあった。

「今日の帰りにでも、石の前で言うておいで」

しるべ石までの三分

その日、延長保育の最後の子を送り出して、僕は人数を数え直した。

それから板をコートのポケットに入れ、玄関を出た。

時刻は18時12分だった。

園からしるべ石までは、歩いて3分もかからない。

坂を下り、アーケードの入口を右に見て、橋のほうへ進んだ。

その先に、橋詰の街灯が見えた。

街灯は、なかなか近づかなかった。

歩いても歩いても、石柱は同じ大きさのまま、光の向こうに立っていた。

運河の匂いが、急に濃くなった。

どこかで、市場の呼び込みのような声がした。

この町に、もう市場はない。

角の煙草屋の看板が、古い字体に変わっていた。

外されたはずのアーケードの屋根が、頭の上にあった。

乾物屋のシャッターが、いつのまにか開いていた。

店先で、若い女の人が釣り銭を数えていた。

その背中を、僕は知っている気がした。

足もとのアスファルトが、濡れた石畳のような音を立てていた。

右手が、誰かに握られていた。

小さくて、冷たい手だった。

僕はその手を、振りほどかなかった。

振りほどいてはいけないことを、体のどこかが知っていた。

気がつくと、僕は園の玄関の前に立っていた。

しるべ石には、着いていなかった。

右手には、ポケットから出した覚えのない板の紐が握られていた。

玄関の登降園タブレットが、「ピッ」と鳴った。

スマートフォンの時計は、四十分進んでいた。

画面の端に、18時52分と出ていた。

その夜、母に電話をかけた。

「あの日な、ほんまは、あんたひとりやなかったんよ」

母は、少し言いにくそうにそう言った。

「茶色い半纏着た、ちっちゃい子と、手ぇつないどった」

「言うたら、気味悪がるやろ思て」

「その子な、あんたの手ぇ離すとき、なんか言うとったわ」

「何て」

「ようけ聞こえんかった。ハヨ、なんとか、て」

受話器を置く音が、やけに遠く聞こえた。

電話を切ってから、僕は板を灯りの下で裏返した。

表の彫りは、ほとんど磨り減っていた。

裏には、小学二年まで使っていた僕の苗字が彫られていた。

その下に、いまはもう使われていない、実家の電話番号があった。

板は、いまも園の引き出しの奥にある。

あれから何度か、しるべ石へ向かった。

まだ一度も、たどり着けていない。

先週、帰り支度をしていたひなたが、僕の顔をじっと見て言った。

「あの子な、せんせいのことも、かぞえとったよ」

延長保育の最後の子を送り出すと、僕は今も部屋の人数を指で数え直す。

0人まで数えたところで、廊下の暗がりの掠れた声が、ひとりだけ足す。

怖い話・不思議な体験・都市伝説まとめ|ミステリー

最後まで読んでくださって、ありがとうございます

この話が少しでも心に残ったなら、それだけで書いた甲斐がありました。
当サイトは個人で運営しており、いただいたご支援はサーバー代やドメインの維持費に大切に使わせていただきます。

¥240 の一度きりのお支払いで応援いただけます。
お礼として、以後ずっと広告を非表示にいたします(継続課金はありません)。

くわしく見る →

メンバーなのに広告が表示される方

ブラウザを変えた・Cookieを削除した場合は、登録のメールアドレスを入力してください。