外を見るシーサーが来るまで

門柱のシーサーが、一体しかない家

転勤で沖縄に来て、二年目の夏の話です。

私は本島中部の、丘の上にある小さな工場に勤めていました。

アパートから工場までは原付で二十分ほど。

その通勤路の途中に、去年建ったばかりの家がありました。

白い外壁の、四角い、いかにも新しい家です。

庭には芝が張ってあって、ブロック塀の内側にハイビスカスが植えてありました。

ただ、その家の門柱には、シーサーが一体しか載っていませんでした。

こちらの家は、たいてい対で載せます。

口を開けたのと、閉じたのと。

私は最初、まだ買い揃えていないだけだろうと思っていました。

その丘は、五年ほど前に造成された新しい分譲地でした。

もとは、さとうきび畑と、その奥に手つかずの林があった場所だそうです。

削って、赤い土を出して、区画を切って、道路を通した。

雨が降ると、その赤い土が道路にしみ出して、原付のタイヤが滑ります。

坂の途中には、古い石敢當が一つだけ残っていました。

三叉路の突き当たりの壁に、はめ込むように据えてあるやつです。

造成のときに動かさなかったのだと、あとで聞きました。

動かせなかった、という言い方をする人もいました。

分譲地に建った家は、その時点で八軒ほど。

そのうち屋根にシーサーを載せていないのは、あの家だけでした。

ベランダの家族

それに気づいたのは、七月の終わりごろです。

残業で帰りが遅くなった晩、その家の前を通りかかりました。

二階のベランダに、女の人が座っていました。

膝を抱えた、いわゆる体育座りです。

それだけなら、涼んでいるのだと思って通り過ぎたでしょう。

よく見たら、一人ではありませんでした。

女の人の右に、小さい女の子。

その隣に、男の子。

いちばん端に、年配のおばあさん。

手前に、旦那さんらしい人。

そして、その足もとに、犬が一匹。

全員が、膝を抱えて座っていました。

犬まで、前足をたたんで同じ格好をしていました。

おかしいのは、そこではありません。

全員が、それぞれ別の方向を向いていたのです。

次の日から、私はその家の前を通るのが気になって仕方ありませんでした。

朝は、誰も座っていません。

昼も、たぶん座っていない。

夕方の六時を過ぎたころから、一人ずつベランダに出てきます。

最初に出てくるのは、いつもおばあさんでした。

次が、旦那さん。

子どもたちは、あとから来ます。

犬は、いちばん最後でした。

座る位置は毎日同じで、向いている方角も毎日同じです。

私は一度、方角を数えてみたことがあります。

北、東、南東、南、南西、西。

北西と、北東が空いていました。

その二つの方角に何があるのかは、しばらく分かりませんでした。

あとで気づいたのですが、石敢當のある三叉路は、その家から見て北西でした。

小石を投げた夜

私は、正直に言えば、気味が悪くなりました。

目を合わせている人が一人もいない。

会話もない。

ただ、六つの背中と横顔が、ばらばらの角度で固まっている。

五分ほど、原付を停めたまま見ていました。

誰も動きません。

それで、つい、やってしまったのです。

足もとの砂利から小石を一つ拾って、屋根に向かって投げました。

カラン、と音がしました。

その瞬間です。

六人が、いっせいに正座に変わりました。

速い、という言葉では足りません。

膝を抱えた姿勢から、音のあとに手を突いた気配もなく、正座になっている。

犬まで、伏せから座りに変わっていました。

そして、全員が同じところを見ました。

屋根の上を転がっていく、小石です。

目だけで追っていました。

顔は動かさずに、瞳だけが、石と同じ速さで動く。

石が雨どいを越えて、下の芝生に落ちて、音が消えました。

すると、六人は、何事もなかったように、また体育座りに戻りました。

元と同じ、ばらばらの方向を向いて。

私は、原付のエンジンをかけるのに、二度失敗しました。

もう一つ、書いておきたいことがあります。

あの晩、六人が正座に変わったとき、犬だけ、少し遅れました。

ほんの半呼吸ぶんです。

そのとき私は、犬が人の真似をしているのだと思いました。

いまは、逆だったのではないかと考えています。

犬のほうが先に音を聞いて、人が犬に合わせていたのなら、遅れる理由がありません。

遅れたのは、犬が音を聞いて、それから人の様子を見て、数え方を覚えようとしていたからです。

あの家では、犬も役に就いていたのだと思います。

いちばん最後にベランダに出てきたのは、いちばん新しく来た家族だからでしょう。

階段の小石

その週から、おかしなことが始まりました。

私の住んでいたアパートは、外階段のある二階建てです。

月曜の朝、二階の自分の部屋のドアの前に、小石が一つ置いてありました。

近所の子どものいたずらだと思って、蹴って落としました。

火曜の朝は、二つ。

水曜の朝は、三つ。

並べ方が妙でした。

くっつけて置くのではなく、ドアの幅いっぱいに、等間隔で並べてある。

木曜の朝、私はしゃがんで、その石を手に取りました。

石の片側に、赤い土がついていました。

島尻のあたりの土は白っぽいのですが、あの丘の造成地の土だけは赤いのです。

私が投げた石にも、同じ土がついていました。

隣の宮里さんの話

アパートの一階には、宮里さんという七十過ぎの人が住んでいました。

庭で島らっきょうを作っている人で、よく分けてもらっていました。

金曜の夕方、私は思い切って石の話をしました。

宮里さんは、らっきょうの土を落とす手を止めました。

「あんた、どこかで石、投げたか」

私は黙りました。

「投げたな」

「……投げました」

「どこに」

「丘の上の、新しい家です」

宮里さんは、しばらく私の顔を見ていました。

それから、こう言いました。

「その家、シーサー、いくつあった」

私は、そこで背中が冷たくなりました。

宮里さんは、その家を見たことがないはずです。

外を見る役

宮里さんが教えてくれたのは、こういう話でした。

新しく家を建てたら、屋根の上に一対のシーサーを載せる。

これは、こちらでは当たり前のことです。

ただ、宮里さんの生まれた集落には、続きがありました。

「一つは、家の中を見る。もう一つは、外を見る」

「はい」

「外を見るほうが揃わんうちは、家の者が自分で外を見んといかん」

私は、あのベランダを思い出しました。

六人と一匹が、ばらばらの方向を向いていた理由です。

全員で、別々の方角を見張っていたのです。

あの家族は、もう一体のかわりに、自分たちで外を見ていたのです。

「なんで、座るんですか」

「座らんと、長く見られんだろう」

言われてみれば、そのとおりです。

膝を抱えるのは、一晩中そこにいるための姿勢でした。

宮里さんは、生まれた集落の話も少ししてくれました。

本島北部の、いまはもう人の住んでいない集落だそうです。

そこでは、新しい家が建つと、一年のあいだ、家族が交替で外を見たといいます。

「一年たったら、屋根に載せる」

「最初から載せたら、だめなんですか」

「その家に、どっちの方角が要るのか、一年見んと分からんだろう」

載せる向きを決めるために、一年見る。

だから、外を見るほうのシーサーは、あとから買うものなのだそうです。

私は、あの家の門柱を思い出しました。

買い揃えていないのではありませんでした。

まだ、買ってはいけない時期だったのです。

「表札は」

「表札も、そうだよ」

名前を彫るのも、一年待つ。

「名前があると、こっちの数に入る。数が決まると、増えても減っても分かってしまう」

宮里さんは、そこで話をやめました。

音がしたら、数える

私は、正座に変わったことも聞きました。

宮里さんは、そこで初めて、少し嫌そうな顔をしました。

「音がしたら、数えるんだ」

「数える」

「見張っとるあいだに、外から来たものが、いくつあるか」

体育座りは、見るための姿勢。

正座は、数えるための姿勢。

石が転がるのを目で追っていたのは、追跡ではありませんでした。

あれは、一つ、と数えていたのです。

「じゃあ、僕は」

「あんたは、数えられた」

宮里さんは、らっきょうを新聞紙にくるみながら言いました。

「石は、返しに来とるんだろうな」

「返す」

「外から来た数だけ、外に戻す。そういうやり方だよ」

私の部屋の前の石は、その日、四つに増えていました。

八月のあいだのことを、もう少し書いておきます。

石は、毎朝ありました。

数が四つになった翌日は二つに減り、その次の日は五つになりました。

規則が分からなくて、私はノートに数を書くようになりました。

二週間ぶんを並べてみて、気づいたことがあります。

私が残業をした日の翌朝は、必ず増えていました。

早く帰った日の翌朝は、減っていました。

つまり、私があの家の前を暗い時間に通った日だけ、数が増えるのです。

私は、通勤路を変えました。

遠回りになりますが、海沿いの県道を使うようにしたのです。

その翌朝、石は一つも置かれていませんでした。

ほっとしたのは、半日だけでした。

その日の夕方、工場の駐輪場に停めた原付のシートの上に、石が三つ並んでいたからです。

等間隔でした。

宮里さんは、その晩、私の部屋まで上がってきました。

ドアの前にしゃがんで、置かれていた石を一つずつ手に取って、光にかざしました。

「これは、割れとらんな」

「割れる石なんですか」

「返す石は、割れんように選ぶ」

宮里さんは、その石をそのままの位置に戻しました。

「動かしたら、また一から数え直しになる」

「じゃあ、どうすれば」

「置いといて、跨がんで通れ」

それから私は、二週間ほど、自分の部屋のドアを横向きに出入りしていました。

職場の同僚には、腰を痛めたと説明していました。

表札が白いままだった

その週末、私はもう一度、丘の上へ行きました。

昼間です。

明るいところで見ると、ごく普通の家でした。

庭に子どもの自転車が停まっていて、洗濯物も干してあります。

ただ、門柱の表札が、板のままでした。

木の板がはめてあるだけで、名前が彫られていません。

そして、門柱のシーサーは、やはり一体だけ。

口を閉じているほうでした。

宮里さんによれば、口を閉じているのが、家の中を見るほうだそうです。

外を見るほうが、まだ来ていなかったのです。

私は、投げた石をさがしました。

芝生の上にはありませんでした。

石が、来なくなった朝

九月の第二週です。

その朝、ドアの前に石はありませんでした。

八月のあいだ、数は増えたり減ったりしながら、一日も途切れていませんでした。

それが、ぴたりと止まったのです。

私は、なんとなく落ち着かなくて、通勤路をわざと遠回りしました。

丘の上の家の前を通ると、門柱のシーサーが二体になっていました。

新しいほうは、口を開けています。

台座の色が違うので、あとから買ったものだと分かりました。

そしてその晩、私は帰り道にベランダを見上げました。

誰も座っていませんでした。

洗濯物だけが、風で揺れていました。

正直、そのときはほっとしたのです。

四か月後

その家が焼けたのは、十一月の終わりでした。

私は、翌朝の通勤で知りました。

白い外壁が、上半分だけ黒くなっていました。

屋根はほとんど落ちていて、ハイビスカスの葉が縮れていました。

工場で聞いた話では、その晩は家族全員が親戚の家に泊まっていたそうです。

犬も連れて出ていました。

けがをした人は、一人もいません。

その点だけは、本当に幸いでした。

原因は、配線だろうということでした。

私が気になったのは、そこではありません。

焼け跡の門柱に、シーサーが二体、並んだまま残っていたのです。

煤ひとつついていませんでした。

焼け跡の前で、私は近所の人が立ち話をしているのを聞きました。

その家は、十月に表札を入れたそうです。

木の板に、名前を彫って、はめ直した。

「ちょうど一年になったから」と、奥さんが近所に話していたといいます。

シーサーの二体目を買ったのも、同じ時期でした。

手順としては、何ひとつ間違っていません。

宮里さんの言ったとおり、一年待って、方角を見て、載せて、名前を入れた。

それでも、こうなったのです。

私が気になっているのは、あの家が「一年」を、いつから数えていたのかということです。

建った日からなのか。

住みはじめた日からなのか。

それとも、外から来たものを、最初に数えた日からなのか。

見なくてよくなった日

宮里さんに、その話をしました。

宮里さんは、庭の椅子に座ったまま、しばらく黙っていました。

「揃ったんだな」

「はい」

「揃ったら、家の者は、もう見んでいい」

「はい」

「見んでよくなったら、見えんくなる」

私は、意味を聞き返せませんでした。

ずっとあとになって、こう考えるようになりました。

あの家族が見張っていたのは、火事ではありません。

外から来るものです。

そして、外から来た最初の一つは、私が投げた石でした。

数えられて、返されて、それで終わったつもりでいました。

けれど、外を見る役が二体目に移った日から、あの家では誰も外を見ていなかったのです。

いまも、一体だけです

私は、その二年後に本土へ戻りました。

いまは関西で、小さな一戸建てに住んでいます。

引っ越しのとき、沖縄の市場で買ったシーサーを一体だけ持って帰りました。

対で買いませんでした。

妻には、片方は割れたと説明してあります。

門柱に載せているのは、口を閉じているほうです。

だから、外は、いまも私が見ています。

夜中に物音がすると、起きて、窓のところに座ります。

膝を抱えて座ると、たしかに長く見ていられるのです。

去年、玄関の前に小石が一つ置いてありました。

白っぽい石でした。

赤い土は、ついていませんでした。

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