
これは、母の故郷に伝わる「ハカソヤ」という風習と、私が十八の春に手渡された小さなお守りの話です。
ごく最近になって知ったのですが、母の実家がある集落には、女性だけに受け継がれる言葉があります。
それがハカソヤです。
意味は二つあります。
ひとつは、祝いの言葉です。
初潮を迎えた女の子や、恋人ができた未婚の女性に、「おめでとう」の代わりにそっと囁かれます。
もうひとつは、母から娘へ渡されるお守りです。
安産祈願の護符だといい、娘が就職や結婚で実家を離れるときには、妊娠の予定がなくても必ず持たせます。
この風習で、もっとも固く守られている決まりがあります。
男性には、決して見せてはならない。
たとえ父親や兄弟であっても、男性の前でハカソヤの名を口にしてはいけません。
祝いの言葉を伝えるときは、台所や納戸の陰に相手を呼び寄せます。
そして声を落として、「ハカソヤ、ハカソヤ」と囁くのです。
お守りを渡す場に男のきょうだいがいれば、母ではなく別の女性が、代わりを務めることもあるそうです。
今も集落の男性の多くは、その存在すら知らないのではないでしょうか。
台所で囁く言葉
思い返せば、小学六年の夏に、一度だけその場面を見たことがありました。
祖母の家の台所で、年上の従姉が、叔母に何かを囁かれていたのです。
従姉は耳まで赤くして、小さく頷いていました。
私が敷居のところで立ち止まると、叔母は話を止めました。
「あっちで遊んどき」
いつもより少し硬い声でした。
そこへ叔父が冷えた麦茶を取りに入ってくると、二人はすぐに天気の話を始めました。
子どもだった私は、それを、ただの内緒話だと思っていました。
私がハカソヤを受け取ったのは、大学進学で東京へ出ることが決まった、十八歳の春でした。
渡してくれたのは、母ではなく叔母でした。
母は、古い習慣や迷信めいた言い伝えを、あまり信じない人です。
ハカソヤも、自分の代で絶やすつもりだったようです。
母は結婚を機に集落を出ましたが、妹の叔母は近隣に嫁ぎ、祖母と一緒に地元に残っていました。
出発の三日前、私は祖母の家の台所に呼ばれました。
黒ずんだ壁と、冷蔵庫の低い唸りだけがある、薄暗い台所でした。
叔母は居間のほうを振り返り、襖が閉まっているのを確かめてから、私に近づきました。
「おばあちゃんの気持ちもあるし、都会は怖いところだから。女の子には、どうしてもこれが必要なんだよ」
耳元で、「ハカソヤ、ハカソヤ」と囁かれました。
吐く息が、少し湿っていました。
叔母の手には、ピンク色の布でできた、掌に収まるほどの小さな袋がありました。
どこにでもある、安産祈願のお守りに見えました。
私は深く考えず、「ありがとう」と言って受け取りました。
袋はとても軽く、古い箪笥のような匂いがしました。
居間からは、祖母が茶をすする音と、叔父たちの笑い声が聞こえていました。
その笑い声の中の誰ひとり、今ここで何が渡されたのかを知りません。
そう思ったときだけ、背中に小さな冷たさが走りました。
それでも、中身を知るまでは、私にとってただの荷物のひとつでした。
茶色く固まった布
東京での暮らしが始まって、一か月ほどが過ぎた頃です。
私は、自由な都会の空気に酔っていました。
カフェを巡り、雑貨屋を巡り、評判の店を片端から試して歩きました。
その結果、生活費があっという間に尽きたのです。
アルバイトは、まだ決まっていませんでした。
親に仕送りを頼むのは気が引けて、私は部屋中の引き出しを探して回りました。
そのとき、ふとハカソヤのことを思い出しました。
昔話には、お守りの中にお金が入っていて、困ったときに使いなさいと言われる話があります。
もしかしたら、と淡い期待を抱き、私は袋の口の糸をほどきました。
お金は、入っていませんでした。
出てきたのは、厚紙の台紙と、小さな布切れです。
布は二、三センチ四方の、ガーゼのような素材でした。
黄ばんだ地の半分ほどが、茶褐色に固まって波打っています。
指で触れると、乾いた紙のように硬く、かすかに鉄のような匂いがしました。
隣の部屋のテレビの音が、壁越しに薄く響いていました。
布を持つ指先が、いつの間にか冷えていました。
窓の外では、洗濯機の回る音が遠くで続いていました。
私は布を台紙の上に戻し、息を止めたまま、袋の口を元のように糸で結び直しました。
なぜそうしたのかは、自分でもわかりません。
ただ、そのまま机に置いておくことが、できなかったのです。
「……これ、血じゃないの?」
声に出した途端、六畳の部屋が、急に狭くなったように感じました。
どうしても気になって、私は実家の母に電話をかけました。
母は、私が叔母からハカソヤを受け取っていたことすら、知らなかったようです。
「中に入っていた布、あれは何?」
私が尋ねると、母はしばらく黙り込みました。
受話器の向こうで、台所の水道が細く流れている音がしました。
やがて母は、静かに言いました。
「……酷いことが起こらないように、気をつけてね」
それだけでした。
何を尋ねても、母はそれ以上、何も教えてくれませんでした。
納得できなかった私は、その夜、叔母にも電話をかけました。
そして、まくし立てるように尋ねました。
「あの布……血の染みたあれは、一体何なの!」
叔母は、当たり前のことのように答えました。
「あれは、女の子の血よ。ハカソヤは、男にひどいことをされないようにするお守りなの。姉さんから聞いてなかったの?」
叔母が語った由来
叔母の説明は、こうでした。
昔の日本では、性についての価値観が、今とは大きく違っていたといいます。
儒教のような外からの道徳観が伝わる前は、夜這いが当たり前でした。
女性の身体は、ある種の共有物のように扱われ、生まれた子は「村の子」として皆で育てたそうです。
けれど、それが女性にとって、どれほど過酷だったでしょうか。
望まない妊娠を繰り返し、誰の子かもわからないまま命を産み落とす人もいたはずです。
そんな土地で、女性たちの間だけで密かに作られていったのが、ハカソヤだったのだそうです。
由来を聞いて、私は言葉を失いました。
生まれる前に命を落とした女の子の身体に、産婆が木綿の布をあてる。
そこに残った血を、布へ移し取る。
布を絞って染みを全体に広げ、乾かし、小さく切って、お守りの袋に納める。
それが、私の手元にあるハカソヤの正体でした。
「このお守りには、目的が二つあってね」
叔母は、声を低くしました。
ひとつは、望まない妊娠や乱暴から、女性を守ること。
もうひとつは、もし被害に遭ったとしても、相手の男に呪いを返せること。
「ある女の子が男に襲われたとき、ずっと『ハカソヤ、ハカソヤ』と唱えていたら、男が突然、口から内臓を吐き出して、その場で動かなくなったんだって」
そんな言い伝えまで、残っているというのです。
だからハカソヤは、一人前の女になるときに渡されるのでしょう。
それは、「あなたの身体は、あなたのものだ」という、切実で激しい願いだったのかもしれません。
「ハカソヤって、『破瓜・初夜』のもじりじゃないかって説もあるよ。『男に一泡吹かそうや』とか、『男に内臓吐かそうや』とか、いろんな説があるの」
受話器を握る私の手は、小さく震えていました。
台所で囁かれた「ハカソヤ」の声が、そのとき別の響きを持って、耳の奥によみがえりました。
「でも……そんなお守りを、『おめでとう』の意味で使ってたってこと?」
そう尋ねると、叔母は電話の向こうで、優しく笑ったようでした。
「女にとっての初めてが、幸せなものになりますように。それが、あの言葉の意味よ」
男に向ければ、呪い。
女に向ければ、祝福。
それがハカソヤなのだと、叔母は言いました。
ハカソヤの小さな袋
今の時代、こうした習慣はほとんど失われつつあるそうです。
意味も知らないまま、形だけの挨拶になって残っているのだといいます。
けれど、あの布を見たときの、ぞわりと這い寄るような感覚は、今も消えません。
あれがすべての答えなのかもしれません。
母の故郷の女性たちは、長い時間をかけて、男性社会に抗うための知恵を、密やかに受け継いできたのです。
そして今も、集落の男たちは、その存在を知りません。
電話を切ったあとで、小学六年の夏の台所を思い出しました。
赤くなって頷いていた従姉の横顔と、急に天気の話を始めた叔母の声です。
あの日、従姉が受け取ったのは、祝福の言葉だったのでしょうか。
それとも、もっと重いものだったのでしょうか。
今となっては、確かめる方法もありません。
私の手元には、あのピンク色のお守りが残っています。
どこの誰のものかもわからない血の布が入った、小さな袋です。
机の引き出しの奥にしまってありますが、開け閉めのたびに、あの鉄のような匂いを思い出します。
持っているのは、気味が悪いです。
先月、東京で初めて熱を出した夜、私は引き出しを開けて、袋を枕元に置いて眠りました。
怖いのに、手放せない。
その矛盾が、あの集落の女性たちの手から手へ渡ってきた時間の重さなのかもしれません。
それでも、捨てていいものかどうか、私はまだ決められずにいます。