白いスニーカーは片方だけ
出雲の斐伊川沿いの町には、人を送り出すときの古い作法が残っています。伯母の家の三和土に置かれた白いスニーカーは、一年が近づいても片付けられませんでした。半年後の…
出雲の斐伊川沿いの町には、人を送り出すときの古い作法が残っています。伯母の家の三和土に置かれた白いスニーカーは、一年が近づいても片付けられませんでした。半年後の…
共働きの両親に代わって俺の世話をしてくれた『佐々間のおばちゃん』。ある日、寝たきりのはずの婆ちゃんが俺を二階に隠し、おばちゃんは日が暮れるまで三度うちを訪ねて来…
毎朝四時、庭で煙草を吸う私に新聞を渡してくれる高校生がいました。クリスマスの朝から三日のあいだだけ、その子は挨拶をせず、いつもの角を曲がりませんでした。曲がらな…
ゴールデンウィークにお茶工場を手伝いに帰った田舎で、小五の従妹が言った。学校の渡り廊下に、おごめご様が出る。それは俺が通った頃、墓石だと噂された黒い岩のことだっ…
高校一年、朝六時半の満員電車で、いつも空いていた席に半年座り続けた。七月の朝、背もたれの向こうからボソボソとした声がして、振り向いた俺は何を見たのか。黒ずんだ制…
喋れない幼馴染が使っていた指さし表は、字の入っていない端の枡だけが黒く汚れていました。十三回忌のあとに届いた封筒と、古いパソコンに残っていた数字の並びが、あの晩…
小学生の頃に作った怖い話が学校中に広まり、泣きじゃくる私に祖父は、遠い山の村で起きた出来事を語ってくれた。その話に出てきた入ってはいけない場所とは何だったのか。…
盆地の独身寮に転勤してきた同僚は、窓から煙突が見えると言って四週間ごとに部屋を替えていました。彼の郷里に残る煉瓦の煙突と、その根元に縦に彫られていた名前の列。二…
煙が上がっとる三日のあいだは、はざまで人と口をきくな——父の言い付けを、小学生だった俺は何も知らずに破りました。昭和五十七年の常滑で五回だけ会った男と、母のカレ…
大隅の谷の社に、いつ行っても待っている坊主頭の子がいました。別れぎわは必ず「またね」で、たった一度だけ「さいなら」と言われた。十三年後に見た神社庁の名簿には、常…
谷で拾った字は声に出して読むな——祖母の言い付けを、俺は面倒くさがって妹に押し付けました。その晩から妹は声を失い、三十七日目に姿を消します。徳島の山あいの集落で…
昭和六十年の夏、川原に建つ見世物小屋で木戸番をしました。祖父に言われたのは、釣りを先に渡せという一言だけです。幕の内から響く拍手、濡れる地面、減っていく矢印、十…
人見知りをしない双子の弟は、人の顔ではなく頭ひとつ上を見て笑う子でした。二十年ぶりに訪ねてきた同級生を見て、姉が初めて泣き叫んだ雨の日。三和土に残された素足の跡…
十七で入った山陰の温泉宿には、十九年も離れに逗留する客がいました。障子は開けない、開いていたら閉めずに下がる、顔を見たらその日のうちに宿を出る。この三つの決まり…
その夏だけ、弟が淡々と変なことを言い出しました。上半身だけ起き上がる姉、床から半分出ている人、服の下に座る軍人。房総の古い借家にあった、一畳だけ床の高さが違う窪…
六月の夕暮れ、蛙の声が消えた道で、頭に包帯を巻いた子供が一輪車で坂を下ってきた。両手には、生きた白いニワトリ。影はあるのに、音がしない。坂の上は行き止まりで、そ…
製本所の主任、五十嵐さんは誰も写っていない写真を見せてくる。弁当は毎日二段で、出張の土産は必ず三つ。創業五十年の慰労会の帰り、真っ暗な家の奥から軽い足音が走って…
高校二年の夏、廃校になった分校にひとりで泊まった郡司が消えました。翌朝かけた電話は繋がり、向こうからものすごい風の音がした。しかし携帯は寝袋の中にあった。二十年…
子どもの頃、私のそばにはいつも、姿の見えない「いたずら好きな何か」がいました。肩を叩き、時計を狂わせ、ときに私を危険から守った、その正体とは——。やがて知ること…
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