指さし表の端だけが汚れていた

指さし表の端だけが汚れていた

A子の指さし表は、いちばん端の、何も書いていないところだけが、黒く汚れていた。

五十音を並べた、下敷きくらいの大きさの紙だ。

行の終わりに、字の入っていない枡がいくつか残っている。

そこだけが、指の脂で灰色になっていた。

俺は十年、それを「押し間違い」だと思っていた。

隣の家の幼馴染

小学生の頃、家の隣にA子という幼馴染がいた。

A子は喋ることができなかった。

生まれつき声帯に問題があったらしい。

それに加えて肺にも大きな欠陥があり、運動はもちろん、普段の生活にも支障があった。

学校はA子とA子の母親の希望もあって、俺と同じ小学校に通った。

そこでは、お約束のようないじめが待っていた。

相手にしてみれば、仕返しもなければ本人の口から拒まれもしないから、やりやすかったのだと思う。

俺はA子を庇い、フォローをしていた。

というか、A子の母親に頼まれていた。

おかげで変人呼ばわりされるし、A子と付き合っているとからかわれた。

外で遊べない代わりに、テレビゲームやトランプで遊んだ。

A子は喋れないので、意思の伝え方はいくつかあった。

簡単なことは首の振り方と、手のひらの向き。

長い話は、紙に書く。

その中間にあったのが、あの指さし表だった。

字を書くと時間がかかるし、A子は疲れやすい。

だから急いでいるときは、表の上を指がすべった。

俺はそれを読み上げる係だった。

四年生のとき、クラスの何人かが、その表を取り上げたことがある。

回して、笑って、最後に窓際の掃除用具入れの上に置いた。

A子は取り返しに行かなかった。

ただ、席に座ったまま、机の上を指でなぞっていた。

何もない机の、右の端のほうを。

俺はそれを見て、表がなくても指は動くのだと知った。

喋れない幼馴染と十年一緒にいて、俺が本当に理解していたのは、そのくらいのことだった。

放課後、表を取ってきて渡すと、A子は首を横に振ってから、うなずいた。

ありがとうと、いらなかった、が同時にあるような振り方だった。

三つ目のコップ

その頃から、違和感があった。

明らかに二人しかいないはずの部屋で、誰かがいる気がした。

A子の母親が、ジュースを二つではなく、間違えて三つ持ってきたこともある。

あのときのことは、いまでもはっきり覚えている。

俺は素直に「一個多いです」と言った。

おばさんは「あら」と言って、笑って、けれど下げなかった。

三つ目のコップは、そのままテーブルの端に置かれた。

結露して、輪の跡が残った。

他にもあった。

ゲームの桃鉄で遊ぶとき、俺とA子、そして機械の三人でやるのが暗黙の了解だった。

だけどその機械が、妙に人間くさい動きをした。

いちばん弱い設定にしているのに妙に強く、普通は使わないカードを使う。

一度、A子が席を外したときに、機械の手番を見ていたことがある。

その回だけ、駒が目的地とまるで違う方向へ進んだ。

戻ってきたA子が画面を見て、少し笑った。

俺が「変な動きしたぞ」と言うと、A子は表の上を指ですべらせた。

「い」「つ」「も」。

それから、端の空欄を押した。

俺は「いつも、な」と読んで、それで終わりにした。

あの空欄が主語だったのだと、いま思う。

三つ目のコップは、その日から毎回、三つになった。

おばさんは何も言わないし、俺も言わなくなった。

小さい頃は意識していなかった。

中学生になっても、偶然だと思っていた。

布団のサイズ

だけど、夏休みにA子の家に泊まった夜、はっきりおかしなことが起きた。

そのとき、A子と一つの布団で寝ていた。

夜中に目が覚めたとき、俺とA子のあいだに、誰かがいる気配がした。

寝ぼけていたので、よく見ようとはしなかった。

朝になって、異変に気がついた。

一緒に寝た布団は、俺とA子でちょうどのサイズだった。

間に誰かは入れない。

その日以来、いくら誘われても、俺はA子の部屋に泊まらなくなった。

いま思えば、いろいろな機会を無駄にしたと思う。

言っておくが、そのときも何もしていない。

中二病を発症していた俺は、A子の病気はこの違和感のせいだとか、A子は何かに狙われているとか言って、後の黒歴史を作っていた。

ただ一つ、あの朝に気づいて、言わなかったことがある。

枕元に置いてあった指さし表が、布団の真ん中にあった。

俺とA子のあいだ、ちょうど、誰かがいた気がしたあたりに。

俺は寝る前、それを枕元に置いたはずだった。

A子は寝返りが打てない。肺のせいで、上を向いたまま寝る。

だから、A子が動かしたとは考えにくかった。

もう一つ、いま思い出しても背中が冷たくなることがある。

表は、俺のほうを向いていなかった。

A子のほうも向いていなかった。

字が、天井を向いて置いてあった。

上から読む人にだけ、正しい向きだった。

パソコンを教えた年

高校に入る頃には、A子は自宅にこもるようになった。

ニートという訳ではなく、学校に行くだけの体調が保てなかったのだ。

そこで俺は、パソコンのチャットやメッセンジャーを教えた。

喋れないA子でも、そこでなら話ができる。

話し友達もできると思ったのだ。

それは大成功で、A子はかなり楽しんでいた。

もっとも、俺は異性としてA子を意識し始めていたので、ぎこちなくなっていた。

せいぜい、メッセンジャーやチャットで話す程度だ。

設定はほとんど俺がやった。

A子は打つのが遅いので、よく使う文を定型文として登録してやった。

五つだけ。

一番目が「おはよう」、二番目が「ありがとう」、三番目が「一緒に行こうよ」。

三番目は、俺が勝手に入れたものだった。

A子は外に出られないので、俺が誘う側だった。

だから、A子が俺を誘い返せるように、一つ入れておいた。

そのときA子は表の「あ」と「り」を続けて指して、それから、また端の空欄を押した。

俺は「ありがと、な」と勝手に読んで、笑って済ませた。

あとの二つは「またね」と「ねむい」だった。

いま思えば、五つは少なすぎた。

だが当時の俺は、多いと選ぶのに時間がかかるだろうと考えた。

親切のつもりだった。

シェイク機能も教えた。

相手がボタンを押すと、こちらの画面が揺れてチャイムが鳴る。

それが、俺を呼ぶ合図になった。

引き出しの日記

そんなA子も、大学に上がる前に逝ってしまった。

風邪に伴う肺の病気の悪化とのことだった。

俺はそれが信じられなくて、ベッドの上のA子を見ても、葬式に行っても、現実とは思えなかった。

いつものように高校から帰れば、また馬鹿みたいな話ができるんじゃないかと思っていた。

このままじゃいけないと思い、気持ちにケリをつけるため、久しぶりにA子の部屋に行った。

そこにあったのは、綺麗に片づいた部屋と、俺のバイト代で買ってやったパソコンと、例の違和感だった。

A子はいないはずなのに、誰かがいる感覚。

何気なく、本当に何気なく、机の引き出しを開けた。

そこにあったのは日記だった。

多少の罪悪感を感じながら読んでいって、俺は絶句した。

「今日も私と俺君とBちゃんと三人で遊んだ」

俺はBちゃんなんて知らない。

「俺君はいつも夕方には帰っちゃう。C君はいつも遅くまであそんでくれる」

A子の母親は、夕方には友達を帰す人だった。

遅くまでいるはずがない。

「明日は俺君が家に泊まる日。Bちゃんも泊っていくのかな」

あの夜のことも書いてあった。

ほかにも、架空としか思えない名前の「友達」が何人もいた。

俺は怖くなった。

違和感を作り出していたのは、A子なのか。

俺に見えていなかったのか。A子にしか見えなかったのか。

ただ、以前A子の母親は、ジュースを三つ持ってきた。

その晩のこと

途中で気分が悪くなったので、帰ることにした。

歩いて十数秒の距離なのに、突然、頭痛が起きた。

俺の母親は「疲れているようだから寝なさい」と言い、強制的に寝かされた。

当然眠れるわけもなく、習慣的にパソコンを起動したあと、ぼんやり考え事をしていた。

すると、突然メッセンジャーの書き込み音が鳴った。

相手はA子。ありえない。

内容も見ずに、俺はA子の家へ走った。

そのあいだにも、頭痛は酷くなるばかりだった。

おばさんに上手く伝えられなかった俺は、咄嗟に忘れ物をしたと言って、部屋に入れてもらった。

部屋は真っ暗で、パソコンも動いていなかった。

お礼を言って、自分の家に戻った。

そこでようやく、内容を見ていないことを思い出した。

画面の前に行こうとするあいだも、警告するように頭痛が酷くなる。

それでも、俺は見ることをやめなかった。

そこにあったのは、意味のない文字の羅列だった。

それが何度も送られてきている。

そして最後に、一行だけ。

「一緒に行こうよ」

そこまで読んで、頭痛が最高潮になった。

そして、あれが来ている。いつも感じていた違和感が、不意に。

その時、シェイクが起きた。

何度も、何度も、何度も。

俺はまずいと思って部屋から逃げようとした。

しかし、あまりの頭痛に体が動かず、そこで意識が無くなった。

翌日、気がついてパソコンを見ると、メッセージは消えていた。

勇気を出してA子の家に行ってみたが、日記が無くなっていた。

おばさんに聞いても、知らないと言う。

十三年後に届いたもの

ここまでが、当時の俺が体験したことだ。

本当は、ここで終わっていた話だった。

去年、A子の十三回忌のあとで、おばさんから封筒が届いた。

中に入っていたのは、あの指さし表だった。

厚紙が反って、角が丸くなっていた。

手紙が一枚ついていた。

「これは、あなたが持っているのが筋だと思いました」

「日記は、私が持ち出しました。あのとき嘘をついてごめんなさい」

「読ませたくなかったのではありません。あなたが自分を責めると思ったからです」

俺は表を、蛍光灯にかざした。

端の空欄のところだけ、紙が薄くなって、光が透けていた。

一枚だけではない。

おばさんは、同じ表を何度も作り直していたそうだ。

作り直すたびに、同じ場所が先に薄くなった。

そのとき、思い出したことがある。

A子が空欄を押すのは、いつも、誰かの名前を言おうとしているときだった。

「Bちゃん」も「C君」も、人の名前ではない。

名前を綴れない相手に、A子が順番につけていた仮の呼び方だ。

俺のことを「俺君」と書いていたのも同じ理由だった。

俺の名前は画数が多くて、表の上で指が七回動く。

だからA子は、俺が自分を「俺」と呼ぶのを聞いて、二文字で済ませることにしたのだ。

Bも、Cも、そういう相手だった。

名前を知らない。だから綴れない。だから空欄を押す。

おばさんがジュースを三つ持ってきたのは、間違いではなかった。

娘が空欄を押すのを、たぶん、何年も横で見ていたのだ。

そして一度も、いないでしょう、と言わなかった。

手紙の終わりに、もう一行あった。

「あの子は、名前のわからない人の話をするとき、いつも嬉しそうでした」

怖い話にするつもりはない、という意味だと思った。

実際、A子の日記に、怖いことは一つも書いていなかった。

三人で遊んだ、遅くまで遊んでくれた、明日は泊まる日。

楽しかったことだけが書いてあった。

怖がっていたのは、いつも俺のほうだ。

あの布団から逃げたのも、日記を読んで気分が悪くなったのも、俺だ。

A子は一度も、俺に、いま誰かいる、とは伝えてこなかった。

伝えられなかったのではない。

伝える必要を、感じていなかったのだと思う。

俺にとっての違和感は、A子にとっては、ただの日常だった。

羅列の読み方

俺は、当時のパソコンの古いログを引っ張り出した。

あの晩の分は消えていたが、それより前のやり取りは残っていた。

A子は、たまに数字だけを送ってくることがあった。

俺はいつも、誤送信だと思って流していた。

ログは、実家の押し入れにあった古いパソコンの中に残っていた。

電源は入ったが、日本語が文字化けしていて、読めるようにするまで二晩かかった。

直したあとで気づいたのだが、化けていたのは全部の行ではなかった。

A子が打った日本語は、ちゃんと出た。

化けていたのは、数字の行だけだった。

数字なのに、化ける。

そんなことは起きないはずだ、と詳しい後輩には言われた。

並べてみて、ようやく分かった。

指さし表の、行と段の座標だった。

一つ目の数字が行、二つ目が段。

打つのが遅いA子が、いちばん早く名前を伝えられる方法が、それだった。

あの晩の「意味のない文字の羅列」も、たぶん同じものだ。

俺は覚えている限りの並びを、表の上でなぞってみた。

途中まではまともな座標で、途中から、同じ二つの数字が繰り返されていた。

表の、いちばん端。

字の入っていない枡だ。

誰かの名前を綴ろうとして、綴れなくて、そこを何度も押していた。

そして最後の一行だけが、日本語だった。

打ったのではない。選んだのだ。

「一緒に行こうよ」は、私が入れた定型文の、三番目だった。

いまも消していない

あの一行が誰の言葉だったのかは、俺には分からない。

A子が選んだのか、名前のない誰かが選んだのか。

ただ、あの五つの定型文を作ったのは俺だ。

選べる言葉を五つに絞ったのも、俺だ。

喋れない子に、俺は五つしか渡していなかった。

いまはもう、あのメッセンジャーのサービス自体が終わっている。

それでも俺は、同じ五つを、いまのアプリの定型文にそのまま登録している。

三番目も、消していない。

消したら、あの子がもう一度何かを言いたくなったときに、選ぶものがなくなる気がするからだ。

誰も呼べない名前が家に残る話なら、名前を呼べる人が一人もいなくなった家の話もある。

名簿や表の空欄が埋まらないまま一年が過ぎる話は、教室に一つだけ多い机の話でも読んだ。

空いているところは、たいてい、空いたままにしておいたほうがいいらしい。

ただ、あの指さし表だけは、いまも机の引き出しに入れてある。

端の空欄が、いちばん薄い。

去年より、少し薄くなった気がする。

怖い話・不思議な体験・都市伝説まとめ|ミステリー

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