
金曜の夕方になると、玄関の前に灰色のセダンが停まりました。
少し古い型の車です。
運転席には、いつも若い女性が座っていました。
Kさんは、その車に笑顔で乗りこんでいきます。
「では、行ってきます」
そう言って、軽く頭を下げて。
あの車のことを、私はいまも金曜の夕方になると思い出します。
顔を、一度も見なかったからです。
その療養病棟は、町外れの丘の上にありました。
古い療養所を改装した、築五十年を超える建物です。
白い壁は雨だれの筋で薄汚れていました。
廊下の床は、歩くたびにきしんだ音を立てます。
私がそこへ勤め始めたのは、まだ二十代の半ばでした。
夜勤の多い、決して楽な職場ではありません。
それでも、患者さんたちは穏やかな方が多い病棟でした。
裏手には、手入れのされていない雑木林が広がっています。
夕方になると、その林からひぐらしの声が降るように聞こえました。
古い建物は、夜になるとあちこちで小さな音を立てます。
配管の鳴る音。
窓のきしむ音。
誰もいないはずの廊下を渡る、かすかな足音。
慣れるまでは、夜勤のたびに何度も振り返ったものです。
いちばん嫌だったのは、東棟の渡り廊下でした。
片側だけが窓で、夜は外の雑木林がそのまま映ります。
自分の姿と、林の影が重なって見えるのです。
だから私は、渡り廊下では窓を見ないと決めていました。
先輩からは、こう言われていました。
「この建物は古いからね。気にしすぎると、もたないよ」
私は、その言葉をまじないのように繰り返していました。
この丘には、古くから一つの言い伝えがありました。
療養所だった頃のことです。
治る見込みのない患者が、よくこう口にしたのだそうです。
「迎えが、来た」
そして、その晩のうちに静かに眠りにつく。
丘の上の人々は、それを「お迎え」と呼んでいました。
先に逝った身内が、最期に迎えに来てくれるのだ、と。
年配の職員は、半ば本気でこう言っていました。
「この丘では、迎えが来たら、おしまいなんだよ」
ナースステーションの棚には、歴代の職員が残した申し送りの綴りがありました。
そのいちばん古い一冊に、鉛筆で書き足された行があります。
「迎えの車は、名簿に載らない」
誰の字かは、分かりませんでした。
当時の私は、先輩の悪ふざけだと思っていました。
私は、ただの言い伝えだと笑っていました。
金曜の三時の髭剃り
その患者さんを、仮にKさんと呼びます。
五十代の男性で、長く入院されている方でした。
病状は比較的落ち着いていました。
週末になると、外泊を許されていたのです。
金曜の夕方に自宅へ帰り、月曜の朝に戻ってくる。
それが、Kさんの決まった過ごし方でした。
Kさんには、金曜だけの習慣がありました。
Kさんは毎週金曜、決まって三時に髭を剃っていました。
洗面台の前で、鏡を拭いてから、ゆっくりと。
剃り終えると、襟を正して廊下を歩きます。
「娘に、みっともない顔は見せられませんから」
そう言って、Kさんは笑いました。
「今週も、娘が迎えに来てくれるんですよ」
金曜になると、Kさんはきまって私にそう言いました。
「優しい娘でね。毎週、休まず来てくれるんです」
そう話すときのKさんは、本当に満ち足りた顔をしていました。
私も、つられて笑顔になったものです。
ただ、一度だけ引っかかったことがあります。
Kさんは、娘さんの名前を一度も口にしませんでした。
「娘」「あの子」としか言わないのです。
私はそれを、照れのようなものだと思っていました。
「いい娘さんですね」
そう返すと、Kさんは何度もうなずきました。
「娘はね、私のことを、お父さんお父さんと慕ってくれてね」
「来週も、きっと迎えに来てくれます」
「あの子は、約束を破らないんです」
そう語るKさんの目は、いつもどこか遠くを見ているようでした。
月曜に戻ってくると、Kさんはまた穏やかな顔をしていました。
「週末は、どうでしたか」
私が聞くと、Kさんは決まってこう答えました。
「娘の作ってくれた料理は、本当においしくてね」
その横顔には、何の曇りもありませんでした。
Kさんは、週末に持っていく荷物も決まっていました。
着替えが一組と、包装紙にくるんだ小さな箱が一つ。
箱の中身は、駅前の店で買ったという飴でした。
「娘が、これが好きでしてね」
「昔から、この味しか食べないんです」
月曜に戻ってくると、その箱はいつも空になっていました。
包装紙だけが、几帳面にたたんで鞄に入っています。
だからこそ、私たちは何も疑わなかったのです。
灰色のセダンの窓
最初に違和感を覚えたのは、同僚のNさんでした。
ある金曜の夜、Nさんがふと首をかしげたのです。
「ねえ、Kさんの娘さんの顔、ちゃんと見たことある」
言われてみれば、私は一度もはっきりとは見ていませんでした。
灰色のセダンは、いつも玄関から少し離れた場所に停まります。
女性は車から降りず、運転席に座ったままでした。
窓ガラスには、いつも夕日が反射していました。
顔は、影になっていました。
「いつも、ちょうど顔が見えないのよね」
Nさんは、そう言って少し気味悪そうにしました。
私は、たまたまだろうと受け流しました。
そのときは、まだ。
二つめの違和感は、面会記録でした。
私たちの病棟では、送り迎えに来た家族は必ず受付の名簿に記帳します。
日付、氏名、続柄。
決まりですから、例外はありません。
ところが、Kさんの娘さんの欄だけが、いつも空白でした。
私は、過去の名簿をさかのぼって確かめました。
Kさんが外泊を始めてから、もう一年以上。
その間、娘さんが記帳した記録は、ただの一度もありませんでした。
もっと妙なのは、数字でした。
その一年で、Kさんが外泊した回数は五十二回。
ひと週も欠けていなかったのです。
台風の日も、大雪の日もありました。
職員の半分が来られなかった日にも、灰色のセダンは来ていました。
「変ね。毎週来ているのに」
Nさんも、名簿をのぞきこんで眉をひそめました。
気になって、私はもう一歩踏みこみました。
Kさんの外泊許可の書類を確認したのです。
そこには、保護者の署名欄がありました。
娘の名で、毎回きれいな字のサインがされています。
けれど、その筆跡を私は知りませんでした。
病棟の誰も、その手を見たことがなかったのです。
受付の職員に聞いても、誰も言葉を交わした覚えがないと言います。
いつのまにか来て、Kさんを乗せて、いつのまにか帰っている。
そういう存在でした。
一度だけ、私は顔を見ようとしたことがありました。
金曜の夕方、Kさんを見送るふりをして車に近づいたのです。
あと数歩で、窓ガラスに手が届くというところでした。
ふいに、首筋の毛が逆立ちました。
理由は、わかりません。
ただ、これ以上近づいてはいけない。
体のほうが、先にそう感じ取ったのです。
私は、足を止めました。
窓ガラスの向こうで、影がゆっくりとこちらを向いた気がしました。
けれど、夕日の反射が強くて、やはり顔は見えません。
「先生、どうかしましたか」
Kさんに声をかけられて、私は我に返りました。
「いえ、なんでもありません。お気をつけて」
そう言うのが、やっとでした。
車が走り去ったあと、私の手のひらは汗で濡れていました。
そのとき、私はひとつだけ見ていました。
後部座席の窓が、ほんの少し開いていたのです。
そこから、飴の甘い匂いがしました。
Kさんが鞄から出したのは、車に乗ってからのはずでした。
玄関のカメラの映像
三つめの違和感は、防犯カメラでした。
玄関には、古いカメラが一台だけ設置されています。
あるとき、別の用事でその映像を確認することがありました。
金曜の夕方、Kさんが外泊する時間帯です。
画面の中で、Kさんが玄関から出てきました。
そして、ぺこりと頭を下げて歩いていきます。
けれど、その先に車は映っていませんでした。
カメラの角度のせいかと思い、私は何度も巻き戻しました。
Kさんは、誰もいない方向へ向かって笑顔で話しかけています。
そして、車のドアを開けるような仕草をしました。
何もない空間に、乗りこむように身をかがめたのです。
画面には、灰色のセダンも、若い女性も、どこにも映っていませんでした。
私は、背筋が冷たくなるのを感じました。
その映像を、同僚のNさんにも見せました。
Nさんは画面を食い入るように見つめました。
それから、震える声で言いました。
「車が、ない」
「Kさん、何もないところに、しゃべってる」
私は、答えることができませんでした。
その映像には、もう一つおかしなところがありました。
Kさんが身をかがめたあと、画面の隅の枯葉が動くのです。
ちょうど、車が発進したときのように。
風はありませんでした。
その日の記録には、終日、無風と書かれていました。
私たちは、その映像のことを誰にも言いませんでした。
言ったところで、信じてもらえるはずがありません。
それに、口にすれば何かが現実になってしまう気がしたのです。
その日から、私は金曜の夕方が少し怖くなりました。
玄関に停まる、見えない車。
その運転席に座る、誰か。
考えないようにすればするほど、その影は頭から離れませんでした。
知らないほうがよかった映像というものが、たしかにあります。
部屋の中で聞こえるはずのない声を聞いた人の話を読んだとき、私はこの映像を思い出しました。
見てしまうと、もう見なかったことにはできません。
それでも私は、金曜の見送りをやめませんでした。
やめてしまえば、Kさんが一人になる気がしたからです。
決定的だったのは、ある月曜の朝です。
いつもなら、Kさんは八時には病棟に戻っています。
ところが、その日は九時を過ぎても戻りませんでした。
十時になっても、Kさんは現れません。
私たちは心配になり、Kさんの自宅へ電話をかけました。
何度かの呼び出し音のあと、年配の女性が出ました。
Kさんの奥さんでした。
「もしもし、療養病棟の者ですが。ご主人がまだお戻りでなくて」
私がそう告げると、奥さんは不思議そうな声でこう言いました。
「主人が。外泊なんて、私は何も聞いていませんよ」
私は、言葉に詰まりました。
「ですが、毎週末、娘さんがお迎えに来られて」
そこまで言って、受話器の向こうがしんと静まり返りました。
あずかりますという字
奥さんは、低い声でこう続けました。
「うちには、娘なんていません」
その一言で、私の頭の中が真っ白になりました。
「子どもは、いないんです。ずっと、夫婦二人きりで」
奥さんの声は、震えていました。
奥さんは、すぐに病棟まで駆けつけてきました。
小柄な、品のいい方でした。
「主人は、外泊なんて一度もしていないはずです」
青ざめた顔で、そう繰り返しました。
私は、金曜の習慣のことを話しました。
話しながら、自分の声が遠くに聞こえていました。
三時に髭を剃り、襟を正して廊下を歩くこと。
奥さんは、それを聞いて動きを止めました。
「あの人は、髭を剃るのが嫌いな人です」
「結婚してから四十年、休みの日は一度も剃りませんでした」
剃るのは、人に会うときだけだったそうです。
では、あの人は毎週金曜、誰に会いに行っていたのか。
自宅には、Kさんが帰ってきた形跡がまったくありませんでした。
私は、飴のことも話しました。
奥さんは、その話でようやく涙をこぼしました。
「あの飴は、あの子が最後まで食べたがっていたものです」
「もう、どこにも売っていないはずなんですけど」
駅前のその店は、十二年前に店をたたんでいました。
私は、翌日わざわざ確かめに行きました。
シャッターには、色の褪せた貸し物件の紙が貼ってありました。
奥さんは、震える手で一枚の古い写真を取り出しました。
色のあせた、小さな写真です。
そこには、幼い女の子がはにかんで写っていました。
「これが、先に逝った娘です」
奥さんは、そう言って目を伏せました。
その横顔を見て、私は言葉を失いました。
あどけない、けれど、どこか芯の強そうな目もと。
もし、この子が大人になっていたら。
きっと、あの灰色のセダンの運転席によく似合ったことでしょう。
その後、Kさんの行方は知れませんでした。
警察にも届けましたが、手がかりは何も出てきません。
丘を下る道に、カメラはありません。
目撃者も、いませんでした。
あとで私は、Kさんの古い記録を調べました。
分厚い、黄ばんだファイルの中に、それはありました。
Kさんには、かつて一人の娘がいたのです。
その娘さんは、まだ三つか四つの頃に病で旅立っていました。
もし生きていれば、ちょうどあのくらいの若い女性です。
ファイルには、当時のKさんの様子も短く記されていました。
娘を失ったあと、Kさんは長く心を病んだのだと。
「娘が、迎えに来る」
Kさんは、入院した当初からずっとそう言い続けていたそうです。
医師は、それを悲しみが生んだ妄想だと考えていました。
けれど、私たちはたしかに見たのです。
金曜の夕方、玄関に停まる灰色のセダンを。
Kさんを乗せて、丘を下っていく後ろ姿を。
あれが妄想であったのなら。
毎週Kさんを、いったい誰がどこかへ連れていっていたのでしょう。
ベッドの上の紙きれ
ひとつだけ、忘れられないことがあります。
Kさんがいなくなった、あの月曜の朝のことです。
私が出勤すると、Kさんのベッドの上に一枚の紙が置かれていました。
子どもが書いたような、たどたどしい字でした。
「おとうさんは、わたしがあずかります」
ただ、それだけが書かれていました。
誰が、いつ、その紙を置いたのか。
夜勤の職員は、誰も気づかなかったと言いました。
病棟の扉は、夜のあいだすべて施錠されていたのです。
字は、鉛筆でした。
ひらがなだけの、大きさの揃わない字です。
「あ」の輪が、二重に描かれていました。
何度もなぞって書いたのだと思います。
その紙きれは、今も私の手元にあります。
紙の裏には、うっすらと甘い匂いが残っていました。
十年経った今でも、まだ消えていません。
土地に残ったものが人を選ぶ話を人から聞いたことがありますが、あれは土地の話でした。
丘のほうは、もう更地です。
それでも消えないものが、私の引き出しに一枚だけあります。
何度捨てようとしても、できませんでした。
あの病棟は、数年前に取り壊されました。
解体の日、私は休みを取って見に行きました。
玄関のあたりに、重機が二台入っていました。
灰色のセダンが停まっていた場所は、ただのアスファルトです。
そこだけ、なぜか草が生えていませんでした。
丘の上には今、何も残っていません。
雑木林だけが、昔のままに風に揺れています。
私は今も、同じ仕事を続けています。
金曜の夕方に外泊の見送りをするたび、玄関のほうを確かめます。
ときどき、あの丘の前を通ることがあります。
そのたびに、私は車の速度を少しだけ落としてしまうのです。
更地の入口に、車が一台停められる幅の切り込みがあります。
誰が使うわけでもない、舗装の切れ目です。
そこだけを、つい見てしまいます。
見たいのか、見たくないのかは、自分でも分かりません。
金曜の、夕方に限って。