弟が、その夏だけ変なことを言った。
怖がらせるつもりは、なかったと思う。
淡々と、天気の話をするみたいに言うのだ。
それが、いちばん困った。
うちは、房総の内陸にある古い借家だった。
父の転勤で、二年だけ住んだ家だ。
築年は聞いていない。
聞かなくても、廊下を歩けばわかる。
どこを踏んでも、必ずどこかが鳴った。
家は、県道から一本入った坂の途中にあった。
周りは畑と、竹林だ。
隣の家までは、二百メートルある。
竹林のことも、書いておく。
家の裏手が、そのまま竹林になっている。
夜になると、鳴った。
風がなくても鳴る。
竹はそういうものだと、父が言った。
「地面の下で、全部つながっとるからな」
一本が揺れると、離れた一本が鳴る。
だから、鳴っている場所と、揺れている場所は違う。
父は理屈で説明する人だった。
あの夏の説明も、たぶん全部理屈だったのだと思う。
理屈でしか、あの部屋にいられなかったのだ。
庭に、井戸の跡があった。
コンクリートの蓋がしてあって、その上に植木鉢が七つ載っていた。
重石だ、と父は言った。
何のための重石かは、言わなかった。
井戸の蓋の上の植木鉢は、七つあった。
母が、そのうち二つを庭の隅へ動かしたことがある。
花を植え替えるのに、日当たりが要るからだ。
その晩、父が黙って戻した。
母は何も言わなかった。
翌朝、鉢は七つに戻っていた。
元の位置に、正確に。
父は几帳面な人だ。
位置を憶えていたのだろう。
ただ、あの人が庭仕事をするのを、私はその一度しか見ていない。
この一帯は、戦時中に何かの施設があったらしい。
らしい、というのは、大家がそう言ったからだ。
「昔は何もない土地でしたけどね」
と言ったあとに、
「まあ、いろいろありましたけど」
と続けた。
いろいろ、の中身は聞かなかった。
中学生の私が聞くことでもない。
引っ越して来た日のことを、あとで思い出した。
内見には、私も付いて行っている。
大家が、寝室の襖を開けたときだ。
「ここは、ご夫婦で使われますか」
と聞いた。
母が、
「子どもも寝るかもしれません」
と答えた。
大家は、そこで少しだけ間を置いた。
「まあ、夏だけでしょうし」
当時の私は、何も思わなかった。
エアコンが一台しかない家なのだから、夏だけに決まっている。
いま思い出すと、あれは同意ではない。
確認だ。
夏だけなら、という条件つきの。
冷房は、親の寝室にしかなかった。
十二畳の、少し変わった形の部屋だ。
長方形の南東の角が、一畳ぶんだけ引っこんでいる。
窪みになっている。
そこに、父がハンガーラックを置いていた。
背広が四着と、母のコートが二着。
夏でも、掛けたままだった。
「なんで片付けないの」
と一度聞いたら、
「掛けとくとこがそこしかない」
と父は言った。
それは、たしかにそうだった。
窪みの畳は、他と色が違った。
部屋じゅうの畳が、日に焼けて薄茶になっている。
窪みの一畳だけ、青いままだった。
日が当たらないからだ、と最初は思った。
ただ、その部屋は南東の角が窪みなのだ。
朝いちばんに日が入るのは、そこだ。
父も、一度だけそれを言った。
「ここだけ、新しいんかな」
畳屋を呼ぶ話は、それきり出なかった。
ハンガーラックには、決まりがあった。
父の背広は、左から順に、紺、紺、グレー、茶。
父は几帳面な人だ。
色の濃い順に並べる。
ある朝、茶が左端に来ていた。
父は、何も言わずに並べ直した。
次の朝も、茶が左端だった。
三日目に、父は並べるのをやめた。
やめたことを、誰も指摘しなかった。
うちは、そういう家だった。
見えているものを、順番に見なかったことにしていく。
それで、一か月をやり過ごすつもりだったのだと思う。
※
真夏の一か月だけ、私と弟はその部屋で寝た。
畳に布団を四枚並べる。
北側から、父、母、私、弟の順だ。
私が中三、弟が小六の夏だった。
弟が最初に言ったのは、七月の終わりだ。
朝、麦茶を飲みながら、こう言った。
「昨日さ、ねーちゃんが起きてた」
「起きてないよ」
「起きてた。上半身だけ」
私は、麦茶をこぼしそうになった。
「上半身だけって」
「こう」
弟は、コップを置いて実演した。
腰から上を、板みたいにまっすぐ起こしてみせた。
膝も使わず、手もつかず。
人間が普通にやる起き方ではなかった。
「それで、部屋のすみ指した」
「どのすみ」
「服の下」
窪みのことだ。
「見たら、軍人みたいな格好のおじさんが立ってた」
弟は、そこで麦茶を飲んだ。
それだけだった。
感想も、結論もなかった。
※
弟は、そういう子ではなかった。
注目を集めたがるところが、一つもない。
友達は少なくて、休みの日は図鑑を読んでいた。
嘘をつくと、耳が赤くなる。
あの朝、耳は普通の色だった。
私は、それを確かめてから怖くなった。
順番が逆なのだ。
話を聞いて怖くなったのではない。
弟の耳を見て、怖くなった。
弟の言い方には、一つだけ癖があった。
人を、位置で呼ぶのだ。
「服の下の人」
「床の人」
「すみの人」
顔の話は、一度もしなかった。
軍人みたいな格好、とは言った。
格好の話だ。
顔はどうだったのか、と一度だけ聞いた。
「見てない」
「見えないの」
「見ないようにしてる」
それを、小学六年生が言う。
見ないようにしている、ということは、そこにあるということだ。
弟が「軍人みたいな格好」と言った根拠を、私は一度だけ確かめた。
弟は、軍服の写真など見たことがないはずだ。
図鑑は、恐竜と昆虫と鉱物だった。
「なんで軍人ってわかったの」
「ボタン」
「ボタン」
「まっすぐ、五つ」
弟は、自分の胸を指でなぞった。
「あと、ここ」
襟の、立っているところを指した。
それは、私も見たことのない服だ。
見たことのない服を、十二歳が正確に描写した。
私はその日から、弟の話を疑うのをやめた。
疑う根拠のほうが、なくなってしまった。
※
二回目は、三日後だ。
やはり朝で、やはり淡々としていた。
「夜中に目ぇ覚めたら、床から人が出てた」
「床から」
「半分だけ。縦に、ぴーって割れた感じで」
弟は、自分の顔の前で手を垂直に動かした。
「向かい合わせに、添い寝してるみたいな近さ」
「誰の」
「ねーちゃんの」
私は、そこで初めて聞き返すのをやめた。
聞けば、続きが出てくるとわかったからだ。
※
三回目は、私の話だった。
「ねーちゃん、昨日しゃべってたよ」
「寝言でしょ」
「寝言じゃない」
「なんて」
「呪文みたいなの」
「呪文」
「同じの、何回も」
私は、自分の記憶を探した。
何も出てこない。
当たり前だ。
寝ているのだから。
「どんなだった」
「言えない」
「なんで」
弟は、そこで少し黙った。
それから、こう言った。
「言うと、憶えちゃうから」
十二歳が言う台詞ではなかった。
※
四回目は、八月の中頃だ。
「あの服の下、人が座ってる」
弟は、朝ごはんを食べながら言った。
「立ってるんじゃなくて」
「座ってる。ずっと」
「軍人の人」
「たぶん」
「なにしてるの」
「こっち見てる」
母が、その時だけ箸を止めた。
止めて、また動かした。
何も言わなかった。
言わなかったことを、私はその晩ずっと考えていた。
母が、その夏に一度だけ神社に行った。
坂を下りたところにある、小さな社だ。
私も連れて行かれた。
母は、お守りを二つ買った。
一つを私に、一つを弟に。
父の分は、買わなかった。
「お父さんは」
「いらん」
「なんで」
「あの人は、あそこで寝るから」
意味を聞き返さなかった。
聞き返してはいけない口調だった。
お守りは、九月に入ってから引き出しにしまった。
三十年、そのままだ。
実家の私の机に、まだ入っていると思う。
確かめには行っていない。
父は、何も言わない人だった。
弟の話を、一度も否定しなかった。
「そうか」
としか言わない。
「怖くないの」
と私が聞いたら、父はこう答えた。
「毎晩、俺が窪みの側で寝とる」
それは、答えになっていなかった。
いま思えば、答えになっていた。
あの部屋の布団は、北から父、母、私、弟の順だ。
窪みは、南東の角にある。
父の位置は、いちばん遠い。
父はずっと、逆のことを言っていたのだ。
言い間違いにしては、あの人は落ち着きすぎていた。
※
私は、確かめようとした。
目を覚まして、窪みを見ればいい。
そう思って、三晩ねばった。
起きられなかった。
どうしても、目が覚めない。
あの部屋で寝ると、私は一度も夜中に起きなかった。
それまでの十五年、私はよく夜中に起きる子どもだった。
喉が渇いたと言っては、台所に行った。
あの一か月だけ、一度もない。
眠れるのはいいことだ。
いいことのはずだ。
それでも、朝になるたび、私は少し疲れていた。
寝すぎた朝の、あの重さだ。
扇風機のことも書いておく。
冷房はあったが、父は電気代を気にして、夜は扇風機も回した。
首振りにして、部屋の真ん中に置く。
朝、必ず窪みのほうを向いて止まっていた。
首振りの機械は、電源を切った位置で止まる。
つまり、切った時に窪みを向いていたことになる。
毎朝だ。
確率の話ではない。
私は五日ぶん数えて、数えるのをやめた。
数えると、その先を考えなければならなくなる。
※
目覚まし時計を、枕元に置いてみた。
三時に鳴るようにした。
翌朝、時計は止まっていた。
電池が切れたのだと思った。
新しい電池に替えた。
次の朝も、止まっていた。
止まっていた時刻は、どちらも三時二分だ。
二分だけ、鳴ったことになる。
私は、その二分を憶えていない。
弟に聞いた。
「昨日、目覚まし鳴った」
「鳴ったよ」
「私、起きた」
「起きた」
「なにしてた」
「止めてた」
弟は、卵をかき混ぜながら答えた。
「三時に鳴るの、知ってたみたいだった」
八月の下旬、一度だけ弟が慌てたことがある。
夜中に、私を起こした。
肩を強く揺すって、口を押さえてきた。
部屋は暗い。
扇風機だけが回っていた。
「しゃべんないで」
弟は、私の耳元でそう言った。
声が、震えていた。
あの夏で、弟の声が震えたのはその一回だけだ。
私は、動かずに天井を見ていた。
何も聞こえなかった。
扇風機の音だけだ。
どれくらいそうしていたか、わからない。
やがて弟が手を離して、自分の布団に戻った。
翌朝、私は聞いた。
「昨日、なんだったの」
「なにが」
弟は、憶えていなかった。
憶えていない顔を、私は知っている。
耳が、普通の色だった。
※
母に聞いたのは、その週末だ。
買い物の帰り、二人だけの車の中で。
「あの部屋、なんかある」
母は、しばらく前を見ていた。
信号が青になって、車を出してから答えた。
「窪みのとこ、変やと思わへん」
「変って」
「あそこだけ、床の高さがちがう」
言われて、思い出した。
あの窪みは、他より少し高い。
畳の縁の分だけ、一段上がっている。
「押入れやったんちゃうかな」
「押入れ」
「潰して、部屋に足したんやと思う」
母は、そこで少し窓を開けた。
「あそこ、前の人が置いてったもんが出てきてん」
「なにが」
「木の箱」
母は、それきり話をやめた。
家に着くまで、ラジオをつけていた。
母が言った木の箱のことを、私はもう一度聞いた。
引っ越しの前の晩だ。
台所で、母は皿を新聞紙にくるんでいた。
「箱、開けたん」
「開けてへん」
「なんで知ってるん。床下やのに」
母は、手を止めなかった。
「畳、上げたことあるから」
「いつ」
「あんたらが学校行っとる間に」
「なんで言わへんかったん」
母は、新聞紙をきっちり折った。
「言うたら、あんたら見るやろ」
それは、弟の言い方と同じだった。
言うと、憶えちゃうから。
母と弟は、その夏、同じ結論に別々に着いていたことになる。
誰も相談していない。
※
箱のことは、引っ越しの時に見た。
父が、窪みの床板を外していた。
畳を上げると、その一畳だけ根太の高さが違っていた。
底の板を外すと、下に空間があった。
深さは、三十センチほど。
木の箱が、一つ入っていた。
桐だと思う。
蓋に、埃が積もっていなかった。
床下なのに、埃がない。
父は、それを外に出した。
開けなかった。
「大家さんに渡す」
それだけ言って、玄関に置いた。
私は、弟の顔を見た。
弟は、箱を見ていなかった。
窪みの穴のほうを、じっと見ていた。
大家に会ったのは、引っ越しの日だ。
軽トラで来て、玄関の箱を受け取った。
「ああ、これ」
と、蓋を撫でた。
開けなかった。
「前の方も、出してくれましてね」
「前の人も」
「ええ。二年前に」
私は、意味がわからなかった。
出したのなら、なぜまた床下にあったのか。
聞こうとした時、母が私の肩に手を置いた。
軽く、一度だけ。
それで、私は口を閉じた。
大家は、箱を軽トラの助手席に乗せた。
荷台ではなく、助手席だった。
シートベルトを、締めていた。
※
「なんかある」
と私が聞いたら、弟は首を振った。
「もういない」
「いつから」
「涼しくなってから」
それは、たしかにそうだった。
九月に入って自分の部屋に戻ってから、弟は何も言わなくなった。
言わなくなったのが先か、いなくなったのが先か。
私には、判別のしようがない。
※
引っ越したあと、私はその家のことを調べなかった。
調べようと思えば、できたと思う。
大家の名前も、住所も憶えている。
やらなかった。
弟の言葉が、ずっと引っかかっていたからだ。
言うと、憶えちゃうから。
知ることと、招くことの区別が、私にはつかない。
つかないまま、三十年が経った。
あの一か月、私が一度も夜中に起きなかった理由を、私はいまも考えている。
眠らされていた、と考えるのは簡単だ。
ただ、目覚まし時計は二分だけ鳴った。
止めたのは、私だ。
弟が見ている。
起きて、止めて、また寝た。
その二分の私は、たしかに起きていた。
起きていて、憶えていない。
あの部屋で私が起きていた時間が、他にどれだけあるのか。
それを数える方法が、私にはない。
※
弟とは、いまも年に何度か会う。
去年の正月、酒が入ったときに、一度だけ聞いてみた。
「あの夏のこと、憶えてる」
弟は、しばらく杯を見ていた。
それから、こう言った。
「なんの話」
耳は、赤くなっていた。
私は、それ以上聞かなかった。
聞かないでおくのが、たぶん正しい。
ただ、一つだけ引っかかっていることがある。
あの夏、弟が言ったことは全部、私に関する話だった。
起き上がったのも、しゃべったのも、私だ。
軍人のおじさんは、ずっと座って、こっちを見ていた。
見ていた先が、弟だとは一度も言っていない。