
玄関に、誰のものでもない襟巻きがあった
下宿の玄関には、誰のものでもない襟巻きが一本、いつも掛かっていました。
太い毛糸の、灰色のものです。
傘立ての横の、木の釘に引っかけてありました。
入居した日、私は大家さんに訊きました。
「これ、どなたのですか」
「誰のでもねえ」
大家さんは、それだけ言いました。
「寒い晩は、使ってええから」
変わった下宿だな、と思ったのを覚えています。
その襟巻きの意味を知るのは、十五年も後のことでした。
学生の頃、私はよく金縛りにあいました。
あまりに頻繁だったので、もう慣れっこになっていました。
けれど、あの下宿で起きたことだけは、いまだに説明がつきません。
※
庄内の、雪囲いのある木造下宿
私が住んでいたのは、山形県鶴岡の、木造二階建ての下宿でした。
柏木荘という名前です。
駅から歩いて二十分、赤川の土手に近い、静かな一角にありました。
家賃が安いだけが取り柄の、築何十年という古い建物です。
壁は薄く、夜になると隣の部屋の咳まで聞こえてきました。
私の部屋は、二階のいちばん奥でした。
階段は、一段ごとにぎしりと鳴ります。
夜中にその音がすると、誰かが上ってくるようで、最初は身構えました。
それも建物が古いせいだと、すぐにわかりました。
十一月になると、大家さんが一階の窓に雪囲いの板を打ちます。
「学生さん、手伝ってけろ」
そう言われて、私も金槌を握らされました。
大家さんはカヨさんという、七十くらいの女性でした。
手伝うと、必ず茄子の漬物を出してくれます。
「これ食えば、風邪ひかね」
月山からの風が吹き下ろす晩は、板一枚隔てた向こうが、そのまま冬でした。
隣には、無口な老人が一人で住んでいました。
会えば会釈はしますが、言葉を交わしたことはありません。
日当たりは悪く、昼間でもどこかひんやりしていました。
※
前の住人のこと
入居するとき、不動産屋は妙に言葉を濁していました。
前の住人が、急に出ていった、とだけ言うのです。
理由は教えてくれませんでした。
まあ、家賃が安ければそれでいい、と私は気にしませんでした。
幽霊だの祟りだのを、本気で信じる質ではなかったのです。
金縛りに初めてあったのは、高校生の頃でした。
目は覚めているのに、体だけが鉛のように動かない。
最初は、本気で参ったと思いました。
後で調べてみると、睡眠と覚醒のずれで起きる、ありふれた現象だといいます。
脳は起きているのに、体はまだ眠っている。
そう知ってからは、ずいぶん気が楽になりました。
だから私は、金縛りそのものを、怖いとは思わなくなっていました。
※
週に二、三度の来客
金縛りは、その部屋に住み始めてから、急に増えました。
週に二、三度は、夜中に体が動かなくなります。
はじめは少し怖かったのですが、何も起きないので、すぐに慣れました。
「ああ、またか」
「眠いのに、面倒だな」
そんなふうに、暢気に考えるようになっていました。
金縛りのあいだ、私はいつも同じように過ごしました。
瞼は重く、どうやっても開けられません。
真っ暗な部屋の中で、ただ、解けるのをじっと待ちます。
そのうち、すうっと体が軽くなって、また眠りに落ちる。
その繰り返しでした。
だから、その夜も、いつもと同じだと思っていたのです。
※
さらり、ではなかった
試験前の、よく冷える晩でした。
夜遅くまで勉強して、布団に倒れ込むように眠りました。
どれくらい経ったでしょうか。
ふと意識が戻ると、案の定、体が動かなくなっていました。
「はいはい、またね」
私は、心の中でため息をつきました。
その晩は、特に冷え込んでいました。
窓の隙間から、すきま風が入ってきます。
布団を頭までかぶって、丸くなって眠っていました。
ところが、その夜は、いつもと違いました。
首筋に、何か感触があったのです。
さらり、と、髪の毛のようなものが触れました。
背筋が、ぴんと張りつめました。
来たか、と思いました。
頭の中で、最悪の想像がふくらみます。
長い黒髪の女が、私の顔をのぞき込んでいる。
そんな、お決まりの光景です。
ファサ、と髪が垂れてくる、あれです。
私は、来るなら来い、と覚悟を決めました。
だが、その感触は、想像とはまるで違いました。
さらり、ではありません。
もっさ、でした。
※
左に、もっさ。右に、もっさ
私は、状況を整理しようとしました。
金縛り中に、何かが触れてくる。
それ自体は、よくある怪談のかたちです。
問題は、その何かが、まるで怖くないことでした。
もこもこ、ふわふわ、もっさり。
擬音にすると、すべてが間抜けに響きます。
私の頭は、恐怖と笑いのあいだで、完全に混乱していました。
もっさ、と、何かが首の両脇に降ってきました。
両側から、同時に、です。
重みのある、もこもこした、ふくよかな感触。
とても、長い黒髪のそれではありません。
目は、相変わらず開けられません。
だから、確かめることはできませんでした。
けれど、私の頭に浮かんだ像は、ひとつでした。
アフロのヅラ。
巨大なアフロのかつらが、私の首の両脇に、もっさりと降ってきたのです。
左に、もっさ。
右に、もっさ。
完璧な、左右対称でした。
この恐ろしさが、わかるでしょうか。
いや、これはもう、恐ろしいと呼んでいいのかどうか。
怖いような、おかしいような。
背筋は凍っているのに、頬はなぜかゆるみそうになります。
幽霊なら、せめて怖くあってほしい。
長い髪でも、白い顔でも、なんでもいい。
なぜ、よりによって、アフロなのか。
私は、金縛りの中で、懸命に突っ込みを入れていました。
そのアフロは、しばらく私の首にかかっていました。
重くもなく、痛くもありません。
ただ、もっさりと、そこにあるのです。
暖かい襟巻きを巻かれているようでもありました。
いったい、何をしたいのか。
驚かせたいのか、なごませたいのか。
その意図が、まるで読めませんでした。
気づけば、私は恐ろしさも忘れて、その正体を考えていました。
結局、私はそのまま眠ってしまいました。
あれほどのことがあったのに、ぐっすりと、です。
朝、目が覚めると、首には何もありませんでした。
枕も、布団も、いつもどおりです。
もちろん、アフロのかつらなど、どこにも落ちていませんでした。
※
誰も信じてくれなかった
昼間、私は友人たちにこの話をしました。
全員、腹を抱えて笑いました。
「お前、夢でも見たんだろ」
「アフロの幽霊なんて、聞いたことないぞ」
誰も、まともに取り合ってはくれません。
まあ、無理もありません。
私だって、人から聞いたら、絶対に信じないでしょう。
中には、面白がって、わざわざ私の部屋に泊まりに来る友人もいました。
アフロの幽霊を、自分も見たいと言うのです。
ところが、そういう夜に限って、もっさは現れませんでした。
友人は、つまらなそうに帰っていきました。
もっさは、どうやら、私にしか降ってこないらしいのです。
少しだけ、特別に選ばれたような気もしました。
そんなことで選ばれても、まったく嬉しくはないのですが。
※
来る晩の見分け方
それからも、もっさは時々やってきました。
金縛りになると、ふいに首の両脇に降ってくるのです。
もっさ、もっさ、と。
何度目かには、もう私も驚かなくなりました。
「ああ、来たな」と思うだけです。
やがて、来る晩の見分け方がわかってきました。
部屋の空気が、いつもより少しだけ重くなるのです。
そういう晩は、ああ、今夜は来るな、とわかります。
私は、面白半分に手帳をつけ始めました。
もっさが来た晩に、丸をつけていくのです。
ひと冬でおよそ三十日、丸がつきました。
春になって、私はその手帳を、気象台の記録と照らし合わせてみました。
丸のついた晩は、すべて最低気温が氷点下でした。
一日の例外もありません。
逆に、氷点下でも来ない晩はありました。
けれど、氷点下でない晩に来たことは、一度もなかったのです。
つまり、もっさは、寒い晩にだけ降ってくる。
それが分かったとき、私は少しだけ、笑ってしまいました。
ある夜は、もっさが、いつもより念入りでした。
左、右、ともう一度左、と三回に分けて降ってきます。
まるで、丁寧に巻き直しているようでした。
私は、心の中で「上手だな」と感心していました。
なんなら、少しだけ、ほっとするようにすらなりました。
※
大家さんが覚えていた若者
私は、あの部屋の前の住人のことを、ふと考えました。
急に出ていったという、その人。
もしかして、すごいアフロの人だったのではないか。
そして、お気に入りのヅラを、置いていったのではないか。
そんな、ばかげた想像が、頭から離れなくなりました。
思い切って、私はカヨさんに聞いてみました。
前の住人は、どんな人だったのか、と。
カヨさんは、少し迷ってから、ぽつりと言いました。
「変わった髪型の、若い人でしたよ」
私は、思わず聞き返しました。
「もしかして、アフロですか」
カヨさんは、驚いた顔で、こくりとうなずきました。
その人は、劇団に入っていた学生だったそうです。
ある日突然、荷物も置いたまま、姿を消したといいます。
郷里に帰ったとも、東京へ出たとも聞くけれど、はっきりしない。
残されたものの中に、立派なヅラが一つあったそうです。
「そのヅラ、処分しようとしたんですけどね」
カヨさんは、気味悪そうに付け加えました。
「なぜか、いつのまにか、また部屋に戻ってるんですって」
私は、思わず鳥肌が立ちました。
だが次の瞬間、なぜか、笑いがこみ上げてきました。
そんなに大事なヅラなら、仕方がない。
持ち主にとっては、よほどの宝物だったのでしょう。
帰りぎわ、カヨさんが言いました。
「玄関の襟巻き、使ってるか」
使っていません、と私は答えました。
「使ってやれ」
「あれはな、部屋を出る人が、次の人に置いていくもんなんだ」
私は、そのとき初めて、あの襟巻きをまじまじと見ました。
太い毛糸の、灰色の襟巻きです。
よく見ると、編み目が途中で変わっていました。
一本ではなく、何本かを継ぎ足してあるのです。
色も、少しずつ違いました。
※
下宿の日誌
その冬、私は一度だけ、下宿の日誌を見せてもらいました。
帳場の引き出しに、大学ノートが何冊も重ねてあるのです。
雪の量や、水道の凍結や、修繕の記録が書いてありました。
何十年ぶんもの、細かい字です。
その中に、ときどき、妙な一行が混じっていました。
「二階奥 首、あたたかしと言う」
日付は、昭和の終わり頃です。
別の年にも、同じような一行がありました。
「奥の学生、寒い晩に首が重いと言う。心配なし」
「心配なし」の四文字が、なんとも言えませんでした。
カヨさんに訊くと、笑って言いました。
「そういうこと、たまに言う子がおるんだ」
「あんたで、四人目か五人目だな」
「怖くないんですか」
「怖いことなんも、しねえべ」
それもそうだ、と私は思いました。
確かに、もっさは何もしません。
ただ、寒い晩に、首を温めるだけです。
その夜から、私はもっさを少し違う気持ちで迎えるようになりました。
これは、ただの心霊現象ではない。
置いていかれたものの、忘れ物の挨拶なのだ。
取りに来られないかわりに、せめて誰かの首を温めている。
そう考えると、あのもっさが、急にいとおしく思えてきました。
金縛りになると、私はもう、身構えなくなりました。
むしろ、来るのを待つようにすらなっていました。
※
卒業の日、ヅラは見つからなかった
結局、その部屋には、卒業まで住みました。
金縛りも、もっさも、最後まで続きました。
部屋を出るとき、私はあのヅラを探してみました。
押し入れも、天井裏も、床下の点検口も、隅々まで見ました。
けれど、どこにも見当たりません。
あれだけ、もっさと降ってきたのに。
まるで、最初から存在しなかったかのようでした。
引っ越しの日、私は誰もいない部屋に向かって、頭を下げました。
「いろいろ、ありがとうございました」
なんとなく、そう言いたくなったのです。
玄関を出るとき、あの襟巻きが目に入りました。
私は、それを掛けたまま出ました。
次の人が使うのだろう、と思ったからです。
ただ、自分の使っていた紺色の襟巻きだけは、鞄に入れて持ち帰りました。
四年間、毎日巻いていたものでした。
※
十五年後の、物置の箱
新しい町では、金縛りにあうこともなくなりました。
もっさが降ってくることも、もちろんありません。
少し静かすぎて、たまに物足りないくらいでした。
あれから、ずいぶん経ちます。
去年の冬、仕事で鶴岡へ行く用事がありました。
迷った末に、私は柏木荘を訪ねました。
建物は、まだ残っていました。
下宿はやめて、カヨさんが一人で住んでいるのだそうです。
九十を過ぎていましたが、あの声のままでした。
「よう来た。茄子、食うか」
私は、あの襟巻きの話をしました。
カヨさんは、物置に案内してくれました。
「忘れもんは、ぜんぶこの箱だ」
みかん箱ほどの、古い木箱です。
蓋を開けると、いろいろなものが入っていました。
片方だけの手袋。
欠けた湯呑み。
名前の消えた印鑑。
そして、いちばん下に。
黒い、大きなアフロのヅラがありました。
毛はすっかり傷んで、埃をかぶっていました。
私は、しばらく声が出ませんでした。
やっぱり、あったのか、と思いました。
けれど、私が言葉を失ったのは、それだけが理由ではありません。
ヅラの隣に、紺色の襟巻きが畳んで入っていたのです。
箱の中には、私が持って帰ったはずの襟巻きも入っていました。
四年間、毎日巻いていた、あれです。
端のほつれ方まで、同じでした。
「カヨさん、これ」
「置いてったんでねえのか」
置いていません、と私は答えました。
確かに鞄に入れて、持って帰ったはずです。
引っ越し先でも、二冬ほど使った記憶があります。
いつからなくなったのかは、思い出せません。
カヨさんは、箱の中を覗き込んで、静かに言いました。
「まあ、そういうもんだ」
「置いていくのは、寒がりだった人の順番だでな」
※
順番が来るまで
帰りの列車で、私はずっとそのことを考えていました。
あの襟巻きは、一本ではありませんでした。
何本かを継ぎ足して、一本にしてあったのです。
継ぎ目の色は、少しずつ違っていました。
部屋を出る人が、自分の使ったものを継ぎ足していく。
そうやって、あの襟巻きは長くなってきたのでしょう。
アフロの若者も、たぶん同じことをしたのだと思います。
ただ、あの人は突然いなくなったから、継ぎ足す暇がなかった。
かわりに、いちばん大事だったヅラを置いていった。
そして、寒い晩にだけ、次の住人の首を温めていた。
驚かせるためではなく、ただ、そばにいたかっただけ。
そう考えると、もう、少しも怖くはありません。
わからないのは、私の襟巻きのことです。
私は、あれを継ぎ足していません。
持ち帰ったつもりでいました。
それなのに、あの箱の中にありました。
つまり、私はもう、置いていった側なのだと思います。
自分では、まだ何も終えていないつもりでいたのに。
たまに、ひどく冷え込んだ夜には、ふと首筋がむずむずします。
あの、もっさの感触を、体が覚えているのです。
そんなとき、私は布団の中で、少しだけ待ってしまいます。
もう一度だけ、降ってきてくれないかと。
けれど、もう降ってくることはありません。
あの間の抜けた温もりは、あの部屋に置いてきてしまったのです。
ある寒い晩、もっさは、いつもより長く首にかかっていました。
その温かさが、なんだか、人のぬくもりのようでした。
私は、目を閉じたまま、小さくつぶやきました。
「今夜は、寒いもんな」
返事は、もちろんありませんでした。
けれど、もっさが、ほんの少し、ふわりと動いた気がしたのです。
気のせいかもしれません。
それでも、私はそれでよかった。
今でも、ふと思います。
あのアフロは、いったい何を伝えたかったのだろう。
驚かせたかったのか。
それとも、ただ、誰かに首を温めてほしかっただけなのか。
答えは、いまだにわからないままです。
ひとつだけ、決めていることがあります。
次に鶴岡へ行くときは、新しい襟巻きを一本持っていこうと思っています。
あの箱に入れるためではありません。
玄関の釘に、継ぎ足して掛けておくためです。
置いていかれたものが人のそばに残る話は、磨かない鏡にも書いています。土地の決まりが人を守る話については、戻り叩きと五十二段の石段もあわせてお読みください。