川岸の戦友

戦時中の軍隊(フリー写真)

怖いというか、怖い思いをして来た爺ちゃんの、あまり怖くない話。

俺の死んだ爺ちゃんが、戦争中に体験した話だ。

爺ちゃんは南の方で米英軍と戦っていたそうだが、運悪く敵さんが多い所に配置されてしまって、ジリジリ後退しながら戦っていたそうだ。

話を聞いていた当時中学生の俺にとって、日本軍と言えば「突撃!」または「玉砕!」とやっているイメージだった。

だから作戦で米英軍が進んで来るところをちょいちょい襲撃して進撃を遅らせながら、こちらの被害は抑えて後退しながら戦うなんて、意外だった記憶がある。

そうやってジリジリ後退していた爺さん達だが、ある日、とうとう敵さんに部隊の位置を捕捉されてしまい、爆弾や砲弾がガンガン打ち込まれる事態になったそうだ。

必死で友軍陣地を目指して逃げたので、仲間も一人二人と生死も判らないままはぐれて行った。

爺ちゃんも死を覚悟しながら移動していたのだが、後一日も移動すれば安全圏というところで、近くに爆弾がさく裂して吹っ飛ばされたそうだ。

気が付くと、友軍陣地なのか兵士が大勢居る場所だったらしく『助かったのか?』と思ったそうだ。

そこは川に近い広場のような所で、見覚えは無かったが、大勢の兵士が寝転がったり雑談したりと、大分前線からは離れたような和やかな雰囲気だった。

爺ちゃんは、衛生兵に自分の隊はどうなっているのか聞いてみたら、

「川岸にたむろしているのがそうじゃないか」

と言われたので、早速行ってみた。

川岸に行くと、隊長の姿は見えなかったが、退却中に別れ別れになった仲間が居て、爺ちゃんは助かった仲間が結構多いことに嬉しくなった反面、3分の1位は姿が見えないことに悲しくなった。

そして、特に親しくしていた仲間と雑談しながらくつろいでいると、川の向こうで見覚えのある兵士が大声で叫んでいるのに気が付いた。

その兵士は大声で爺ちゃんの名字を呼んでいるので、目を凝らして見ると、どうやら同じ隊のAという人のようだった。

爺ちゃんは、Aが川の向こうに居ることを仲間に教えた。

最初は皆きょとんとして、川の向こうに人影を探している様子だったが、あんなにはっきりとAが見えているのに、見つけられないようだった。

そのうち誰かが、

「あ~、そういう事か~」

と言って、皆で爺ちゃんを担ぎ上げて、

「お前はあいつのところまで行ってこい!」「しっかり泳げよ!」

と言いながら、慌てる爺ちゃんを川に放り投げたそうだ。

爺ちゃんは、怪我人に酷いことをするものだと思ったが、あの退却でAも助かったのだと思うと嬉しく、痛みを堪えて川を泳いで行った。

向かいの川岸では、Aが自分の名前を呼び続けているので、声を頼りに近付いて行った。

すると急に激痛が走り『しまった、ワニか?』と思ったらしい。

激痛で意識が飛びそうだと思った時、今度はベッドの上で気が付いた。

さっきまで居た所ともまた違う、どこかの友軍の陣地。

爺ちゃんは激痛を堪えながら衛生兵に聞いてみると、自分の目指していた陣地よりも更に先の場所だった。

衛生兵に、

「君の隊は大変だったな。背負ってくれた仲間に感謝しろよ」

と言われて、爺ちゃんは色々聞こうとしたが、

「今は寝ていた方が良い」

と取り合ってはくれなかった。

次の日、爺ちゃんが痛みと疲れでぼんやりとしているところに、Aが訪ねて来た。

Aは開口一番、

「お前は隠れて何か食ってたのか? 重かったぞ」

と、笑いながら嫌味を言って来たそうだ。

爺ちゃんはAが運んでくれたのだと思いながら、

「これでも痩せたんだ」

と言い訳をした。

言い訳をしながらも、心に引っ掛かる言葉が言い出せずにいると、Aの方から

「うちの隊は今のところ7名だ」

と言った。

爺ちゃんはあの川岸で会った何名かの名前を口にしたが、Aは挙げた名前の人は誰も来ていないと言った。

そして今この陣地に居るのは、Aに聞いたところ、あの川岸に居なかった人たちだったそうだ。

爺ちゃんは俺にこの話をした時、最後にこんな事を言っていた。

「戦場に行けば『死に花咲かさなきゃいかん』とか話にはなるけど、やっぱ戦友には生き残って欲しいものだよ。みんな同じ気持ちだよ」

爺ちゃんは8年前に亡くなってしまったが、あちらでは川岸の戦友さん達と仲良くやっているのかな?

関連記事

タヌキの神様

俺の姉貴は運が良い人間だ。 宝くじを買えば、ほぼ当たる。当たると言っても、3億円なんて夢のような当たり方ではないのが残念なところだ。 大抵 3,000円が当たる。何回当たっ…

そこを右

あるカップルが車で夜の山道を走っていた。 しかし、しばらく走っていると道に迷ってしまった。 カーナビもない車なので運転席の男は慌てたが、そのとき助手席で寝ていたと思った助手…

不敬な釣り人の顛末(宮大工11)

とある休日、久しぶりにオオカミ様の社へと参りに出かけた。 途中、酒を買い求めて車を走らせる。 渓流釣りの解禁直後とあって、道には地元・県外ナンバーの四駆が沢山停まっている。…

見覚えのある手

10年前の話だが、俺が尊敬している先輩の話をしようと思う。 当時、クライミングを始めて夢中になっていた俺に、先輩が最初に教えてくれた言葉だ。 「ペアで登頂中にひとりが転落し…

沢(フリー写真)

居ないはず

十数年前の夏、小学6年生の頃。某林間学校で2泊3日の宿泊をした時の話。 当時、俺は林間学校へ行く前夜、夜の怪談話や肝試しでのネタを仕込む為、同じ小学校に通っていた兄に、その某林…

郵便受け

『Y』

ある日、私の一人暮らしのアパートの郵便受けに『Y』という名前が汚く鉛筆で書かれていた。 私の苗字のイニシャルは『Y』ではない。 不思議に思ったが、いちいち私の部屋の3階か…

路地(フリー写真)

子供の幽霊

昔、喫茶店で会社の同僚から聞いた話。 K氏(同僚)は若い頃、すすきのの飲食店に勤めていた。 ある早番の日、同じく早番だった職場の先輩と、仕事上がりに飲み屋に寄った。 …

呼ばれてる

皆さんは深夜、急に喉が渇いて水を飲みに2階から1階まで降りた事はありませんか? もしかしたらマンションやアパート、平屋建ての方もいるかもしれませんが。 そんな時は霊に呼ばれ…

女性の友情(フリー写真)

親友の加護

もう三年程前の話です。 友人が癌になり、全身に転移してしまい、死ぬ為に病院に入院する事になった。 当時そんな事は知らなかったのだけど、偶然寿退社して暇だった私は、毎日彼女の…

世にも珍しいポジティブな神隠し

日本のみならず世界の各所で起きる「神隠し」。 超自然的なものから人為的なものまで様々なものがあるが、基本的にネガティブなものである。 しかし、とある地方では世にも珍しいポジ…