見覚えのある手

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10年前の話だが、俺が尊敬している先輩の話をしようと思う。

当時、クライミングを始めて夢中になっていた俺に、先輩が最初に教えてくれた言葉だ。

「ペアで登頂中にひとりが転落してしまったら、上の者はできる限り努力をして助けろ!ぶら下がっている者は、上の者を助けるつもりで自分のザイルを切れ!」

そして、その先輩は俺とのクライミングで自分のザイルを切った…。

その数年後、俺と後輩が岩壁に登っていたときのことだ。足を踏み外した俺はぶら下がった状態になり、もう終わりだと思った。

経験の浅い後輩はまだ臨機応変に対応できず、どうしていいかわからず泣きそうになっていた。

俺は「最期は笑って逝ったと家族に伝えてくれ」と言い、ナイフに手をかけた。

その瞬間、ナイフを切ろうとする私の手を、見覚えのある手が押さえた。俺はその手が誰の手であるか感じることができた。それは、自らザイルを切った先輩の手だった。

次の瞬間、後輩がまだ教えていない方法で俺を助けてくれた。後輩も無我夢中だったようで、なぜその方法が思いついたのか、 自分でもよく解らないようだった。

俺を助けようとしている後輩を見た瞬間、後輩の側でザイルを握っているもう一つの手が見えた。

生死をさまよう緊迫した状況だったので、幻覚を見たのかもしれない。もともと才能のある後輩が火事場の馬鹿力を発揮したのかもしれない。

でも、俺の手を押さえたあの手の感触は、紛れもなく先輩だったと信じている。

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