笑い袋
下関の坂の駄菓子屋の二階から、古い笑い袋が出てきました。中の機械には電池が一本も入っていないのに、階段の下から低い笑い声が聞こえてきたのです。必ず笑い返さねばな…
下関の坂の駄菓子屋の二階から、古い笑い袋が出てきました。中の機械には電池が一本も入っていないのに、階段の下から低い笑い声が聞こえてきたのです。必ず笑い返さねばな…
会津の谷を走る夜の列車で目を覚ますと、駅名標のない板だけのホームに停まっていました。翌朝、定期券には、この線のどこにも存在しない形の鋏の痕がもう一つだけ増えてい…
煙が上がっとる三日のあいだは、はざまで人と口をきくな——父の言い付けを、小学生だった俺は何も知らずに破りました。昭和五十七年の常滑で五回だけ会った男と、母のカレ…
大隅の谷の社に、いつ行っても待っている坊主頭の子がいました。別れぎわは必ず「またね」で、たった一度だけ「さいなら」と言われた。十三年後に見た神社庁の名簿には、常…
谷で拾った字は声に出して読むな——祖母の言い付けを、俺は面倒くさがって妹に押し付けました。その晩から妹は声を失い、三十七日目に姿を消します。徳島の山あいの集落で…
四万八千円の白いクーペは、売れるたびに十日ほどで店へ戻ってきました。走行距離は戻るたび減り、助手席のベルトだけが人ひとりぶん伸びている。前の持ち主は全員、土砂に…
四国山地の集落に残る農村舞台に、支柱も鉄の釘も使わない十三段の箱階段がありました。材木の記録も大工の名も帳面にありません。手間賃を受け取らなかった職人に名を訊い…
熊野灘に面した集落の蔵に、夕方だけ湿る白い球が置かれていました。表面に浮かぶ入り江は日ごとに増え、地籍の控えには消えたはずの字名が一行だけ残っています。決して濡…
十七で入った山陰の温泉宿には、十九年も離れに逗留する客がいました。障子は開けない、開いていたら閉めずに下がる、顔を見たらその日のうちに宿を出る。この三つの決まり…
雨の日、ずぶ濡れの男が玄関に立ち、この家には悪いものが憑いていると告げて去りました。その日から一家を順に襲う、次々と持っていかれる災い。山あいの古い農家と屋敷神…
甲府盆地の外れで借りた元養蚕農家の納屋から、昭和六年の手書きの見積書が七枚出てきました。家の傷む順番も、下三桁の金額も、六十年前の紙と静かに重なっていきます。順…
真夜中の特急電車に、乗客の年齢を次々と言い当てる不気味な男が現れます。百発百中だった男が、最後の初老の女性の前で、初めて凍りつき青ざめました。彼に見えていたもの…
五年ぶりに帰った実家で、亡き母の書斎から、ハサミで細かく切り刻まれたカレンダーが見つかります。順番に並べられた日付が示していた、母が命を懸けて遺した最後の警告と…