鵜ノ首の網蔵に籠るもの
昭和五十二年の夏、都会の勤めを辞めて行き場をなくした私は、半島の先の漁村・鵜ノ首の浦で大伯母フミの家にひと月を過ごした。窓のない網蔵に籠るもの、沖の離れ岩から還…
昭和五十二年の夏、都会の勤めを辞めて行き場をなくした私は、半島の先の漁村・鵜ノ首の浦で大伯母フミの家にひと月を過ごした。窓のない網蔵に籠るもの、沖の離れ岩から還…
平成のはじめ、消えゆく山あいの集落で子守唄を集めていた学芸員が、霧降りの森の奥で出会った怖い話。還された子らの泣き声が霧のなかから人を招き、帰り道を惑わせる。土…
昭和の遠洋漁船で夜の見張りに立っていた俺は、凪の霧の晩、気づくと異世界の浜辺にいた。潮を力に栄えた並行世界の日本が黙した理由、意識から切り離されて勝手に動く身体…
三十年同じ机で書いてきた私の前に、夜ごと増える原稿が現れる。誰も書いていないはずの一枚は、私の筆跡で、まだ来ていない明日の出来事を綴っていた。かつてこの部屋で筆…
昭和の城下町で区画整理の測量をしていた私は、公図にだけ残る十三番目の区画に気づく。日が暮れる境の時刻に北のはずれの角を曲がると、表とそっくりの裏の町が広がってい…
異世界の駅で出会ったのは、もういないはずの親方だった。昭和の終わりの冬、雪深い山あいの無人駅で最終の汽車を逃した若き建築職人が、時刻表にない真夜中の一両汽車に乗…
平成六年の夏の終わり、半島の役場で働く私は、先に逝った母の故郷の漁村で、古い土地台帳に「凪番」という家の役を見つける。凪いだ晩に海の向こうから上がるナギサマ、呼…
剥製の標本が整然と並ぶ、世を去った蒐集家が遺した奥の部屋。台帳と棚とを照らし合わせるうち、私は標本がいつも一体だけ多いと気づく。種の名ではなく、人の名と日付だけ…
四十年戸籍を扱った私のもとへ、消えた集落『音無』から毎春、消印も住所もない出生届が届いた。百年以上前と同じ赤子の名、震える筆跡。誰が出すのか確かめに山奥へ分け入…
昭和の山あいの町の古い映画館で住み込みで働いた二十歳の娘が出会った、不思議な話。閉館後の誰もいない客席から、夜ごと大勢のゲラゲラという笑い声が響く。ある晩そっと…
山あいの谷で代々の田を継ぐ私は、水の止まった真夏の朝、祖父の遺した時空の隧道をくぐった。抜けた先に広がっていたのは、もう山に還ったはずの段々の田と、水車の回る古…
昭和の初め、峠の脇道に立ちこめる紫の靄に誘われ、私は地図にない盆地の村へ迷い込んだ。松明を掲げ入り者を探す村人、季節外れに穂を垂れる棚田、止まった懐中時計。異世…
昭和の終バスを任された若い運転手が体験した、不思議な話。無人のはずの峠の停留所で乗せたのは、藍色の着物の女だった。湖の底に沈んだ村へ帰りたいと言う客を乗せ、走っ…
谷あいの古い温泉宿に伝わる不思議な話。雨の晩にだけ濡れて戻る離れの鍵と、夜の渡り廊下を渡っていく塗り下駄の音。仲居として四十二年勤めた私が最後の秋に見たのは、閉…
廃業を控えた活版印刷の老舗をひと月取材した、ライターの私が体験した不思議な話。誰も触れていないのに、夜ごと組まれていく挨拶状の活字。湯呑みはいつも一つ余分。そし…
霧に閉ざされた夜の磯で帰り道を失った私を導いてくれた、白い犬の不思議な話。濡れていない毛、聞こえない足音、砂に残らない足跡。そして十年前の時化の晩、主人を救って…
七十を過ぎて郷土史を学びはじめた私が、市民講座の見学で訪ねた山あいの冬季分校。止まったはずの柱時計が時を刻み、撮った写真の中でだけ机がひとつ増えていた。校舎の中…
山あいの町の役場の窓口で、雨の日になると、誰も押していないのに番号札がひとつ進む。机の隅に現れるのは、もう人のいない集落への古い転入届だった。毎年ちがう筆跡で、…
霧の濃い早朝、一人で防波堤に釣りに出た私が会った時空のおっさんの不思議な体験談です。数分おきの汽笛も海鳥の声も消えた港に、いつもの赤い灯台はなく、見たことのない…
取り壊しの決まった大学の旧標本室で、番号のない瓶の整理を任された五十代の私。札もなく台帳にも載らないその瓶の底には、膝を抱えた白い影が静かに沈んでいた。夜ごと観…
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