森の中の人
俺は中学の時、死のうと思っていた。凄い虐めに遭っていて、教師も見て見ぬ振り。両親共に不倫していて俺に興味なし。
身体中に痣があり、その日は顔もボコボコで、もう息をするのも辛かった。
それで、結構な田舎だから定番の『入っちゃいけない場所』があったのよ。
ヤンキーなども何故か入らない。本当に触れちゃいけない場所だったのだと今では思う。
張り巡らされていたロープ…と言うよりは、何か変な紙の塊が帯になったものをくぐって道なき道を歩いていたら、少し開けた場所に出た。
死のうと思っていたくせに、首吊るロープも包丁もなくて、落書きがあったり裂かれたりした学生鞄の中に、同じような惨状の教科書類。
どうにもならなくて、そこら辺の木にもたれかかり、そのまま寝てしまった。
これは自分だけかもしれないが、毎日眠れなかった。
身体中が痛く、精神的にも疲労していて、休まなければいけないのに眠れない。
寝たら次の日が来てしまう。学校を休んでも、両親のどちらかが相手を連れ込んで自分を邪魔にする。時には蹴られ、殴られたりする。
もうどうでも良くなっていたのか、体が限界だったのか、すぐに寝てしまった。
※
すると、学校に居る時のようなざわめきが起こった。
俺に対する虐めは、無視も暴力も中傷もあり、休み時間は机に突っ伏してやり過ごしているのだが、聞こえて来るのさ。悪口が。関係ない話も聞こえて来るのだけど。
そんな感じで、やはり俺の悪口が聞こえて来るの。でも、何故かいつものような具体的な言葉ではない。
悪口なのは分かるのだけど『なにあれ』や『どういう事』など、どうも戸惑っているような感じだった。忌々しそうな物言いだったから、きっと悪口だろう。
ようやく眠れたのに、夢の中でもこんなに苦しまなければいけないのかと思い、どうにも泣けて来た。それで、大声上げて泣いたんだわ。
耳がビリビリして、目の前が真っ暗で、体もグラグラして、気絶するまで泣いていた。
今までされた事を思い出しながら、もう嫌だと泣き叫んでいた。
※
気が付いたら、誰にもこの場所に行く事など言っていないのに、三人の人間に発見された。
この土地の有力者のような有名なお婆さんと、何か見た事はないけど、その家系の人らしい男女。
実は、俺はこのお婆さんの孫に虐められていた。だから、誰も味方になってくれなかった。
ところがお婆さん達は俺を保護すると、すぐに孫の所へ連れて行った。顔も見たくなかったのに。
しかしボロボロの俺の前で、普段は何も怖いものなどないような孫が、その時は物凄く怯え、震えていた。
土下座して謝られ、それで何故か俺の家まで連絡が行った。
色々なストレスと怪我が元で暫く入院し、退院した頃には全てが変わっていた。
今まで虐めていた奴らや教師、しかも校長まで俺に謝りに来た。意味が解らなかった。
両親も土下座だった。本当に意味が解らない。そのまま、またお婆さんに呼ばれて孫の家に行く事に。
お婆さんが土地の有力者である理由というのが、口寄せや予言のようなものが出来るかららしい。
代々この家の人間の力だそうで、どうもあの森の中の『何か』がお婆さんの頭の中に色々な映像を見せるそうだ。
その受信はいつ来るか分からない上に、どうでも良い事や重要な事が混在しているそうだ。
俺が気絶したくらいと同時刻、お婆さんは俺が家や学校で受けている仕打ちと、森の中で倒れている映像や音声を受信したそうだ。
嘘のような話だが、本当に誰にも言っていなかったから、信じるしかなかった。
お婆さんは清廉潔白な人だから、あまりの仕打ちに大激怒してくれたそうだ。
しかし本来ならこんな事はないらしい。森の中に入った人物は、皆精神に異常を来すか死亡するか、ともかく正常な心のまま帰って来る事は出来ないそうだ。
そして、お婆さんに呼ばれた理由。何と『森の中の人』から俺に伝言があったらしい。
お婆さんは苦笑しながら、受信した言葉を伝えてくれた。
『○○△△(俺の本名)の声はとても不愉快だ。二度と来るな。次はない。気持ちが悪い』
…本当に、気持ちが悪い、まで言っていたそうだ。
お婆さん曰く、何か俺の声は人でないもの、特に実体を持たないものを抑え付ける何かがあるらしい。
俺が泣き叫んだせいで、体調を崩す程に消耗させられたそうだ。
※
その日以降、森にも行かなかったが、両親含め周囲が腫れものを扱うかのように他人行儀になり、結局それに耐えられず、中学卒業と共に都会に逃亡。
勤めて結婚も出来て子供も生まれ、年老いた両親から連絡があり、和解の為に十数年ぶりに帰郷。
家に行くまでにあの森を通り掛かったら、いきなり五歳の娘がギャン泣き。
「森の前で、イース(キース? 何かのアニメの女の子?)が怖い顔で見てた」などと言い出した。
これ以上ここに居たくないという娘を嫁に任せ、近くのファミレスに避難させた。
まだ生きていたお婆さんと両親との挨拶もそこそこに、もう二度と帰って来ない事を誓って、自宅に帰った。
※
余談だが、本当に出るという曰く付きの格安物件をわざと借りて、三日ほど家の色んな所で歌い続けていたら、いつの間にか居なくなっていたらしい。
様子を見に来た不動産屋や、見えるらしい知り合い曰く、目に見えて建物の雰囲気が変わったと驚いていた。俺自身に霊感とかは一切ないし、詳しい理由は判らない。
と言うか、今住んでいる所も、土地の広さと家の大きさの割に妙に安かった。
そして過去現在何事も起きていない。ここら辺りは、森の中の人に感謝しています。
嘘みたいな、本当にあった話でした。
※
正直、見えないものよりも人間の方が怖かった。
俺は何も変わっていないのに、態度が180度変わられると、本当に恐怖を抱いた。
まるで自分だけ別の世界に放り込まれたような気分だった。