
これは、私が三十二歳の冬に体験した、不思議な話になる。
当時、私は東京北部にある中堅のIT会社で、システム監視の夜勤に従事していた。
夜の十時から朝の五時までの勤務で、深夜帯の社内サーバの異常を監視するというだけの仕事だった。
人が少なく、静かで、長く続けるには向かない仕事だったが、当時の私にはちょうど合っていた。
誰とも話さずに一晩中モニタの数値を眺め、何事もなければ朝方に交代の社員が来て、それで一日が終わる。
体には悪かったが、人間関係に消耗していた時期だったので、その静けさを私は好んでいた。
職場は地下鉄の駅から徒歩五分ほどの雑居ビルの六階で、勤務明けの早朝、私は決まって自宅最寄り駅の駅前にあるコンビニに寄ってから帰っていた。
朝五時にビルを出て、地下鉄の始発に乗り、自分の街に着くのが大体五時十二分前後だった。
改札を出て、まだ薄暗いロータリーを横切り、信号を一つ渡って、ビルの一階に入っているそのコンビニの自動ドアを抜ける。
冷蔵棚の左から三列目にある黒いラベルの缶コーヒーを、私は決まって二本取った。
レジで支払いを済ませ、そのまま店を出て、徒歩三分のアパートまで歩いて帰る。
一本は自分用で、もう一本は当時同棲していた相手のためのものだった。
夜勤明けの朝、その十分ほどの寄り道だけが、私にとってはささやかな楽しみのようなものだった。
レジの店員さんは、平日の朝はほぼ決まって同じ中年の女性で、私の顔を覚えてくれていた。
会話らしい会話をしたことは一度もなかったが、その人がいるだけで何となく安心する朝が、半年以上続いていた。
※
異変に気づいたのは、二月の中旬のことだった。
その朝、いつものように冷蔵棚の前に立った私は、一瞬、手を止めた。
左から三列目の黒い缶の在庫が、いつもより少なく見えた。
平日の朝五時過ぎ、その棚に並んでいる本数は、私の中ではいつも大体決まっていた。
十二本、多くて十四本。
その日は、九本だった。
『補充が遅れているのかな』と、最初は思った。
新人の店員さんが慣れていない朝もあったし、納品のトラックの到着時間が時々ずれることもあった。
私は二本だけ取って、レジに向かった。
レジに立っていたのは、いつもの中年の女性の店員さんだった。
「いつもありがとうございます」と笑って言われ、軽く頭を下げて店を出た。
その時はそれだけで、深く気にも留めなかった。
外に出ると、駅前ロータリーの空がすでに薄い水色に変わりかけていて、寒さで指先が固くなった。
缶を入れた袋を脇に挟み、私は冷気の中をアパートまで歩いて帰った。
※
翌朝も、本数が少なかった。
その翌朝も、その翌朝も、毎朝、私が店に着く時間にだけ、必ず二本足りない計算になっていた。
『同じものを毎朝買って行く、別の客がいるのかな』と思った。
朝五時に、同じ銘柄の缶コーヒーを必ず二本買う、私と全く同じ生活リズムの誰か。
同じビルの夜勤明けの同業者か、あるいは早朝の現場仕事の人か。
そう自分に言い聞かせた。
同じ街に同じ生活リズムの誰かがいることは、別に珍しいことではないはずだった。
ただ、二本という数字だけが、なぜか少し引っかかった。
一本なら独り暮らしの男性で説明がついたが、二本ということは、その人にも、家で待っている誰かがいるということになる。
それでも何となく落ち着かなくて、私はその週の金曜日、店員さんに声を掛けてみた。
「すみません。毎朝五時頃に、この黒い缶を二本買って行かれる方、私のほかにいらっしゃいますか」
店員さんは少し驚いた顔をして、それから笑った。
「ええ、いらっしゃいますよ。お客様のいつも十分前くらいです」
「同じ缶ですか」
「同じ缶を、必ず二本」
「……どんな方ですか」
店員さんはレジ前で、少しだけ困ったような顔をした。
「失礼ですけど、お客様によく似た方です」
「マスクをされていますし、目深に帽子も被られていますが、私もずっと気になっていまして」
「身長も、コートの色も、靴も、お客様とそっくり同じです」
「強いて言えば、缶を取られるのが左手という違いがあります」
私はその場で、すぐには言葉が出なかった。
私は右利きだった。
少なくとも、今は右利きだった。
※
その日、私は妙な気持ちのまま帰宅した。
帰り道、自分の中で何かが噛み合わない感じが、ずっと残っていた。
家のテーブルに二本の缶を置いて、布団に潜り込んで眠ろうとしたが、しばらく寝付けなかった。
私は本来、左利きとして生まれていた。
幼稚園に上がる前、母が箸とクレヨンを右手に持ち直させ、それを何度も繰り返すうちに、私は完全に右利きになっていた。
母が亡くなって十年、左手で何かを取るという感覚は、もうずいぶん前に失っていた。
それでも、ふとした瞬間に、左手が先に伸びかけることが、ごく稀にあった。
たとえば台所で皿を取るとき、本能的に左手が動きかけて、すぐに右手に修正する。
そういう、自分の中の小さな影のような癖。
その癖が、誰か別の人間に引き継がれているとしたら、と私はその夜、初めて考えてみた。
翌週の月曜日、私は思い切って店員さんに頼み込み、防犯カメラの映像を少しだけ見せてもらった。
本来であれば店長の許可が必要なところを、店員さんは「今だけですよ」と言って、レジの奥のモニタを私の方に向けてくれた。
朝の五時から五時十五分までの、店内の映像だった。
その人は、ちょうど五時五分過ぎに入ってきた。
身長も、コートも、靴も、確かに私とそっくりだった。
歩き方の癖、微妙に左肩が下がる感じも、私とほぼ同じだった。
冷蔵棚の前に立つと、その人は黒い缶を、左手で二本、続けて取った。
迷う気配は一切なく、まるで自分の家の冷蔵庫から取り出すような動きだった。
レジに進み、財布も左手で出していた。
支払いを済ませると、店員さんに軽く頭を下げて、店を出ていった。
その一連の流れの中で、その人の左手の動きだけが、私の中の何かと正確に一致していた。
子供の頃、母に右利きに矯正される前の、自分の左手の動きだった。
映像の中の私とよく似たその人が、自動ドアの外に消えた後、店員さんは小声で言った。
「お客様も、本当はもしかして、左手の方ですか」
私は何と答えたらいいか分からず、ただ首を横に振った。
店員さんは少し申し訳なさそうに、「すみません、立ち入ったことを訊いてしまって」と笑った。
その笑い方が、母の笑い方と少しだけ似ていることに、その朝、私は気づいた。
※
その週から、私は何度か、いつもより早く店に行ってみた。
その人と直接、すれ違ってみようと思った。
しかし、私が早めに着くと、その人は現れなかった。
私が遅れて到着すると、棚から二本だけが消えていた。
ちょうど、彼と私が一度も同じ時刻に並ぶことがないように、店の時間が調整されているような気がした。
店員さんは、「最近、あの方をあまりお見かけしないんですよ」と何度か言った。
「お客様がいつもより早く来られると、必ずいらっしゃらないんです」
「不思議なこともあるものですね」
不思議という言葉は、その文脈ではあまりにも軽く聞こえた。
その春に、私は社内の異動で昼勤の部署に移ることになり、コンビニに寄ることもなくなった。
異動の前の最後の朝、店員さんが私にレシートと一緒に、小さな付箋を渡してくれた。
「あの方が、いつかこれを置いて行かれていたんです」
「お客様にお渡しするのが筋なんじゃないかと、ずっと思っていまして」
付箋には、書きなぐったような筆跡で、ひらがなで一行だけ書かれていた。
『ぼくのほうの春は、もうすぐおわります。』
筆跡は、私のものに似ていなくもなく、しかし完全に同じでもなかった。
強いて言えば、まだ漢字を上手く書けない子供のような筆跡だった。
右利きに矯正される前の私が書いた字に、そういえばどこか似ていた。
店員さんは「お客様にお返しできて、ほっとしました」と言って、いつも通りに笑った。
その朝、私はその店を最後に、夜勤明けのコンビニ通いを終えた。
※
異動の後、私はその不思議な体験について、しばらく考えないようにしていた。
合理的な説明をしようと思えば、いくらでもできた。
私と似た背格好の常連客がたまたま同じ銘柄を二本買う癖を持っていた。
店員さんの記憶違いがあった。
防犯カメラの映像は、たまたま角度のせいで左右が入れ替わって見えただけだった。
そのどれもが、それなりにもっともらしく聞こえた。
ただ、あの付箋に書かれた一行だけが、どうしても説明のつかないまま、財布の奥に残った。
付箋は半年ほどで黄ばみ、文字も少し薄くなったが、それでも文面はまだはっきり読めた。
私はそれから何度かそのコンビニの前を通り過ぎたが、店内に入ることはしなかった。
入ったところで、もうあの店員さんもいないだろうという気がしていた。
事実、その店は二年後にチェーン全体の店舗整理で閉店し、しばらく更地になった後、別のドラッグストアになった。
私はそれから十年経って、四十二歳になり、子供が一人生まれて、別の街に引っ越した。
子供は、生まれつき左利きだった。
私は妻と相談して、その癖は無理に直さないことに決めた。
母の十三回忌の朝、私は仏壇に手を合わせ、何気なく左手で線香を立てようとした。
長年押し込めていた癖が、その瞬間、静かに戻ってきた感じがあった。
立てた線香の煙を見ながら、私は十年前のあのコンビニのことを、久しぶりに思い出した。
子供の頃に直された左利きの癖が、彼にはまだ残っていた。
たぶん、彼のほうの私は、母にも矯正されないまま、ただ自分の左手のまま大きくなったのだろう。
母も、そのほうの世界では、まだ生きているのかもしれなかった。
もしそうなら、彼が毎朝買って帰っていたあの二本目の缶は、家で待っている誰かのためというより、まだ生きている母のためのものだった可能性もあった。
夜勤明けの息子の手土産として、母が静かに受け取る、そういう朝の缶コーヒー。
そう考えると、なぜ彼が私と一度も同じ時刻にすれ違わなかったのか、少しだけ説明がつく気がした。
同じ街で、同じ生活リズムで、同じ缶を買って同じ街を歩いていても、彼と私は、結局のところ別の世界の朝を生きていたのだった。
そして、ある朝、別の春の終わりに、彼はあの店から消えた。
『ぼくのほうの春は、もうすぐおわります。』
その短い文章の意味を、私は今でも、夜勤明けの早朝の匂いと一緒に、時々思い出している。
もしかしたら彼のほうの母も、彼の春が終わる頃に、私の母と同じように静かに息を引き取ったのかもしれない。
あるいは、彼のほうの彼が、何か別の理由でその街を離れることになったのかもしれない。
どちらにしても、彼は付箋にそれを書き残し、私のいるほうの店員さんに託していった。
異世界というほど遠くもなく、ただ私の人生の隣に、もう一つの私の朝があって、そこにある春が、私の春よりも少しだけ早く終わっただけのことだったのかもしれない。
今でも私は、コンビニの冷蔵棚の前に立つと、ふと左手が先に動きかけることがある。
そのたびに私は、彼が今、どこの棚の前に立っているのかと、一瞬だけ考える。
もう存在しないかもしれない店の、もう存在しないかもしれない棚の、もう存在しないかもしれない缶の前で。
左手で取り、左手で出した小銭を、ゆっくり数えているのかもしれない。