
水道局の漏水調査班には、牛鳴き横丁の夜間調査だけは二人で組むという、どこにも書かれていない決まりがある。
その理由を書いた文書はない。
先輩に尋ねても、笑って「そういうもんだ」と返されるだけだった。
私が決まりの意味を知ったのは、配属されて三年目の、2024年11月の夜のことだ。
当時の私は31歳で、市の水道局で漏水調査を担当していた。
仕事は、驚くほど地味だ。
夜中の2時から4時、街が寝静まって水の使用量が底をつく時間帯に、バルブや消火栓へ聴音棒を当てて回る。
管の継ぎ目から水が漏れていれば、棒の先に細い「シュー」という音が乗る。
昼間は車や人の気配に埋もれてしまう音が、夜になると不思議なほどはっきり届く。
最初の一か月、私は棒の先の音を、ほとんど聞き分けられなかった。
空気の音と、水の音と、ただの耳鳴りの区別がつかない。
そんな私に、辛抱強く付き合ってくれたのが田島さんだった。
組む相手は、田島さんだった。
58歳。入局して35年になる、班でいちばん耳のいい人だ。
田島さんには癖があった。
人を呼ぶとき、必ず右手でおいでおいでをする。
左手には、いつも聴音棒を握っているからだ。
「森下、こっち」と言いながら、手首だけをひらひらと返す。
その動きを、私は組んでからの半年で、何百回と見てきた。
マンホールの蓋は、夜になると少し温かい。
地中の水道管は、真冬でも一定の温度を保っているからだ。
だから11月の冷え込む夜でも、蓋の上に立つと、靴底にぬるさが伝わってくる。
田島さんはそれを「地面の体温」と呼んでいた。
その週、私たちに割り当てられたのは、市の西側にある牛市町の商店街だった。
牛市町。
名前のとおり、かつては家畜市場があった土地だ。
班の誰もが、あの町の夜の担当を、さりげなく避けていた。
理由を聞くと、みんな「遠いから」と言う。
遠くはない。営業所から、車で15分の距離だった。
商店街の裏手に、アーケードの屋根も届かない細い路地が一本ある。
地元の人が牛鳴き横丁と呼んでいる路地だ。
出発前、営業所の駐車場で、田島さんがバンの助手席に管路図を広げた。
「今夜は牛鳴き横丁の突き当たりまで。二人で離れずにやるぞ」
「いつも二人じゃないですか」
「そうだ。今夜は、特に、だ」
それ以上の説明はなかった。
私は日報を、膝の上のバインダーに重ねた。
同行者の欄には「二名」と書いて、丸をつける。
出発前の、決まりきった作業だ。
国道へ出ると、信号はすべて黄色の点滅に変わっていた。
コンビニの看板だけが、のっぺりと明るかった。
フロントガラスに、細かな霧がついては流れていく。
田島さんは魔法瓶のお茶を蓋に注ぎ、半分を私に回した。
湯気の向こうで、彼の横顔はいつもと変わらず穏やかだった。
私はそのとき、まだ何も知らなかった。
牛鳴き横丁の夜
商店街の入口に着いたのは、1時50分だった。
シャッターは、どの店も降りていた。
アーケードの蛍光灯は半分ほどが消えていて、舗装の継ぎ目が白く浮いている。
風はなかった。
自分たちの靴音だけが、高い天井に二度ずつ返ってきた。
どこかの店の換気口から、冷えた揚げ油の匂いが細く流れていた。
一匹の猫が、私たちの足元を横切って、アーケードの外へ走っていった。
猫は一度も、路地のほうを振り向かなかった。
牛鳴き横丁は、アーケードの一番奥で、細く口を開けていた。
幅は、大人が二人並べばいっぱいになる。
片側は金物店の側面で、反対側は閉業した精肉店の裏壁だ。
突き当たりは、ブロック塀でふさがれている。
路地の真ん中に、仕切弁のマンホールが二つ並んでいた。
田島さんは一つ目の蓋の前にしゃがみ、聴音棒の先を鉄蓋に当てた。
私も、二つ目の蓋に棒を立てた。
反対の端を耳に押し当てると、金属の冷たさの奥から、地中の静けさが届く。
水が管を渡るときの、さらさらとした低い音。
それ以外には、何もない。
三分ほど、そうしていただろうか。
低い声が、棒の先で伸びた。
ヴォォォ、と、長く尾を引く声だった。
そのすぐあとに、短く、もう一度。
ヴォッ。
私は棒から耳を離した。
「田島さん」
「聞こえたか」
田島さんは、こちらを見なかった。
「漏水じゃないですよね、今の」
「管の中の空気だまりだ。水が動くと、ああいう音を出すことがある」
「牛みたいでした」
「だから、この路地は牛鳴き横丁って呼ばれてる」
田島さんは、それだけ言って立ち上がった。
バンへ戻る途中、彼は歩きながら、ぽつりぽつりと由来を話してくれた。
明治のころから昭和の終わりまで、この一帯は家畜市場だった。
市が立つ前の晩、近郷から集められた牛が、路地沿いの繋ぎ場に一晩つながれた。
市場が郊外へ移ったあと、跡地に商店街ができた。
ただ、路地の下には、牛を洗った水を流す古い暗渠が、今も通っている。
そこへ水道管が並んで走っているから、音が伝わるのだという。
「理屈は、そういうことだ」
理屈としては、通っていた。
それでも、私は腑に落ちなかった。
管路図のとおりなら、二つ目の蓋の先に管はない。
水は、そこで止まっているはずだった。
止まった水の先から、声が届くものだろうか。
試しに、二つ目の蓋の周りを一周してみた。
ブロック塀の際に立つと、塀の向こうから、わずかに土の匂いがした。
コンクリートばかりの町の中で、そこだけが畑の端のような匂いだった。
塀の上の鉄のかえしに、細い縄の切れ端が一本、ぶら下がっていた。
風はないのに、縄の先は、ゆっくりと左右に揺れていた。
私は懐中電灯を下げて、それ以上は見ないことにした。
バンのドアを閉める直前、田島さんが、一度だけ路地のほうを見た。
「数は、数えるなよ」
独り言のような小さな声だった。
私は聞こえなかったふりをした。
その夜の調査は、それ以上何も起きずに終わった。
帰りの車内で、私は日報に「異常なし」と書き込んだ。
同行者の欄では、丸のついた「二名」が、いつもどおり並んでいた。
聴音棒の先の声
翌日の昼、私は一人で牛鳴き横丁へ行ってみた。
昼の路地は、拍子抜けするほど普通だった。
金物店の軒先には、ざるやバケツが吊るされている。
店の奥から、ラジオの歌謡曲が小さく流れていた。
店番は、80歳を過ぎていそうな老人だった。
帳場に座ったまま、眼鏡の奥からこちらを見ている。
「水道局の者です。夜に、この路地の調査をしておりまして」
「ああ、聞いとるよ。あんた、聴音棒を当てたんだろう」
「はい。変わった音がしたもので」
「牛だろう」
老人は、当たり前のことのように言った。
「聞こえましたか、やっぱり」
「わしは聞かん。耳が遠い。だが先代はよく聞いとった」
「何の音なんでしょう」
「さあな。ただ、決まりがある」
老人は、湯呑みを両手で包んだ。
「牛が鳴いても、返事をしちゃいかん」
「返事、ですか」
「昔は、市の前の晩に、牛の数を数える番がおった。数えとる最中に返事をすると、一頭に入れられる」
「入れられる、というのは」
「わしにも知らん。先代がそう言っとっただけだ」
老人は、そこで少し笑った。
「ただし、人に名前を呼ばれたときは、返事をしていい。だからこの路地は、二人で通るもんだ」
その言葉は、私の中でうまく形にならなかった。
「もし、一人で通ってしまったら」
「通らんことだ」
老人は、それだけ言って、ラジオの音量を少し上げた。
営業所へ戻ると、受付の山口さんに呼び止められた。
「牛市町の夜、田島さんと行ったの」
「はい。何かありますか」
「前に田島さんと組んでた子が、いたでしょう」
「いたんですか。聞いていません」
「ううん、何でもない。気をつけてね」
山口さんは、すぐに電話のほうへ顔を向けた。
営業所へ戻ってから、私は昨夜の記録を田島さんと見直した。
聴音の位置を三角測量で割り出すと、音源は二つ目の蓋のさらに先を指していた。
ブロック塀の向こう側の、何もない地面だ。
「地図にない管が、あるのかもしれん」
田島さんはそう言ったが、声はいつもより低かった。
「ほかの店の人にも、聞いてみましょうか」
「やめておけ」
即答だった。
「なんでですか」
「聞いたところで、話が増えるだけだ」
私は黙って記録用紙を畳んだ。
田島さんは、私が老人の言葉を伝えなくても、すでに知っているようだった。
その日の夕方、書庫で古い日報の綴りをめくってみた。
牛市町の欄を拾うと、平成の初めの一冊に行き当たった。
同行者の欄は、どのページも「二名」と書かれている。
ただ一枚だけ、「三名」と書かれたものがあった。
その数字には、赤鉛筆で斜めに線が引かれていた。
日付は、2月の末。備考欄は、空白だった。
私は綴りを閉じて、元の棚へ戻した。
戻したあとで、その日付を覚えていないことに気づいた。
たしかに読んだはずなのに、数字だけが頭から抜け落ちていた。
藁の匂いのする蓋
その週の三日目の夜、私たちはまた牛鳴き横丁にいた。
2時を少し過ぎたころ、二つ目の蓋に足を乗せて、違和感に気づいた。
温かさが違う。
いつもの、ぬるいという程度ではなかった。
靴底の下で、何かがゆっくりふくらんでは縮んでいるような、生き物の体温に近い温かさだった。
鼻の奥に、匂いが来た。
干した草と、湿った獣の毛の匂い。
アーケードのどこにも、そんなものがあるはずはなかった。
「田島さん、蓋が」
「ああ。今夜は、温かいな」
「匂いもします。藁みたいな」
「気のせいだと思え」
田島さんは言いながら、弁筐に点検用の小型カメラを下ろした。
モニターに、筐の内側が白く映る。
壁面に、細い茶色の繊維が何本も貼りついていた。
水に濡れたまま乾ききらない、藁の屑だった。
「どこから入ったんでしょう」
「わからん」
「管の中に、藁なんて」
「森下」
田島さんは、静かに私の名を呼んだ。
「見なかったことにして、記録だけ取れ」
私は言われたとおり、画面を撮影した。
手首の時計を見ると、2時50分だった。
スマートフォンの時刻は、2時43分を指していた。
七分のズレ。
これまで、一度も狂ったことのない時計だった。
「予備のバッテリーを取ってくる。三分で戻る」
田島さんが言った。
「ここを動くな。それと、俺が戻るまで誰かに呼ばれても、行くな」
「誰かって、誰ですか」
田島さんは答えず、反射ベストの背中を向けて、アーケードの方へ歩いていった。
足音が遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
路地に、私一人が残った。
聞こえなくなった足音の代わりに、別の音が耳に入った。
ふう、と、長く息を吸い込むような音だった。
蓋の下からだ、と、しばらくしてわかった。
吸い込まれた息は、吐き出されなかった。
私は無意識に、自分の呼吸を止めていた。
蓋の下で、牛が鳴いた。
ヴォォォ、と、長く。
そのあとに、短く。
さっきより、近かった。
私は唇を閉じたまま、聴音棒を握りしめていた。
携帯電話を取り出すと、画面の端に、圏外の文字が出ていた。
アーケードの下で、通じない場所などなかったはずだ。
口を開けたら、誰かの返事のように、声が出てしまいそうだった。
立ち止まっているのに、足元から、靴音が二度ずつ聞こえた。
一つは私の足音で、もう一つは、少し遅れて重なってくる。
私は爪先に力を入れて、体を動かさないようにした。
返事をしてはいけない。
老人の言葉を、頭の中で繰り返した。
腕時計の秒針が、やけにゆっくり進んでいる気がした。
3分が過ぎても、田島さんは戻らなかった。
5分が過ぎた。
スマートフォンの画面には、2時43分のままの数字が、動かずに光っていた。
街灯の輪の中
路地の入口に、人が立っていた。
アーケードの照明が切れた暗がりに、反射ベストの白い線だけが浮いている。
背丈も、肩幅も、田島さんだった。
「田島さん」
声をかけても、動かない。
その人は、こちらを向いたまま、おいでおいでをした。
手首をひらひらと返す、いつもの動きだった。
ほっとして、私は路地を走った。
金物店の脇を抜けると、見覚えのない細い通路があった。
管路図にも、昼に歩いたときにも、そんな道はなかった。
田島さんは、その奥へ、ゆっくりと歩いていく。
「待ってください、バッテリーは」
返事はなかった。
ただ、一定の間隔を保って、歩幅だけが私と同じだった。
通路の壁には、湿った藁が、ところどころ貼りついていた。
足元の土は、アスファルトではなかった。
いつのまにか、靴底が柔らかく沈んでいた。
通路を抜けると、広場に出た。
空き地、というほうが近い。
周囲は木の柵で囲われ、その中に低い杭が四本、等間隔に打たれていた。
隅に、小さな詰所のような小屋がある。
夜なのに、その一角だけ、街灯の光が丸く落ちていた。
アーケードの照明は一つも届かないのに、そこだけが、午後の日だまりのように明るい。
地面の土は乾いていて、藁が散っていた。
杭には、墨で数字を書いた木札が下がっていた。
一本目、二本目、三本目の札は、雨風で黒く擦り切れていた。
四本目の札だけが、まだ白かった。
どこかから、搾りたての乳のような、甘く生ぬるい匂いがした。
私は、足が動かなかった。
小屋の戸が、きい、と開いた。
中から、小柄な老女が出てきた。
手に、小さな帳面と、短い鉛筆を持っている。
もう一方の手には、手綱が握られていた。
手綱の先は、柵の根元の排水溝の格子の下へ、ぴんと張って消えている。
老女は、私を見て、にこにこと笑った。
古い割烹着の袖口に、藁が何本も刺さっていた。
笑っているのに、目の奥には、何も映っていないように見えた。
そして、唇だけを動かして、数え始めた。
ひとつ。
ふたつ。
老女の視線が、杭を順に撫で、最後に私の顔で止まった。
みっつ。
老女が、手綱を握ったまま、片手を上げた。
おいでおいでをするように、手首を返した。
ふと、気づいた。
おいでおいでをしていたのは、左手だった。
私は振り返った。
さっき通路で私を導いた人影は、柵の外の暗がりに、ひとり立っていた。
その人も、まったく同じ動きで、手首を返していた。
左手だった。
田島さんは、右手でしか人を呼ばない人だ。
足が、ようやく動いた。
私は通路へ向かって走った。
後ろを振り向いたらいけない、という確信だけが、体を前へ押した。
通路を抜けたはずだった。
路地に出たはずだった。
けれど、目の前には、日だまりのような光の輪があった。
杭と、小屋と、藁。
もう一度、走った。
今度は、右へ折れた。
数十歩ほど進んで、また、光の輪の中に出た。
柵の外の人影は、一定の距離を保ちながら、私の右側を並んで歩いていた。
手を出してはこない。
ただ、ずっと、おいでおいでをしている。
三度目に光の輪へ戻ったとき、私は膝をついた。
老女の唇が、動いていた。
よっつ、と、動いたように見えた。
日報の三つ目の欄
そのときだった。
右の暗がりのほうから、声が聞こえた。
「森下ーっ」
遠く、かすれた声だった。
「森下ーっ。戻ってこい」
田島さんの声だった。
老人の言葉が、頭の奥で鳴った。
人に名前を呼ばれたときだけ、返事をしていい。
「はい!」
私は、喉が裂けるほど叫んだ。
「ここにいます、はい!」
声の方向へ、体を向けた。
柵の木が、闇に溶けた。
光の輪が、背中のほうへすうっと引いていく。
私は転がるように走り、アーケードの蛍光灯の下へ出た。
金物店の脇で、田島さんが膝に手をついて、肩で息をしていた。
彼は、懐中電灯を私の顔に当てて、しばらく言葉を失っていた。
「どこにいた」
「わかりません。田島さんが、呼んで」
「俺は呼んでない。さっきまで、お前の名前を呼びながら、探してた」
「え」
「戻ったら、お前がいなかった。三分で戻ると言ったのに」
田島さんは、バッテリーを足元に置いた。
手が、震えていた。
「時間は、わかるか」
「3時、前だと思います」
田島さんは、自分の腕時計を、私に見せた。
5時52分だった。
「三時間、呼び続けた」
彼は、かすれた声で言った。
「蓋の下から、お前の声がしてた。俺が名前を呼ぶと、一回おきに、返事をするんだ」
私は、返事をしていない。
一度も、声を出していない。
「怖くなって、呼ぶのをやめたら、お前の声も止まった。だから、また呼んだ」
「その声は」
「間違いなく、お前の声だった」
田島さんは、白い息を吐きながら、続けた。
「俺は一度も、蓋のほうは見なかった。見たら、お前が返事をしてる気がして」
彼の肩に、冷たい露がびっしりと降りていた。
三時間、あの路地の入口に、立ち続けていたのだと、そのとき初めてわかった。
田島さんは、それ以上、何も言わなかった。
東の空が、ようやく薄く白んでいた。
私たちは調査を打ち切り、バンで営業所へ戻った。
翌朝、デスクで日報を開いた。
同行者の欄は、「三名」になっていた。
丸のつけ方も、数字の払いも、私の筆跡だった。
私は、その日報を書き直さなかった。
田島さんは、翌春に定年を待たず、局を辞めた。
最後の日、彼は私に、聴音棒を一本だけ手渡した。
「右手で呼べ」と、彼は言った。
「左手で呼ぶ奴を、見たら」
そこで、言葉は切れた。
今も牛鳴き横丁の夜間調査は、二人で組む。
私の相方は、入局二年目の、まだ若い男の子だ。
彼は、人を呼ぶとき、右手を使う。
左手には、聴音棒を持っているからだ。
私はそれを、毎晩、確かめている。
マンホールの蓋は、夜になると少し温かい。
先週、二つ目の蓋に棒を立てたとき、棒の先で牛が二度鳴いた。
長く、それから短く。
その声の高さが、私の話し声とよく似ていたことには、気づかないふりをした。
新人が、右手で私を呼んだ。
私は、それがほんとうに右手であることを、三度、確かめた。