
これは、私が生涯にいちど、誰かに話しておきたかった怖い話だ。
もう四十年も前のことになる。
歳をとって、眠りが浅くなるほど、その家のことを思い出すようになった。
私が世話になったのは、信州の山あいにある、製糸で栄えた古い家だった。
十六の春、口減らしのように親元を離れ、その家へ奉公に出された。
家は谷ひとつを見下ろす高台にあり、黒い瓦屋根の下に、いくつもの蚕室を抱えていた。
春から初夏にかけては、家じゅうが蚕の桑を食む音で満ちた。
雨だれにも、紙を裂く音にも似た、絶え間のないさざめきだった。
夜、布団に入ってもその音は止まず、私はしばらく眠れぬ晩を過ごした。
蚕室は、昼も夜も、生あたたかい湿りに満ちていた。
桑の青い匂いと、繭の乾いた匂いが、家じゅうに染みついていた。
その匂いの底に、北の間からだけ、線香の冷たい匂いが流れてきた。
家を仕切っていたのは、当主ではなく、当主の母である大奥様だった。
髪を固く結い上げ、年じゅう藍の着物を着た、小柄な老女だった。
奉公人は皆、大奥様の前では声を落とした。
廊下で笑い声を上げただけで、座敷の空気が冷えるような人だった。
その大奥様が、肌身離さず抱いている人形があった。
古い市松人形で、艶のあるおかっぱの黒髪に、色の褪せた晴れ着を着せられていた。
名を、鶴といった。
人形に名があること自体は、めずらしくもなかった。
ただ、その名の由来を、奉公してすぐの私は知らなかった。
台所を任されていた古参の女中が、あるとき手を止めて、低い声で教えてくれた。
大奥様には昔、鶴という名の娘がいたのだという。
待ち望んだ初めての女の子で、生まれて半年ほどで、向こうへ渡ってしまった。
原因は、誰もはっきりとは口にしなかった。
気落ちした大奥様のために、当主が町から取り寄せたのが、あの人形だった。
大奥様はそれに娘と同じ鶴の名をつけ、実の子のように扱った。
毎朝髪を梳き、枕元に寝かせ、季節ごとに晴れ着を縫い替えた。
「あれは人形やない。鶴お嬢さまや」と、女中は念を押すように言った。
その谷では、古くから、人形を粗末にすると障りがあると言い伝えられていた。
雛の節句が過ぎても、家々は雛を丁寧に納い、決して放っておかなかった。
川へ流す雛も、必ず里の者が見届けてから流したという。
だから、大奥様が人形を娘のように扱うのを、はじめ私は、土地の習いの一つだと思っていた。
私は曖昧にうなずいて、その晩は妙に寝つけなかった。
※
奉公の暮らしは、単調だが忙しかった。
この家は、谷ではいちばんの旧家だと言われていた。
春の繭の出来が、そのまま谷じゅうの暮らしを左右した時代だった。
糸を引く女たちが、朝早くから晩まで、湯気の立つ釜の前に並んだ。
私はその下働きとして、薪を割り、湯を沸かし、繭を運んだ。
手は年じゅう、湯と灰で荒れていた。
それでも、繭の山に埋もれて働く昼間は、まだよかった。
大奥様は、その釜場には、けっして降りてこなかった。
一日のうち、ほとんどを北の間で過ごした。
人形の髪を梳き、晴れ着の塵を払い、低い声で何かを語りかけていた。
通りすがりに耳をすますと、それは子守唄のようでもあった。
蚕の世話、桑運び、糸繰りの下働き、そして毎晩の灯明上げ。
灯明上げは、私のいちばん嫌いな務めだった。
母屋のいちばん北、陽の差さない仏間に、夜ごと灯明を上げに行かねばならない。
仏壇のほかには何もない、畳の底冷えのする部屋だった。
夜の母屋は、広いほど寒かった。
長い廊下を一本きりの灯で歩くと、自分の足音だけが、やけに大きく響いた。
里の家が恋しくて、私は何度も泣きそうになった。
私が来て二年目の冬、家に赤子が生まれた。
当主の息子夫婦に、美津という女の子が授かったのだ。
大奥様は、人が変わったように美津を可愛がった。
蚕より、糸より、孫娘だった。
そしてその冬を境に、鶴の居場所が変わった。
それまで大奥様の枕元にあった人形が、北の仏間の隅へ移されたのだ。
誰に命じられたわけでもなく、大奥様自身がそうした。
私は毎晩、灯明とともに、その人形のかたわらを通ることになった。
はじめの異変は、ささいなことだった。
灯明を上げて手を合わせ、振り返ると、人形の顔がこちらを向いている。
置いたときは、たしかに壁の方を向いていたはずだった。
気のせいだ、と思うことにした。
次は、晴れ着の襟だった。
朝には左前に合わせてあった襟が、夜には逆に合わさっている。
着付けを直す者など、その時刻、家には私のほかにいなかった。
三つめは、足だった。
ある晩、人形の片方の草履が、畳のずっと先に落ちていた。
まるで、歩こうとして脱げたかのように。
四つめは、音だ。
灯明を上げていると、背後で、襖でも障子でもない、紙を裂くような細い音がした。
蚕の桑を食む音によく似ていたが、その仏間に蚕は一匹もいなかった。
五つめは、匂いだった。
ある晩から、北の間に、嗅いだことのない甘い匂いが漂うようになった。
古い白粉のような、それでいて饐えたような匂いだった。
人形の襟元に鼻を寄せると、匂いはたしかに、そこから立っていた。
六つめは、もう、数えるのをやめた。
異変は、日に日に当たり前のことになっていった。
当たり前になっていくことが、何より恐ろしかった。
私は、誰にも言わなかった。
言えば、鶴を粗末にしたと、大奥様に咎められるのが怖かった。
ある日、蚕室の梁の上から、煤けた古い帳面が出てきた。
先代が蚕の出来を書きつけた、繭の覚え書きだった。
桑の値や繭の目方に混じって、ところどころ、別の筆が挟まっていた。
「鶴、また北の間より動く」
「鶴の髪、ひと房抜けておる。誰も触れておらぬ」
私の前にも、この人形を気にした者がいたのだ。
その筆跡は、今の当主のものだった。
無口な当主もまた、ひとりでこの人形を見張っていたのだと知れた。
帳面には、もう一つ、気にかかる行があった。
「鶴に名を呼ばれし者、長くはおらぬ」
子どもじみた迷信だと、私は読み流そうとした。
けれど、その晩から、私は自分の名を呼ばれるのが、少し怖くなった。
※
ある晩、私は里心がついて、ひどく気が立っていた。
灯明を上げに入った仏間で、いつものように人形が私の方を向いていた。
その晩にかぎって、私はそれが無性に腹立たしかった。
「なんだ、文句でもあるのか」
思わず、人形に向かってそう言ってしまった。
若い、馬鹿な見栄だった。
居間に戻って、つい「鶴に睨まれた」と口を滑らせると、大奥様の顔色が変わった。
後にも先にも、あれほど大奥様が声を荒げたことはない。
「二度と、鶴お嬢さまにそんな口をきくな」
私は板の間に手をついて詫びた。
その晩は、それで済んだ。
ことが起きたのは、数日後だった。
よく晴れた昼下がりで、北の間も珍しく明るかった。
前の晩に下げ忘れた灯明の皿を取りに入ると、人形が定位置にいなかった。
いつも座っている棚から落ちて、畳の上に転がっていた。
そして、片方の手首が、胴から外れていた。
私のしたことへの、仕返しのように思えてならなかった。
私は皿も取らず、居間へ走り込んだ。
血相を変えた私を見て、大奥様も、さすがに心配げに腰を上げた。
ところが、二人で北の間へ戻ると、人形は何事もなく棚に座っていた。
手首も、ちゃんと付いていた。
私が嘘をついたような格好になり、口ごもっていると、ちょうど当主が通りかかった。
「ああ、それなら俺が落とした。直しておいた」
私は、勘違いした自分が恥ずかしくなって、その場は収まった。
だが、その晩おそく、当主が私の部屋へ来た。
「昼間の人形な。棚へ戻したのは俺だ。だが、落としてはいない」
当主は声を落として、そう言った。
「お前が血相を変えて飛び出してくるから、北の間を覗いたら、人形が落ちていた。見つかると面倒だから、黙って戻しただけだ」
「ただ、手首なんぞ、外れてはいなかった」
どうやって落ち、どうやって外れた手首が、また付いたのか。
それきり、当主も私も、その話はしなかった。
盆が近づいたある日、近所の古老が線香を上げに来た。
帰りぎわ、古老は北の間の方をちらと見て、私に小声で言った。
「あの人形は、いつからこの家におる」
当主が買い求めたものだと答えると、古老は怪訝な顔をした。
「わしが子どもの時分にも、この家には、おかっぱの人形がおったがな」
それは、当主が町から取り寄せるよりも、ずっと前のことだった。
その頃から、夜なかに、廊下を歩く小さな足音を聞くようになった。
畳を擦るのでも、板を踏むのでもない、乾いた、軽い音だった。
草履を引きずるような音が、北の間の方から、私の部屋の下まで来て、止む。
朝になって確かめても、廊下には何の跡もなかった。
ただ、北の間の人形の草履が、いつも片方、わずかに前に出ていた。
月に一度、谷を上って来る行商の老人もいた。
反物や針を商う、口の重い男だった。
その老人が、あるとき坂の途中で足を止め、家の方を見上げてつぶやいた。
「この家は、人がひとり多いな」
私が聞き返すと、老人はもう荷を担ぎ直して、谷を下りていた。
それからしばらく、私は人数を数える癖がついた。
当主、大奥様、若夫婦、美津、奉公人。
何度数えても、ひとり多いということはなかった。
ただ、夜の北の間の隅にいる人形を、私はいつのまにか、人の数に入れて数えていた。
その日から、私は灯明上げを、こっそり怠けるようになった。
皿だけ持って北の間の前まで行き、廊下で数を数えてから、居間へ戻る。
半年ほど、私は仏壇に灯明を上げていなかったと思う。
※
異変が、ただの不気味さでは済まなくなったのは、その年の梅雨だった。
美津が、熱を出した。
突然、火のついたように熱が上がり、町から医者を呼んでも下がらなかった。
三日のあいだ、若奥様は美津を抱いて離さなかった。
四日めの明け方、美津は、向こうへ渡った。
まだ、歩きはじめたばかりだった。
高い熱のうわ言のなかで、美津は何度も、ある名を呼んでいたという。
「つるちゃん、つるちゃん」と。
美津に、鶴という名の友などいなかった。
私は、自分が灯明を怠けたせいではないかと、思わずにいられなかった。
だが、それを誰にも言えなかった。
若奥様は、人形のせいだと言って泣き崩れた。
葬いの晩、若奥様は北の間へ駆け込み、人形を竈にくべようとした。
それを、大奥様が血相を変えて奪い返した。
二人は、美津の小さな位牌の前で、掴み合った。
その家で私が見た最もむごいものは、喪った者の姿ではなく、その掴み合いだった。
ほどなく若奥様は里へ帰り、当主は谷の工場に寝起きするようになった。
家には、大奥様と、人形と、奉公人の私だけが残された。
家のことは、いつのまにか、ほとんど私ひとりの肩にかかっていた。
炊事も、洗濯も、大奥様の世話も。
当主は谷の工場から、月に一度帰るかどうかだった。
若奥様の里からは、ついぞ便りもなかった。
私はまだ、十八にもならぬ歳だった。
それでも、この家を放っては行けなかった。
灯明を怠けたせいで美津が逝ったのなら、せめて、と思った。
私は毎晩、北の間に灯明を上げ直すようになった。
人形は、いつも私の方を向いて、それを見ていた。
その頃から、大奥様の様子が、目に見えておかしくなった。
一日じゅう人形を抱いて、北の間でぼんやりと座っている。
膳を運んでも、半分は手をつけなかった。
大奥様は、人形に話しかけるようになった。
「腹が空いたろう」「寒かろう」と、まるで赤子をあやすように。
そして、自分の膳の飯を、人形の口元へ運ぶのだ。
人形の口は、当然、開かない。
それでも大奥様は、根気よく、何度も運び続けた。
夜になると、大奥様は人形を抱いて、家じゅうを歩き回るようになった。
板戸を一枚ずつ開けては、「鶴や、どこにおる」と呼ぶ。
すぐ腕の中にいるのに、また別の部屋を探しに行く。
私は何度も寝床から起き出して、大奥様を部屋へ連れ戻した。
連れ戻すたび、人形の顔が、私のすぐ目の前にあった。
暗がりでも、その黒い目だけが、妙にはっきりと見えた。
ある朝、呼びに行くと、大奥様が口の中で、何かをもぐもぐと動かしていた。
「何を召し上がっているのですか」と尋ねると、「ご飯」と答えた。
その口の端から、黒い糸のようなものが、幾筋も垂れていた。
膝の上の人形を見ると、おかっぱの髪が、片側だけ無くなっていた。
私は、あの朝のことを、今でもいちばんよく覚えている。
それからの大奥様は、夜ごと人形をいじるようになった。
髪を抜き、晴れ着を裂き、手足をねじる。
朝、人形を検めると、傷が、前の晩よりも増えている。
けれど、大奥様の指には、糸くず一つ付いていないことがあった。
では、誰が、夜のあいだに人形を裂いたのか。
見かねて取り上げ、納屋の奥や、下駄箱の裏に隠した。
だが翌朝には、人形は必ず大奥様の手に戻っていた。
夜半に「鶴や、鶴や」と呼びながら、足の弱った体で家じゅうを探して歩くのだ。
私は、人形を自分の部屋へ持って上がることにした。
二階の私の部屋なら、大奥様は上がって来られない。
人形を古い行李に納め、蓋をして、念のため紐までかけた。
※
その晩、三時を過ぎた頃だったと思う。
階下から、大奥様が人形を探す声で、私は目を覚ました。
「鶴や、どこへ行った、鶴や」
安心して、もう一度目を閉じようとして、私は気づいた。
部屋の隅の行李の蓋が、開いていた。
かけたはずの紐が、畳の上にほどけて落ちていた。
起きて確かめる勇気が、どうしても出てこなかった。
私は布団をかぶり、息を殺して、階下の声に耳を澄ませた。
すると、すぐ枕元で、低い声がした。
「鶴、こんなところにおったか」
それは、たった今まで階下から聞こえていたはずの、大奥様の声だった。
私は跳ね起きた。
けれど、部屋には誰もいなかった。
開いた行李の中に、髪の半分を失った人形だけが、こちらを向いて座っていた。
人形は、ほんの少し前まで、たしかに蓋の下にいたはずだった。
私は、その晩、もう眠らなかった。
夜が明けるまで、行李の人形と、向かい合って座っていた。
人形は、何もしなかった。
ただ、そこにいた。
それが、何よりも、いけないことのように思えた。
※
大奥様は、翌朝、自室で見つかった。
障子いっぱいに朝の陽が差し込む、やけに明るい部屋だった。
大奥様は、もう動かなかった。
喉が、人形の黒い髪と、裂いた晴れ着の切れ端で塞がれていた。
片手には、髪を失った人形の胴を、固く握りしめていた。
苦しんだ跡が、その顔に残っていた。
葬いは、ささやかなものだった。
人形も、大奥様とともに、荼毘に付した。
火葬の煙が、谷の方へ長く流れていったのを、今も覚えている。
その煙を見ながら、女中だった老婆が、ぽつりと言った。
「これで、鶴お嬢さまも、やっと一緒になれたな」
私には、それがどういう意味か、はかりかねた。
喜んでいるのか、恐れているのか、その声からは分からなかった。
骨を納めに、谷を見下ろす家の墓へ行った。
古い墓石には、歴代の名が、苔の間に彫られていた。
そのいちばん端に、鶴、と読めた。
半年で向こうへ渡った、あの娘の名だった。
その隣には、まだ誰の名も刻まれていない、空いた面があった。
私は、そこに一度だけ目をやって、すぐに視線をそらした。
私は、墓石の前で、しばらく動けなかった。
葬いに来た遠縁の老人が、その晩、酒の席で声を潜めて言った。
半年で先に逝った鶴お嬢さまのことには、人に言えぬ事情があったらしい、と。
原因が分からぬのではなく、分かっていて、伏せられたのだ、と。
大奥様は、そのことで、親類から縁を切られていたのだという。
なぜ表沙汰にならなかったのかと尋ねると、老人は黙って盃を干した。
それきり、その話をする者はいなかった。
四回忌の年まで、私はその家のことを、誰にも話さなかった。
あれから、私はこの家を離れ、糸とは関わりのない暮らしを送ってきた。
当主もほどなく谷を出て、家は人手に渡り、今はもう蚕室も残っていない。
それでも、梅雨の晴れ間の、妙に明るい朝には、ふと思い出す。
どこか遠くで、小さな声が、鶴や、鶴や、と呼んでいる気がするのだ。
そして、決まって、ひとつのことを考える。
あの墓に最初に鶴の名が刻まれたとき、人形はまだ、この世になかったのだ。
今となっては、これが私にできる、たったひとつの怖い話だ。