廃村(長編)

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俺が小学5年の頃の話だ。

東京で生まれ育った一人っ子の俺は、ほぼ毎年夏休みを利用して1ヶ月程母方の祖父母家へ行っていた。

両親共働きの鍵っ子だったので、祖父母家に行くのはたいてい俺一人だったが、初孫だった俺を祖父母はいつも笑顔で歓迎してくれた。

山あいにある小さな集落で、集落の北端は切り立った山になっていて、その山のすぐ下を県道が走ってる。

県道沿いに商店が数軒並んでて、その中に祖父母家があった。

山を背にすると猫の額程の平地があり、真ん中に川が流れていて、川を渡って数分歩くとすぐ山になる。

山に挟まれた県道と川がしばらく坂を上って行くと険しい峠になっていて、この集落は峠までの道で最後の集落になってる。

この峠は名前も何だか不気味だったこともあって、昔ながらの怪談話をよく大人たちに聞かされたものだった。

そんな寒村の小さな集落、全部合わせて50人も住んでないような場所だから、遊び仲間になる子供も5~6人ぐらいしか居なかった。

よく遊んでいたのが、

子供たちの年長者であるA(中1)

Aの弟のB(小6)

仲間内で唯一俺より年下だった魚屋のC(小4)

の3人だ。

川で泳いだりカブトムシを取りに行ったり、東京のコンクリートジャングルで生まれ育った俺にとって、ファミコンが無くても楽しい田舎での暮らしは新鮮で天国のようだった。

小5の夏休み。

俺は例年通り新幹線とローカル線、さらにバスを乗り継ぎ6~7時間掛けて祖父母家に行った。

翌日から遊び仲間たちに挨拶回りをして、早速あちこち走り回って遊びまくった。

集落の大人たちから「行ってはいけない」と言われていた集落南端の山中にあるお稲荷さんで肝試しもした。

カンカン照りの昼間だけど、鬱蒼とした森の中で、北向きなせいもあって薄暗くて怖かったな。

それとは別にもう1ヶ所「行ってはいけない」と言われてた場所がある。

場所、と言うか、俺が聞いてたのは漠然としたエリアで、県道伝いに峠方面に行くと、県道沿いに製材工場と墓地がある。

その墓地から先には絶対に行くな、と。

今でこそ県道は道幅が拡張されたり、トンネルがいくつもできたりしてるらしいが、当時は集落から数キロ先の峠まで、道幅も狭くて交通量も多かったので危ないからだと説明されていた。

確かに両親と車で行ったとき、車で峠を越えたことがあったけど、崖にへばりつくような道で、車線内に収まりきらない大型トラックがセンターラインを跨ぎながらビュンビュン走ってたのを憶えている。

肝試しの翌日、昨日の肝試しはたいしたこと無かったなと、皆で強がりながら話している時、Bがニヤニヤしながら話始めた。

B「峠の方に行った墓の先、鎖がしてある道あるじゃん? あの先にすっげぇ不気味な家があるらしいよ!」

A「家? 鎖の奥に行ったことあるけどそんなの無かったぞ」

C「え? A君行ったことあるの!? あの鎖の先は絶対行っちゃいけないって…」

A「おう、内緒だぞ(笑)」

どうやら本当に行ってはいけない場所というのは、鎖のある道小道だったようだ。

A「あの道の先って、川にぶつかって行き止まりだぞ」

B「それがな、昔はあの先に橋があったらしいんだよ。でも俺たちが生まれた頃に洪水で流されたんだって」

B「で、あの道とは別に、川の手前から斜めに入ってく旧道があるらしいんだよ。そこに古い橋がまだ残ってるって話だぜ」

B「旧道は藪だらけだし、周りは林だからあの道から橋も見えないけどな」

A「誰に聞いたんだ…?」

B「□□(別地域)の奴に。いわくつきの家らしいよ」

A「面白そうだな」

B「だろ?今から行ってみようぜ!」

AB兄弟はノリノリだったが、年少者で臆病なCは尻込みしていた。

B「Cはビビリだな。お前夜小便行けなくて寝小便が直らないらしいな(笑)」

C「そんなことないよ!」

B「やーいビビリ(笑)おい、Cはビビリだから置いてこうぜ」

C「俺も行くよ!」

俺たち4人はわいわい騒ぎながら県道を峠方向に歩いて行った。

集落から歩いて10分。

製材所や牛舎を抜けると、山側に大きな墓地がある。

そこからさらに5分程歩くと、Bが言う「鎖の道」が右手にあった。

車に乗ってたらまず気付かないであろう、幅2m程藪が薄くなっているところを覗くと、5メートル程先に小さな鉄柱が2本あり、ダランとした鎖が道を塞いでいる。

鎖を跨ぎ、轍が消えかけ苔と雑草だらけの砂利道を少し歩くと、道は徐々に右へとカーブしていく。

鬱蒼とした木々に囲まれて薄暗いカーブを曲がっていくと、緑のトンネルの先からひときわ明るい光が差し込んでいた。

そこで川にぶつかり、道は途切れた。

今居る道の対岸にも、森の中にポツンと緑のトンネルのような道が見える。

対岸まではせいぜい10~15メートルぐらい。川幅ギリギリまで木々が生えてるため左右の見通しは利かない。

足元には橋台の跡と思われるコンクリートの塊があった。

A「やっぱ行き止まりじゃねーか」

B「まあ待ってよ。ほら、コレ橋の跡でしょ? あっち(対岸)にも道があるし」

A「ほんとだ」

B「戻ろうぜ。旧道の目印も聞いてあるからさ」

そこから引き返してカーブを曲がっていくと、カーブの付け根あたりでBが道の脇を指差した。

B「ほらこの石。これが旧道の分岐だ」

人の頭ぐらいの大きさの、平べったい石が2つ並んで落ちていた。

ひとつは中心がすこし窪んでいて、B曰く昔はここに地蔵があったんだとか。

県道方面から見てカーブの入り口を左側、濃い藪が広がってる中で、確かに藪が薄い一本のラインが見える。

藪の中は緩い土がヌタヌタと不快な感触だが、このライン上は心なしか踏み固められているように思えた。

藪を掻き分け、笹で手を切りながら進んでいくと、川に出た。

B「ほれ、橋だ(笑)」

Bがニヤケながら指差したのは、古びた吊り橋だった。

A「橋ってこれかよ(笑)行けるか? これ」

B「ホラ、結構丈夫だし行けるだろ」

まずはBが先陣を切って吊り橋を渡り始めた。

ギギギギと嫌な音はするけど、見た目よりは丈夫そうだ。

Cは泣きそうな顔をしていた。

いっぺんに吊り橋を渡って橋が落ちたら洒落にならないので、一人ずつ順番に対岸まで渡ることになった。

一番ノリノリのBが渡り終えると、次にA、そして俺が渡り終えて最後に残ったCを呼ぶが、モジモジしてなかなか渡ろうとしない。

B「おいC!何怖がってんだよ!

大丈夫だよ俺らが渡れたんだから一番チビなお前が渡っても橋が落ちることはねーよ!(笑)」

対岸からあーだこーだとけしかけて、5分近く掛かってようやくCも渡ってきた。

涙で顔をグショグショにしたCの頭を、笑いながらBがグシャグシャと撫でていた。

橋までの道と同じような藪が少し薄いだけという、獣道にも劣る旧道を2~3分程歩くと、右手から苔と雑草だらけの砂利道が合流してきた。

流された橋の先にあった車道だろう。

そこから100メートル程だろうか、クネクネとS字カーブを曲がって行くと、広場のような場所に出て2軒の家があった。

元々は他にも数軒家があった形跡があり、奥にはすぐ山肌が迫っていた。

家があったと思われる場所は空き地になってる為、鬱蒼とした森の中でかなり広いスカスカな空間が不気味だった。

2軒の家は平屋建てで、道を挟んで向かい合うように建っている。

どちらも明らかに廃屋で、左手の家には小さな物置があった。

広場の入り口には風化して顔の凹凸がなくなりつつある古い地蔵があったが、何故か赤茶けていた。

AB兄弟はすげーすげーと興奮してたが、俺とCは怖くなってしまい、黙り込んでいた。

Cはキョロキョロしながら怯えている。

どちらの家も玄関の引き戸や窓は木の板を×印の形に打ち付けて封鎖されていた。

B「どっかから入れないかな」

AB兄弟は家の周りをグルグル眺め回していた。

とても帰ろうなんて言える雰囲気ではないが、Cは小声で「もう帰りたい…」と呟いていた。

物置がある家の裏手からBが「オーイ!」と声をあげた。

皆でBの声のする方に言ってみると、裏手のドアは鍵が閉めてあるだけで、木の板は打ち付けられていなかった。

B「兄貴、一緒にコイツを引っ張ってくれよ」

Aはニヤリと笑ってBと二人でドアノブを引っ張り始めた。

C「ダメだよ、壊れちゃうよ!」

B「誰も住んでないんだから、いいだろ(笑)」

せーの!と掛け声をかけながらAB兄弟は力いっぱいドアノブを引っ張った。

何度目かのせーの!でバコン!カシャン!という音と共にドアが勢い良く開いた。

AB兄弟は勢い余って二人とも地面にぶっ飛んだ。

Aの左肘に出来た擦り傷が痛々しい。

ドアの向こうはかなり暗かったので、懐中電灯を持ってこなかったことを後悔した。

まずBが、次にAが勝手口から土足のまま入っていく。

B「くせー、なんだこりゃー(笑)」

A「カビくせーなー(笑)」

すっかり怯えきってるCと顔を見合わせたけど、俺は恐怖より好奇心が勝っていたので、AB兄弟のあとに続いて家に入った。

それを見たCが鼻声で「待ってよ!」と言いながらドタドタと家に入る。

勝手口を入るとそこは台所になっていた。

土間を改築したのか、台所部分は土の床が広がっている。

とにかくかび臭く、歩くたびに土っぽい誇りがぶわっと舞うようだった。

台所には何も無く、奥に入ると畳の部屋があった。

台所と畳部屋の境目あたりの畳は特に損傷が酷く、黒っぽく変色しグチャグチャに腐っていた。

その上にある鴨居は何かでガリガリ削ったような跡がついていた。

部屋には壁に立てかけられた大きな鏡があり、鏡と反対の壁には昭和40年代のカレンダーがぶら下がっていて、当時ですら20年近くも誰も住んでいなかったようだ。

カレンダーの下には幅1メートル、高さ50センチ、奥行き50センチぐらいの木製の重厚な葛篭のようなものがあり、蓋の部分には黄色く変色した和紙の封筒のようなものが貼り付けてあった。

C「もう帰ろうよ、怖いよ…」

B「弱虫だなあ、Cは(笑)」

A「折角ここまで来たんだから、なっ!」

ABは笑いながら葛篭を開けようとしていたが、しっかりと閉じられていてビクともしないようだった。

数分葛篭と格闘したABだったが一向に開く気配が無いので一旦諦め、室内の散策を続行することにした。

葛篭の部屋からは細くて暗い廊下が伸びており、汲み取り式の和式便所と狭苦しい風呂が並んでいて、特に風呂はグレーがかった黒い液体が固まったようなものがあって汚かった。

そして便所と風呂から廊下を挟んで反対側に、もう一部屋和室があった。

和室には全身を写せる鏡と、その鏡の反対側の壁に小さな木箱が置かれていて、木箱にはさっきの葛篭と同じく和紙の封筒のようなものが貼り付けてあった。

A「うわ、まただよ。なんなんだ? これ」

B「中身、見てみようぜ」

Bはまず木箱が開くのか試してみたが、開かなかった。

そしてビリッと和紙の封筒を剥がして、中に入っている紙を取り出した。

B「なんて書いてあるんだ? これ」

A「達筆過ぎて読めないな…」

そこにはミミズが這ったような文字が黒々と一行だけ書いてあり、左下には何かをこすったような赤黒いシミが付いていた。

B「あっちの紙も同じようなもんなのかな?」

AとBがドタドタと先ほどの葛篭の場所へ移動する後ろを、俺とCもついて行った。

A「ちょっと違うけど、似たようなもんだな」

葛篭の文字も書いてある文字こそ違いそうだが、一行だけ書かれた文字の左下に赤黒いシミが付いている。

首をかしげながらさらに家を調べる為廊下を歩き、小箱の部屋を通り過ぎるとすぐ玄関に辿り着いた。

C「わっ!」

B「なんだよ?」

C「あそこに!人が!」

Cは顔を伏せて震えていた。

見てみると、鏡越しに人のような姿が見える。

恐る恐る玄関に行ってみると、玄関横の壁にも全身を映せる大きな鏡があり、その正面にガラスの箱に入った日本人形が飾られていた。

廊下からは壁の裏なので人形は死角になっていたのだ。

B「鏡に映った人形じゃねーか(笑)」

C「…」

B「ほんと、Cは怖がりだな(笑)」

Cはベソをかきながら真っ赤になっていたが、この状況だ。

突然鏡に人形が映ってるのを見たら怖がりのCじゃなくてもビビるだろう。

俺も少し肝を冷やした。

そして、この日本人形が入ったガラスの箱にも、和紙の封筒がありその中に一行の文字と赤黒いシミがあった。

それにしても、家財道具など一切無いのに、箱や葛篭、日本人形があり、そして鏡が置いてある。

ただでさえ薄気味悪い場所なのに、その状況は輪をかけて不気味だった。

B「何もねーなー、もう一軒の方行ってみるか!」

A「そーだなー」

裏口に向かって廊下を歩いていく時、何気なしに玄関を振り返ってみた。

さっき鏡越しに人形が見えた場所だったが、おかしい。

そうだ、おかしい、見えるわけが無い。

この位置から人形は壁の死角になってて、俺たちは斜め前から鏡を見てる。

鏡は人形に向かって正面に向いてるわけだから、鏡に人形は映らない。

今も、人形ではなく何も無い靴棚が見えてるだけだ。

俺は鏡から目が離せなくなっていた。

その時、前を歩いていたCが声を上げた。

C「開いてる!」

和室にあった小箱の蓋が開いて、蓋は箱に立てかけられていた。

A「え? 何で?」

B「ちょ、誰だよ開けたの(笑)」

AB兄弟はヘラヘラしていたが、額には脂汗がにじんでいた。

A「おいB、隣の葛篭見て来い」

C「何で、Bが悪戯したの? 何で開いてるの!」

B「あ、開いてる!こっちも!開いてるよ!」

A「なんだよそれ!何で開いてんだよ!?」

今でも何でこんなことしたのか分からないが、AB兄弟が叫んだのを聞いて急いで玄関に向かった。

ガラスの箱に人形は無かった。

人形は…玄関に立っていた。

俺は叫び声を上げた、つもりだったが、声が掠れてゼーゼー音がするだけだった。

口の中がカラカラで、ぎこちなくみんながいる方に歩いて行くと、AとBがもみあってる声が聞こえた。

A「B!やめとけ!やばいって!」

B「畜生!こんなのたいしたことねえよ!離せよ兄貴!」

A「おいやめとけ!早くココ出るぞ!おい手伝え!」

AはBを羽交い絞めにして俺に手を貸せと声を上げた。

その時、AB兄弟の後ろに立てかけてあった鏡が突然倒れた。

AB兄弟にぶつかりはしなかったが、他の部屋の鏡も倒れたようで、あちこちからガシャンと大きな音がした。

鏡の裏には…黒々とした墨汁で書かれた小さな文字がびっしりと書かれていた。

鏡が倒れたことに驚いたAがBの拘束を緩めてしまったのだろう。

Bは「ウオォォォォォ」

と叫び声を上げ激しく暴れ、Aを吹っ飛ばして葛篭にしがみ付いた。

B「ウオオオオォォォォォォォォォ!」

A「おい!B!おい!おっ…」

A「うぎゃああああああああ!!!!」

Bの肩越しに葛篭を見たAが突然叫び声をあげ、ペタンと尻を突いたまま、手と足をバタバタ動かしながら後ずさりした。

B「fそいあlzpwくぇrc」

もはやBが叫んでいる言葉が分からなかった。

一部聞き取れたのは、繰り返しBの口から発せられた「○○(人名)」だけだった。

腰を抜かしてたAが叫びながら勝手口から逃げ出した。

パニック状態だった俺とCも、Aの後を追った。

廃屋の中からは相変わらずBの何語かも分からない怒号が聞こえていた。

Aは叫びながらもう1軒の廃屋の戸をバンバンバンバン叩いていた。

俺とCはAにBを助けて逃げようと必死で声を掛け続けたが、

Aは涙と涎を垂らしながら、バンバン戸を叩き続けた。

B「おい4くぉ30fbklq:xぢ」

Bは相変わらず葛篭の部屋で叫んでいる。

×印に打ち込まれた木の板の隙間から、Bが葛篭から何かを取り出しては暴れている姿がチラチラと見える。

そして、Bの居る廃屋の玄関には、明らかにBでは無い人影が、Bの居る部屋の方に向かってゆっくりゆっくり移動してるのが見えた。

「バンバンバンバンバンバン」

「カタカタカタカタガタガタガタガタガシャンガシャンガシャンガシャンガシャン」

Aが戸を叩いてるもう1軒の廃屋は、Aがバンバン叩いているのとは別の振動と音がし始めていた。

そしてAも、B同様「○○!」とある人名を叫んでいた。

Bのいる部屋を見ると、Bのそばに誰かが居た。

顔が無い。いや、顔ははっきりと見た。

でも、印象にまるで残らない、のっぺらぼうのようだった。

ただ、目が合っている、俺のことを見ていることだけは解った。

目なんてあったのか無かったのかすらもよくわからない顔。

俺はそいつを見ながら失禁していた。

限界だった。

俺はCの手を引き頭にもやが掛かったような状態で廃屋を背に走り、次に記憶に残ってるのは空を見ながら製材所あたりの県道を集落に向けてフラフラ歩いているところだ。

泣きじゃくるCの手を引き、フラフラと。

集落を出たのは昼前だった。

あの廃屋への往復や廃屋内の散策を含めても、せいぜい1時間半程度だったろうと思ったが、太陽は沈み山々を夜の帳が包もうとしている頃だった。

集落に着いた頃には空は濃い藍色になっていて、こんな時間まで戻らない子供を心配していた集落の大人たちに怒られた。

失禁したズボンやパンツは、すっかり乾いていたように記憶している。

周りの大人たちは当然仲の良かったAB兄弟が帰ってきてない事にすぐに気付き、俺たちを問い詰めた。

俺もCも呆然自失となってたのでうまく説明できなかった。

4人で探検をしたこと。

墓の向こうの鎖の道へ行ったこと。

そこに廃屋があったこと。

廃屋で妙な現象が起こったこと。

AとBがおかしくなったこと。

俺とCだけで逃げ帰ってきたこと。

俺がとぎれとぎれに話をすると、大人たちは静かになった。

青い顔をして押し黙る大人たちの中で一人だけ、真っ赤な顔で俺たちをにらむ人がいた。

AB兄弟の母親だった。

AB母は叫びながら俺を何発か平手打ちした。

そしてCに飛び掛ろうとしたところを、我に返った大人たちに抑えられた。

AB母は口から泡を吹きながら俺とCを罵倒し、叫んでいた。

AB父は膝から崩れ落ち、小声で「何てことを…」と呟いた。

その時、□□(別地域)集落にある神社の神主がカブに乗って現れた。

神主は事情を聞いていたわけではなかったようだが、俺とCを見て厳しい顔で言った。

神主「嫌なモノを感じて来てみたが…お前さんたち、何をした?」

激しく責められ咎められているような厳しい視線に突き刺されるような痛さを感じたが、同時に何か「助かった」というような安堵感もあった。

それでもまだ、頭の中がモヤモヤしていて、どこか現実感が無かった。

もうまともに喋れなかった俺たちに代わり、大人たちが神主に説明すると、神主はすぐに大人に何かを指示し、俺とCを連れて裏山のお稲荷さんまで走った。

俺とCは背中に指で「ハッ!ハッ!」と文字を書かれ、頭から塩と酒、そして酢を掛けられた。

神主「飲め!」

と言われ、まず酒を、そして酢を飲まされた。

そして神主が「ぬおおお!」と叫びながら俺とCの背中を力いっぱい叩くと、俺もCも嘔吐した。

嘔吐しながら神主が持っている蝋燭を見ると、蝋燭の火が渦を巻いていた。

胃の中身が何も無くなるぐらい、延々と吐き続け、服も吐瀉物にまみれた。

もう吐くものがなくなると、頭の中のモヤモヤも晴れた。

集落に戻り水銀灯の光を浴びると、俺とCの服についた吐瀉物の異様さに気が付いた。

黒かった。真っ黒ではなかったが、ねずみ色掛かった黒だった。

それを見てまたえずいたが、もう胃の中に吐くものが残っていないようで、ゲーゲー言うだけで何も出てこなかった。

その足で、□□集落の神社へ、俺とCは連れて行かれた。

服も下着も剥ぎ取られ、境内の井戸の水を頭から掛けられ、着物を着させられた。

そして着物の上からまた塩と酒、酢をまぶされてから本殿に通された。

神主「今お前らのとこと□□集落の青年団がAとBを探しに行っている」

神主「AとBのことは…忘れるんだ」

神主「知らなかった事とは言え、お前たちは大変なことをしてしまった」

神主「あそこで何を見た?」

神主「封印してあったものは、見てしまったか?」

神主「俺も実際には見ていない。先代の頃の災いだ。だが何があるかは知っている。何が起こったのかも知っている」

神主「大きな葛篭があったろう。あれは禍々しいものだ」

神主「鏡が3枚あったろう。それは全て、隣家の反対を向いていたはずだ」

神主「札が貼ってあったあれな、強すぎて祓えないんだ」

神主「だからな、札で押さえ込んで、鏡で力を反射させて、効力が弱まるまでああしていたんだ」

神主「あの鏡の先にはな、井戸があってな。そこで溢れ出た禍々しい力を浄化していたんだ」

神主「うちの神社が代々面倒見るってことで、年に一度は様子を見に行ってたんだがな」

神主「前回行ったのは春先だったが、まだ強すぎて、運び出すことも出来ない状態だ」

神主「俺は明日、あの家自体を封印してくる」

神主「だが完全に封印は出来ないだろう」

神主「あれはな、平たく言うと呪術のようなもんだ」

神主「人を呪い殺す為のものだ。それが災いをもたらした」

神主「誰に教わったのだか定かではないが、恐ろしいほどに強い呪術でな」

神主「お前らが忍び込んだ向かいの家はな、○○と言うんだが、家族が相次いで怪死して全滅した」

神主「他にも数軒家があったが、死人こそ出てないが事故に遭うものや体調を崩す者が多くなってな」

神主「お前らが忍び込んだ家には昔△△という人間が住んで居た」

神主「△△は若い頃は快活で人の良い青年だったようだが、ある時向いに住む○○と諍いを起こしてな。それからおかしくなっちまったんだ」

神主「他の家とも度々トラブルを起こしていたんだが、特に○○家を心底憎んでたようだ」

神主「周囲の家は、ポツリポツリと引っ越していった」

神主「原因不明の事故や病人がドンドン出て、それが△△のせいじゃないかと噂がたってな」

神主「結局、○○と△△の家だけが残った。昭和47年の話だ」

神主「その頃から○○家の者は毎月のように厄災に見舞われ、一年後には5人家族全員が亡くなった」

神主「△△が呪い殺したんだと近所では噂した。ますます△△に関わる者はいなくなった」

神主「そして翌年、今度は△△の家族が一晩で全滅した」

神主「あの家は△△と奥さんの二人暮しだった」

神主「△△は家で首を括り、奥さんは理由はわからんが風呂釜を炊き続けて、熱湯でな…」

神主「それだけじゃない」

神主「東京に働きに出ていた息子と娘も、同じ日に事故と自殺で亡くなってる」

神主「△△家族が死んで、捜査に来た警察関係者の中にも、自殺や事故で命を落としたり、病に倒れた人間が居るらしいが、このあたりはどこまで本当かわからんがな」

神主「△△が使った呪術は、使った人間の手に負えるものじゃないんだよ」

神主「当時先代の神主、俺の父親だが、とても祓うことは出来ないと嘆いてた」

神主「△△一家が全滅して、あの集落は無人になった」

神主「あの二軒はな、禍々しい気が強すぎて、取り壊しもできない程だった」

神主「そして先代の神主は、まず災いの元になったものを封印し霊力を弱め、十分弱めることができてから祓うことにした」

神主「祓えるのはまだまだ何十年も先だろう」

神主「そして、溢れ出た呪術の力は、お前たちに災いをもたらすだろう」

神主「おおかたさっき吐き出させたが、これでは済まん」

神主「あの家の呪術の力と、Bのこともあるからな」

神主「呪術の強さはともかく、お前たちを見逃しはせんだろうな、Bのこともあるから…」

神主「塩と酒と酢、これは如何なるときも肌身離さず持っていろ」

神主「それとこれだ」

神主「この瓶の水が煮えるように熱くなったら、お前の周りに災いが降りかかる時だ」

神主「その時は塩を体にふりかけ、酒を少し飲み、酢で口をゆすげ」

神主「向こう20年、いや30年か。それぐらいは続くと思っていい」

神主「今夜はゆっくり休め」

神主「C、もう近寄る気はないだろうが、あそこには二度と行くな」

神主「あとでお前の両親にも言って聞かせる。出来ることなら引っ越せとな」

神主「AとBの名も口にするな。声に出すな」

神主「お前は東京モンだ、もうこの集落には来るな」

神主「お前ら二人は今後会ってはならん。特に二人きりで会うなどもってのほかだ」

神主「この話は禁忌だ。集落の者や関係者は誰しもがこの話を避ける」

神主「お前らも今日以降、この話はするな」

その日は神社に泊まり、翌日、俺は東京に帰った。

Bはあの場所で死んでいたそうだ。

Aは外で狂っていたらしい。

そして、Bの遺体を廃屋から連れて帰った青年団の中で、1人が翌日事故で死亡。

2人が精神を病んで病院送りになったそうだ。

Bの死因はハッキリしていないが、外傷も無く病死ということでカタがついたそうだ。

あの家を警察に捜索されるわけにはいかない。

神主や町の有力者たちを巻き込み、事件にしなかったのだろう。

そしてAB母はあの事件以来精神を病んでしまい半年後に自殺。

AB父はAB母の自殺後すぐに心筋梗塞か何か、よくある心臓疾患で急死したそうだ。

あの年の秋、これは元々決まっていたことだが、祖父母家は隣町に引っ越した。

隣町とは言っても、40~50キロは離れている。

これであの集落との縁も切れた。

C一家も翌年には県内の別地域へと引っ越して行ったそうだ。

そしてこれは一昨日の話だ。

夜7時過ぎ、新宿で乗り換えの為ホームを歩いてる時、向かいのホームから視線を感じ、見てみると一人の小柄なサラリーマンがこっちを見ていた。

18年振りだというのにひと目でわかった。

Cだ。

Cも俺に気付いていたようで、目が合うと怯んだような顔をして、スタスタと逃げるように歩き始めた。

人ごみを掻き分け俺は走った。

俺「C!」

Cの腕を掴むと、怯えたような顔で俺を見た。

C「ああ、やっぱり…」

観念したCと二人、出来るだけ賑やかな場所へと思い、歌舞伎町の居酒屋チェーンに入った。

後日談はこの時Cから聞いた。

俺は急遽3日程有給を取った。

この忙しい時にと上司には散々どやされたが、無理矢理もぎ取ってきた。

今日は身の回りの準備をしてからコレを一気に書いた。

心の準備みたいなもんだ。

Cは辞表を提出してきたそうだ。

何もそこまで…と思ったが、無理も無い。

俺とCは明日あの集落に行く。

本来ならAも連れて行きたいところだが、内陸だったので先日の地震では大きな被害は出てない地域だと思うが、道路状況は分からないのでスムーズに現地入りできるかが心配だ。

通常なら高速を飛ばせば3~4時間の距離だ。

俺はここ最近、ずっとBに呼ばれていた。

Bの夢を頻繁に見るようになったのは3ヶ月程前から。

それが徐々に増えていき、毎晩になった。

そして、この1ヶ月程はどこに居てもBの視線を感じるようになった。

人ごみの中、夜道の電柱の影、マンションの窓の外。

いつもBが見ている。

俺が視線を感じて振り向くと、影がサッと隠れる。

Bが呼んでいる。

あの家に行けば、何かがある。

恐ろしいけど行かなければならない。

Cも同じことを考えていたらしいが、Cはこのまま逃げたかったらようだ。

だが俺と出会ってしまい逃げることはできないと覚悟を決めたようだった。

逃げられるわけがないんだ。

大学3年の時、神主からもらった瓶詰めの水、あれが破裂した。

ジャケットの胸ポケットに入れていたので、ガラス片で出来た傷がいまだにミミズ腫れのように残っている。

すぐ祖母に電話をし、そのことを話すと、あの神主一家が事故で亡くなったらしく、後継の息子たちも亡くなってしまったので、神主一家の家系も絶えることになるだろうと静かに話していた。

そして、「お前も気をつけろ」と。

俺を護ってくれた神主が死に、神主が持たせてくれた大切な水が無くなってしまったことは、俺にとっては死刑宣告のようなものだった。

そしてその翌日、祖父が死に、数日して後を追うように祖母が死んだ。

両親も死んだ。

必ず、大事な人の死の直前に、俺は嫌な夢を見た。

翌日か翌々日には、誰かが急に死ぬ。

そして、嫌な夢の内容は誰かが死んだ後に、Bの夢だったと思い出すのだ。

1ヶ月前、親友が急死した。

死の直前、親友から電話が掛かってきた。

久しぶりに話をした親友は精神を病んでいた。

そして、親友の口から、Bの名前が出た。

あの事件以降、あの話は誰にもしていない。

Bの名前など知るはずもない親友は、Bが怖い、Bがやってくると怯えていた。

詳しい話を聞く間もなく、電話は切れ、その直後親友は電車に飛び込んだ。

これで俺の近しい人間は、一人を除いて誰も居なくなった。

会社では友人など作らないことに決めている。

俺と親しくなると、災いが降りかかり呪術によって死に至る。

Cの家族も、全滅していた。

やはりあの瓶詰めの水は破裂したそうだ。

だがCはその時まで何も無かったので、もう大丈夫だろうとタカをくくっていたらしい。

しかし、Cの家族は全滅してしまった。

そして、Cが一度抑えきれずにこの話をしてしまった大学時代の友人は、話をした翌日に自殺をしたらしい。

俺とCが何故生きているのか。

簡単なことだ。

あの家に行くまで、俺たちの周りの誰かが死に続けるんだ。

何が起こるかはわからない。

でも、このまま俺たちが生き続けるわけにはいかない。

長くなったが、まともに読んでる人間はいないだろう。

目に留めてしまったことがきっかけになって△△の呪術が災いをもたらす結果になってしまったら、それは申し訳ないと思う。

俺は俺の子を宿した妻を守りたい。

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