石室の写真に写った手

PuebloBonitoLidar2

石室の写真には、床から天井へ向かって、腕が何本も伸びていた。

撮ったのは私で、撮った場所は、長野県のある谷の積石塚古墳群の、小さな石室の中だ。

その写真のことを書く前に、私が何者かを書いておきたい。

自分は、都内の大学で古代史を専攻している者です。

専攻は古代史ですが、考古学も学んでいるので、発掘調査にも参加しています。

発掘調査というものは、場合によっては墓荒らしと大差ありません。

誰だって、自分の眠る場所を荒らされたくはないでしょう。

古代の人も、同じなのだと思います。

これは、そんな私が体験した、古墳発掘調査のときの話です。

お祓いのなかった夏

その年の夏、私は長野県の某古墳群のひとつ、F11号墳の発掘に入っていました。

八月で、何もしなくても汗が出る。

ギラギラと照らす太陽の下で、ひたすら移植ゴテで土を削る。

気の滅入る作業ですが、古墳を掘れる機会は滅多にありません。

みんな、気合が入っていました。

しかし、手違いというものは必ず起こります。

うちの大学では、古墳を掘る前に、近くの神社の神主さんにお祓いをしてもらう習わしがありました。

去年、同じ古墳の測量調査をしたときも、そうしました。

神主さんが、トレンチの四隅に塩を置いたのを覚えています。

だが、今回はしていなかった。

誰かが忘れた、というより、全員の頭から同時に抜け落ちていた。

気づいたのは、掘り始めて三日目の夕方でした。

「今からやるのも、締まりが悪いな」

教授がそう言って、話はそれで終わりました。

私は、どうも気持ちが悪かった。

でも教授の手前、下っ端の私は黙って指示に従っていました。

四日目、トレンチの底から、小さな須恵器の破片が出ました。

教授は喜んで、私たちは写真を撮り、図面を描いた。

破片を持ち上げたとき、下の土が、ほかより少し湿っていた。

雨は、一週間降っていなかった。

教授は「地下水だろう」と言って、計測を続けた。

湿った土に指を当てると、ほかの土より、少し温かかった。

そのことは、誰にも言いませんでした。

言えば、作業が止まると思ったからです。

須恵器の破片は、洗って並べると、口縁の一部だとわかりました。

千年以上前に、誰かが口をつけた器の縁です。

私は、その縁を、素手で触れませんでした。

その夜、宿舎の洗面所で、私は自分の爪の間の土が落ちないことに気づきました。

三回洗っても、薄い赤土が残った。

たいしたことではない、と思いました。

隣の部屋の先輩も、同じことを言っていました。

「爪、落ちないよな」

「落ちませんね」

「まあ、土方だからな」

そう言って笑って、それで終わった。

五日目の朝、トレンチの壁に、前日にはなかった横の筋が一本ついていた。

誰かが移植ゴテを当てた跡だろう、と教授は言った。

筋は、ちょうど人の腕の長さで、途中で途切れていた。

私は、その壁の写真も撮りました。

その写真は、何も写っていない、ただの土の壁です。

宿舎は古い民宿で、夜になると、廊下の床板が誰も歩いていないのに鳴りました。

木が縮む音だと、みんな言った。

私も、そう思いました。

ただ、鳴るのはいつも、私の部屋の前で止まった。

六日目の夜、襖の向こうで、床板が鳴って、止まって、しばらくして、戻っていった。

私は、布団の中で、朝まで目を開けていました。

翌朝、相田が「昨日、廊下歩いた?」と聞いてきた。

「歩いてない」

「じゃあ、いいんだけど」

相田の部屋は、私の部屋の隣でした。

その日から、相田は夜、部屋の電気を消さなくなった。

理由を聞いても、「暗いのが嫌なだけ」としか言わなかった。

発掘は順調に進み、少し余裕が出てきたので、周辺の遺跡を見に行こうという話になりました。

長野には、弘法山古墳や森将軍塚古墳など、重要な遺跡が多い。

いい息抜きになる、ということで、何班かに分かれて二日交代で回ることになりました。

二百十三の積石塚

数日後、私の班の日が来ました。

その日も、猛烈に暑い日でした。

うだるような空気の中を、車は谷へ向かって走っていく。

運転は先輩で、助手席に私、後ろに相田と、同期の二人。

行き先は、○○古墳群。

積石で造られた古墳が、二百以上も群集している、特徴的な遺跡です。

別の大学が長く発掘していて、ある大御所の研究者が、亡くなる直前まで通っていたと聞きました。

私は行ったことがなく、楽しみで、少し興奮していました。

車を降りると、蝉の声が、谷の両側から降ってきた。

山間の谷沿いに、数えきれないほどの古墳がある。

まるで自分たちの眠る場所を守るかのように、谷間を埋め尽くしている。

見学者は、私たち五人のほかに誰もいませんでした。

駐車場に、車も一台もなかった。

管理棟の窓口には「本日休館」の紙が貼ってあった。

古墳群は屋外なので、見学はできる。

ただ、誰にも「行ってきます」を言えないまま、私たちは谷へ入った。

鬱蒼とした木々の中を歩いていく。

日陰に入ると、蝉の声が、急に遠くなった。

静かな森で、聞こえるのは自分たちの足音だけ。

ザクザク、ザクザク、と谷間に反響していました。

先頭を歩いていた先輩が、入口の看板を見て言いました。

「ここ、二百十三基あるって書いてある」

「数えますか」

「暇だな。数えろ」

私は、冗談半分で、通り過ぎる古墳を数え始めました。

一、二、三。

積石の盛り上がりは、見分けがつきにくい。

崩れて、ただの石の斜面に見えるものもある。

それでも、谷の奥まで歩くうちに、数は百を越えていきました。

相田が、後ろから「今いくつ」と聞いた。

「百十二」

「早いね」

「いや、たぶん合ってない」

合っていなくても、数えるのをやめる気にはなりませんでした。

数えている間は、自分がどこにいるか、わかっている気がしたからです。

谷は、奥へ行くほど狭くなり、空が細くなった。

百五十を過ぎたあたりで、蝉の声が、完全に消えた。

風もなかった。

足音だけが、谷の両側の石に当たって、少し遅れて戻ってきた。

戻ってくる足音の数が、こちらの人数より多い気がして、私は数えるのをやめました。

古墳の数だけを、数えることにした。

木々の間から、ときどき、積石の白い面が光った。

日が差しているわけではないのに、石だけが明るく見える場所が、いくつかあった。

相田は、そのたびに、少し歩く速さを落とした。

先輩が、途中で一度だけ振り返って言いました。

「帰りは同じ道だ。寄り道するな」

いつもの先輩の言い方でした。

ただ、その日は、言ったあとに、先輩が自分の言葉を確かめるように、もう一度前を向いた。

その古墳群は保存状態がよく、石室も羨道も完璧に残っているものが多い。

百五十七番目に数えた古墳の石室に、私は一人で入りました。

入口は低く、腰を曲げて、羨道を三メートルほど進む。

石の面が、肩に触れた。

冷たくて、少し湿っていた。

石室の写真の腕

石室の中は涼しく、真っ暗でした。

光を当てなければ、何も見えない。

ライトを持っていなかったので、ライターで代用しました。

火を点けると、空気が動いて、炎が奥へ引かれるように傾いた。

奥に、風が抜ける隙間はないはずだった。

火に照らされた石の面が、妖しく揺らめいて、この世のものに見えなかった。

匂いがした。

土と、古い線香のような、乾いた匂い。

背中に、涼しさとは別の冷たさが走って、私は写真を一枚だけ撮って外へ出ました。

外の光の下で、石室の写真を確認した。

目を疑いました。

写真には、石室の全景が写っていた。

ただ、その中央、床のあたりから、無数の腕が天井に向かって伸びていた。

まるで、石室の中から出ようとしているかのように。

それだけではない。

その無数の手の隙間から、女性らしき顔が、俯き加減でこちらを見ていた。

石室の外の、光のある世界を、じっと見つめるかのような表情だった。

無論、みんなに見せました。

先輩は、しばらく黙って画面を見て、「現像の加減だろ」と言った。

液晶画面に、現像はない。

同期の一人が、笑おうとして、途中でやめた。

みんな怖がった。

しかし、奥へ進む足を止める人はいなかった。

これが学者の、学者の卵の性なのかもしれません。

でも、怖いものは怖い。

不安を消すように、喋りながら歩いていきました。

石室の写真を、私はそれから何度も開いた。

開くたびに、腕の数が違うように見えた。

数えようとして、やめました。

ふと右を見ると、発掘仲間の相田が真っ青な顔をしていました。

「どうした」

相田は俯き加減で、ぽつぽつと喋り出した。

「さっきから、女の人が木の間から見えるの。それと、右足がとても重い。写真のせいかな」

泣きそうな声でした。

冗談ではない。

谷間には、私たち以外、人っ子一人いない。

「気のせいだよ」

私はそう言いましたが、相田は右足を少し引きずるように歩いていた。

「どこに見える」

「あそこ。……今は、いない」

相田が指した木の間には、積石の斜面があるだけだった。

それでも、私たちは最後まで見学を終えて、来た道を引き返すことになりました。

みんな、ある種の強迫観念に駆られて、途中で引き返すことができなかったのだと思います。

帰り道、私はまた古墳を数えていました。

今度は、奥から入口へ向かって。

相田は、私の隣を、黙って歩いた。

右足の音だけが、ほかの足音より少し遅れて聞こえた。

途中で、先輩が言いました。

「さっき写真を撮った古墳、もう一度確認してみよう」

私も興味があったので、探すのを手伝いました。

百五十七番目。

行きに数えた位置は、覚えていた。

しかし、一向に見つからない。

同じような積石の山が、同じような間隔で、並んでいるだけだった。

「ここだったはずです」

「違うだろ。もう一つ奥だ」

「奥も、見ました」

私は、来た道を振り返りながら、何度も探した。

そのとき、先輩の「振り返るな」という声が、頭の中で鳴りました。

冗談で言った言葉だ。

それでも、私は探すのをやめなかった。

羨道の入口の、低い石の形まで覚えていた。

その形の石が、どこにもなかった。

まるで、元々そこに存在しなかったかのように、その古墳は姿を消していた。

入口の看板まで戻ったとき、私の数は二百十二で止まっていました。

行きは、二百十三だった。

数え間違いだ、と先輩は言いました。

私も、そう思おうとしました。

相田は、車に乗るまで、一度も振り返りませんでした。

右足は、車に乗ったら軽くなった、と言いました。

帰りの車の中で、誰も写真の話をしなかった。

蝉の声が、谷を出るまで、ずっと追いかけてきた。

黄泉への羨道

後日談があります。

発掘が終わった打ち上げの晩、その石室の写真を肴に、みんなで酒を飲みました。

他の班の人も一緒です。

さんざん盛り上がって、片付けに入ったとき、部屋のテレビが点きました。

誰も、リモコンに触れていなかった。

みんな、タイマー機能のせいだろう、と言って部屋を出ていった。

私だけは、知っていました。

そのテレビに、タイマー機能は付いていない。

私は、リモコンを隠しました。

これ以上、騒ぎたくなかったからです。

画面には、何も映っていなかった。

ただ、砂嵐の音だけが、石室の中で聞いた風の音に似ていました。

相田は、その年の冬に、専攻を変えました。

理由は、誰にも言いませんでした。

最後に会ったとき、相田は右足を少し引きずっていた。

「まだ、重いの」

「病院は」

「行った。何もないって」

相田は、笑って手を振って、駅の階段を下りていった。

私は、その背中を見送りながら、数えていました。

階段は、十三段でした。

数える癖は、あの谷から帰ってきてから、ずっと抜けていません。

電車の車両、研究室の本棚の段、自分の呼吸。

数が合っている間だけ、安心できる。

春になって、私はこの話を、お世話になっている古代史の修士の先輩に話しました。

眼鏡のよく似合う人で、私はいつも修士さんと呼んでいます。

修士さんは、さも当然のように言いました。

「君、そんなこと当たり前じゃないか」

あまりにも、あっさりした答えだった。

「だって、こんなにハッキリ写っているんですよ。驚かないんですか」

少し受けると思って話したのに、この反応ではつまらない。

「君は、まだ考古学の知識がしっかり入っていないみたいだね。それでは学者にはなれんよ」

これには少しカチンときて、

「意味がわかりません」

とムキになって返しました。

修士さんは、コーヒーを一口飲んで、ぽつりと漏らしました。

「『ことどわたし考』」

ハッとしました。

自分が、少し恥ずかしくなった。

こんなことを忘れるなんて。

いや、考えるのが怖かったから、私もみんなも、口に出すのを無意識に止めていたのかもしれません。

「気づいたようだね。考古学の人間なら、知らなきゃモグリというくらい有名な論文だ」

修士さんは、カップを置いた。

窓の外で、研究棟の植え込みの葉が、風もないのに一枚だけ揺れていた。

「石室の中は、人の世界ではない。君も入ったなら感じたはずだよ」

それ以上の説明を、修士さんはしませんでした。

羨道を塞ぐ閉塞石と、黄泉比良坂の岩の話を、私は自分で調べました。

調べて、途中で本を閉じました。

知らないままにしておきたい部分が、あったからです。

むこうがわの話は、知れば知るほど、こちら側が薄くなる。

修士さんは、最後に私の顔をじっと見て言いました。

「この世の世界じゃない風景が撮れるなんて、面白いじゃないか。帰って来られて、よかったね」

そして、にやりと笑って、研究室のほうへ歩いていった。

ドアの手前で、一度だけ、振り返らずに付け足した。

「あの手は、確実に、引っ張り込もうとしているよ」

石室の写真は、いまも私のスマートフォンの中にあります。

消そうとしたことが、二度あります。

二度とも、やめました。

あの谷の古墳群は、いまも二百十三基だと、資料には書いてあります。

私が数えた帰りの数は、二百十二でした。

十九地蔵の話を読んだ夜、私は一人で、長いあいだ画面を見ていました。

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