タグ: 体験談

壺、三

但馬の鉱山の旧坑から出た、用途の分からない素焼きの壺。夜だけ振れる電位計、毎週坑口に落ちている金色の板、そして日報といつも一つだけ合わない人数。台帳に残した三と…

拵えた者

昭和五十八年の秋、八溝の山あいの集落で、数の合わない彫刻石が見つかりました。誰も見ていない日にだけ増え、絵はしだいに新しくなり、やがて建ったばかりの建物が現れま…

繋ぎ目

紀伊の山あいの集落では家の戸をみな同じ形に作り、閉めるたびに数える習わしがありました。中学二年の朝、私は開けたはずの引き戸から玄関へ出てしまい、怖くなって一度閉…

プレゼント

霧ヶ沼の人は、ものを渡すとき決して「あげる」と言いません。期限を言わない贈り物は沼のものになるからです。図書室で仲良くなったあの子が遺した三行のノートを、私は期…

2才児の直感

人見知りをしない双子の弟は、人の顔ではなく頭ひとつ上を見て笑う子でした。二十年ぶりに訪ねてきた同級生を見て、姉が初めて泣き叫んだ雨の日。三和土に残された素足の跡…

聖ヨゼフの階段

四国山地の集落に残る農村舞台に、支柱も鉄の釘も使わない十三段の箱階段がありました。材木の記録も大工の名も帳面にありません。手間賃を受け取らなかった職人に名を訊い…

聖徳太子の地球儀

熊野灘に面した集落の蔵に、夕方だけ湿る白い球が置かれていました。表面に浮かぶ入り江は日ごとに増え、地籍の控えには消えたはずの字名が一行だけ残っています。決して濡…

あやかし

県境の低い山にあるという工事中の寺を、後輩と二人で探しに行きました。霧の参道で墨染めの行列に出会い、袖から腕が覗いた瞬間、そのうちの一体が参道の先へ声を張り上げ…

代わりの木

津軽のりんご園には、枯れた木の代わりを決めておく習わしがあります。祖父が三十年、南のはずれの一本だけ袋を掛けなかった理由と、新しいはずの剪定鋏の柄に残る二つの握…

娘の目

駅のホームで起きた出来事から、娘の目だけは守ったはずだった。なのに娘は言った——「上からだと、ぜんぶ見えたもん」。古い木の跨線橋に伝わる「振り返ってはいけない」…

誰も覚えていない糸車の音

北関東の盆地の町のはずれに、赤煉瓦の製糸工場の廃墟があった。小学三年の夏、私たちは三人でそこへ入り、闇の奥から聞こえたため息に追われて逃げ出した。三十年後、母は…

弟の言葉

その夏だけ、弟が淡々と変なことを言い出しました。上半身だけ起き上がる姉、床から半分出ている人、服の下に座る軍人。房総の古い借家にあった、一畳だけ床の高さが違う窪…

ITエリート

机の天板がすべて液晶になった、八千万円の教室。まばたきの減っていく子どもたち、誰も座っていないはずの一台、そして電源を落とした画面に残る白い像。養護教諭の目を通…

俺神様

家に伝わる決め役という役目。姪の病で実家が土地を手放そうとした夜、母は私に電話をかけたと言います。しかし私は、その電話を取っていません。発信元は、十六年前に解約…

写してはならぬ顔

民俗学のゼミの手伝いで、地図にない山あいの集落にひと夏を過ごした。写してはならぬ顔という言い伝えを、私は鉛筆一本で試した。鏡をすべて外した家、白く塗りつぶされた…

金曜だけ来る灰色のセダン

丘の上の療養病棟。金曜の夕方になると、玄関の前に灰色のセダンが停まりました。娘が迎えに来るのだとKさんは言います。けれど面会名簿の欄はいつも空白で、防犯カメラの…

帳場の椅子に掛けた白い布

祖父から継いだ宿場町の旅籠には、帳場の椅子が一脚あり、俺が生まれる前から白い布がかぶせてあった。布を取るな、動かすな、座らせるな。祖父の最期の言葉の意味を、俺は…

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