
あれは去年の秋のことだ。
残業で遅くなった日の帰り道、私はいつもと少しだけ違う道を通った。駅から自宅まで、普段は大通りを使うのだが、その日はなんとなく気が向いて、昔ながらのアーケード商店街を抜けることにした。
シャッターの降りた店が多い、さびれた商店街だ。昼間でも人通りは少なく、夜は照明がまばらで少し暗い。それでもアーケードの屋根があるから雨の日でも濡れないし、大通りより五分近道になる。だから月に数度、気が向いた時だけ通る道だった。
入口から出口まで歩いて三分ほどの、短い商店街だ。金物屋、クリーニング屋、廃業してシャッターのままになったかつての呉服屋と薬局。だいたいの配置は頭に入っていた。
その夜も、見慣れた風景のはずだった。
アーケードの中ほどまで進んだとき、ふと右手に灯りが見えた。
文具店だった。
※
そこにそんな店があったかどうか、記憶にない。でも夜に通ることは滅多になかったし、シャッターが開いていれば気づかなかっただけかもしれない、と思った。小さな間口の店で、木枠のガラスショーケースが外まではみ出すように置かれていた。
ショーケースの中に、文房具が並んでいた。
コンパスや分度器、三角定規のセット。紙製の鉛筆立て。透明の下敷き。セルロイドの筆箱。どれも今では見かけないようなデザインのものばかりで、昭和の匂いがした。
興味を引かれて、店の中に入った。
店内は狭かった。木の棚が壁際にぐるりと並び、鉛筆や消しゴム、ノート、画用紙、絵の具セットが整然と陳列されていた。どこかの学校の購買部みたいな、こじんまりとした空間だった。蛍光灯の光がわずかに黄色みがかっていて、それがよけいに懐かしさを増していた。
カウンターの奥に、六十代くらいの男性がいた。白いシャツに割烹着を着て、帳簿のようなものを眺めていた。私が入ってくると顔を上げ、「いらっしゃい」と言った。特に不思議そうな様子もなく、ごく自然に。
私は棚を眺めて回った。鉛筆が一本ずつ紙の帯を巻かれて並んでいた。十二色セットの色鉛筆の箱が積まれていた。価格の札を見ると、鉛筆は一本十円だった。他の客はいなかった。店内はしんと静かで、外のアーケードの雑踏音も聞こえなかった。そういえばアーケードに人はほとんどいなかったが、それにしても音が遠すぎた。
少し不思議な感覚がしたが、夜遅くて疲れているせいだろうと思った。
試しに、一本買ってみることにした。
「HBを一本ください」
男性は棚から一本取ってカウンターに置いた。私が十円玉を出すと、ありがとうございます、とだけ言って受け取った。釣り銭のやり取りも、袋に入れることもなく、ただ鉛筆がカウンターに置かれた。私はそれを手に取って、店を出た。
※
アーケードを抜けながら、手の中の鉛筆を見た。
木の軸が少し黄みがかっていて、「HB」の刻印がある。消しゴムのついていない、シンプルな鉛筆だった。今どきの文具店ではなかなか見かけないような、昔ながらのデザインだった。
家に帰ってから、鉛筆を机の引き出しにしまった。それだけのことで、特に何も感じていなかった。
翌日の昼休み、同僚と話しているうちに昨夜の話をした。「商店街に古い文具店があって、鉛筆を買った」と言うと、「あのアーケードにそんな店あったっけ?」と同僚が首をかしげた。
気になって、昼休みに確認に行った。
その場所には、壁があった。
店があったはずの場所には、ペンキの剥げた古いコンクリートの壁がつながっているだけで、間口も扉もなかった。隣の金物屋の端から、ずっと壁が続いていた。植木鉢が二つ、端に置かれていた。まるで最初からそこに店などなかったかのように。
私は少し立ちすくんで、それから壁を手で触った。ひんやりとして、乾いていた。古いコンクリートの感触だった。
隣の金物屋のおじさんが出てきて、「何かお探しですか」と聞いた。「ここに昨日、文具店があったような気がして」と言うと、おじさんはしばらく私の顔を見た後、「ここはずっと壁ですよ、私が来る前から」と言った。「以前は何かあったんでしょうか」とさらに聞いたが、「さあ、知りませんねえ」と首を振られた。
私はもう一度、壁を見た。どこにも扉の跡がなかった。蝶番を外した穴すら、なかった。最初から、ずっと壁だったとしか見えない状態だった。
※
あの鉛筆は今も、机の引き出しに入っている。
使っていない。使う気になれない。捨てることもできない。手に持つと、少し温かい気がする。気のせいだと思う。たぶん、気のせいだ。
先日、ふと思い立って、その鉛筆に巻かれた紙帯のロゴを調べてみた。なかなか見つからなかったが、しばらく調べていると、同じデザインのものが見つかった。
昭和四十年代に製造されていた、廃番品だった。
その日以来、アーケードはいつも大通りを迂回している。