おにいさん祭りの赤い法被

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おにいさん祭り、という名前を、俺は生涯に一度しか聞いたことがない。

その一度で足りた。

土地の名前も、その後の地図では見つからなかった。

五木町と書かれた電柱の表示だけは、目に焼きついている。

名前を思い出すたび、肩の付け根が先に反応する。

重いものを担いだ記憶は、言葉より下に残るらしい。

三十年ちかく前の、夏休みの話だ。

生まれは都市圏だが、まだ緑の多い時分で、遊び場には事欠かなかった。

家の近くに大きな空き地があって、毎年そこで盆踊りをやっていた。

その空き地が潰されて工場が建ったとき、俺は本気で悲しかった。

祭りというものが、自分の町から一つ消えた。

あとで思えば、それがこの話の入口だったのかもしれない。

祭りに飢えていたから、知らない町の祭りに残ることにしたのだ。

小学校の頃の俺は、やんちゃだった。

いつも悪戯ばかりして怒られていた。

同じようなのがもう二人いて、NとYという。

三人でいれば何でもできる気がしていた。

その夏、自転車で川を遡って、水の綺麗なところで遊ぼうという話になった。

朝から自分たちでおにぎりを作り、水筒に麦茶を詰めた。

リュックを担いで、まだ暗いうちに集合した。

川原を遡るのは無理なので、川に沿った道を延々と漕いだ。

何度か道を間違えながら、二時間ほどで山の麓に着いた。

休憩しようということになって、自転車を停めた。

電柱の町名表示に、五木町と書いてあった。

聞いたことのない町だった。

妙だったのは、家だ。

家というより、家の揃い方だ。

同じ色の青い屋根が、同じ大きさで、道の両側に並んでいる。

塀の高さも、門の位置も、揃っていた。

植えてある木まで、どの庭も同じ種類に見えた。

洗濯物の干し方も、竿の高さも同じだった。

新興住宅地とは違う。

新しい家は一軒もなく、どれも同じだけ古びていた。

おかしいな、とは思った。

思ったが、三人でいるとそれ以上は気にならなかった。

曇っていて、蒸し暑かった。

自転車を漕いだあとで、汗が背中に張りついていた。

早く川に入りたい一心で、川原へ降りた。

降りた先に、人が二十人ほどいた。

大人も子供も混ざっていた。

全員が、川べりの土を掘っていた。

誰も一言も喋っていなかった。

鍬の当たる音だけが、等間隔で続いていた。

二十人が掘っているのに、音が重ならない。

順番に打っているように聞こえた。

何を掘っているのかは、位置が低くて見えなかった。

掘った土は、川のほうへは寄せていなかった。

積み上げ方も、高さが揃っていた。

全部、道のほうへ積んであった。

その光景に、足が止まった。

止まったのと同時に、数十の目が一斉にこちらを向いた。

目のことは、今でもはっきり覚えている。

生気がなく、ただ空いている穴のような目だった。

その集団の中から、小さな女の子の声がした。

「……のおにいさんが来たね」

聞き取れたのは、最後の四文字だけだった。

青い屋根の並ぶ町

次の瞬間、全員の顔が変わった。

空いた穴のような目が、一斉に細くなって、笑顔になった。

「どっから来たんだ」

「三人だけで来たのか。そりゃ凄い」

あまりの切り替わりの速さに、俺とNは声が出なかった。

人見知りをしないYだけが、すぐに輪の中に入って笑っていた。

住人は紙コップに茶を注いで持ってきてくれた。

菓子も出してくれた。

「疲れただろう」

茶は麦茶ではなく、番茶だった。

紙コップは新しく、束のまま脇に置いてあった。

二十人しかいない川原に、紙コップが五十個はあった。

そう言われて、警戒していた俺も、だんだん気がゆるんだ。

今日はこの町で祭りがあるから、よかったら参加していきなさいと言われた。

祭りと聞いて、単純に嬉しかった。

自分の町から祭りが消えた年だったからだ。

その後、町の子供たちと川で遊んだ。

魚を捕まえたり、水風船を持って追いかけ合ったりした。

水は思ったより冷たく、足首から上が痺れた。

町の子供は誰も泳がなかった。

膝から上を濡らす子が、一人もいなかった。

俺たちだけが、法被を渡される前にずぶ濡れになっていた。

人懐っこい子ばかりだった。

ただ、ひとつだけ引っかかることがあった。

便所に行くにも、必ず誰かがついてくるのだ。

三人のうち誰か一人が輪から離れると、必ず二人が寄っていった。

一人きりになる時間が、一度もなかった。

Yが少し上流へ行こうとしたときも、三人の子供がすぐに前へ回った。

「そっちは深いよ」

深く見えない場所だった。

そのときは、親切だと思っていた。

夕方になって、そろそろ帰らないとまずいと三人で相談を始めた。

相談を始めた途端に、住人のおじさんが横に来ていた。

「今日は祭りがあるから、遊んでいきなさい」

「自転車も君たちも、車で送ってあげるから」

三人で顔を見合わせて、悩んだ末に、その申し出を受けることにした。

遊びの途中で帰るという選択肢が、その頃の俺たちにはなかった。

遅くなって親に怒られるのは、慣れていた。

受けると伝えると、おじさんは目を丸くした。

「そうか。そうか」

喜び方が、少しだけ長かった。

おじさんは、そのまま川原のほうを振り返って、片手を上げた。

掘っていた大人たちが、いっせいに鍬を置いた。

作業が終わったのか、終わらせたのかは、わからない。

赤い法被と紺の法被

ほかの子はもう法被に着替えているから、君たちも着替えるといいと言われた。

渡されたのは、赤い法被が三枚だった。

Tシャツの上から羽織ると、おじさんが上から下まで眺めた。

「よく似合ってるよ」

「やっぱり主役はこうでなきゃ」

主役、という言葉が少し気になったが、悪い気はしなかった。

おじさんに連れられて、祭りの会場に着いた。

出店が所狭しと並んで、町の人でごった返していた。

ただ、真ん中に櫓がなかった。

代わりに、ひな壇のようなものが組まれていて、その上で太鼓と笛が鳴っていた。

盆踊りの祭りではない、と子供心にも思った。

踊る場所がないからだ。

ひな壇の周りは、ただ広く空けてあるだけだった。

地面に、白い石灰で丸が描いてあった。

運動会のトラックのような、大きな丸だった。

ひな壇の近くに、神輿が二つ置いてあった。

大きいほうは十五人ほどで担ぐ大きさだった。

小さいほうは、その気になれば一人でも担げそうに見えた。

眺めていると、法被姿の子供がわらわらと寄ってきた。

総勢で二十人くらいだったと思う。

高学年も低学年もいて、みんなにこにこしている。

ただ、全員の法被が紺色だった。

「俺たちと法被の色が違うね」

そう言うと、高学年らしい子が即答した。

「おにいさんだからだよ」

俺より年上に見えるのに妙だな、とは思った。

思っただけで、すぐに遊びに戻った。

出店では金はいらないと言われ、何でももらえた。

綿あめを食べ、射的をした。

大人たちは輪の外から、酒を飲みながら子供を眺めていた。

笑い声は上がるのに、誰も出店のほうへは来なかった。

出店に立っているのは、全員が老人だった。

金を受け取らないので、釣り銭の箱がどこにも置いていない。

遊びながら、俺は小さいほうの神輿を近くで見た。

細かい装飾がしてあって、屋根の上に炎の形をした飾りが載っている。

昔は綺麗だったのだろうが、今はずいぶん汚れていた。

泥のような汚れが、担ぎ棒の下側についていた。

担ぎ棒には、肩を入れる場所を示す白い紐が、四か所に結んであった。

四本のうち、前の一本だけが、ほかより深く擦り切れて黒くなっていた。

人の脂が染みて、繊維がほつれ、結び目が平たく潰れている。

ほかの三本は、まだ白さが残っていた。

四本目は、結んだばかりのように真新しかった。

端の切り口が、まだほつれていなかった。

おじさんを振り返ると、笑顔で言った。

「この前の祭りで落としちゃってね」

「少し汚れてるけど、大丈夫だよ」

なあんだ、と思って安心した。

おにいさん祭りの合図

頃合いと見たのか、おじさんがひな壇に上がった。

笛と太鼓が、示し合わせたように同時に止んだ。

「それでは、おにいさん祭りを開催します」

歓声が上がった。

大人も子供も、同じ高さの声で叫んだ。

訳もわからないまま、俺たちもはしゃいだ。

おにいさん祭り、という言葉を、そのときは疑いもしなかった。

自分たちが客として呼ばれているのだと思っていた。

子供たちは全員、神輿のところへ集められた。

町の子供は、あらかじめ場所が決まっていたように、大きな神輿の周りへ整列した。

俺たち三人だけが、どこに立てばいいのかわからず、その場に残された。

おじさんがやってきて、小さいほうを指差した。

「ほら、君たち三人はこの小さい方を担いでね」

配置は、進行方向で言えば俺が前だった。

Yが左、Nが右。

おじさんは、俺の肩の位置だけ、二度たしかめた。

白い紐のうち、擦り切れた一本が、ちょうど俺の肩の下に来た。

残りの一本は、誰も入らないまま空いていた。

「四人目は」

Yがそう聞いた。

おじさんは笑って、白い紐を指で弾いた。

「今年は三人でいいよ」

その言い方が、去年は四人いたように聞こえた。

「それでは神輿を担いでくださーい」

大きな神輿が、掛け声とともに子供たちの肩に上がった。

それを見て、俺たちも小さな神輿を担ごうとした。

担ごうとして、肩が落ちた。

見た目とまるで違う重さだった。

落としかけたところを、駆け寄ったおじさんが支えた。

「ホラホラ頑張って」

「周りを五周くらいするだけだからね」

肩が軋んだが、歩けない重さではなかった。

中身が詰まっている重さだった。

振っても、内側で何も動かない。

空の神輿は、担げばかたかた鳴るものだ。

三人でそろそろと、時計回りに歩き出した。

同時に、笛と太鼓が鳴り始めた。

大人たちが近寄ってきて、頑張れと声をかけてくる。

半周ほどで、少し慣れてきた。

もう少しで一周というところで、後ろから「ドン」と押された。

千鳥足になったが、こらえた。

振り返ると、大きな神輿を担いだ子供たちが、真後ろでにやにやしていた。

先頭の子が「ごめんね」と謝った。

大丈夫、とだけ返して歩き出した。

一周を終えて息を入れたところで、また「ドン」と来た。

また同じ子が「ごめんね」と言った。

口をきく余裕がなく、軽く頷いた。

いつの間にか、大人たちが手を伸ばせば届く距離まで寄っていた。

三度目の「ドン」は、今までで一番強かった。

手が離れて、地面に膝をついた。

見上げると、神輿は宙に浮いていた。

寄ってきた大人たちが、落ちないように支えていた。

別の大人の手が俺を立たせ、肩の下に神輿を戻した。

支えの手が消えると、重さがまた肩に食い込んだ。

耳のそばで声がした。

「遅いからさあ、ぶつかっちゃうんだよねぇ」

歩き出そうとした瞬間を狙って、また「ドン」が来た。

転びかけ、大人の手に支えられ、また担がされる。

またすぐに「ドン」。

その繰り返しだった。

笛と太鼓は、一度も止まらなかった。

止まらないどころか、俺が倒れるたびに、少しずつ速くなった。

倒れる間隔と、太鼓の間隔が合っていた。

後ろの子供たちは、太鼓に合わせて押していたのだ。

擦り切れた白い紐

周りの声が、応援ではなくなっていた。

早く立て、早く歩け、という怒声に変わっていた。

竹を縦に裂いた棒で、尻のあたりを打ってくる大人までいた。

逃げようとすると、腕を掴まれて引き戻された。

おかしい。

何かがおかしい。

そう思って、近くの大人の顔を見た。

笑っていなかった。

敵を見るような目で、俺たち三人を睨んでいた。

周りの大人も、全員が同じ顔をしていた。

押されるのは、いつも俺だった。

左のYでも、右のNでもない。

必ず前の位置が突かれる。

そのときは、偶然だと思っていた。

左のYが遅れても、後ろの神輿は待った。

右のNがよろけても、待った。

俺が立て直すまでの数秒だけ、必ず間が空いた。

その数秒を数えていたのは、ひな壇の上のおじさんだった。

指を折って数えているのが、転んだ姿勢からちょうど見えた。

五まで数えると、下を向いて頷く。

頷いた直後に、後ろから来た。

わずかな隙に、周りを見渡した。

大人は左手と正面に固まっている。

右手にはひな壇があるので、人が少ない。

真後ろには大きな神輿が迫っている。

担がされる前に、YとNの顔を見た。

目が合った。

軽く頷き、大人たちの手が離れた瞬間に、神輿を右へわざと倒した。

倒れると思った大人が、支えようと手を出した。

その隙に、三人でひな壇のほうへ駆け出した。

後ろで「捕まえろ」という声が上がった。

笛と太鼓を鳴らし続ける大人の脇を、すり抜けた。

誰も俺たちを掴まなかった。

手を伸ばせば届く距離にいたのに、演奏をやめなかった。

やめてはいけない決まりなのだと、あとから思った。

川沿いの道に出て、そのまま下流へ走った。

どれくらい走ったかわからない。

息が切れて、もう走れないところで振り返った。

懐中電灯の光が、十以上、こちらへ向かって揺れていた。

寒気がして、また走った。

自分たちの自転車が見えたとき、三人とも無言で飛び乗った。

知っている道に出ても、誰も口をきかなかった。

一番近い俺の家に、三人で転がり込んだ。

赤い法被は、三人とも着たままだった。

脱ぐことを、誰も思いつかなかった。

玄関で、三人とも泣き出した。

赤い法被を着て、傷だらけで泣き喚く小学生が三人だ。

怒る用意をしていた親たちも、さすがに黙った。

ひとしきり泣いてから、事情を話した。

ほかの二人の親も呼ばれた。

川を遡ったこと。

五木町で親切にされたこと。

重い神輿を担がされ、突き飛ばされ続けたこと。

年上の子から、おにいさんと呼ばれたこと。

親たちは全員、話の途中で顔を見合わせていた。

その中で、Nの父親だけが口を開いた。

「その町の家の屋根、全部青じゃなかったか」

三人ともうなずいた。

Nの父親は「やっぱりか」と言って、話を始めた。

父親はその夜、法被を三枚とも庭で焼いた。

燃やすところを、俺たちには見せなかった。

戸板を担ぐ足音

その地域は、昔から仲間意識が極端に強い土地なのだという。

みんなが同じ家に住み、同じように暮らす。

だから屋根の色まで揃っている。

紙漉きの谷のウツシサマのような、揃えることを掟にした土地の話は、ほかにもある。

揃っている場所ほど、余所者の扱いが決まっているのだと後で知った。

その土地に、鬼の一家が出たという昔話があるらしい。

近くの山に鬼の一家が住んでいて、時々麓に下りては悪さをして帰っていく。

一番たちが悪いのは父親の大鬼で、人を襲い、攫うことを何よりの楽しみにしていた。

ほかに四匹の小さな鬼がいて、子供のようだったが、同じように暴れた。

町からは、戻ってこない者が何人も出た。

仲間意識の強い土地の話である。

どうにかしようと寄り合いを重ねた末に、町が決めたのは、もてなすことだった。

鬼が来たら、町の全員でにこにこと出迎える。

考えつく限りのもてなしをする。

最初は警戒していた鬼も、次第に慣れていった。

やがて、一家でその町に居ついた。

それでも町の者は、にこにこしていた。

ある日、いつものようにもてなしていると、大鬼が酔って眠たそうにしていた。

それを見た者が、大きな戸板を運んできた。

「この上に横になってください」

「寝床まで、私どもが運びましょう」

大鬼は気を良くして、戸板の上に横になった。

そのまま、大きな寝息を立てた。

手の鳴るほうへ

目を覚ましたとき、大鬼の体は動かなかった。

鎖が幾重にも巻かれ、腕を上げることもできない。

騙されたと気づいて子鬼を呼んだが、返事はなかった。

体を乗せた戸板が、少しずつ揺れている。

山を登っているのだとわかった。

無理に首を曲げて戸板の下を覗くと、担いでいるのは四匹の子鬼だった。

四匹とも、ひどい怪我を負っていた。

片手のない子鬼がいた。

足がもげかけている子鬼がいた。

そして四匹とも、両目を潰されていた。

その四匹が、大鬼を乗せた戸板を担いでいる。

目が見えないので、先導がなければ一歩も進めない。

進む方角を決めていたのは、手を叩く音だけだった。

前を歩く町の者が、手を叩きながら先導していた。

「鬼さんこちら、手の鳴るほうへ」

周りは人だらけだった。

全員が鍬や鋤や竹の鎗を持っていた。

近い者が、時々、後ろから子鬼を打って笑っていた。

倒れかけると打ち起こし、また担がせて歩かせた。

やがて、足のもげかけた子鬼が歩けなくなった。

町の者は容赦なく打ち据え、その子鬼は動かなくなった。

動かなくなった子鬼を、戸板の上の大鬼に乗せた。

大鬼は、地を裂くような声で吼えたという。

少し進んだところで、もう一匹が同じようになった。

二匹では戸板が持てないので、若い者が代わりに担いだ。

山頂に着いた頃には、残る二匹も動かなくなっていた。

大鬼の上に四匹を重ね、薪を山のように積み、火をつけた。

大鬼は声が絶えるまで吼え続けたという。

その間、町の者は宴を開いていた。

火が消えたあと、灰は山頂から動かさなかったという。

動かすと戻ってくる、という言い伝えがあるらしい。

鬼を退治した町として後世に伝えるため、毎年その時期に祭りをすることにしたらしい。

鬼役を四人ほど立て、重い神輿を担がせ、町の者全員でからかいながら練り歩く。

昔は鬼祭りと呼ばれていた。

やがて町の中で鬼役を嫌がる者が増えた。

それで、その時期にたまたま通りかかった余所者にやらせることにしたという。

最初はもてなす。

祭りがあると言って引き止める。

そして、担がせる。

鬼を退治したときと、順番まで同じだ。

近年は鬼さん祭りと改めているが、余所者が行けば必ず担がされる。

だから、知っている人間はその時期に近づかない。

潮首の宿を出るときの作法を知らずに泊まった話を読んだとき、同じ種類の冷たさを感じた。

作法を知らない者が、いちばん丁寧にもてなされる。

聞き終えて、俺たちは身震いした。

あのとき言われた「おにいさん」は、お兄さんではなかった。

鬼さん、だったのだ。

それからしばらく、俺は外に出られなかった。

家の中の小さな物音にも、体が跳ねた。

何年も経ってから、俺は一度だけ、あの担ぎ棒のことを考えた。

白い紐は四か所にあって、擦り切れて黒くなっていたのは前の一本だけだった。

前の紐がいちばん擦り切れていたのは、毎年そこが、最初に倒される場所だからだった。

足がもげかけて先に歩けなくなった子鬼が、進行方向の前を担いでいた。

おじさんが俺の肩の位置を二度たしかめた理由も、それで通る。

Nの父親は、最後にひとつだけ付け足していた。

「ものの本によると、山に住んでいたのは鬼の一家じゃなく、山賊の一家らしいんだよな」

だとすれば、あの山頂で火をつけられたのは、五匹の鬼ではない。

五人の人間だ。

おにいさん祭りという名前になったのは、鬼さん祭りより角が立たないからだろう。

角を落とせば、余所者は疑わない。

現に、俺たちは赤い法被を喜んで着た。

主役はこうでなきゃ、とおじさんは言った。

あの言葉だけは、嘘ではなかったことになる。

四か所目の紐が、まだ白いままだったことだけは、今も考えないようにしている。

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