幻夢と現実の狭間で
公開日: 心霊体験 | 死ぬ程洒落にならない怖い話 | 長編
20年以上前のことですが、聞いてください。友人が住む三畳一間の月3万円のアパートに遊びに行ったときのことです。冬の寒い日でしたが、狭い部屋で二人で飲んでいると、そこそこ快適でした。しかし、たまに冷たい風がすーと吹き込んでくるのが気になりました。
サッシは新しいものでしたが、どこから冷気が入ってくるのか不思議でした。友人に尋ねると、いつもこんな感じだと言います。その後、共同トイレで用を足した際、おかしなことに気づきました。
そのアパートは2階建てで、階段を上って右側にトイレがあり、左側には部屋が並んでいました。トイレから見て左側には2部屋、右側には3部屋あるはずでしたが、右側には実際には2部屋しかありませんでした。
左側は階段のせいで狭く、少し大きめの部屋が2部屋で、右側は小さい部屋を3部屋にしていると思っていました。しかし、右側の奥には壁しかなく、部屋の扉は見当たりませんでした。
その壁は内側に10センチほど張り出していて、廊下が狭くなっていました。友人にそのことを尋ねると、彼も気づいていなかったとのこと。窓から外を見ると、確かに両側に窓があり、間違いなく部屋があるはずでした。
この謎を解明するため、その部屋側の壁の押し入れを調べることにしました。荷物を全部出してみると、奥の板の隙間から冷たい風が吹いていました。隙間から中を覗くと真っ暗で何も見えませんでした。
不気味に感じた友人は、その晩は別の友人の部屋に泊めてもらうことにしました。翌日、改めて調査を再開しましたが、昼間でも中は真っ暗で、ライトで照らしても隙間が狭くてうまく見ることができませんでした。
廊下で向かいの部屋の住人に事情を説明すると、彼も不自然な印象はなかったと言います。隠し部屋の存在は友人の部屋に住んだ者しか知り得ないのです。
廊下の壁はしっかりしており、他の壁と同じ色で塗ってあるため、張り出していること以外は何もおかしな点はありませんでした。しかし、部屋の謎を解明することはできず、近所に住む大家さんに話を聞くことにしました。
大家さんは人の良さそうな50代の女性でしたが、謎の部屋のことは一切話してくれず、管理している不動産屋に問い合わせるように言われました。
管理会社に行くと、担当者が出てきて、謎の部屋の話を始めました。どうやら大家さんから連絡が行っていたようです。担当者によると、現在その部屋は納戸として使用しており、出入り口がないことについては何の説明もありませんでした。彼は入社したときからその状態だったため、理由は分からないと言いました。
彼は賃貸契約書を出してきて、家賃を2.5万円に下げると提案しましたが、友人は考えさせてもらうと言って部屋に戻りました。
その後、友人と相談して、隣の部屋へ入ってみることにしました。もしかしたらこっそり隣の部屋を使うこともできるかもしれません。その時は…
※
押し入れの羽目板を切れば簡単に入れそうでしたので、金物屋で道具を揃えて早速作業を始めました。上段の羽目板を2枚切ることにしました。まず、手回しのドリルで3センチの穴を開け、そこから鋸で切り始めました。
板の厚みは1センチほどでしたが、素人のため切るのに苦労しました。ドリルを多用して何とか縦50センチ×横40センチの穴を開けました。作業中、板の裏側に紙が貼ってあることに気づきました。ドリルや鋸の刃に混じっていたおがくずと一緒に紙があったのです。板を外してみると、それはお札でした。
少し不安になりながらも中に入ってみました。押し入れに襖はなく、目が慣れると薄暗い部屋が徐々に見えてきました。6畳ほどの部屋は角部屋で、窓が二つありましたが、どちらもベニヤ板で塞がれていました。玄関の扉はそのままでしたが、廊下の様子からすると多分開かないでしょう。
その時、壁の様子がおかしいことに気づきました。何か模様があるようです。懐中電灯を点けて壁を照らした瞬間、息を飲みました。模様だと思っていたのは、壁一面に貼られたお札でした。扉にも、窓を塞いである板にも、今顔を出している押し入れの中も、お札で埋め尽くされていました。
あまりの恐怖に身動きが取れずにいると、後ろから友人が声をかけてきました。早く入れと言う友人と入れ替わって中の様子を見せると、彼は絶句していました。お札は床にも天井にも貼ってありましたが、それ以外は何もありませんでした。
友人は引っ越すかどうかを考えていたようです。その時、「バーン」という凄まじい音がしました。音のした方を見ましたが何もありませんでした。すると、部屋中から同じ音がして、振動まで伝わってきました。音はどんどん大きくなり、建物全体が揺れているようでした。立っているのもままならない状態になり、私たちは同時に押し入れの穴へ飛びつきました。狭い穴をくぐろうともがいている時、友人が私の足を掴んで引っ張りました。ですが、必死だったため、その手を振り払いながら友人の部屋へ逃げ込みました。友人も無事でしたが、私より先に部屋に入っていたようです。
外に出てみると、アパートと近所の住人が集まっていました。どうやら私たちが経験した音や振動は外でも聞こえたようで、周囲も大騒ぎになっていました。周りの人に合わせて心配そうに話しているうちに、徐々に解散していきました。
私たちは部屋に戻り、羽目板をベニヤと釘で元通りに戻しました。本来はベニヤで蓋をする予定でしたが、はずした羽目板の裏のお札が気になったため、ベニヤに羽目板を打ち付けてからベニヤで蓋をしました。
友人は持てるだけの荷物を持って私の部屋へ来て、翌日アパートを解約し、引っ越しを業者に任せました。それ以降、私たちは近寄らないことにしました。
※
なぜ20年以上も前の話を思い出したのかというと、先日その友人に会ったからです。現在はお互いに家庭を持ち、離れた土地で暮らしていますが、所用でこちらへ来ることになり、15年ぶりに再会しました。
学生時代の思い出やバカ話をしている中で、例のアパートの話になり、恐ろしい体験を鮮明に思い出しました。友人は何年か前にアパートへ行ってみたそうですが、場所は三軒茶屋で、20年前の面影は全くなく、建物どころか道路さえ新しく造り替えられていました。
それを聞いて、私はほっとしました。長い年月で薄れていたとはいえ、あの恐怖の元凶となった場所が無くなっていたのですから。その後は色々と取り留めのない話に終始し、夜半を過ぎたところでお開きにしました。
しかし、お互いに尋ねたいことがあったのです。それはあの事件からずっと聞きたいことでした。私はもちろん自分のことなのでわかりますが、友人もきっと同じだと思います。
あの事件の後、友人とは旅行も行きませんでしたし、二人共常に靴下を履いていました。いえ、常にどんなに暑い日でも靴下を履いていたことで逆に確信できたのかもしれません。
友人は私に訊きたかったでしょう。「お前の足首にも手の形の痣はあるか?」と。