つんぼゆすり(長編)

IMG_1630

子供の頃、伯父がよく話してくれたことです。

僕の家は昔から東京にあったのですが、戦時中、本土空爆が始まる頃に、祖母と当時小学生の伯父の二人で、田舎の親類を頼って疎開したそうです。

まだ僕の父も生まれていない頃でした。

戦争が終わっても東京はかなり治安が悪かったそうで、すぐには呼び戻されなかったそうです。

その頃、疎開先では色々と不思議なことが起こったそうです。

そこだけではなく、日本中がそうだったのかもしれません。

時代の変わり目には奇怪な噂が立つ、と聞いたことがあります。

伯父たちの疎開先は小さな村落だったそうですが、村はずれの御神木の幹に、ある日突然大きな口のような「うろ」が出来ていたり、五尺もあるようなお化け鯉が現れたり。

真夜中に誰もいないにもかかわらず、あぜ道を提灯の灯りが行列をなして通り過ぎて行ったのを多くの人が目撃したこともあったそうです。

今では考えられませんが、狐狸の類が化かすということも、真剣に信じられていました。

そんな時、伯父は「つんぼゆすり」に出くわしたのだと言います。

村のはずれに深い森があり、そこは「雨の森」と呼ばれていました。

森の中で雨に遭っても、森を出れば空は晴れているという不思議な体験を多くの人がしていました。

伯父はその森の奥に打ち捨てられた集落を見つけて、仲間たちと秘密の隠れ家にしていました。

五戸の小さな家が寄り集まっている場所で、親たちには当然内緒でした。

チャンバラをしたりかくれんぼをしたりしていましたが、ある時仲間の一人が見つからなくなり、夕闇も迫ってきたので焦っていました。

日が落ちてから雨の森を抜けるのは独特の恐さがあったそうです。

必死で「お~い、でてこ~い」と探し回っていると、誰かが泣きべそをかきはじめました。

伯父は「誰じゃ。泣くなあほたれ」と怒鳴ったが、次第に異変に気付きました。

仲間の誰かが泣き出したのだと思っていたら、見回すと全員怪訝な顔をしている。

そして、どこからともなく聞こえてくる泣き声が次第に大きくなり、それは赤ん坊の泣き声だとはっきり分るようになった。

「ほぎゃ ほぎゃ ほぎゃ ほぎゃ」

火のついたような激しい泣き方で、まるで何かの危機を訴えているような錯覚を覚えた。

その異様に驚いて、いたずらで隠れていた仲間も納屋から飛び出してきた。

そして暮れて行く夕闇の中で、一つの家の間口辺りに、人影らしきものがうっすらと見え始めた。

子供をおぶってあやしているようなシルエットだったが、どんなに目を凝らしても影にしか見えない。

人と闇の境界にいるような存在だと、伯父は思ったと言う。

日が沈みかけて、ここが宵闇に覆われた時、あの影が蜃気楼のようなものから、もっと別のものに変わりそうな気がして、鳥肌が立ち、伯父は仲間を連れて一目散に逃げだした。

この話を大人に聞いてもらいたかったが、家の者には内緒にしたかった。

近所に吉野さんという気の良いおじさんがいて、話しやすい人だったのである時その話をしてみた。

すると、

「そいつは、つんぼゆすりかいなあ」

と言う。

「ばあさまに聞いた話じゃが、あの辺りでは昔よく幼子が死んだそうな。

つんぼの母親が子供をおぶうて、おぶい紐がずれてるのに気付かずにあやす。

普通は子供の泣き方が異常なのに気付くけんど、つんぼやからわからん。

それでめちゃめちゃにゆすったあげく子供が死んでしまうんよ」

伯父は寒気がしたという。

「可哀相に。せっかく授かった子供を自分で殺してしまうとは、無念じゃろう。それで今でも子供をあやしてさまよい歩いてるんじゃなかろうか」

それがつんぼゆすりか。と伯父が呟くと、

「鬼ゆすりとも言うな」

「鬼ゆすり?」

「なんでそう言うかは知らんが…。まあそうしたことがよくあった場所らしい」

伯父はなんとなく、あそこはそうした人たちが住んだ集落なのだろうと思った。

ほとぼりがさめた頃、伯父は仲間と連れ立って、またあの集落にやってきた。

一軒一軒回って念仏を唱え、落雁を土間にそなえて親子の霊を慰めた。

そして、また以前のように遊び回ってから夕暮れ前に帰ろうとした時に異変が起きた。

森に入ってから雨が降り出したのだ。

さっきまで完全に晴れていて綺麗な夕焼けが見えていたのに。

伯父たちは雨の降る森を駆け抜けようとした。

しかし、どうしてそうなったのか分らないが、方角が分からなくなったのだという。

一人はこっちだといい、一人はあっちだという。

それでもリーダー格だった伯父が

「帰り道はこっちだ間違いない」

と言って先導しようとした時、その指挿す方角から微かに赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。

一人が青くなって、

「あっちは元来た方だ」

と喚いた。

頭上を覆う木の枝葉から雨がぼたぼたと落ちてくる中で、伯父たちは立ち尽くした。

仲間はみんな耳を塞いで、泣き声の方角から後ずさり始めた。

「違う違う。騙されるな。帰り道はこっちなんだ。間違いない。逆にそっちにはあの集落があるぞ」

伯父は必死に叫んだ。

そうしている間にも、泣き声は不快な響きを辺りに漂わせていた。

伯父は一人を殴りつけて無理やり引っ張った。

「耳を塞いでろ。いいから俺の後について来い」

そうして伯父たちは、泣き声のする方へ歩いて行った。

やがて木立が切れて森を抜けた時、そこはいつもの村外れだった。

みんな我を忘れてそれぞれの家に走って帰ったという。

僕はその話を聞いて伯父に

「雨は?やっぱり降ってなかったんですか」

と聞いたが、伯父は首をかしげて

「それがどうしても思いだせんのよ」

と言った。

これにはさらに後日談がある。

伯父が家に泣きながら帰ってきた時、なにがあったのか聞かれてこっぴどく怒られたらしい。

当然もうあの森に入ってはいけないと、きつく戒められたそうだ。

そして、しばく経って伯父はその家の当主でもあった刀自の部屋に呼ばれた。

刀自は伯父を座らせて言った。

「つんぼゆすりとはそうしたものではない」

この刀自は僕にも遠縁になるはずだが、凄く威厳のある人だったという。

一体誰に吹きこまれたか知らぬが、と一睨みしてから刀自は語り始めた。

この村は昔、どこでもあったことだが、生まれたばかりの子供を口減らしのために殺すことがあった。

貧しい時代の止むをえない知恵だ。

本来はお産の後、すぐに布で首を締めるなりして殺し、生まれなかったことにするのだが、おぶるくらいに大きくなってから殺さなければならなくなった時には世間というものがある。

そこで母親はつんぼがあやまって赤子を揺すり殺してしまうように、わざとそういうあやしかたをして殺すのだ。

事故であると、そういう建前で。

業の深い風習である。それゆえに鬼ゆすりとも呼ばれ忌避されるのだ。

「おぬし、弔いの真似事をしたそうだが、その時、母親に情を移しておったろう」

伯父は思わず頷いた。

「あの辺りに昔あった集落はどれも貧しい家だった。とりたてあそこでは鬼ゆすりが行なわれたはず。

いいか、浮ばれぬのは母親ではなく殺された赤子の方じゃ。

助けを求めて泣き叫び、それもかなわずに死んだ赤子の怨念が、泣き声が呪詛となって母親の魂をとらえ、この世に迷わせて離さぬのだ」

伯父はそれを聞いて総毛立ったという。

やはりあの時森の中で聞いた声は伯父たちを誘っていたのだ。

『母親の成仏を願ったから』

あのまま元来た道を行っていたら、とり殺されていたのかもしれない。

刀自は静かに言った。

「鬼ゆすりのことを伝え継ぐのはわしら女の役割じゃ。産むことも殺すこともせぬ男はぐっと口を閉ざし、見ざる言わざる聞かざるで過ごすものだ」

伯父は恐れ入って、もうこのことは一切忘れると刀自に誓ったそうだ。

時代が大きく変わる時、廃れていく言い伝えや風習が最後の一灯をともすように怪異をなすのだと、伯父はいつもそう締めくくった。

関連記事

山

ヤマノタミ

俺の父方の祖先は九州の山奥の領主だった。これは父が自分の祖父から聞いた話(つまり俺にとっての曽祖父。以下曽祖父)。 ※ 曽祖父の両親は田舎の名家ということもあって、かなり厳…

ビーチ(フリー写真)

楽しそうな笑み

奄美のとある海岸でビデオ撮影をした時の話。俺の家族は、全員が思い出に残るようにと、ビデオカメラをスタンドに固定して撮るんだよ。その日もそうしたまま、兄弟で海に入り遊んで…

アパート

宗教団体のアパート

小学生の頃、友人にMちゃんという子がいた。Mちゃんの両親(特に母親)は宗教好きで、よく解らないけど色々やっていたようだった。家に遊びに行くと、絵の得意だった自分に半紙を…

峠(フリー写真)

峠の廃村

俺はオフロードバイクでソロツーリングするのが趣味だ。連休にはよく一人で遠出する。今年のお盆休みに、九州の南端を目指して三泊四日の予定でツーリングに出発した。もちろん、…

井戸

蠱毒

心の整理が出来てきたので、書こうと思います。長文になります。 ※ 俺には二人の大切な友達がいました。小学校からの付き合いの友達で、社会人になってからもよく一緒に酒を飲みに行…

夜道

白い傘を差した人

ある日、友人と遊んだ後、雨が降っているし時間も遅いからということで友人を家に送った帰りの話。今週の漫画をまだ読んでいないなと思い、コンビニへ行った。店内に客は自分だけ。…

谷川岳(フリー写真)

谷川岳の救難無線

大学のワンゲル時代の話。部室で無線機をチェック中に、「どうしても『SOS』としか聞こえない電波がFMに入るんだけど、どう?」と部員が聞いて来た。その場に…

日本人形(フリー素材)

闇バイト

以前のバイト現場に、音楽の専門学校に通っている同僚のYさんが居ました。男性の年上の方で、生活費を稼ぐためにバイトを掛け持ちしていたそうです。 ※ ある日、Yさんが通っている…

逆拍手

1999年当時のニュース柳原尋美さん、緊張性気胸による急性心不全ため死去。車の下敷きに。23日にデビューを控えていた女性3人組新ユニット『カントリー娘。』のメンバー、柳…

目の不自由な女性

就職して田舎から出てきて、一人暮らしを始めたばかりの頃。会社の新人歓迎会で、深夜2時過ぎに帰宅中の時の話。その当時住んでいたマンションは住宅地の中にあり、深夜だとかなり暗く、ま…