霊感のある女性
あれは去年の秋頃だったと思います。
夕暮れ時、近所に買い物に出た私はふと、その日がいつも買っている雑誌の発売日だったことを思い出し、本屋へと足を向けました。
本屋はスーパーに隣接するビルの最上階にあり、連絡通路からスーパーへと抜けられる構造になっています。
雑誌を買い、私はスーパーに行こうと連絡通路へ向かいました。
その時です。「すいません」と声を掛けられ、振り向くと知らない中年女性がそこに立っていました。
全く見覚えのない女性は「あの、看護婦さんですか?」と話し掛けて来ました。
私は看護婦ではありませんので「いえ、違いますよ」と答えました。
夕暮れ時、人がそこそこ多い中です。きっと誰かと間違えたのだろうなと思いました。
しかし、彼女はしきりに「以前、看護婦さんをしていらっしゃいませんでした?」と聞いて来るのです。
以前も何もまだ二十代前半で、卒業後すぐ今の会社に就職して以来、転職やバイトなどもしてませんでしたから、私は「いいえ」と答えました。
しかし彼女は納得出来ない様子でした。
「誰かとお間違えではありませんか?」と聞くと、彼女は私から視線を逸らして溜息を吐きました。
「じゃあ、お身内か身近の方に、ご不幸はありませんでした?」
「いいえ?」
何だかおかしな人だなあと思いつつ、私は首を横に振りました。
「女性の方で亡くなった方は?」
「居ません」
繰り返される的を得ない質問に苛々してしまった私は、そう答えてその場を立ち去ろうとしました。
すると彼女は私の前に立ちはだかり、私の背後に再び視線を移すと、
「気付いてらっしゃらないんですか?」と言ったのです。
「はあ?」
「肩に女性が…」
その時の私の気持ちは、まさに「はあ?」でした。
何を言われたか解らなかったのです。
女性は呆然としている私に、とうとうと語り出しました。
私の首に巻き付くように、顔が潰れて判らない女性の霊が居ること。
その霊は自殺霊で良くない霊だということ。
その他にも水子の霊と動物霊が憑いていること。
その女性の霊と同じような霊に、その元看護婦らしき中年女性も以前病院で取り憑かれ、お祓いをしてもらったこと(だから私が看護婦だと思ったらしいです)。
最後に「あなたの足が私には見えない」とまで。
彼女曰く、将来事故に遭って、私の足が失くなってしまうかもしれないとのことでした。
そこまで言われ、私は『これは宗教か何かの勧誘かもしれない』と思いました。
霊感商法とかありますよね?
『悪いのは霊の所為だ。お祓いして、壷を買わないと云々…』と続くのだと決めて掛かったのです。
しかし彼女は暫く私の後ろから目を逸らさず、語り終えると
「早くお祓いしてもらった方が良いですよ」と言い残し、早々に立ち去ってしまいました。
私が帰りに、スーパーで粗塩を買ったのは言うまでもありません。
※
それが去年の話で、今までに怖い思いをしたことは全くありません。
暫くは怖くてパワーストーンを身に着け、粗塩を袋ごと抱いて寝ていました(笑)。
今も怪我どころか風邪すらひかず、全くの健康体です。
ただ気になるのは、私の祖父の妹が半身不随だということです。
若い頃に脊髄にインフルエンザか何かのウィルスが入ってしまい、下半身麻痺でもう数十年も入院生活を送っています。
私が小さい頃はまだ実家に居て、よく遊んでもらっていました(動けないのは下半身だけだったから、本を読んでもらったりしていたのです)。
大叔母は「うちの家族の悪いところはみんな私が持って行ってあげる」とよく言っています。
また、結婚していない大叔母は、祖父の初孫だった私をとても可愛がってくれています(今もお見舞いに行くと、涙を流して喜んでくれます)。
だから大叔母が私を心配してくれる気持ちが、あの中年女性に視えたのかな、と今では思います。
首の女性も水子も動物も全く身に覚えがないのですが、今度お祓いに行こうかなと思っています。
しかし自称霊感の強い友人に会った時は、何も言われませんでした。自称だしね…。
でも、例え本当にその人に霊が憑いているとしても、全くの他人に声を掛けるものでしょうか?
思わず声を掛けずにいられなかったほど凶悪な霊なのでしょうか。
それにしては今も健康だし病気も怪我もなく、ただただ不思議です。
担がれたのでしょうか。それだったら良いのですが。
※
追記
今になって読み返すと、改行が変だし文章も何だかおかしなところがありますね。すみません。
死ぬほど怖くはないと思ったので、こちらに書きました。
勧誘でもされたのだったら笑い話なんですけどねえ。
女性は「鎌倉のお寺で除霊していただいたら?」と言っていましたが、お寺の名前は教えてくれませんでした。
私は全く感じないし、どこも悪くないことを言っても「早くお祓いした方が…」と言い続けていました。
これを書いてから何となく気になったので、夕方実家に電話しました。
母が出て「みんな元気だ」と言っていました。
しかし、この母は離れて暮らす娘に心配をかけまいと、祖父の入院と手術を黙っていた経緯があるので、遅番だった父が帰宅する頃を見計らい、再び電話をしました。
みんな元気でした。ああ、良かった。
※
そう言えば、この大叔母から聞いた話がありました。
こちらはほんのりも怖くないかもしれません。
大叔母がまだ若い頃、田舎にありがちな大家族だった我が家は、敷地内に別棟が隣接して建ててありました。
その1階を納屋、2階を子供達の寝室に使っていました。御手洗いは外に一つだけでした。
外灯もろくにない時代でしたから、夜は本当に怖かったそうです。
そんなある日の夜中、大叔母は小さい方の妹にそっと起こされました。
御手洗いに行きたいけど怖いから窓から見ていて欲しいと言われ(もうその頃から足が悪く、這ったり松葉杖で移動していたらしい)、大叔母は窓を開けて妹が外のお手洗いに行くのを見ていました。
何度も確かめるように振り返る妹に、大叔母は2階から手を振り見ていることを伝えました。
妹が御手洗いに入って、暫く大叔母はぼんやりと窓の外を眺めていました。
満天の星空が綺麗で、偶にフクロウの声が聞こえたりします。
その時、突然遠くでギャーンという声が聞こえました。
狐です。狐というのは、猫を叩きつけた時にあげる悲鳴のような声で鳴くのです。
田舎なので今だに狐も猪も穴熊までいますが、やはり夜中に聞くと恐ろしいものがあります(コンコンなんて可愛いものではありません)。
大叔母も、早く妹が帰って来ないかとそわそわしながら、ふと山の方に目を向けました。
すると、よく晴れていたにも関わらず、空にはただ闇が広がるばかり。
そしてその中にふっと浮かび上がった空より黒い山のシルエットの中に、ぽつりと青い火が灯りました。
驚く大叔母の目の前で、その火はぽつ、ぽつ、と増えて行きます。
気が付くと山は幾つもの青い狐火に覆われていたそうです。
そのあまりの美しさに見入っていた大叔母でしたが、階段を駆け上って来た妹の形相の方が恐ろしく、布団を被って眠りに就きました。
別に実害は無かったそうです。
でも幼い私は本当に怖くて、納屋の2階に上がることが出来ませんでした。
この時、大叔母の見ていた山は、斜面に階段状にお墓のある小さな山でした。
お墓の前に田んぼがあり、一人であぜ道の雑草を刈っていた母が、誰も居ないお墓から仏壇にある鐘を鳴らす「ちーん」という音を聞いたと、青い顔をして帰って来たこともありました(お墓しかないので、人が居てもそんな音が聞こえるはずがありません)。
私、そこ通学路だったのに…。