地下の点検口から星ひとつ
川沿いのマンションで管理員をしている私のタブレットに、毎朝3時14分、住戸のない地下1階から修繕依頼が届く。件名は「開けてください」。地下の点検口は溶接され、1…
本当に起きたと語り継がれる怖い話——「本当にあった怖い話」シリーズです。フィクションでは味わえないリアルな恐怖と、誰かの体験が持つ独特の重さをお届けします。
川沿いのマンションで管理員をしている私のタブレットに、毎朝3時14分、住戸のない地下1階から修繕依頼が届く。件名は「開けてください」。地下の点検口は溶接され、1…
深夜三時に来る目薬の常連と呼んでいた女性が、ある夜を境に姿を消した。彼女はいつも静かで、丁寧で、同じ三品を買っていた。一ヶ月後、俺の電話が毎晩三時二分に鳴り始め…
去年の10月、飼ってもいない犬の首輪が、鍵をかけた部屋の玄関に置かれていた。前の晩まで、それは車で1時間半離れた祖母の家の納戸にあったはずだ。名前を彫る板には何…
向渡へ渡る短い橋が架け替えになり、看板屋の私は親柱の写しを引き受けた。石の欠けまで写せたのに、根元のもやい輪だけが新しい柱に付かなかった。工房に預かった輪には、…
地下二十二メートルの立坑の底で、巻尺の目盛りが送られるような乾いた音が日ごとに数を増していった。掘り当てた古い石組みは止め井戸と呼ばれ、水を張って何かを留めてお…
湾岸の物流倉庫の四階、E通路の突き当たりに、床を四角く抜いて据えられた丸い石がある。動かせなかったのだと先輩は言い、その前では決して口をきかなかった。ある晩、私…
国道沿いのリユース店の奥に、白い値札のついた41点が並んでいた。金も銀も時計も、値のつかない品などない店で、その棚だけが例外だった。先代が守り続けた決まりを、私…
平成六年の秋、山陰の港町で私は拓本を採っていた。堂の壁には墨を二百年重ねた黒い板があり、堂守は拓本だけはいかんと言う。その禁を破った夜の怖い話。紙に白く抜けて出…
昭和三十四年、九州の炭鉱町で札場の番をしていた私が六十年黙っていた怖い話。坑内へ降りた者の数を木札で数える板壁に、番号のない釘が一本だけあった。数が合わない夜、…
二百年続いた変化朝顔の選抜を代行した夏の怖い話。平成八年、遠州の旧家では毎年数百株を蒔き、一株だけを残して残りを畑の隅の捨て地に返していた。抜くときは一声かける…
昭和二十六年の上州の山あいにあった製糸場で検番をしていた女性が語る怖い話。その日の糸は工場で切ってはならず、夕方に蛹塚まで運んで切り口を土に返す作法があった。機…
埼玉北部の分譲地に建つ空き家の錠を、私は錠前技師として二日がかりで十一箇所すべて交換した。前の持ち主は施設へ移るとき、鍵を一本だけ持って行ったという。作業を終え…
船頭から聞いた海の怖い話。紀伊半島の南、瀬渡し船でしか上がれない独立磯で、上がりを知らせる汽笛は二度鳴る。一度目で立つなと言われた午後、暦にない干潮が始まり、対…
昭和三十九年の夏、東京の場末で映画看板を描いていた私に起きた怖い話。下絵に見覚えのない顔が混じり、白く塗り潰すたび、その顔の人が町から姿を消していく。旅一座の書…
昭和六十三年の秋、瀬戸内の無人島の石切場跡で記録調査に加わった写真係の怖い話です。城へ渡らぬまま残された石には宛名の刻紋が彫られたまま、平場には水の溜まらない筋…
昭和三十四年、中国山地の三国越えには、名を書いた板だけが掛かっていない停留所があった。乗合バスの運転手だった私と、峠と読み上げるたび一度つっかえる十七の車掌。雪…
昭和七年の六月、上州の蚕の町で白い麻に名を一つ縫った和裁士の怖い話。雨も降らぬ夜に屋根裏で桑を食む音がして、朝ごとに針目が二寸進み、七十七段の石段が帰りは六十九…
駅の地下二階にある遺失物取扱所を舞台にした怖い話。どの駅からも届いていない番号札のない鼠色の包みに、彫られた名前が毎日入れ替わる真鍮の札が入っていた。規定どおり…
昭和四十六年、北国の低地の村に赴任した若い駐在巡査が語る田舎の怖い話。圃場整備で沼の古い樋が壊された夜から、戸口に濡れた藁苞が置かれ、撒いたはずの水が桶へ同じだ…
昭和四十四年の秋、信州の山村に保健婦として赴任した私は、柿の木に実が一つも残らぬことに気づいた。木守りを絶やした村に伝わる怖い話。水を落としたはずの棚田に人が立…
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