
五年前の六月、カンザスの南東で釣りをしていたときの話だ。
ネオショ川に流れ込む、名前のついていない支流がある。
地図には線だけが載っていて、字は入っていない。
川幅は、いちばん広いところで二十メートルほど。
両岸は木でふさがれていて、入れる場所は三か所しかない。
そのうちのひとつが、うちの家から車で十五分の砂利道の先だ。
祖父の代から、うちはそこで釣っている。
糸を巻かずに帰る
父には、妙な決まりがあった。
父は、暗くなると、糸を巻かずに切って帰る人だった。
仕掛けごと切る。
錘も、針も、置いてくる。
子どもの頃、それがもったいなくて仕方がなかった。
「巻けばいいじゃないか」
「暗くなったら巻かない」
「どうして」
「決まりだ」
父は、それしか言わなかった。
祖父も同じだったらしい。
この川で釣る家は、たいていそうしていると聞いた。
※
父が私に怒ったのは、生涯で二度だけだ。
一度は、弟に石を投げたとき。
もう一度が、この川でだった。
十二の夏、私は父に隠れて、暗くなってから糸を巻いた。
もったいなかったからだ。
父は、私の手からリールを取り上げた。
そして、ナイフで糸を切った。
巻いた分を、まとめて川へ投げ戻した。
「二度とやるな」
「なんでだよ」
「なんででもだ」
その帰り道、父は一言も話さなかった。
父が黙るというのは、うちでは珍しいことだった。
※
不思議なことがひとつあった。
切って置いてきた糸が、翌朝、岸に戻っているのだ。
きれいに巻いて、石の上に置いてある。
錘も針も、そのままだ。
誰かが拾って巻いてくれたのだと、父は言っていた。
この川に、そんな親切な人間がいるとは思えなかった。
入れる場所は三か所しかなく、そのうち二か所は牧場の私有地だ。
だが、当時の私は、深く考えなかった。
※
父がいなくなって、しばらく、糸は戻らなくなった。
三年ほど、切って置いてきても、翌朝の石の上には何もなかった。
私は、あれはやはり父の親切な知り合いだったのだろうと思った。
その人も、年を取ったのだろうと。
戻りはじめたのは、あの晩のあとだ。
順番が、逆なのだ。
そのことに気づいたのは、ずっとあとになってからだった。
三か所しか入れない川
この支流のことを、少し書いておく。
両岸は、ほとんどが柳とハックベリーの藪だ。
牛も入れないくらい密に生えている。
だから、人が下りられる場所は三か所しかない。
上流の橋の下。
ホールデン家の牧場の裏。
そして、うちが使う砂利道の先だ。
向こう岸には、下りられる場所がない。
これは大事なことだと思っている。
※
向こう岸は、郡の地図では私有地になっている。
所有者の欄は、空白だ。
役場で聞いたら、相続の登記が止まっているのだと言われた。
一九四〇年代から止まっているらしい。
「税金は誰が払ってるんです」
「払われてないですね」
「差し押さえは」
「されてないです」
係の人は、画面を見ながら首をかしげていた。
この郡で、そんな土地はほかにないそうだ。
あの晩
五年前のその日は、朝から蒸していた。
私はフラットヘッドを狙っていた。
大きなナマズだ。
夕方から夜にかけてが、いちばん食う。
川原に椅子を置いて、竿を二本立てた。
虫よけを腕に塗って、ビールを一本だけ開けた。
日が落ちると、ホイッパーウィルが鳴きはじめた。
あの鳥は、同じ節を何十回も繰り返す。
数えていると、頭がおかしくなる。
蛍が、水面のすぐ上を流れていった。
気づいたのは、蛍が向こう岸まで行かないことだった。
川の真ん中あたりで、みんな引き返してくる。
風でも吹いているのかと思ったが、水面は鏡のようだった。
そのうち、川の音が変わった。
石を噛む音が、細くなっていったのだ。
上流でせき止められたときの音の減り方に似ていた。
私は、水位を見た。
下がってはいなかった。
音だけが、少なくなっていた。
※
そろそろ切って帰ろうと思ったときだった。
向こう岸に、何かが立っていた。
木の手前、水際から二歩ほどのところだ。
背の高さは、一メートル二十くらい。
子どもくらいだが、子どもではない。
肌は灰色で、毛がなかった。
頭は、毛を剃った猫のような形をしていた。
耳が、上に二つ立っている。
体つきは、人間に近かった。
肩があって、腕があって、その腕が体の横に下がっている。
頭を左右に揺らす
それは、頭を左右に揺らしていた。
踊っているみたいに、と最初は思った。
ゆっくり、右へ倒して、左へ倒す。
一定の速さだった。
目は、こちらを見ていた。
見てはいけないものを見てしまった、という目つきだ。
私は、動けなかった。
怖いというより、頭の中が急に静かになった。
ホイッパーウィルが、鳴きやんでいた。
いつからやんでいたのか、わからなかった。
※
あとになって、頭の揺れの意味を考えた。
あれは、片目ずつでこちらを見ていたのだと思う。
右に倒せば左の目が正面に来る。
左に倒せば右の目が来る。
正面の両目では、決して見ない。
鳥や爬虫類には、そういう見方をするものがいる。
だが、あれは正面に目が二つある顔だった。
正面から見られる顔で、正面から見ないようにしていた。
その理屈だけが、いまも気持ち悪い。
※
もうひとつ、あとから気づいたことがある。
揺れの速さが、一定だった。
右へ倒して、戻して、左へ倒す。
そのあいだが、いつも同じだった。
生き物の動きというのは、たいてい揺らぎがある。
あれには、それがなかった。
あとで手を振って真似してみたが、私にはできなかった。
五回目くらいで、必ずずれる。
機械のような、と言えばそれまでだ。
ただ、私が思い出すのは、時計ではない。
父が糸を巻くときの、ハンドルの回り方だ。
父の巻きは、あれと同じで、まったくずれなかった。
ナイフに手を伸ばした
私は、目を離さないまま、右手を椅子の脇に伸ばした。
そこに、鞘に入れたナイフを置いてある。
魚の口から針を外すのに使う、短いやつだ。
握ったところで、何ができるわけでもない。
川を挟んでいるのだから、届きようがない。
それでも、手に何か持っていたかった。
そのまま、左手でリールに触れた。
帰り支度をするつもりだった。
指がハンドルにかかり、私は、糸を巻きはじめた。
※
巻きはじめた、その瞬間だった。
向こう岸のそれが、鳴いた。
甲高い、大きな音だった。
金属を細く削るような音に近い。
笛でも、獣の声でもなかった。
耳の奥に刺さって、頭の後ろまで抜けていく音だ。
あんな音は、それまで聞いたことがない。
これからも、聞きたくない。
鳴いた方向
ここからが、私がいちばん引っかかっていることだ。
それは、私に向かって鳴いたのではなかった。
鳴いた瞬間、顔が動いたのだ。
私の顔ではなく、私の頭の上あたりを見た。
正確に言えば、私の後ろだ。
私の背中の側、川原から土手へ上がる斜面のほうを見て、それから鳴いた。
あれが見ていたのは、私ではなく、私の後ろだった。
※
私は、振り返らなかった。
振り返れなかった、が正しい。
音が止んだあと、それは森へ入っていった。
木の間へ、まっすぐに歩いて消えた。
走ってはいなかった。
逃げる歩き方ではなかった。
用が済んだ、という歩き方だった。
私は、竿を二本とも倒したまま、車まで戻った。
椅子も、クーラーボックスも、置いてきた。
糸は、途中まで巻いた状態だった。
翌朝、道具を取りに行った
朝、明るくなってから取りに行った。
椅子も、箱も、そのままあった。
竿も倒れたままだ。
ただ、糸だけが違っていた。
途中まで巻いてあったはずの糸が、切られていた。
そして、切られた先が、きれいに巻いて石の上に置いてあった。
八の字に巻いてある。
父の巻き方だった。
父は、その三年前に旅を終えている。
私は、その石の前でしばらく立っていた。
持って帰るべきか、置いていくべきか、わからなかった。
結局、置いてきた。
※
車に戻る途中で、土手の斜面を見た。
前の晩、あれが見ていた方角だ。
草が、幅一メートルほど、まっすぐ寝ていた。
誰かが立っていた跡ではない。
そこだけ、川のほうを向いて倒れていた。
鹿が寝た跡なら、丸くなる。
そういう形ではなかった。
私は、その筋の上を歩かないように、少し離れて車まで戻った。
次に行ったときには、草は起きていた。
郡の図書館で見つけたもの
翌週、私は郡の図書館へ行った。
古い新聞のマイクロフィルムが置いてある。
あの支流の名前で引くと、二件だけ出てきた。
一件は、橋の架け替えの記事だ。
もう一件は、一九三七年の、短い投書だった。
署名は、頭文字だけになっている。
内容は、こうだった。
夜釣りの帰りに、向こう岸に「灰色の子ども」が立っていた。
頭を左右に振っていた。
こちらを見て、笛のような音を出した。
そこまでは、私の見たものと同じだ。
※
違っていたのは、最後の一行だった。
その人は、振り返ったのだ。
そして、こう書いている。
土手のところに、うちの父が立っていた、と。
父親は、その二年前にいなくなっていたそうだ。
投書は、そこで終わっている。
続報も、投書欄への返事も、載っていなかった。
私は、フィルムを巻き戻す手が止まった。
八の字に巻かれた糸のことが、頭から離れなくなった。
レイ爺さんの話
その週の終わりに、町のダイナーでレイ・ホールデンに会った。
八十を過ぎた元漁師で、あの支流を誰よりよく知っている人だ。
私は、見たものを話した。
レイは、笑わなかった。
コーヒーを一口飲んで、こう言った。
「巻いたな」
「え」
「糸を巻いただろう」
「……巻いた」
「だから鳴かれたんだ」
私は、意味がわからなかった。
※
レイの説明は、こうだった。
切って帰るのは、巻き取ると、向こう岸のものがこちらへ寄るからだった。
糸は、こちらの岸と、川の底とをつないでいる。
巻けば、その線がこちらに引き寄せられる。
線をたどれるものがいるのだそうだ。
「向こう岸のやつは、こっちを見張ってるんじゃない」
「じゃあ、何を」
「こっちのものを見張ってる」
「こっちのもの」
「川のこっち側にいるやつだ。あんたじゃない」
レイは、それ以上は言わなかった。
勘定を置いて、先に出ていった。
灰色のやつは、渡らない
後日、もうひとつだけ聞けた。
レイの家に用があって寄ったときだ。
灰色のやつは、川を渡らないのだという。
渡れないのではなく、渡らない。
あちら側から出ない決まりがある、という言い方をした。
「なら、安全じゃないか」
「あいつはな」
「あいつは?」
「あいつが見てたほうは、渡るとか渡らないとか、関係ない」
そこで、話は終わりだった。
帰りぎわに、ひとつだけ聞けた。
「あんたも、見たことあるのか」
「一度な」
「振り返ったか」
レイは、答えなかった。
玄関の網戸を押さえたまま、外を見ていた。
「振り返らなかったやつのほうが、長生きしてる」
それだけ言って、網戸を閉めた。
レイは、去年、施設に入った。
会いに行っても、川の話はしなくなっていた。
妻に話した晩
この話を、私は一度だけ妻にした。
結婚して二年目の冬だ。
妻は、最後まで黙って聞いていた。
笑いもしなかったし、怖がりもしなかった。
聞き終わって、こう言った。
「お父さんは、あなたに巻かせたくなかったのね」
「そういうことになる」
「じゃあ、いま巻いてくれてるのは」
「わからない」
「わからないほうがいいこともあるわ」
妻は、それきりこの話をしない。
ただ、私が夜釣りに行くと言うと、必ず玄関まで出てくる。
行ってこいとも、やめておけとも言わない。
出ていくところを、見ているだけだ。
一度だけ、向こう岸へ行こうとした
三年前の秋、私は向こう岸へ渡ろうとしたことがある。
渇水で、水位が膝より下まで下がった年だ。
長靴で歩いて渡れるほどだった。
昼間で、空はよく晴れていた。
怖いものなど何もない時間帯だ。
私は、水に入った。
三歩目で、足が止まった。
水温が、急に下がったのだ。
渇水の川は、ぬるくなる。
それが、井戸水のように冷たかった。
※
私は、そこから先へ進まなかった。
理屈をつけるなら、湧き水が出ているのだろう。
実際、そういう場所はある。
だが、そのとき私が思ったのは、別のことだ。
ここが境目なのだ、と思った。
決まりというのは、たいてい、こういう場所に残る。
誰かが最初に足を止めて、それを子どもに伝える。
理由は、途中で落ちる。
落ちても、足を止めるところだけは残る。
父が「なんででもだ」としか言えなかったのも、それだと思う。
いまも、切って帰る
私はいまも、あの支流で釣っている。
ほかに行く場所を知らないからだ。
ただし、日が落ちる前に切り上げる。
暗くなりそうなら、糸は巻かずに切る。
錘も針も、惜しくなくなった。
翌朝、巻いて置いてあることがある。
ないこともある。
あるほうが、少しだけ気が楽だ。
※
去年、息子を初めて連れていった。
九つになったところだ。
明るいうちに、二時間だけ。
小さいのが二匹釣れて、息子は満足していた。
帰り支度のとき、私はナイフを出して糸を切った。
「巻かないの?」
「巻かない」
「もったいないよ」
「決まりだ」
言ってから、自分の声が父に似ていて、少し笑ってしまった。
息子は、納得しない顔をしていた。
私も、あのときそうだった。
いつか、この子も同じことを言う日が来るのだと思う。
理由は、たぶん伝わらない。
伝わらないまま、切って帰る手だけが残ればいい。
※
見てはいけないものを見たときの、あの目つきについては、風の無い窪地で見たもののほうが、うまく書かれている。
こちらから見てはいけない、という決まりの話としては、見上げてはいけない梢が近い。
背中のほう
銃は、持っていかない。
持っていた時期もあったが、やめた。
あれに撃つなら、向こう岸に向けることになる。
だが、あの晩、こちらの岸にいたのは、私だけではなかった。
向こう岸に向けて構えるということは、背中を、そちらに向けるということだ。
それだけは、したくない。
いまも、川原に椅子を置くとき、私は土手を背にしない。
横向きに座る。
そうすれば、両方が視野の端に入る。
入ったところで、どうしようもないのだが。
あの晩、振り返らなくて正解だったのかどうかは、まだわからない。