着物の少女

IMG_69515B15D

毎年夏、俺は両親に連れられて祖母の家に遊びに行っていた。

俺の祖母の家のある町は、今でこそ都心に通う人のベッドタウンとしてそれなりに発展しているが、二十年ほど前は、隣の家との間隔が数十メートルあるのがざらで、田んぼと畑と雑木林ばかりが広がるかなりの田舎だった。

同年代の子があまりいなくて、俺は祖母の家に行くと、いつも自然の中を一人で駆け回っていた。それなりに楽しかったのだが、飽きることもままあった。

小学校に上がる前の夏のこと。俺は相変わらず一人で遊んでいたが、やはり飽きてしまっていつもは行かなかった山の方へ行ってみることにした。

祖母や親に、山の方は危ないから言っちゃダメと言われていて、それまで行かなかったのだが、退屈にはかなわなかった。

家から歩いて歩いて山の中に入ると、ちょっとひんやりしていて薄暗く、怖い感じがした。それでもさらに歩いていこうとすると、声をかけられた。

「一人で行っちゃだめだよ」

いつから居たのか、少し進んだ山道の脇に、僕と同じくらいの背丈で髪を適当に伸ばした女の子が立っていた。その子は着物姿で、幼心に変わった子だなと思った。

「なんで駄目なの?」

「危ないからだよ。山の中は一人で行っちゃ駄目だよ。帰らなきゃ」

「嫌だよ。せっかくここまで来たんだもん。戻ってもつまらないし」

俺はその子が止めるのを無視して行こうとしたが、通りすぎようとしたときに手をつかまれてしまった。その子の手は妙に冷たかった。

「……なら、私が遊んであげるから。ね? 山に行っちゃ駄目」

「えー……うん。わかった……」

元々一人遊びに飽きて山に入ろうと思い立ったので、女の子が遊んでくれると言うなら無理に行く必要もなかった。

その日から、俺とその女の子は毎日遊んだ。いつも、出会った山道のあたりで遊んでいたので、鬼ごっことか木登りとかがほとんどだった。たまに女の子がお手玉とかまりとかを持って来て、俺に教え込んで遊んだ。

「健ちゃん、最近何して遊んでんだ?」

「山の近くで女の子と遊んでる」

「女の子? どこの子だ?」

「わかんない。着物着てるよ。かわいいよ」

「どこの子だろうなあ……名前はなんて言うんだ?」

「……教えてくれない」

実際その子は一度も名前を教えてくれなかった。祖母も親も、その子がどこの子かわからないようだった。とりあえず村のどっかの家の子だろうと言っていた。

その夏は女の子と何度も遊んだけど、お盆を過ぎて帰らなきゃならなくなった。

「僕、明日帰るんだ」

「そうなんだ……」

「あのさ、名前教えてよ。どこに住んでるの? また冬におばあちゃんちに来たら、遊びに行くから」

女の子は困ったような何とも言えない顔をしてうつむいていたが、何度も頼むと口を開いてくれた。

「……名前は○○。でも約束して。絶対誰にも私の名前は言わないでね。……遊びたくなったら、ここに来て名前を呼んでくれればいいから」

「……わかった」

年末に祖母の家に来た時も、僕はやはり山に行った。名前を呼ぶと、本当に女の子は来てくれた。冬でも着物姿で寒そうだったが、本人は気にしていないようだった。

「どこに住んでるの?」

「今度僕のおばあちゃんちに遊びに来ない?」

などと聞いてみたが、相変わらず首を横に振るだけだった。

そんな風に、祖母の家に行った時、俺はその女の子と何度も遊んで、それが楽しみで春も夏も冬も、祖母の家に長く居るようになった。

女の子と遊び始めて三年目、俺が小二の夏のことだった。

「多分、もう遊べなくなる……」

いつものように遊びに行くと、女の子が突然言い出した。

「何で?」

「ここに居なくなるから」

「えー、やだよ……」

引越しか何かで居なくなるのかなと思った。自分が嫌がったところでどうにかなるものでもないとさすがに分かっていたが、それでもごねずには居られなかった。

「どこに行っちゃうの?」

「わからないけど。でも明日からは来ないでね……もうさよなら」

本当にいきなりの別れだったので、俺はもう喚きまくりで、女の子の前なのに泣き出してしまった。女の子は俺をなだめるために色々言っていた。俺はとにかく、また遊びたい、さよならは嫌だと言い続けた。そのうち女の子もつーっと涙を流した。

「……ありがとう。私、嬉しいよ。でも、今日はもう帰ってね。もう暗いし、危ないからね」

「嫌だ。帰ったら、もう会えないんでしょ?」

「……そうだね……。あなたと一緒もいいのかもね」

「え?」

「大丈夫。多分また会えるよ……」

俺は諭されて家路についた。途中何度も振り向いた。着物の女の子は、ずっとこちらを見ているようだった。

その日、祖母の家に帰ったら疲れてすぐに寝に入ってしまった。そして俺は、その夜から5日間、高熱に苦しむことになった。この5日間のことは、俺はほとんど覚えていない。

一時は四十度を越える熱が続き、本当に危なくなって、隣の町の病院に運ばれ入院したが、熱は全然下がらなかったらしい。しかし5日目を過ぎると、あっさり平熱に戻っていたという。

その後、祖母の家に戻ると、驚いたことに俺が女の子と遊んでいた山の麓は、木が切られ山は削られ、宅地造成の工事が始まっていた。

俺は驚き焦り、祖母と両親に山にまで連れて行ってくれと頼んだが、病み上がりなので連れて行ってもらえなかった。

それ以来、俺は女の子と会うことはなかったが、たまに夢に見るようになった。

数年後聞いた話に、宅地造成の工事をやった時、麓の斜面から小さく古びた社が出てきたらしいというものがあった。工事で削った土や石が降ったせいか、半壊していたという。何を奉っていたのかも誰も知らなかったらしい。

その社があったのは俺が女の子と遊んでいた山道を少し奥に入ったところで、ひょっとして自分が遊んでいたのは……と思ってしまった。

実際、変な話がいくつかある。

俺の高校に自称霊感少女がいたのだが、そいつに一度、

「あんた、凄いのつけてるね」

と言われたことがあった。

「凄いのってなんだよ?」

「……わかんない。けど、守護霊とかなのかな? わからないや。でも、怪我とか病気とかあまりしないでしょ?」

確かにあの高熱以来、ほぼ完全に無病息災だった。

さらにこの前、親戚の小さな子(5才)と遊んでいたら、その子がカラーボールを使ってお手玉を始めた。

俺にもやってみろと言う風にねだるのでやってみると、対抗するかのようにいくつもボールを使ってお手玉をした。何度も楽しそうにお手玉をした。

あんまり見事だったので後でその子の親に、

「いやー、凄いよ。教えたの? あんな何個も、俺だってできないよ」

と言うと、親はきょとんとして、

「教えてないけど……」

と答えた。

もう一度その子にやらせてみようとすると、何度試してみてもできなかった。

「昼間みたいにやってみて」

「え? なにそれ?」

と言う感じで、昼のことを憶えてすらいなかった。

何と言うか、そのお手玉さばきは、思い返すとあの女の子に似ていた気がしてたまらない。

今もたまに夢に見るし、あの最後の言葉もあるし、ひょっとしてあの子は本当に俺にくっついてるのかなと思ったりする。

ちなみに女の子の名前は、なぜか俺も思い出せなくなってしまっている。

不気味とかそういうのはなく、ただ懐かしい感じがして仕方がない。

関連記事

ろうそく(フリー写真)

お盆の不思議体験

怖くはないけど、お盆が来る度に思い出す不思議な話。今から10年程前、長男が4才の時の夏。俺達家族は例年通り、俺の実家に帰省していた。父は10年以上前に事故で亡く…

登山(フリー素材)

赤い着物の少女

システムエンジニアをやっていた知人。デスマーチ状態が続き、残業4、5時間はザラ。睡眠時間は平均2〜4時間。30歳を過ぎて国立受験生のような生活に、ついに神経性胃炎と過労…

小島(フリー写真)

海女さんの心霊体験

私は23歳で、海女歴2年のあまちゃんです。泳ぐのが好き、結構儲かる、という理由でこの仕事をしていますが、不思議な体験をした事があります。 ※ 海女になりたての頃、自分に付い…

抽象画(フリー素材)

夢が現実に

最近になって気付いた不思議な事。俺は普段眠ってもあまり夢を見ない。というか実際は見ていても忘れているんだと思う。でも、偶に夢を覚えていたりする。しかも覚えているやつに限…

医師(フリー写真)

夢の中の治療

俺の従兄弟の話を一つ。非常に仲の良い従兄弟が、25歳の時に末期がんになった。人間として凄く見応えのある人物だっただけに、身内一同とても落胆した。従兄弟には当時付…

時空

時空トンネル

数年前、子供の頃に不思議だった出来事が繋がった話です。5才くらいの記憶で、その頃はよく畑仕事に兄と付いて行っていたんです。畑から数十メートル離れた場所に、大きな岩が何個…

幽霊と…

5年ぐらい前、地方都市でホステスをしていた時の話。一緒に働いている女の子で、自称霊感の強いMちゃんという子がいた。最初は信じていなかったのだが、Mちゃんが「明日は外出し…

お花畑(フリー写真)

まだ来るな

僕には四つ下の弟が居て、彼はバイクで通勤していました。ある日、彼が出勤途中に事故に遭い、救急車で病院に担ぎ込まれました。僕にも連絡があり、急いで駆け付けましたが、彼は意…

結婚式のブーケ(フリー写真)

夢枕

私が幼い頃、母と兄と私の三人で仲良く暮らしていました。しかし兄が14歳になる頃、母が事故死してからは親戚をたらい回しにされ、私はまだ4歳でその時の記憶は殆ど無いのですが、兄はか…

不思議な森

昔住んでた家の近くの河川敷に広い公園があり、そこに小さな森があった。その森の中には、異常に暗い空間が何カ所かあって、よくそこで遊んでた。もう少し説明すると、その空間だけ切り取っ…