母がくれた腕時計と四十九日

腕時計と街(フリー写真)

これは、俺が大学生だった頃の話です。

携帯電話が、まだ一般には普及していなかった時代でした。

母がくれた腕時計のことを、書いておきたいと思います。

それが止まった日のことと、再び動き出した日のことを。

念願の志望校に入ったものの、自分の進む道が見つからなかった。

授業にはほとんど出ず、毎日バイトに明け暮れていた。

そんな俺を、母は何も言わずに見ていた。

バイトに出かける朝、玄関には必ず弁当が置いてあった。

三角に握ったおにぎりと、卵焼き。

アルミホイルの端が、いつも少しだけ折り返されていた。

俺は、礼を言った記憶がない。

ある日、バイト先で理不尽な客に怒鳴られて、ふてくされて帰った。

母は何も訊かずに、みかんを剥いて、皿に載せてくれた。

白い筋まで、ていねいに取ってあった。

「食べな」

それだけ言って、母は洗濯物をたたみ始めた。

その背中を、俺は見ないふりをした。

母がやがて、俺の背中を押してくれることになるとは、当時は想像もしていなかった。

留学を決めた夜

あれは、大学二年の秋だった。

バイトの帰りに立ち寄った本屋で、俺は雑誌を立ち読みしていた。

ふと、『海外語学留学』という文字が目に留まった。

英語には、まったく興味がなかった。

喋ることもできなかった。

それなのに、その瞬間、なぜか思った。

これだ、と。

理由は、今もわからない。

胸の奥で、鍵が回るような音がした。

俺は、その雑誌を買って、まっすぐ家に帰った。

その夜、夕飯の席で、俺は箸を置いた。

「俺、大学を休学して、留学するわ」

父の箸が止まった。

「何を言い出すんだ」

「英語、できないだろう」

「これからやるよ」

「金はどうする」

「バイトで貯めたのがある。足りない分は、向こうで働く」

父は、納得しなかった。

「ちゃんと卒業してからでも、遅くはない」

「今じゃないと、駄目な気がするんだ」

話は平行線のまま、味噌汁が冷めていった。

そのとき、母が静かに口を開いた。

「一度きりの人生だから、好きにしなさい」

俺は、驚いて母を見た。

母は、お茶を一口飲んでから、微笑んだ。

「お父さんには、私から言っておくから」

父は、何か言いかけて、やめた。

その横顔に、諦めと、少しの安堵が混じっていた。

母は、なぜあんなにすんなり賛成したのか。

当時の俺は、ただ、ありがたいとしか思わなかった。

あとになって、俺はその意味を知ることになる。

それからの数か月、俺は寝る間も惜しんで準備を進めた。

留学斡旋の会社に何度も通い、パンフレットを集め、先輩の体験談を聞いて回った。

ビザの書類は、英和辞典と首っ引きで埋めた。

単語帳を、バイトの休憩時間に開いた。

カタカナで読み方を書き込んだ、不格好な単語帳だった。

母は、夜遅くまで台所の電気をつけて、ノートを広げていた。

「何してんの」

「私も、ちょっと勉強しようかと思って」

「英語?」

「挨拶くらいは、覚えておきたいじゃない。あなたの向こうの友達に会うときのために」

母は、照れ笑いをしながら、ノートを伏せた。

ちらりと見えたページには、鉛筆で何度も書き写した跡があった。

“Thank you for taking care of my son.”

その一文だけが、びっしりと、行を埋めていた。

母がくれた腕時計

出発の一週間前、母が検査入院することになった。

母は、俺が高校生の頃に、大きな手術を受けていた。

主治医は、こう言ってくれていた。

「手術から五年、再発がなければ、完治したと思ってください」

その五年目が、もう目の前まで迫っていた。

検査入院そのものは、珍しいことではない。

一週間か二週間、病院に泊まって、結果を聞く。

母は、荷造りをしながら、冗談めかして言った。

「入院しちゃうから、空港までは見送れないね」

「空港に行く前に、病院に寄るよ」

「そんなの、いいのに」

「寄るって」

俺は、ぶっきらぼうにそう答えた。

出発の日は、朝十時の便だった。

俺は、朝七時半に、病院を訪ねた。

面会時間の前だったので、看護婦さんに頼み込んで、病室に通してもらった。

母は、ベッドの上で、身を起こしていた。

点滴の針の跡が、手の甲に青く残っていた。

俺は、それを見ないようにして、椅子に座った。

窓から差し込む朝日が、母の髪を薄く染めていた。

三十分ほど、他愛もない話をした。

荷物は重すぎないか、現地の食べ物は口に合うか、お金は足りるか。

母の質問は、どれも、少しだけ的外れだった。

けれど、その的外れなところが、俺には嬉しかった。

「そろそろ時間だから、行くわ」

「うん」

母は、枕元に手を伸ばした。

「餞別ね」

枕の下から、小さな包みが現れた。

「隠してたの?」

「渡すまで見つかったら、つまんないでしょう」

母は、いたずらっぽく笑った。

「退院して、暖かくなったら、遊びにおいでよ」

俺は、そう言った。

「楽しみにしてる」

母は、頷いた。

その約束があったから、俺は、笑って病室を出られた。

バスの窓の外を、見慣れた街並みが流れていく。

商店街、橋、母とよく歩いた川沿いの道。

俺は、その景色を、目に焼き付けようとした。

空港行きのバスの中で、包みを開けた。

中には、腕時計と、手紙が入っていた。

銀色の文字盤に、細い針がついた、シンプルな時計だった。

手紙はリュックに仕舞い、時計を腕に填めた。

金属の冷たさが、手首に触れた。

それは、すぐに、体温と同じになった。

母がくれた腕時計は、現地の時間には合わせず、日本の時間のまま動かしていた。

昼食のたびに、俺は考えた。

今ごろ、母さんは夕飯の支度をしているだろう、と。

海外での生活は、想像以上に過酷で、想像以上に楽しかった。

最初の一か月は、買い物ひとつ満足にできなかった。

スーパーのレジで、”Paper or plastic?” と聞かれて、固まった。

パンを買うために、棚の前に三十分も立ち尽くした。

ホストファミリーのおばさんは、笑いながら、何度もゆっくり繰り返してくれた。

二か月、三か月と経つうちに、耳が慣れてきた。

半年後には、冗談が言えるようになった。

手紙や国際電話で、母とは何度もやり取りをした。

ホストファミリーのおばさんは、手紙を書く俺を見て、「お母さん?」と日本語で訊いた。

どこかで覚えた、たどたどしい発音だった。

俺が頷くと、おばさんは何も言わず、温かい紅茶を淹れてくれた。

「退院したなら、こっちに遊びにおいでよ」

「うん。もうちょっと、調子がよくなってからね」

返ってくるのは、いつも、それだけだった。

それでも、俺は信じていた。

いつか、父と母と姉が、みんなでこちらに来てくれると。

観光のプランまで、練っていた。

最初に連れて行くのは、海沿いの朝市。

次に、湖。

夜は、星のきれいな丘。

地図に印をつけて、壁に貼っていた。

止まった針の午後

留学して、八か月が経った頃だった。

その日、俺は昼の授業を終えて、アパートへ帰る途中だった。

ふと袖をまくって、時計を見た。

針が、止まっていた。

三時十二分。

秒針も、ぴたりと動かない。

振ってみても、竜頭を回してみても、動かなかった。

電池切れだろう、と思った。

「明日にでも、電池を替えに行こう」

そう独り言を言って、俺は時計を外し、机の上に置いた。

窓の外では、夕焼けが街を染めていた。

あの夕焼けは、今でも鮮明に覚えている。

その夜、俺はなかなか寝つけなかった。

理由のわからない胸騒ぎが、枕元にいつまでも居座っていた。

窓の外で、救急車のサイレンが遠ざかっていった。

関係のない音なのに、耳の奥に残って消えなかった。

翌日の夜、アパートの電話が鳴った。

父からだった。

「お母さんの容態が、急に悪くなった」

「すぐに、帰ってこい」

父の声は、いつもより低く、早口だった。

俺は、頭が真っ白になった。

状況が、まったくつかめない。

飛行機を予約して、荷物を放り込み、大急ぎで空港へ向かった。

止まった時計も、リュックの底へ放り込んだ。

針を見ているのが、つらかったのだ。

機内では、一睡もできなかった。

窓の外の暗闇に、母の顔ばかりが浮かんだ。

何度も、手首を見た。

そこに時計はなかった。

外したはずなのに、何度も見てしまった。

日本に着いたのは、夜だった。

空港から病院へ直行し、看護婦詰所へ駆け込んだ。

窓口には、誰もいなかった。

俺は、奥まで聞こえるように、大声で言った。

「○○の息子です。母は、何号室ですか」

看護婦さんたちが、顔を見合わせた。

一人が、ゆっくりと立ち上がった。

「ご存じ、なかったんですか」

「何をですか」

「一昨日の夜中、日付が変わって、三時十二分に」

「お亡くなりになりました」

意味が、飲み込めなかった。

「はっ? いや、○○の息子ですよ」

「ですから、○○さんは、一昨日」

言葉が、水の中の声のように、遠くで響いた。

三時十二分。

母がくれた腕時計が止まった時刻と、同じだった。

俺は、廊下の公衆電話を借りて、家に電話をかけた。

母が出てくれると、信じていた。

いや、そう信じたかった。

呼び出し音が鳴る。

五回、六回。

やがて、機械の声が流れた。

「ただいま、留守にしております」

母の声だった。

留守番電話に吹き込まれた、元気だった頃の、母の声。

俺は、受話器を握ったまま、動けなかった。

看護婦さんに頼んで、家族の居場所を調べてもらった。

教えられたのは、葬儀会館の電話番号だった。

かけてみると、姉が出た。

「いま、どこ」

「病院」

「迎えに行く。動かないで」

姉は、それだけ言って、電話を切った。

三十分後、タクシーが病院の前に着いた。

後部座席の姉は、目を赤く腫らしていた。

車の中で、俺たちは、ほとんど口をきかなかった。

葬儀会館の一室に、母の棺が安置されていた。

父が、隣の椅子に座っていた。

「電話で、本当のことを言えなかった」

父は、うつむいたまま言った。

「飛行機の中で、お前が取り乱したら、と思った」

「いいよ」

俺は、そう答えるしかなかった。

棺の蓋が開けられた。

母の顔は、眠っているように見えた。

不思議と、悲しいという感情は湧いてこなかった。

おそらく、状況がまだ飲み込めていなかったのだと思う。

二日後、葬儀が終わり、母は小さな骨壷に収まった。

その白い陶器を見た瞬間、何かが決壊した。

この世から形がなくなったのだと思うと、最後に会えなかった悔しさや、留学を快く許してくれたことが、次々と蘇った。

涙が、止まらなくなった。

船に乗った母

それから、初七日が過ぎ、一か月が過ぎた。

俺は、実家で何もする気になれず、ぼんやりと過ごしていた。

夢の中でだけ、母に会えた。

ほとんど毎晩、元気だった頃の母の夢を見た。

台所に立つ母、玄関で弁当を渡す母、駅のホームで手を振る母。

このまま、目が覚めなければいいと、何度も思った。

夜が明けるたびに、母のいない朝が来ることが、苦しかった。

窓の外では、いつもと変わらない町の音が、静かに続いていた。

それが、なぜだか、少しだけ許せなかった。

時間だけが、何も知らない顔で、先へ進んでいく。

姉が、部屋の前に食事を置いていってくれた。

「食べなさいよ」

扉の向こうから、そう声がした。

返事をしないまま、俺は、皿の湯気が消えるのを待っていた。

父は、毎晩、仏壇の前で、母の湯呑みにお茶を注いでいた。

その背中は、前よりずっと小さく見えた。

眠ってさえいれば、母に会える気がしたからだ。

夢のなかの母は、いつも笑っていた。

ただ、時計の話だけは、一度も出なかった。

俺は、時計を外したまま、机の引き出しの奥にしまっていた。

針は、三時十二分で止まったままだった。

電池を替えに行く気には、どうしてもなれなかった。

替えてしまったら、母の時間が、先へ進んでしまう気がした。

その日も、俺は早くに布団に入った。

いつものように、母の夢を見た。

けれど、その夢は、何かが違っていた。

母は、船に乗っていた。

白い、小さな船だった。

岸壁のぎりぎりのところから、母は俺を見下ろしていた。

「もう、行かないといけないから」

母は、静かに言った。

「人生を大切にして、一度きりの人生、楽しみなさいよ」

俺は、叫ぶように答えた。

「来週、向こうのアパートを片付けに行くんだ」

「一緒に行こうよ」

「それは、無理」

母は、首を横に振った。

「でも、体を大事にして、生きなさいよ」

「見守ってるから」

俺は、号泣しながら、母に手を伸ばした。

母の手を握った。

強く、握り返された。

温かかった。

そのとき、船が、ゆっくりと動き出した。

握っていた手が、離れていく。

追いかけようとして、足がもつれた。

気づいたら、布団から跳ね起きていた。

暗い部屋の中で、俺は泣いていた。

右の手のひらに、握り返された感触が、はっきりと残っていた。

カレンダーを見た。

ちょうど今日が、四十九日だった。

そのとき、机の引き出しのほうから、小さな音がした。

かち、かち、かち。

引き出しを開けた。

奥にしまっていた、母がくれた腕時計が、動いていた。

止まっていたはずの秒針が、ひとつずつ、時間を刻んでいた。

針は、今の時刻を、正しく指していた。

ふと、リュックの底に、あの手紙が入ったままだったことを思い出した。

半年以上、開けないまま、仕舞い込んでいた。

封筒を開けると、母の丸い字が並んでいた。

「この手紙を読むころ、あなたはきっと、少し日焼けしているでしょう。」

「時計は、いつか止まります。電池が切れても、あなたの時間は止まりません。」

「止まったら、また動かしなさい。何度でも。」

「向こうでいちばんおいしかったものを、今度、教えてください。」

俺は、その手紙を、胸の前で、長いこと抱えていた。

それ以来、母の夢を見たことは、一度もない。

所詮、思い込みの激しい夢だと言われれば、それまでなのだけれど。

会えないはずの人に会った、という話を聞くのは、これが初めてではない。

沢の桟橋で待っていた友達の話も、三つ折れ人形の話も、似た温度を持っている。

大学は、休学したまま、結局辞めてしまった。

今は、留学の経験を活かして仕事を始め、なんとか飯が食えている。

母さん、ありがとう。

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