四十九日の夢

腕時計と街(フリー写真)

俺が大学生だった頃の話です。

念願の志望校に入学したものの自分の道が見い出せず、毎日バイトに明け暮れ、授業など全然受けていなかった。

そんなある日、本屋で立ち読みをしていると『海外語学留学』という文字が突然、目に留まった。

英語には全然興味が無かったし、喋る事も出来なかったけど、何故かその時『これだ!』と思った。

早速家に帰り、その日の夜、

「俺、大学休学して留学するわ」

と両親に宣言した。

オヤジは反対したが、オフクロは何故か

「一度きりの人生だから、好きにしなさい」

と、すんなり賛成してくれた。

※

それから俺はあっちこっちで色々情報を掻き集めながら、留学の準備を進めていた。

そしていよいよ来週留学だという時になり、オフクロが検査入院する事になった。

オフクロは俺が高校生だった頃に、子宮ガンで全摘出手術を受けていたのだが、主治医曰く、

「手術後、5年以内に再発しなければ完治したと思って大丈夫」

と言ってくれていて、既に手術してから4年が経とうとしていた。

以前から検査の為に1~2週間の検査入院はよくある事なので、オフクロも

「入院しちゃう事になったから、お母さんは空港まで見送る事が出来ないね」

と言うので、

「空港へ行く前に病院に寄るから、心配しなくていいよ」

と伝えた。

※

そして、いよいよ留学する日が来た。

午前10時の便だったので、病院には朝7時半に行った。

通常なら面会時間ではないので会えないのだけど、看護婦さんに頼んで病室に入れてもらった。

30分ぐらい話して、

「そろそろ時間だから行くわ」

と言うと、オフクロが

「餞別ね!」

と言って、枕元に隠していた包みをくれた。

一年間会えないと思うと名残惜しかったが、

「退院して、暖かくなったら遊びにおいでよ」

という約束もしていたので、笑って病室を後にした。

空港までのバスの中でオフクロから貰った包みを開けると、腕時計と手紙が入っていた。

手紙はリュックに仕舞い、時計を腕に填めた。

※

海外生活にも馴れ、全く出来なかった英語も何とか普通に喋れるようになった。

オフクロと、

「退院したなら、こっちに遊びにおいでよ」

という遣り取りを、手紙や電話で何度かしたのだけど、その度に

「うん、もうちょっと調子良くなってからね」

という返事しか返って来なかった。

でも、信じていた。いつかはオフクロとオヤジと姉でこちらに来ると。

その時はどこに連れて行こうかと、観光スポットのプランまで練っていた。

※

それから暫く経ったある日。

ずっと身に着けていた、オフクロに貰った時計が突然止まった。

その時は別に、明日にでも電池交換に行こうと思っただけだったのだけど。

次の日、家の電話が突然鳴った。

電話に出ると、オヤジからだった。

「お母さんの容態が急に悪化したので、至急帰って来い」

俺は頭が混乱し、状況が全く掴めないまま、飛行機を予約して大急ぎで帰国した。

※

日本に到着し、空港から大急ぎで病院に向かい、看護婦詰所へ行った。

夜だったので看護婦さんは窓口に居らず、奥まで聞こえるように大声で、

「○○の息子ですけど、母親は何号室ですか」

と聞くと、看護婦さん達は顔を見合わせた後、

「ご存知ないんですか…。昨日の夜、亡くなりましたけど…」

「はっ? いや、○○の息子ですよ」

「ですから、○○さんは昨日お亡くなりになりました…」

その意味が素直に飲み込めず、病院の電話を借りて家に電話してみた。

きっとオフクロが電話に出てくれると思って、いや、そう信じて…。

しかし、

「只今、留守にしております…」

という留守番メッセージが鳴るだけだった。

正直、パニクった。当時はまだ携帯電話なんて存在しないから、オフクロはおろか家族の誰とも連絡が取れない。

看護婦さんに頼んでどこに居るか調べてもらうと、葬儀会館の電話番号を教えてくれた。

電話すると姉が電話に出たので、状況は依然判らないまま、病院まで迎えに来てもらった。

葬儀会館に着き、オフクロの棺を開けて顔を見たが、不思議と悲しいという感情は湧かなかった。

多分、状況が飲み込めなかったのだと思う。

※

二日後、やはり状況が上手く飲み込めないまま、葬儀も終わり灰になったオフクロの骨壷を何の気無しに見た。

この世から形が無くなったと思うと、最後に会えなかった悔しさや、留学を快く許してくれた事を思い出し、涙が次から次へと溢れて来て止まらなくなった。

それから初七日が過ぎ、一ヶ月が過ぎ、実家で何もする気がしないのでボーッとしていた。

その間、何度と無くオフクロが元気だった頃の夢を見て、願わくばこのまま夢から覚めないで欲しいと思った。

逆に寝てさえいればオフクロに会える気がしたし、現にほぼ毎日のようにオフクロの夢を見ていた。

※

その日も早くに布団に入って寝ると、暫くしてオフクロの夢を見た。

でも、いつもの夢と全然違う。

何故かオフクロは船に乗っていて、

「もう、行かないといけないから。

人生を大切にして、一度きりの人生、楽しみなさいよ」

と言うので、

「来週、向こうのアパート片付けに行くから一緒に行こうよ」

と伝えた。そしたら、

「それは無理だけど、体を大事にして生きなさいよ。見守ってるから」

と言う。

夢の中で号泣しながらオフクロの手を握ると、強く握り返して来た。

そしたらオフクロが乗っていた船が動き出し、握手していた手が離れた。

そこで追い掛けようとしたら、ガバッという感じで布団から飛び出し、目が覚めた。

俺は泣いていた。しかも、手には感触が残っていた。

その夜はそれから寝付けず、朝を迎えた。

カレンダーを見ると、ちょうど今日が四十九日だった。

それ以来、今まで一度もオフクロの夢を見る事は無い。

所詮、思い込みの激しい夢じゃん、と言われるとそれまでなんだけどね。

※

オフクロさん、感謝しています。

その後は大学を休学したまま辞めちゃったけど、現在は留学経験を活かして起業し、何とか飯を食えています。

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