親父の微笑み
公開日: 心霊ちょっと良い話
俺が地元を離れて仕事をしていた時の事。
休みも無い仕事だらけのGW中に、普段は滅多に掛かっては来ない実家からの電話が鳴った。
親父危篤、脳腫瘍。持って数ヶ月。
親父が定年を迎えようとしていた、ほんの数ヶ月前だ。
俺に『マイコン』を教えたのが親父だった。
仕事に穴を空ける事が出来ない状況に居た俺は、
『盆まで何とか持ってくれ』
そんな身勝手な事を願っていた…。
※
そして7月に入ったある日、夢を見た。
夢の中で端末に向かって仕事をしている俺。
すると、いつの間にか親父が後ろに居た。
「仕事はどうだ?」
仕事中の俺は一瞬驚いたが、生返事を返し、黙々と仕事を続けた。
「Cは覚えたか? HP-UXはこう使え…云々」
等々、初歩的な講釈を垂れる親父。
延々と続くそれがいい加減に鬱陶しくなり、つい口が滑った。
「そんなのは解ってる。俺の方が詳しいっつーの!」
すると寂しいのか嬉しいのか分からないような微笑みを浮かべ、
「…そうか」
そう一言残し、どこかに去って行った。
※
そこで目が覚め、目覚ましを見ると6時半過ぎ。珍しく早起きをした。
出社し、仕事を始めてすぐに実家から電話。
親父死亡の連絡。
既に心の準備はしてあったのでショックは無かった。
死亡時刻は、その日、俺が起きた時間の少し前だった。
※
その後、無事葬式を終えて会社へ戻った。
そしてふと夢を思い出した時、式でも流さなかった涙が出た。泣いた。
闇雲に働いて死んで行った親父の人生に虚しさを感じたからなのか、
仕事にかまけて死に際に傍に居てやれなかったせいなのか、
枕元に立った親父に大した言葉を掛けられなかったせいなのか、
削られた人間性を仕事のせいにしようとしていた自分になのか、
夢で見せてくれた最後の微笑みの意味を理解したせいなのか、
或いはこれら全てのせいなのか、よく分からないが。
ただ俺が地元を離れた日、列車を見送る親父の目を赤くしている姿だけは、今でも強く焼き付いている。