高野山・奥の院で肩の重みが消えた夜

守り神

私は仕事の関係で、アジア圏を中心に出張や短期駐在をすることが多い生活を送っています。

海外で長く過ごすようになると、不思議なもので、かえって日本らしい風景や空気が無性に恋しくなってきます。

そのせいもあって、いまの私のささやかな楽しみは、休日を利用して温泉や神社仏閣を巡ることになりました。

去年の夏、前から一度訪れてみたいと思っていた高野山を訪ねました。

中でも奥の院は、さまざまな人物や団体のお墓が立ち並ぶ霊域として知られた場所です。

石畳の道の両脇には、苔むした墓石や供養塔、杉の大木が続き、静かなのにどこか張り詰めたような空気が漂っていました。

ところが歩き始めてまもなく、私はまっすぐ本道を進むことができなくなりました。

何かに引かれるように、ふと横道にそれてしまい、自分には縁もゆかりもないはずの墓の前で立ち止まってしまうのです。

「ああ、引っ張られているな」と心のどこかで思いながらも、これも何かのご縁だろうと、立ち止まるたびにその墓前で般若心経を唱えました。

次の瞬間にはまた、別の方向に足が向きます。

そこでまた手を合わせ、般若心経。

気がつくと、その繰り返しになっていました。

いくつのお墓を回ったのか、正確な数はもう覚えていません。

本来なら奥の院は、入り口から弘法大師の眠る御廟まで、ゆっくり歩いても一時間強もあれば往復できる道のりです。

ところが私は、あちこちに「引っ張られ」、一つ一つの墓前で手を合わせていたせいで、気づけば三時間半ほども奥の院の中を歩き続けていました。

実は高野山に向かう前から、左肩にだけ妙な重さを感じていました。

荷物のせいにしてみたり、疲れのせいだと言い聞かせてみたりしていましたが、それにしても説明のつかない、じっとりとした重さでした。

ところが、そうしていくつもの墓や碑の前で般若心経を唱え、ひとつひとつ通り過ぎるたびに、その重さが少しずつほどけていくように軽くなっていったのを、はっきりと覚えています。

そうして日が傾き始めたころ、ようやく御廟への参拝を終えて宿へ戻りました。

そしてその夜、旅館で不思議な夢を見たのです。

夢の中で、私は大きな円座の輪に加わっていました。

輪になって座っているのは、馬、牛、イヌ、鳥、さらにはもぐらやカワウソのような、珍しい動物たち。

そこには、さまざまな動物たちが勢ぞろいしていましたが、人間はなぜか私ひとりだけでした。

みんなで酒を酌み交わしながら、にぎやかに歓談しています。

おつまみは枝豆と豆腐くらいしか見当たりません。

「さすが動物たちの宴会だな、肉が一つもない」

そんなことを妙に感心しながら、私はその輪の中で楽しく過ごしていました。

やがて、あたりに薄い霧のようなものが立ち込めてきました。

「そろそろお開きだな」

そう言って立ち上がったのは、さっきまで隣で笑っていた馬さんでした。

すると他の動物たちも、自然と宴の片づけを始めます。

片づけを終えると、皆そろってこちらを向き、声を揃えて「ありがとう」と頭を下げてきました。

「え、俺は何もしてないよ」

戸惑いながらそう返しつつ、視線を彼らに向けた瞬間、私は息をのみました。

さっきまで動物だったはずの彼らは、いつの間にか全員、人間の姿に変わっていたのです。

軍服を着た若い男性。

昔風の背広を着た紳士。

ヘルメットにニッカポッカ姿の、いわゆるドカチンスタイルの男。

モンペ姿の女性。

そんな人々が十数名、円座のまわりに立ち、笑顔で手を振っています。

そして一人ひとりが、「本当にありがとう」とでも言うように、穏やかな表情でこちらを見つめながら、ゆっくりと霧の中へ溶け込むようにして消えていきました。

そこで私は目を覚ましました。

あまりにも印象の強い夢だったので、旅館でモーニングをとりながら、ぼんやりとさっきの光景を反芻していました。

そうしているうちに、昨日の高野山・奥の院での出来事を思い出しました。

そういえば、あの日、私が引き寄せられるようにして手を合わせていた墓碑には、共通する言葉がいくつか刻まれていました。

「海外物故者」

「航空兵」

「近衛兵」

「陸軍○○」「海軍○○」といった、軍や戦没者に関するものが多かったのです。

私はふと、ある考えに行き着きました。

もしかすると、私がアジア各地を出張で飛び回っていたあいだ、どこかの国で、彼らの魂が私の身体にそっとついてきていたのではないか。

そして日本に戻ったこの機会に、高野山・奥の院まで「連れて帰ってほしい」と、私の左肩を頼りにここまでやって来たのではないか。

だからこそ、あの日、関係のないはずの墓碑に次々と足を向けさせ、最後には「ありがとう」と夢の中で挨拶をしに来てくれたのではないか。

そう思うと、それまで重くのしかかっていた左肩が、今は嘘のように軽いことにも気づきました。

不思議と、恐怖心はまったくありませんでした。

それどころか、わざわざ私を怖がらせないように、まずは愛嬌のある「動物たち」の姿で宴会を開き、最後に本来の姿を見せてくれた、その心遣いの方が、胸にしみて、うれしくて、そして少し切なくもありました。

「次に出てくるときは、そのままの姿でいいよ。もう、怖がらないから」

心の中で、そうそっとつぶやきながら、私は高野山での出来事と、あの不思議な宴会の夜を、今も大切な思い出として抱き続けています。

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