
これは、去年の秋の出来事です。
夜中に部屋の隅に座っていた男の子に頼まれて、私は二年三組の絵日記を探すことになりました。
今でも、あれが何だったのか、うまく説明はできません。
ただ、起きたことを順番に書いておこうと思います。
私は当時、郊外の二階建てアパートの二階に一人で住んでいました。
駅から歩いて十五分、築三十年を過ぎた、壁の薄い建物です。
入居して一年半ほどが経っていました。
部屋は六畳の和室と、狭い台所だけでした。
和室の奥に、襖の古い押入れが一つあります。
住みはじめて半年ほどした頃から、その押入れのあたりで、ときどき音がするようになりました。
こつ、こつ、こつ。
いつも三回でした。
夜中の二時か三時ごろに、襖の内側を指の関節で軽く叩くような音です。
建物がきしむ音だろうと思っていました。
古い木造では、よくあることだと聞いていたからです。
気にしないようにしていれば、そのうち眠れました。
一度、下の階の住人に、夜中に音がしないかと聞いてみたことがあります。
「うちは何も。上の人、夜更かしなんだなって思ってたくらいで」
私は笑ってごまかしました。
下の階まで聞こえていたのは、私の部屋の音だったのです。
郵便受けには、前の住人宛てのダイレクトメールが、月に一、二通届きました。
宛名は、高村様、とありました。
私は、それを「宛先不明」と書いてポストに戻していました。
通信販売のカタログや、野球用品の店のセールの案内でした。
一度だけ、手書きの年賀状が混じっていたこともあります。
差出人の欄には、子どもの字で、名前が一つだけ書いてありました。
私はそれも、同じようにポストへ戻しました。
それでも、なぜか届き続けました。
その夜も、私はいつものように布団に入っていました。
翌日は仕事が休みで、少し夜更かしをしてから眠りました。
その週は残業が続いていて、布団に入るとすぐに意識が遠のいたのを覚えています。
窓の外では、遠くの線路を貨物列車が通る音がしていました。
深夜、ふいに胸がざわつくような感覚で、目が覚めました。
目覚ましが鳴ったわけではありません。
外が騒がしいわけでもありませんでした。
なぜ急に目が覚めたのだろう、と思いながら、天井の木目を眺めていました。
そのうちに、部屋の隅に何かがいる、という気がしました。
押入れの前です。
襖は、きちんと閉まっていました。
その閉じた襖の前の畳の上に、何かが小さくうずくまっていました。
目を凝らすと、そこに男の子が一人、体育座りをしていました。
押入れの前の体育座り
年は、七つか八つくらいに見えました。
痩せた膝を両腕で抱えて、うつむいたまま動きません。
半袖の体操服のような白いシャツを着ていました。
十月の夜にしては、ずいぶん寒そうな格好でした。
一瞬、近所の子が迷い込んだのかと思いました。
けれど、玄関には鍵とチェーンを掛けてあります。
窓も閉まっていました。
生きた子どもが、音も立てずに入ってこられる部屋ではありません。
男の子の輪郭は、はっきり見えているのに、どこか現実から少しだけ浮いていました。
暗い部屋の中で、その子のまわりだけが、ほんのりと青白く見えたのです。
ああ、これは生きている子ではない、と思いました。
不思議と、そう思ったとたんに、頭の芯が冷えていくのがわかりました。
押入れの三回の音は、この子だったのかもしれない。
そう思いました。
体はこわばっていました。
それでも、頭の片隅で、ネットの掲示板で読んだ話を思い出していました。
こういうときは、はっきり言いたいことを言ったほうがいい、と書いてあったはずです。
私は布団から半分体を起こして、声を張り上げました。
「おい、何してるんだ。人の家に勝手に入ってくるな」
男の子は、消えませんでした。
かといって、こちらに向かってくるわけでもありません。
ただ、うつむいたまま、そこに座っていました。
私は布団の端を握ったまま、じっとその子を見ていました。
壁の時計の秒針の音が、やけに大きく聞こえました。
男の子の吐く息は、白くありませんでした。
部屋の空気は冷えているのに、その子の口もとだけが、少しも曇らないのです。
どれくらいそうしていたのか、わかりません。
やがて、男の子が、うつむいたまま何かをぼそぼそとつぶやきはじめました。
声が小さすぎて、聞き取れません。
怖さと苛立ちを紛らわせるように、私は少し突っかかる口調で言いました。
「なんだよ。俺、何か恨まれるようなことしたか」
男の子は、ゆっくりと顔を上げました。
思っていたより、ずっと幼い顔でした。
「違うよ。起こしちゃってごめんなさい、って言ったんだよ、お兄ちゃん」
お兄ちゃん。
そう呼ばれましたが、その子の顔に見覚えはまったくありませんでした。
それでも、さっきまでただの怖いものにしか見えなかった存在が、急に、一人の子どもとしてそこにいる気がしました。
「とにかく、寝かせてくれ」
私は、できるだけ落ち着いた声で言いました。
「君がそこにいると、寒気がして目が覚めるんだ。悪いけど、出ていってくれないか」
男の子は、首を横に振りました。
時計を見ると、午前三時を回っていました。
どうせ眠れないなら、朝まで見張っていてやろう。
半ば腹をくくって、私は布団の上に座り直しました。
男の子は、それを見て、少しだけ安心したように膝を抱え直しました。
床屋の角を曲がった先
三時十分。
じっと見ているうちに、恐怖よりも好奇心のほうが勝ってきました。
「なんで、ここにいるんだ」
私が聞くと、男の子は少し考えてから答えました。
「僕ね、この近くに住んでたんだ」
「それで、なんで俺の部屋なの」
男の子は、その質問にだけは答えませんでした。
代わりに、別のことを聞いてきました。
「この近くのお家で、ミナセっていう名字、知らない?」
「知らないな。近所づきあい、ほとんどないんだ」
「そっか」
男の子は、少しがっかりしたように膝を抱え直しました。
「僕ね、クラスで一番、足が速かったんだよ」
そこから、男の子はぽつぽつと自分のことを話しはじめました。
運動会のリレーで、二年生なのにアンカーを任されたこと。
友だちと、新しいゲームを一緒にやる約束をしていたこと。
夏休みの前に、急に脚が痛くなって、遠くの大きな病院に入院したこと。
だんだん、思うように走れなくなっていったこと。
私は、半分は聞き流しながら、それでも要点だけは逃すまいと耳を傾けていました。
話しながら、男の子はときどき、押入れの襖を振り返りました。
何かを確かめるような目つきでした。
「そこに、何かあるのか」
私が聞くと、男の子は首をかしげました。
「前は、ここにグローブがあったんだけどな」
押入れの中には、私の冬物の服と、段ボール箱しか入っていません。
グローブなど、一度も見たことがありませんでした。
「退院したら、また一緒にキャッチボールしてくれる約束だったのに」
男の子が、ふとそんなことを言いました。
誰とだろう、と思いましたが、聞き返しませんでした。
やがて、男の子の声色が、少しだけ真剣なものに変わりました。
「僕ね、病院で絵日記を書いてたんだ。二年三組の絵日記」
「学校の宿題?」
「うん。でも、途中から、誰にも見せたくなくなって、病室に隠したの」
「どこに」
「ベッドの下の、壁のすき間。看護師さんが掃除しても、見つからないところ」
「ベッドの下の、壁のすき間。お兄ちゃんにだけ、特別に教えてあげる」
男の子は、少し照れくさそうに笑いました。
「それを見つけて、お父さんとお母さんに届けてほしいんだ」
「どうして、俺に頼むんだ」
「僕のことが見えて、ちゃんと話してくれた人、今までいなかったから」
そう言ってから、男の子は、もう一つ付け足しました。
「それとね、お家がどこだったか、もうよく思い出せないの。だから、お家も探して教えて」
「自分で探してくれよ」
思わず本音が出ました。
男の子は、首を振りました。
「だめだよ。最後に一回だけ、お父さんとお母さんの顔、見ておきたいんだ」
「また来るから。絶対だよ」
その言葉を合図にしたように、男の子の姿は、ふっとかき消えました。
押入れの襖が、内側から一度だけ、こつ、と鳴りました。
私はそのまま、朝まで一睡もできませんでした。
明るくなってから、恐る恐る押入れを開けてみました。
冬物の服も、段ボール箱も、いつもの場所にありました。
ただ、いちばん下の段の奥に、見覚えのない白いボールが一つ転がっていました。
縫い目の赤い糸がほつれかけた、古い軟式のボールでした。
二年三組の絵日記
頼まれたことは、三つありました。
二年三組の絵日記を見つけること。
男の子の家を探すこと。
見つけた絵日記を、両親に届けること。
まずは、手がかりになりそうな家から探すことにしました。
翌日の昼、私はアパートのまわりを歩き回り、表札を一軒ずつ確かめていきました。
ミナセという家は、驚くほど近くにありました。
アパートの二階の廊下から、その家の屋根の端が見えるほどの距離でした。
一年半も住んでいて、表札に目を留めたことは一度もありませんでした。
アパートの前の道を下って、床屋の角を曲がった先の、三軒目です。
庭先に、空気の抜けた子ども用のサッカーボールが一つ転がっていました。
インターホンを押すまで、十分ほどかかりました。
出てきたのは、四十代くらいの女性でした。
私は、ゆうべの出来事を、できるだけ丁寧に、正直に話しました。
当然、すぐには信じてもらえませんでした。
女性の顔は、話の途中から、固く閉じていきました。
それでも最後に、男の子が入院していた病院の名前と、亡くなった日付だけを教えてくれました。
病院は、電車で一時間ほどの市の中心にありました。
受付で事情を話すと、職員の方は最初、明らかに困った顔をしていました。
名前と日付を伝えると、当時の担当だったという看護師さんが下りてきてくれました。
「絵日記のことは、聞いたことがないですね」
看護師さんは、そう言って首を振りました。
それでも、せっかく来てくださったのだから、と、男の子がいた病室へ案内してくれました。
今は空き部屋で、ベッドだけが一台、壁際に寄せてありました。
私はベッドの下に腕を入れ、壁とのすき間を手探りで確かめていきました。
指先に、紙の角が触れました。
引き出すと、ほこりをかぶったノートが一冊出てきました。
表紙には、拙い字でこう書いてありました。
表紙の角は、何度も握られたように丸くなっていました。
「2ねん3くみ みなせ そうた」
看護師さんが、小さく息をのむ音が聞こえました。
二年三組の絵日記は、思っていたよりずっと薄いノートでした。
最初の数ページは、明るい色の絵と、元気な字で埋まっていました。
「このびょうきは、すぐなおるらしい。はやくたいいんして、キャッチボールしたい」
ページをめくるごとに、絵は少なくなり、字は細くなっていきました。
「ふとももがいたい。がまんしたら、なおるのかな」
後半には、ほとんど絵がありませんでした。
亡くなる一週間前の日付のページには、一行だけが書かれていました。
「いたい」
自分でも驚くほど、涙があふれていました。
あの夜、笑いながら話していた男の子が、こんな痛みを一人で抱えていたのかと思うと、ノートを持つ手が震えました。
看護師さんも、黙ってハンカチを目に当てていました。
太ももの骨にできた悪性の腫瘍だったと、あとで聞きました。
同じように、亡くなった家族が静かに訪ねてくる話を、義母と過ごした時間という題で読んだことがあります。
玄関先のキャッチボール
私は絵日記を抱えて、もう一度ミナセさんの家を訪ねました。
今度は、父親も一緒に出てきてくれました。
二人は玄関先でノートを開き、何度も何度も、ページをなでるようにめくっていました。
「こんなものが、病院に」
母親の声は、途中で途切れました。
父親は、黙って最後のページを指でなぞっていました。
母親の肩が、小さく何度も揺れていました。
私は、押入れで見つけた白いボールのことを話しました。
ボールを差し出すと、母親は両手でそれを受け取りました。
「あの子のです。ここに、名前が」
縫い目の脇に、油性ペンで小さく「そうた」と書いてありました。
最後まで読み終えると、二人は深く頭を下げてくれました。
帰り際、母親が、ふと思い出したように言いました。
「あの子、入院する前は、あなたのアパートの二階のお兄さんに、よく遊んでもらっていたんです」
「玄関先で、キャッチボールを」
「そのお兄さん、あの子が入院した春に引っ越していかれて」
私は、それ以上何も聞けませんでした。
高村という名前を口にしかけて、やめました。
その名前を言えば、二人の顔がまた固く閉じてしまう気がしたのです。
数の合わないものに気づいてしまう話を、積まれた石の数が合わないという題で読んだのを、帰り道に思い出していました。
それから一週間ほど経った夜、私はまた、あのざわつく感覚で目を覚ましました。
押入れの前に、男の子が体育座りをしていました。
「僕のお家、わかった?」
その夜の男の子は、前よりも少しだけ、輪郭が薄く見えました。
少し期待を込めた目で、男の子は私を見上げました。
「わかったよ。アパートの前の道を下って、床屋の角を曲がって、三軒目だ」
「お庭に、サッカーボールがあるところ?」
「そう。その家だ」
「絵日記も、ちゃんと届けたから」
「二年三組の絵日記、お母さん、泣きながら読んでたよ」
男の子は、真剣な顔で聞いていました。
話が終わると、ぱっと満面の笑みを浮かべました。
「ありがとう、タカムラのお兄ちゃん」
私は、訂正しませんでした。
次の瞬間、男の子の姿は、音もなく消えていました。
その夜を境に、押入れの音は、ぴたりと止みました。
郵便受けには、今も時々、高村さん宛ての封筒が届きます。