常連客
公開日: 心霊ちょっと良い話
学生時代、叔父が経営する小さな小料理屋(居酒屋)で手伝いをしていた。
常連客の中に、70代のMさんという真っ白な頭の爺様が居た。
ほぼ毎日、開店時間の16時から24時くらいまで居る超顧客。
現役時代は物書き系の仕事をしていたためか少し癖があり、他の常連客は挨拶程度のみにして一線を引いていた。
3年くらい前に奥さんが亡くなってから(子供は居ない)ほぼ毎日通ってくれているそうで、叔父も大切にしていた。
そんなMさんはいつも特等席のカウンター奥で、一人でチビチビ飲んでいた。
何となく少し可哀想で、俺は割と話し掛けていた。
仲良くなると意外と面白く、古くて興味深い話なども聞けるので、俺はいつの間にか自然とMさん担当みたいな役割になっていた。
※
そんなMさんがある日を境に、急に来なくなった。
叔父は気にしながらも、
「Mさんは携帯を持っていないし、自宅番号も知らんから連絡が取れない。
そう言えば、前にも急に来なくなったことあったなあ。
何だか隣に座った客が気に入らないとかが理由だったかな。
ちょっと変わった感じの人だから、ほとぼりが冷めたらまた来るだろ。
病気という話も聞いてないから、大丈夫だと思う」
と言っていた。
叔父からしても、他の客が居ない時間帯の話し相手なので、態度には出さないもののかなり気に掛けていたようだった。
※
ある日の開店直後、叔父に買い物を頼まれたので近所のスーパーへ。
戻って来た時に自転車を置いている最中、『お客さん居るかな』と思い、何気に店内をチラッと見てみた。
カウンター奥にMさんの姿があったので『ああ、久々だな』と思った。
しかし店内へ入ったら、叔父しか居なかった。
『あれ?』と思い、
「叔父さん、Mさん来てないの?」
と聞いてみた。
すると叔父は、
「は? まだ誰も来てないよ。何で?」
と真顔で言う。
今外から見えたということを話すと、叔父に、
「誰か通り過ぎた爺さんでも硝子に映って見えたんだろ~」
と言われた。
俺は『いや、確かにあれはMさんだった』と思ったが、その日はそのまま放置。
※
それから約二週間後の午後。
叔父から「すぐ店に来い」と突然の電話。
急いで行くと、開店準備中の店内には叔父と60歳くらいの女性が居た。
『誰だこの人?』と思ったら、その女性はMさんの妹さんだそうな。
時々、一人で暮らすMさんを心配して家に行くそうで、一ヶ月ほど前に家を訊ねた時にMさんが倒れていたとか。
そしてMさんはそのまま入院し、息を引き取ったと言う。
※
その後、妹さんが遺品整理をしていたら日記が出て来て、その中には店で飲んでいることばかり書かれていたらしい。
それで妹さんが店を探して電話を掛け、挨拶に来たということだった。
日記は少しだけ読ませていただいたが、叔父や俺や、数少ない仲の良い客と何を話して楽しかったとか、そんなことが書かれていた。
俺のことは結構書いてあったので、読んでいて涙が出た。
※
その日は流石に店は休んで、叔父と二人でチビチビと飲んでいた。
少し前に俺が見たMさんのことを、
「死ぬ前に来てたのかな」
などと話していた。
酔った叔父が、
「Mさんの特等席は半永久的に使うのやめるか!3年間、毎日通った皆勤賞だ!」
と言い出したので賛成した。
そして叔父は「予約席―RESERVED」のプレートを買って来て置き始めた。
事情を知っている常連客の人は、その席にリンゴを持って来たりしていた。
※
それ以降、叔父の店には偶に不思議なことが起こった。
叔父が大好きな演歌歌手や、大好きな元プロ野球選手が突然訪れた。
急に雑誌で『飲み屋だが飯が激ウマ』と紹介されたこともあり客足が増え、昼間の営業を再開することとなった(以前、昼営業をやっていた時期があったが、客入りが悪くてやめたのだ)。
※
最近、俺が客として久々に顔を出した時のこと。
若い子供連れの新しい常連客らしいご夫婦が居た。
まだ4歳くらいの娘さんがカウンターの奥を指差して突然、
「そこに頭の白いおじさんがいるよ!」
と言い出した。
母親が慌てて、
「すいません、この子、時々変なこと言うんです」
と苦笑いで謝っていたら、叔父が
「どんな人なの?」
と聞いた。
小さい子は、
「頭が白くてね、こっち見て笑ってるよ」
と言った。
叔父と俺は目を合わせた。俺は鳥肌が立ったが、怖くはなかった。
それで叔父が、
「頭が真っ白と言ったらMさんしかいないよな!今そこか、へへへ」
と言ったら、店内の薄暗くしてある電気がブワーッと明るくなり、またすぐに薄暗くなった。
叔父は嬉しいのか怖いのか分からなかったけど、ひたすら
「んへへ、へへっ」
とだけ笑っていた。
※
それから叔父は店の片隅に、店内で撮ったMさんの写真をさり気なく置いた。
そして開店前の時間になると手を合わせ、「今日もよろしく」と言っています。