人間の闇

eric-lacombe-08

新婚の頃、旦那のお祖母さんの妹の家に挨拶に行った。古い大きな家だった。

その時は玄関で挨拶して帰っただけだったが、テレビの音が凄いボリュームだったのが妙に印象に残った。

その時は、耳が遠いのだろうくらいにしか思わなかった。

それから十数年後、そのお祖母さんが行方不明になって大騒ぎになった。

その時、初めてその家の中に入って仰天。奥の暗い部屋に知的障害の男性がいた。

お祖母さんは無事に発見されたが、これはどういうことか姑に事情を聞いた。

その男性はお祖母さんの息子で、障害を持って生まれたが、当時の医者に10歳まで生きられないと言われたため、お祖母さんはその子を学校にも行かせず、ずっと部屋に閉じ込めて育てていたらしい。要は座敷牢。

でも家庭教師は雇って家で勉強させていたため、読み書きくらいはできるそうだ。

ところが、10歳になっても20歳になっても死なない。

ついに彼が60を過ぎて、80代の母親のほうが呆けてしまった、ということだった。

それからが大変だった。

呆けたお祖母さんと知的障害息子の二人暮らしの家はゴミ屋敷。

お祖母さんは徘徊しまくり、何度も警察に保護されるが、家に他人を入れるのを断固拒否。

ヘルパーを泥棒呼ばわりして追い出す。

姑の兄弟達で、誰が介護するかで大揉め。

最後に火事を出して、親子揃って強制的に老人施設収容となった。

座敷牢が今の時代にあるなんて思いもしなかった。

お祖母さんの兄弟なんて遠縁だし、旦那も詳しい事情を知らなかったそうだ。

もしお祖母さんに徘徊癖がなかったら、親子揃って孤独死は確実だったと思う。

知的障害の彼は小柄で大人しい人だった。

「はい」「ありがとう」「ごめんなさい」が口癖で素直な人だったが、歯が殆ど無かった。

歯医者には行ったことがなかったみたい。

それにしても、不自然なほど大人しいと思っていたら、なんと去勢されていた。

彼がまだ子供で性に目覚める前に、闇で医者にタマ抜きしてもらったそうだ。

万一、目を離した隙に家から抜け出して、人様に迷惑を掛けたら大変だからと、母親は誰にも相談せずにやったそうだ。

今ならそんなことは出来ないのだろうけど。

ちなみに彼は歌を歌うのが好きだったが、その歌声を隠すためにテレビを大音量にしていたことも後で知った。

施設入所後、お祖母さんはすぐに亡くなって、息子は今もその施設で暮らしている。

優しい職員さんと一緒に歌を歌えるのが嬉しくて大満足のようだ。

60年間幽閉されていた彼の人生だが、最後は幸せそうでほっとした。

関連記事

携帯電話

迷惑電話

ある日、知らない番号から電話が掛かってきて、おばさんの声で「鈴木さん?」と聞かれた。 でも自分は田中(仮名)なので、「いいえ違います」と答えたら「じゃあ誰?」と言われた。 …

台風の夜

私が友人と4人でキャンプに出かけた時のことです。 ちょうど台風が日本に近づいている時でしたが、日本上陸はしないと天気予報は報じていたので、キャンプを強行したのでした。 しか…

天国と地獄(フリー写真)

連れて行く

2年前、とある特別養護老人ホームで、介護職として働いていた時の話です。 そこの施設は、はっきり言って最悪でした。 何が最悪かと言うと、老人を人として扱わず、物のように扱う…

砂場(フリー写真)

サヨちゃん

俺は小学校に入るまで広島の田舎の方に住んでいた。 その時に知り合った『サヨちゃん』の話をしよう。 ※ 俺の母方の実家は見渡す限り畑ばかりのド田舎で、幼稚園も保育園も無い。 …

人形の夢

前月に学校を辞めたゼミの先輩が残して行った荷物がある、という話は久保から聞いた。 殆ど使われていない埃っぽい実験準備室の隅っこに置かれた更衣ロッカーの中。 汚れたつなぎや新…

盗んだ傘

心霊話じゃないけど…ある大学でずっと前に起きた話。 A君は大学の野球部のレギュラー投手でした。 体格は良く、身長は180cmを超える大柄な青年です。 テストの時期が迫…

廃屋

廃屋での恐怖体験

小4の時の話。 多分みんな経験があると思うけれど、小さい頃って廃屋があると聞いただけで冒険心が疼いて仕方ないと思うんだ。 俺自身もあの日は家からそう遠くない場所に、まだ探検…

四国の夜空

四国八十八箇所逆打ちの旅

四国八十八箇所を逆に回る「逆打ち」をやると死者が蘇る。 映画「死国」の影響で、逆打ちをそういう禁忌的なものと捉えている人も多いのではなかろうか? 観光化が進み、今はもう殆ど…

ネットカフェ(フリー写真)

ネットカフェの恐怖体験

ネットカフェを三日間連続で利用したことがあったんだけどさ、36時間以上は連続利用出来ないから一度追い出されるのね。 今までマッサージチェアやリクライニングチェアがある部屋しか使わ…

マネキン工場

幼い日、何てことなく通り過ぎた出来事。その記憶。 後になって当時の印象とはまた違う別の意味に気付き、ぞっとする。 そんなことがしばしばある。 例えば。 小学生の…