お下がり
公開日: 心霊体験 | 死ぬ程洒落にならない怖い話
俺の家は昔とても貧乏で、欲しい物なんか何一つ買ってもらえなかった。
着ている服は近所の子供のお下がりだったし、おやつは氷砂糖だけだった。
そんな俺でも、義務教育だけはちゃんと受けさせてもらっていた。
ただし勉強道具は全てお下がりだった。
生まれてからずっとお下がりばかりだったから別に何も不満は無かったんだけど、一つだけ嫌なことがあった。
それは、お下がりで貰った学習机だった。
その学習机はお下がりなのにまだ新品の光沢を保っていて、引き出しを開けると木材の芳しい香りが楽しめた。
俺はその学習机をえらく気に入って、暇な時間は柄にもなく机の上で本などを読んでみたりした。
※
学習机が来て一週間くらい経った頃、妙な体験をした。
いつものように椅子に腰掛けて机の上で本を読んでいると、右足にひんやりとしたものが触れた。
本を読んでいる最中だったので、足に触れたもののことなど気にしなかった。
足をひんやりとしたものに当たらないように少しずらす。
暫くすると、またひんやりしたものが足に触れた。
気持ち悪かったので、右足でひんやりとしたものを奥に蹴り込んだ。
すると、足の先にぐにゃっとした変な感触があった。
視線は机上の本にありながら、意識は机下の足先に集中した。
俺は右足をそっと動かしながら、そのぐにゃっとしたものの表面を確かめた。
ぐにゃっとしたものには凹凸があり、所々に穴が空いていた。
柔らかいかと思うと固い所もあったりして、何なのかさっぱり判らない。
足先は舐めるようにぐにゃっとしたもの表面に触れて行き、最後に上部に達した。
そこで細い糸のようなものが沢山ある感触を覚えた瞬間、自分の足が触れているものが何か判った。
俺はそっと体を曲げて机の下を覗いた。
そこには青白い男の子がいた。俺の足先は、男の子の頭に触れていたんだ。
俺はびっくりして椅子ごと背後に倒れた。
でも顔は常に机の下の男の子の方を向いていた。
男の子も微動だにせず俺を見ていた。
※
立ち上がることも出来ず、ハイハイ歩きで部屋を出た。
すぐにオヤジの所に行き、体験したことを泣きながら話した。
でもオヤジは全然信用してくれなかった。
もし信用してくれたとしても、家には新しい机を買うお金など無いので、買い換えることは出来ない。
結局、俺は小学校時代ずっとその机を使い続けた。
机で勉強していると、足にひんやりとしたものが触れることが度々あったけど、机下を覗かないようにした。
またあの男の子が居たら怖いからだ。
居るのは確実なんだけど、見ないことでやり過ごそうとしていた。
※
中学校に入って、それとなく母ちゃんに聞いてみた。
俺の使っている机は誰から貰って来たのかと。
すると母ちゃんは少し困ったような顔をしてから、
「あの机は、近所のワタルくんの家から貰って来たんだよ」
と教えてくれた。
ワタル君は俺と同い年で、幼稚園が一緒だった。
小学校に入学する数日前に、ワタルくんは川に落ちて死んだ。
頭が良かったワタルくんは、入学する前から勉強を始めていたらしい。
俺が使っている机で勉強しながら、これから始まる学園生活にワクワクしていたんじゃないだろうか。
事情を知った俺は、机下に居るワタルくんのことを怖がらなくなった。
ワタルくんの分まで勉強しようと思った。
それからもワタルくんは、俺の足に触れることがあった。
俺はワタルくんが足に触れる時は、「勉強頑張れ」と励ましてくれていると考えた。
ワタルくんの励ましが支えになって、俺は結構勉強が出来るようになった。
※
入学して暫く経った頃、中学校で野球が流行った。
俺も参加したかったんだけど、バットやグローブを買うお金が無くて困った。
俺はいつものようにオヤジを頼った。
するとオヤジは、
「ちょっと待ってろ」
と言った。
数ヵ月後、オヤジはバットとグローブを俺にくれた。
またしてもお下がりだったけど、気にしなかった。これで野球が出来る。
俺は野球のメンバーに混ぜてもらい、思う存分楽しんだ。
※
だけどある日、友達の一人が俺のグローブを見て言った。
「それ、ヨシロウのグローブじゃねぇか」
ヨシロウというのは、中学で野球部に所属していた同級生だ。
野球の才能があって、中一の頃からレギュラー入りを果たしていた。
だけどヨシロウはつい最近、死んだのだ。
帰宅途中に川に落ちて、溺れてしまったらしい。
自分が使っていたグローブがヨシロウの物だったことを知り、俺は思った。
ヨシロウの分まで野球を楽しんでやろうと。
その時、ふと思った。
ヨシロウとワタルくんって、何か似てるなあ…と。
二人はどちらも若くして亡くなっており、死因も死んだ場所も同じだ。
そして二人の形見を俺が貰っている。
こんな偶然があるのだろうか?
※
数ヵ月後、再び俺はオヤジに頼み事をした。今度はテレビゲームが欲しいと。
するとオヤジは、いつものように
「ちょっと待ってろ」
と言った。
二週間後、オヤジはテレビゲームをくれた。
またしてもお下がりだった。
オヤジからテレビゲームを貰う少し前に、新聞に載っていた記事を思い出した。
近くの川で、近所の中学生が溺れて死んだらしい。
体全体に寒気が走った。
※
その日の夜、いつものように自室で勉強をしていると、足先に何かが触れた。
何年もの間、その何かを、死んだワタルくんが俺を励ましているものだと思っていた。
本当は違ったんだ。その何かは、親父の所業について必死に訴えかけていたのだ。
俺は今も、机下を覗くことが出来ないでいる。