トンネルの少女
公開日: 心霊体験
二十数年生きて来て、心霊現象なんて体験したことはなかった。
怖い話は好きだけど、そんなの実際には有り得ないと否定的だった。
今は、肯定する気もないけど否定もできない。
※
親戚の家に行く時に通る山道にトンネルがある。
いつもは車で行くし、その日も車で行った。でさ、そのトンネル、色んな噂があるんだよ。
色んなと言ってもまあ、首なしライダーとかパタパタさんなどの都市伝説系。
口裂け女が流行ったのと同時期に、誰かが流した噂なんだろうね。
そんなくだらない噂でも、やっぱり聞いた後で丑三つ時に通るのは怖いけど。
それでもその日は夜ではなかったから、怖い思いもせず平気でトンネルを通過しようとしたんだ。
そしたらさ、トンネルの入り口に猫が居るの。普通のノラ猫。
あのさ、猫、大好きなの俺。
『写メ撮らなきゃ!』と端っこに車を停車させて降りた。やめときゃ良かった……。
携帯カメラを猫に向けて写メろうとするんだけど、近付くと逃げて行く。当然トンネルの中へ。
ダーッと走るのではなく、トットットと走る。それでこちらを振り向いてまた停止。
まあ、微妙な距離の取り方も猫ならよくあることだ。
その様が可愛いから、カメラを向けながら俺もまた追う訳よ。タッタッタって。
「トットット」
「タッタッタ」
「トトトトト」
「タタタタタ」
「タッタッタ」
『あれ…? 足音、一つ多くないか…?』と思ったのと同時に、携帯の液晶に不審なものが映った。
映ったと言っても目の前の光景ではなく、トンネル内は暗いからさ、液晶に反射して俺の背後が映り込んだ。
すると居たんだよ。女の子が。
心拍数が跳ね上がったけど、気付かない振りをして、
「にゃんこたんにゃんこたん待てよー(笑)。にゃんにゃんにゃん」
などと言いながら猫を追った。
女の子もずっと猫と俺を追って来ていた、と思う。
あの時ほど、トンネルがこんなに長いなんて思ったことはない。
※
それで辿り着いた出口。良かった、何事もなかった。さて、車はトンネルの向こう側な訳だがどうしよう。
もうトンネルなんて通りたくない。ここからは歩けない距離でもないし、ひとまず歩いて親戚の家へ行こう。
それで奴の車で一緒に俺の車を取りに来ようなんて、もうすっかり安心していた。
だからトンネルを出ただけで安心しちゃったんだろうな。
歩き出した俺は、十数メートル先を見てまた心拍数が上がった。
居たよ……。道の端っこ。行動範囲トンネルだけじゃないのかよ……。
今度は姿形も視認できる。多少ボヤけていたけど、小学校高学年くらいの女の子だった。
躊躇したけど行くも戻るも地獄なら、行くしかなかろう。腹を決めて歩き出した。
まあ、開けた道路よりトンネルで遭遇した方が怖いから、なるべく心臓に優しい方を選んだだけなんだけど。
と言うか、あの時は怖過ぎるから考えないようにしていたけど、どう見ても俺を追って来ているよね。
反対車線側を歩きつつも、少しずつ距離が縮まって行き、とうとうそれを横切るぞという時。
好奇心に負けてチラ見しちゃったんだ。そしたら女の子さ、頭を怪我していた。顔半分とコメカミ付近。
少なくとも見た目だけは酷い傷ではなかったから、何とか心臓は持ち堪えた。
『交通事故かな、可哀想だな』と思ってさ。その子がすごく可哀想で泣きたくなって……俺は馬鹿だった。
にわかに父性なんか出してしまって、その子に近付いて行ったんだ。
それでその子の前でしゃがんで、可哀想にと泣いた。聖人を気取っていた。本当に馬鹿だった。
その子は何かよく分からない形相になって、俺の顔に自分の顔を近付けて、
「う゛ぉぁあ゛あぁあーーー」
その時、直感的に気付いた。あ、ダメだ。理屈が通じない。やばい、と。
感情も読み取れないんだ。と言うか無いんだ、多分。最初から近付いちゃいけないものだったんだ。
後はもう振り向かずに親戚の家まで必死に走って逃げた。
※
もうトンネルには怖くて二度と近付きたくないから、帰りは遠回りで別の道で送ってもらった。
車は父ちゃんに取りに行ってもらった。
今でもトンネルの側に放置していた車に乗るのが少し怖い。