看護婦寮

004

これはまだ私が日本に居た時の話なので、10年くらい前のことです。もう既にその寮は取り壊されているし、かなりの年月も経っているので文章にしてみました。

未だに当時の細部まではっきりと憶えています。私の人生の中でこのような体験はこの1回のみです。もう経験したくはありません。当時23歳。

当時、私はフリーターでお金がなくなるまで遊んで、金欠になるとアルバイトしてという生活をしてました。

しかしある時、世間では入学、入社シーズン。このままこんな生活してていいものかと思い、正社員として安定した収入を求めました。

運良く知り合いに食品会社の社長を紹介してもらい、待遇も良かったし、コネで入社することが決まりました。早速来月から働いてくれとのこと。

しかし、今住んでるアパートから車では環七の朝の大渋滞で通勤不可能。

電車はあまり好きではなかったので会社の近くでアパートを借りることにしたんです。しかし、良い物件が見当たらない。

それは会社が都心の割といい場所にあるためで汚いアパートでも、家賃9万。そんなに払えませんでした。

就職先の会社の社長とたまたま会話する機会があって、その時、通勤時間のことやアパートのことを相談したんです。

そしたら社長が「職場の近くにあるうちの工場の拡大予定地に、古い元看護婦寮があるから取り壊しまでの4ヶ月は住んでていいよ。いま1階は倉庫代わりに使っているけど、2階は人が住めるから。電気と水道は通ってるからどうにかなるだろう」と。

無料で更に車も停められるということで喜んでそこに決めました。なによりいくら騒いでもそこに住んでるのは私1人。苦情を言う人がいない。友達を呼んで宴会ができる。

そして早速次の日にそこへ行ってみました。広い敷地内にひっそりとある外見は古い寂れた施設といった感じ。壁に広がるヒビが時代を感じさせる。

これでは看護婦さんも住みたくはないだろう。などと考えつつ中に入ってみると中身は結構きれい。

しかし埃が溜まっていて、会社が倉庫として使っているわけでなく、ただの物置として使っているのが判る。

きっと、ここは寮として使われる前は公共の施設であったのではなかろうかといった作りでした。

ガスが来てないから風呂には入れない、キッチンは各部屋に小さいのがついてるから食堂などは掃除の必要なし、などと考えながら、早速2階に上がり部屋の確認。部屋数は25。

廊下と各部屋の内装はどこも綺麗。私は正面道路側の角部屋に決めました。

それは日当たりが良く、畳と壁が新しい物だったからです。その日は自分が決めた部屋と2階の廊下、階段を掃除して帰りました。

私が住んでいるアパートはまだ契約期間内でしたが、すぐにでも引っ越したいと思い、暇な友人2人組みに連絡を取り、明日の引越しを手伝ってくれるという約束を取り、布団に入りました。

しかし一睡もできませんでした。

それは一晩中いままでに経験のない耳鳴りと頭痛に悩まされていたからです。そして翌日、約束の時間になっても友人は現れませんでした。

約束の時間から1時間ほど過ぎたころ電話があり、それは友人からでした。病院からでした。

話を聞けば、昨日深夜、今日ここに来るもう1人と車で移動中に気分が悪くなり運転に集中できなくなり、壁に衝突したとのことでした。

怪我はたいしたことはなかったらしいのですが、引越しを手伝ってもらえなくなったことで動揺して、初めの異変に気付きませんでした。

家具と言っても大きな物はベッドとタンスのみだったので、全て分解して一人で車に乗せ、私の車はワゴンでしたが、4往復でなんとか自力で家具などを運び終えた時には、既に夕方5時でした。

それから荷物を自分の部屋に運び入れ家具などを組み立てて、とりあえず引越しが完了した時には、昨日寝ていなかったため既に体力の限界に達していました。

食事も取らずに倒れるように横になり深い眠りに入りました。それから何時間経過したころでしょうか。

深夜、苦しくて息が出来ない。何か重い物が体の上に乗っているような感覚。だるくて体も動かない。きっと疲れているからに違いない。

引越しで精神的にも肉体的にも疲れているのだと考え、また深い眠りに入りました。

そして朝を迎え、胸に痛みがまだ残っているのは、家具が重かったための筋肉痛だと考えることにしました。

その晩、友人宅で夕食とシャワーを済ませて、深夜に寮に着きました。しかしあのなんとも表現しにくい不気味さ。

正面玄関の厚いガラスの引き戸の奥に別世界が広がっているような。そのガラスに映った自分はその世界に閉じ込められてるようだった。

しかし、2階には自分の部屋があるし外にいても仕方ないので、突き進み階段を登って自分の部屋の正面へ。

なぜか怖くて自分の部屋のドアを開けることが出来ない。普通なら何もない廊下に一人で立っている方が怖いと感じるのでは。

結局、部屋に入っても何も起こらなかった。明日からは玄関や廊下は電気をつけっぱなしにしておこうと考えながら寝ました。

しばらくして、また昨日と同じように胸を何かに押されている感覚で目が覚めました。

それも規則的に胸の上方、下方と交互に。しかも昨日と違うのは、どこからか低いうめき声のようなものが聞こえる。

目を開いてなくても確実に誰かが部屋の中にいるのが判る。怖くて目は開くことはできない。既に金縛りで体を横にすることもできない。

ただ、耳から聞こえる音と方向、胸から伝わる何かの重さだけで答えが出た。

音は明らかに人の声。それも二人。一人は、お経を読んでる。もう一人は、はっきり聞き取れない独り言。

胸に掛かる重さは声の方向と移動でその二人が並んで交互に、上下移動しながら私にしかも正座で乗りかかっているというものです。

この結論に達したと同時にますます重くなってきて、思わず目を開いてしまいました。

そこにいた者は胸の上で横に正座をしている髪の長い女性でした。そして天井方向に移動して浮いている老婆でした。

私が目を開けたのに気付いてか、その二人が私を睨み付けます。

そのあまりの形相に二度と目を開けるまいと。そしてその重さに耐えるしかありませんでした。

二人が居なくなったと同時に私も疲れて寝てしまいました。気絶と言った方が正しいでしょうか。

次の朝、私は昨晩のことなど無かったかのように普通に目覚めました。しかし胸に痛みが残っていてシャツを捲って確認すると、そこには横に4本のアザが残っていました。

それを見て、すぐに現実に戻されました。財布と車のカギと上着だけを持って何も考えずに外に飛び出しました。

私の友人関係の中にはこのような体験をしたことのある人はいなかったので、相談できる人はいなかったし、そのまえに本当に現実なのか?

昔からの友人が集まってくれて、興味本位からなのだが、みんなで私の部屋にその夜は泊まる事になりました。私を入れて8人でした。

みんなで酒飲んで怪談話して、気が付いたらいつの間にかに私は寝ていて朝になっていました。みんなは3時ごろに寝たそうです。

彼らにも何も起こりませんでした。ここに一人で残っていても怖いので私もみんなと一緒に出ました。

夜まである友人と二人であの夜のことを話し合い、私が疲れていて夜に苦しくなり、想像が錯覚を見せたと結論がでました。

そして今夜、一緒に部屋に泊まってくれることになりました。部屋で酒を飲み、そのうち二人とも寝てしまいました。

深夜に息苦しさで目覚めました。あの夜と一緒でした。すぐに隣に寝ている友人を起こそうと思ったが既に遅く、体が動かない。

また声が聞こえ、すぐに私の胸に乗ってきたのが分かりました。

しかし、今夜は少し違いました。一人でした。声で髪の長い女性の方と分かりました。隣に友人が寝ているし前回ほどの恐怖はありませんでした。

私は目を開け、私を睨みつけてる女性を睨み返していました。ふと隣に寝ている友人を見てみると老婆が彼の上で上下に移動しています。友人は目は閉じていたけれど、顔は恐怖で引きつっていました。

朝、友人に起こされてすぐにここを出ようと真っ青な顔で言われたが、しかし、なぜここだけ壁紙と畳が新しいのか疑問であったため、部屋を見回してみました。

友人は一人で廊下に出るのも怖いらしかった。まず、畳の上に家具を載せた形跡がない。この部屋は角部屋で日当たりもよく空き部屋になるはずもない。

移転が行われるのに畳を新しい物に取り替えるか。このとき私は軽いノイローゼになってたのかもしれない。すぐに友人に手伝ってもらって家具を廊下に出して、畳をすべて剥がしました。

コンクリートの床は綺麗でした。しかし中心だけが円形に拭かれていました。明らかに人の手によってそこだけが。

その拭かれている中心には、よく見ると黒い何かがそこにあったことが窺えました。それはきっと血液でしょう。

すぐにそこを飛び出し、もう二度とそこに戻ることはありませんでした。

その後、引越し業者にカギを渡して荷物だけは運び出してもらいました。後味が悪く就職も断りました。

決して、その敷地に入ることはありませんでした。そこで昔になにがあったかなんて、知りたくもないし、興味もないです。

私にとってやっとこの事件が過去のことになったと感じたので書かせていただきました。

関連記事

差し込む光(フリー写真)

井戸の女性

伯父に聞いた戦時中の話です。実家は長崎にあるのですが、伯父は原爆が投下された時には少し離れた市の親戚の家に居たので無事でした。戦争が終わり、暫くして実家に戻ると、家の裏…

学校の校門(フリーイラスト)

校門を閉じる習慣

私の通っていた高校には、17時のサイレンが鳴ると共に、用務員の人が急いで校門を閉める習慣がありました。まだ下校のチャイムすら鳴っていないのに正門を閉めるのです。生徒はい…

逆拍手

1999年当時のニュース柳原尋美さん、緊張性気胸による急性心不全ため死去。車の下敷きに。23日にデビューを控えていた女性3人組新ユニット『カントリー娘。』のメンバー、柳…

車のテールランプ(フリー写真)

白装束の女性

初めて変な経験をしたのが5歳の頃。もう30年以上前の話をしてみる。父親は離婚のため居らず、六畳一間のアパートに母親と二人暮らしだった。風呂が無く、毎晩近所の銭湯に行って…

山遊び

子供の頃の話。大して遊べる施設がない田舎町だったので、遊ぶと言えば誰かの家でゲームをするか、山や集落を歩いて探検するかの2択くらいしかする事がなかった。小学校が休みの日…

白金にまつわる話

知る人ぞ知る港区の白金トンネル。幽霊が出るという有名な場所だ。この間、叔父さんから聞いた話。都内で小さな商店を持ってる叔父さんは、その夜店も終わり、仕事関係の人に持って…

ファミレスのバイト

ファミレスでの俺のシフトは、普段は週3日で17時~22時と日曜の昼間。肝試し帰りの客の一人が、憑いて来た霊らしきものを勝手に店に置いて行った後での出来事。 ※ マネージャー…

肝試し

高2の夏休み。霊の存在を否定していた友達が、出ると評判の廃屋に1晩1人で泊まることに。昼間、下見をしてあまりにも汚いので寝袋を用意。晩飯の後、廃屋の前で別れたのがそいつを見た最…

太平洋戦争

大東亜トンネル

これは自分が大学生だった時の話だ。当時やんちゃだった自分は、よく心霊スポットに出かけていた。ある日、遊び仲間の友達が「すぐ近くに幽霊トンネルがあるらしい」と教えてくれた…

石段

黒い鳥居

これからするお話は、今から20年以上前、僕が中学生の時の話です。当時の僕は悪い先輩達と付き合いがあり、暴走やタバコ、シンナー等、不良っぽい事をして意気がる田舎ヤンキーでした。 …