観音開きの蓋

エレベーター

私がまだ小さかった頃に体験した話です

好奇心旺盛だった私はよく馬鹿な事をして怪我をし、親に心配をかけるようなそそっかしい子供でした。

その当時、私と家族は10階建ての団地の8階に住んでいたのですが、その団地はいわゆる曰く付きの団地でした。

私の住んでいる県はど田舎で、あまり高層ビルなどはなく、10階建ての団地ですら最高峰と言っても過言ではないので、その団地が飛び降り自殺の名所になるのも当然と言えば当然でした。

更に霊が出るという噂もあり、県営団地なのに空室が沢山あるような…とにかく寂れた古い団地でした。

当時は遊びに行く時など、下の階に降りる際はエレベーターを使っていました。

身長的に上の階のボタンにはまだ手が届かないので、帰る時は階段を使わないと自分の住む8階には帰れないといった状態でした。

しかしエレベーターホールの隅にあった階段は昼ですら薄暗く、ドアも鉄製の重く閉塞感のあるドアで、更に階段で幽霊を見たという噂が絶えないため、大人ですらあまり使いたがらないほど不気味な階段でした。

まだ小さかった私がどれ程の恐怖を階段に抱いていたかは想像に容易いと思います。

なので階段を使う時は猛ダッシュで8階まで駆け抜け上がり、恐怖心を紛らわせていました。

たまに遊びに夢中になって帰るのが遅くなってしまい、すっかり暗くなった階段を昇るはめになった時には、半泣き状態で母親の名前を呼びながら8階まで駆け上ったのを覚えています。

そのうち知恵を付けた私は、上の階のボタンを木の棒などで押し、一人でエレベーターを使い昇り降りができるようになりました。

それまで階段が怖いという理由から、必ず夕方のまだ明るい時間に帰っていた私でしたが、エレベーターを自由に使いこなせるようになってからはついつい暗くなるまで遊んでしまい、よく親に叱られていました。

そのエレベーターはとても古く汚れていましたが、特にこれといった特徴もない普通のエレベーターでした。

敢えて言うのなら、入って正面の壁の下の方に、ドアと呼ぶには小さな観音開きの蓋がありました。

その蓋には普段鍵が掛かっていて開けることは出来ませんでした。

しかし団地の住人が亡くなった時など、そのままでは棺がエレベーターに入り切らないため、その蓋を開け一時的に奥行きを広くして無理やり棺桶をエレベーターに入れていました。言わば棺桶専用の空間に通ずる蓋でした。

まあ、その蓋がなぜ存在しているかなど当時の私が知っている訳もないので、特に気にしたこともありませんでした。

ある日、私は家から少し離れた公園で時間を忘れて遊んでいました。気が付くと既に日は落ち、急いで帰る頃にはすっかり暗くなっていました。

親にする言い訳などを考えながらエレベーターホールに飛び込みボタンを押すと、暫くしてエレベーターが降りてきました。早速乗り込み棒で8階を押し、ドアを閉めます。

ゆっくりとエレベーターが昇って行くと共に、「ゴウン…ゴウン…」という単調なリズムで機械の鈍い音が室内に響きます。

その時、微かにですが「ガサッ…ザザザ…」と、後ろの壁から機械の音とは違う不規則な、例えるなら甲殻類が蠢いているような…何とも不思議な音が聞こえました。

何だろうと思い振り返ってみると、例の蓋に1センチあるかないかぐらいの隙間が空いていました。今思えば、恐らく棺桶を運んだ後で管理人が鍵を掛け忘れたのだろうと思います。

その蓋の意味を知っていれば気味悪がって何も聞かなかった事にすると思うのですが、当時の私はエレベーター内は聖域だと思っている節があり恐怖心など微塵もなかったので、即座にその隙間に棒を差し込みテコの原理でこじ開けました。

蓋は簡単に開きましたが、中を覗いて見ても何もない空間がただぽっかりと口を開けているだけで、目新しい物はありませんでした。

ちょうどその時エレベーターが停まったので、8階に着いたと思い振り返りました。

そこで私は見てしまいました。

ドアが開くと視界に入ってきたもの…。

それは、薄暗いエレベーターホールの真ん中に立つ人。

いや、明らかに人間ではありませんでした。

人の形をした灰色の物体が中腰姿勢になり、上半身を揺らしながらゆらゆらと立っていました。

姿ははっきりと見えているはずなのに、服を着ているのかも、どんな顔をしているのかも分からない、なぜか中心がぼやけていて、そこに光が吸い込まれているように見えました。

私は呼吸するのも忘れ、この謎の物体を見つめることしか出来ませんでした。

どれだけの間眺めていたのか…。気が付くと私は、自分の家の布団の上に横たわっていました。

周りには母と知らないお婆さんが隣に座っていました。

一瞬自分に何が起きたのか解りませんでしたが、母は私が目を覚ましたと父を大声で呼び、父は私に駆け寄って来て強く抱き締めてくれました。

その瞬間、私はエレベーターで見た恐ろしい光景を思い出し、家族にしがみつきながら大泣きしました。

どうやらあの後、エレベーターの中で倒れていた私を発見した他の階の住人が家まで届けてくれたらしいのですが、意識はあるものの何を話しかけても反応が無く、心配になった両親は念のため病院に連れて行きました。

しかし原因が判らず、取り敢えず点滴を打ってもらい一旦帰宅。

それから2日が経っていたらしいのですが、私はその間殆ど寝たきりで、何を話しかけても虚ろな表情でろくな返事をしない状態が続いていたそうです。

私の住む県には、あくまで俗習ですが、そういう心神喪失状態のことを方言で『魂が落ちた』と表現します。

これは事故に遭ったり子供が驚いたりすると落ちると言われています。

落ちた魂は、『魂込め』と呼ばれる儀式で戻さないといけないとされています。

その儀式はこの県特有の霊能力者(イタコのようなもの)にお願いして行うのですが、父の知り合いの霊能力者にお願いして魂込めを行ったところ、私は正気に戻ったらしいです。

その後、霊能力者のお婆さんに見たものについて話し、後日、うちの家系の総本山のような家に行って御祓いもしてもらいました。

そのお婆さん曰く、この団地には悪い気が集まっていて、悪霊なども引き寄せやすいらしい。

そしてあのエレベーターの例の蓋だが、この団地で死んだ人の霊がこの悪い気に捕まり、成仏できずにあの空間に集まっていた…というような話をしていたと思います。

蓋を開けて中に頭を突っ込んだりしたものだから、魂の力がまだ弱い子供などは簡単に魂を引っ張られて落としてしまうらしいです。

両親もこの件で相当この団地に嫌気が差したようで、その後すぐ遠い場所のアパートに引っ越すことになりました。

それ以降、変なものを見たりしたことはありません。

私はもう社会人になったし、小さい頃の記憶なので大分薄れかけてきてはいるのですが、今でもエレベーターなどには怖くて一人で乗れません。

皆様も小さい観音開きの蓋が付いたエレベーターにはご注意を!

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