
夏の時期に体験した、不思議で、どこか気味の悪い出来事です。
それは今から3年前、私が21歳だった頃の夏。ちょうど8月の二週目のことでした。
大学に通うために上京していた私は、夏休みを利用して地元の実家に帰省していました。
地元は田んぼが延々と続く、コンビニすら満足に無いような、のどかで静かな田舎町です。
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何日か経ったある日、近所を散歩していた私は、偶然にも幼馴染に再会しました。
特に予定もなかったため、ふたりで飲みに行くことにしました。
目指したのは、川沿いにぽつんと一軒だけある小さな飲み屋。家から自転車で30分ほどの距離にあります。
帰り道は、飲酒していたため、自転車を押して歩いて帰ることに。
夜の田んぼ道を並んで歩いていた時、幼馴染がふと「水神様に寄ってみたい」と言い出しました。
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「水神様」とは、水の神を祀る小さな神社のこと。
田園の中にぽつんとある、森のように木々が茂った場所で、入り口には古びた鳥居が立っています。
この神社には、子どもの頃から「遊びに行ってはいけない」という暗黙のルールがありました。
私はそれを守っていましたが、中学生の頃には友人と何度か忍び込んだこともあります。
神社の敷地は、学校の25メートルプールほどの広さ。石畳の参道が祠へと続き、鬱蒼とした木々が空を覆い隠しています。
手入れはされておらず、草をかき分けながら進まなければ祠までは辿り着けません。
その奥には、湧き水が流れる美しい用水路があり、蛍の季節には幻想的な光景が広がる場所でもありました。
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私は夜の神社に足を踏み入れることに少し抵抗を感じていましたが、幼馴染が「一度は見てみたい」と強く言うので、渋々ついていくことに。
携帯の明かりを頼りに鳥居をくぐり、草を払いながら奥へと進みます。
やがて祠に辿り着きましたが、そこに特別な何かがあったわけではなく、「帰ろう」と声をかけました。
けれども、幼馴染はさらに奥の湧き水を見たいと言い、先へと進んでいきました。
私も後を追い、木々の間を抜けた瞬間、異様な感覚に襲われました。
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空は紺とも紫ともつかない、不気味な色をしていました。
さっきまで月のない真っ暗な空だったはずなのに、台風の時のように雲が猛スピードで流れている。
田んぼも、整然と区画されたはずのものが、昔のように曲がりくねった形になっていたのです。
遠くからは、「ぼわーん、ぼわわーん」といった銅鑼のような音と、「カーン、カーン、カーン」という規則的な金属音が絶えず響いてきます。
私は本能的に「ここに居てはいけない」と感じ、幼馴染に帰ろうと呼びかけました。
しかし彼はその奇妙な風景に見入って、身動き一つしません。
その時でした。祠のほうから、何者かがこちらへ近づいてくる気配がしたのです。
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ガサガサと草を踏み分ける音に固唾を飲んでいると、現れたのは小柄な老人でした。
身長は150cmにも満たないほどの、神主のような装束を着た男性。
ただ、その服装は一般的なものとは異なり、袖がオレンジ、襟が緑など、妙にカラフルなものでした。
その老人は私たちを見るなり、地元の訛りで叫びました。
「こっちゃに来い!」
怒られるのかと思いながら、私たちは祠の前まで移動しました。
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驚いたことに、さっきまで雑草だらけだった祠の前が、見違えるほど綺麗に整えられていたのです。
草一本生えていないその光景に目を奪われていると、老人が話しかけてきました。
「若ぇ氏ら、どっから来ただ? こん時期ば水神様に来ちゃあいかんでねが。せば、どこん倅だ?」
私は地元の屋号を名乗ると、老人は頷き、
「だけぇ、こったらとこば来ちゃいかん。若ぇ氏は来る場所でねぇで」
と繰り返しました。
私は、
「でもさっきまでここ、草だらけだったんすけど…」
と尋ねると、老人の表情が曇り、
「おめぇら本当になんも知らねぇで、こったらとこ来ちゃいかんで。誰にも言うちゃいかんぞ!誰にも言うちゃいかん!」
と、繰り返し念を押してきました。
※
「…いいか? ここがどんな場所か聞いてねぇのか?」
「誰にも言うな」との言葉に私は戸惑いつつも、幼い頃から「行ってはいけない」とだけ言われていたことを話しました。
「どこば場所か知らでか!?…もう帰れ。絶対に来ちゃいかん!祭りば時も、いかん!」
と老人は激昂し、最後には何かのお経のようなものを唱え始めました。
次の瞬間、私たちは神社の鳥居の前に立っていました。
さっきの異様な空や音はすでに消えていて、夜の闇が戻っていました。
※
それから3年後の春。大きな地震が起きた後、実家の様子が気になり、バイクで帰省しました。
家族は無事でしたが、生活インフラが止まっていたため、川へ水を汲みに行くことに。
そこに偶然、例の幼馴染もいて、あの神社の話を懐かしく語っていました。
その会話を近くで聞いていた近所の老人が、突然、
「おまえら、水神様に行ったのか!?」
と声を荒げました。
そして、こう言ったのです。
「あそこはな、子供が神隠しにあう場所なんだ。もう5人は消えた。河童がいるんだよ。だから誰も近づかんのだ」
さらにこうも教えてくれました。
「5年に一度、あの神社の除草作業をしてんだ。ワシら年寄り連中だけでな。若いもんは、絶対に入っちゃいかん」
※
そういえば、あの時の神主のような老人は、いつ除草をしていたのだろう。
そもそも、あんな人物は地元で見かけたこともなかった。
もしかしたら、あの夜、私たちは「水神様の領域」に足を踏み入れてしまったのではないか。
そう思うと、今でもあの祠の奥に足を向けることはできません。
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