本当に生きてる子どもなの?

引っ越しの挨拶に行ったとき、管理人さんは私の名前を訊かなかった。

ふつう、訊く。

部屋番号だけ確かめて、「三号棟の四〇二ね」と言って、それで終わりだった。

そのときは、無愛想な人だと思っただけだった。

十二年前の春の話だ。

私は離婚して、勤め先に近い古い団地に移った。

県が昭和四十年代に建てたもので、五階建てが六棟。エレベーターはない。

四〇二号室は、南向きで日当たりがよかった。

家賃が相場よりだいぶ安いのが、少し引っかかった。

不動産屋は「築年数ですよ」と言った。

そういうものかと思った。

当時はまだ、部屋ごとに固定電話の番号がついていた時代の名残があった。

前の入居者が使っていた番号を、そのまま引き継ぐ形になった。

手続きの書類に、前の人の名前が薄く残っていた。

「小久保」と読めた。

団地の暮らしは、思っていたよりも静かだった。

四〇二の左隣は空き部屋で、右隣は耳の遠い老人が一人で住んでいた。

階下の家族は共働きで、朝と夜しか音がしない。

私は毎朝六時に起きて、五階まで洗濯物を干しに上がった。

屋上は施錠されていたが、五階の廊下の端に物干し場があった。

そこからは、埋め立てた土地特有の、平らすぎる景色が見えた。

畑でも田でもない、ただ平らな草地。

三号棟の裏にだけ、その草地が残っていた。

草刈りは年に二度あるのに、そこだけは刈られていなかった。

「あそこは市の土地じゃけん」と、右隣の老人は言った。

「市の土地なら、余計に刈るんじゃないですか」

「刈らんのよ」

老人はそれ以上、何も言わなかった。

私はそのとき、この人はほとんど耳が聞こえないはずなのに、なぜ質問に答えられたのだろうと、少しだけ思った。

台所の壁に、木の電話台が作りつけてあった。

私はそこに、実家から持ってきた黒い電話機を置いた。

最初の一年は、何もなかった。

異変というほどのものではない。

ただ、六月のある平日の午後に、電話が鳴った。

私はその日、休みを取っていた。

受話器を取ると、子どもの声がした。

「ママ?」

それだけだった。

男の子か女の子かわからない、高い声だった。

「違いますよ」と言うと、切れた。

留守番をしていて寂しくなった子が、番号を押し間違えたのだろうと思った。

実際、そういうことはある。

その日はそれで終わった。

翌年の六月にも、鳴った。

同じ時間帯だった。

「ママ?」

同じ声だった。

私は「違いますよ」と答えた。

切れた。

その年、私は電話台の埃を拭いていて、妙なことに気づいた。

受話器のコードが、いつも同じ形にねじれている。

私は右利きで、受話器は右手で取る。

ねじれの向きは、その逆だった。

直しても、しばらくすると戻っている。

気味が悪いというより、不思議だった。

その年、もうひとつ気づいたことがある。

電話台の埃だ。

私は掃除が得意なほうではない。

電話台の上は、月に一度拭けばいいほうだった。

六月の電話のあった翌朝、その埃に、手の跡がついていた。

私の手ではない。

小さかった。

指の付け根から先までが、私の人差し指くらいしかない。

その跡は、電話台の縁を、内側からつかむような形についていた。

台の下から手を伸ばして、縁を握った形だ。

私は雑巾でそれを拭いた。

拭きながら、手が震えた。

震えた理由は、跡そのものではない。

その高さだった。

床から電話台の縁まで、七十センチほどある。

あの跡の主は、立ってその縁をつかんでいた。

私は電話台の裏を覗いてみた。

板の合わせ目に、細く鉛筆の字があった。

「三」

ただの数字だった。

誰かが工事のときに書いたものだろうと思った。

三年目の六月、また鳴った。

私はその頃には、六月になると少しだけ身構えるようになっていた。

「ママ?」

「違いますよ」

切れる。

その晩、洗い物をしながら、私はようやく一つのことに気づいた。

受話器の向こうに、音がない。

テレビの音も、車の音も、風の音もしない。

子どもが一人で留守番をしているなら、ふつうはテレビくらいついている。

あの声だけが、無音の中に浮かんでいた。

三年目のその晩から、私は時計を気にするようになった。

台所の壁掛け時計が、少しずつ遅れる。

電池を替えても、一年で十二分ほど遅れた。

翌年も、十二分だった。

電池の減り方でそうなるものだろうかと思ったが、時計屋に持っていくほどのことでもない。

ただ、六月の電話がかかってきた時刻だけは、正確に憶えている。

時計は、いつも二時十二分を指していた。

三年とも、同じだった。

遅れているはずの時計が、同じ時刻を指す。

それはつまり、実際の時刻のほうが、毎年ずれているということだった。

翌朝、私は管理人室へ行った。

管理人さんは七十くらいの女の人で、いつも編み物をしていた。

「四〇二の電話に、毎年同じ時期に間違い電話が来るんです」

編み棒が止まった。

「なんて言うてくるね」

「ママ、って。それだけです」

「あんた、名前は言うたね」

私は、質問の意味がわからなかった。

「名前って、私のですか」

「そう。名乗ったかね」

「いえ。違いますよ、としか」

管理人さんは、しばらく編み物に目を戻して、それから短く言った。

「ええよ。名乗らんかったら、ええ」

私が理由を訊くと、その人は初めて顔を上げた。

「この棟ではね、電話に名乗らんことになっとるんよ」

「決まりですか」

「決まりというか、そういうもんよ」

そして、こう付け加えた。

「わたしがここの人の名前を訊かんのも、それと同じ」

その団地が建つ前、そこには溜池があったのだと、あとで知った。

農業用の池で、造成のときに埋められた。

市の図書館に、造成前の航空写真があった。

三号棟のあたりが、ちょうど池の北の端にあたる。

郷土資料の薄い冊子に、その池についての記述が二行だけあった。

この池は昔から「呼び池」と呼ばれ、夕方に子どもの声で人を呼ぶことがあると言い伝えられた、と。

図書館の郷土資料室で、私はもう少し調べた。

造成前の地図には、池の南側に小さな祠の記号があった。

いまの三号棟の集会所のあたりだ。

集会所には、たしかに古い石が一つ置いてある。

子ども会の物置の裏で、誰も気にしていない石だった。

私はその石を見に行った。

字は風化していて、二文字だけ読めた。

「呼」と、あとひとつ。

もうひとつの字は、削られているように見えた。

削ったのが風なのか人なのかは、わからなかった。

資料室の司書に尋ねると、その人は少し困った顔をした。

「あのあたりの資料は、あまり残っとらんのです」

「二行しかないんですね」

「二行でも、残っとるほうですよ」

司書はそう言って、わずかに笑った。

私は、ばかばかしいと思った。

思いながら、その二行を手帳に書き写している自分がいた。

四年目の六月、私は少し変わっていた。

その春に、勤め先が変わった。

前の職場では、私は名字で呼ばれていた。

新しい職場では、下の名前で呼ばれた。

そんなことが妙にうれしくて、私はその頃、自分の名前を口に出す機会が増えていた。

電話に出るときも、うっかり名乗りかけたことが二度あった。

二度とも、途中で止めた。

止めながら、なぜ止めるのだろうと自分でも思った。

管理人さんの言葉が、頭の隅に引っかかっていたからだ。

その引っかかりが、あの年の六月には、ほとんど消えかけていた。

四年目の六月、電話が鳴った。

その年、私は少し疲れていた。

仕事も、生活も、うまくいっていなかった。

ずっと同じことを繰り返すのに飽きていた、と言ってもいい。

だから、いつもと違うことを言ってしまった。

「ママ?」

「……あなたは、誰?」

沈黙があった。

二秒か、三秒だと思う。

その沈黙の中で、私は生まれて初めて「無音」というものをはっきり聞いた。

耳の奥が痛くなるような無音だった。

そして、切れた。

それきり、電話は鳴らなくなった。

五年目の六月も、六年目の六月も。

私は、ようやく終わったのだと思っていた。

右隣の老人が、その夏に施設へ移った。

荷物を運び出す日、私は挨拶に行った。

老人は私の顔を見て、はじめて自分から口を開いた。

「あんた、まだおるんか」

「はい」

「六月は、どうな」

私は答えられなかった。

老人は頷いて、それから廊下の端の物干し場のほうを見た。

「あそこからな、裏の草地がよう見える」

「見えます」

「夕方に、草が揺れよるじゃろ」

「風が吹けば」

「風のない日もな、揺れよる」

老人はそれだけ言って、息子さんの車に乗り込んだ。

その日の夕方、私は物干し場から裏を見た。

草は揺れていなかった。

揺れていないことのほうが、なぜか怖かった。

七年目の春、私はその団地を出た。

引っ越しの前日、押し入れの天袋を空にしていて、奥から古い電話帳が出てきた。

私のものではない。

前の入居者、小久保さんが置いていったものだった。

ページのほとんどは白紙だった。

ただ、最後のほうの余白に、鉛筆の書き込みがあった。

日付と、短い言葉。

六月十四日、ママと言われる。答えず。

翌年の六月十一日、同じ。

その翌年の六月十六日、同じ。

そして四行目。

六月十二日、四回目。こちらから訊いてしまった。以後、鳴らず。

電話帳の書き込みには、続きがあった。

四行目の下に、日付のない一行が足してある。

筆圧が違っていた。

鉛筆の芯を、紙が破れるほど押しつけて書いてある。

「こちらの番号から、実家に電話が入っているらしい」

それだけだった。

私はその一行を、そのときは意味もわからず読んだ。

ただ、押しつけられた鉛筆の跡が、指に触れてざらついたのを憶えている。

私は、電話台の裏の鉛筆の字を思い出した。

あれは工事の印ではなかった。

小久保さんが、回数を数えていたのだ。

三回目まで数えて、四回目は書けなかった。

書く余裕がなかったのか、書く気がなくなったのか。

引っ越しの荷物をまとめながら、私は電話台をもう一度見た。

七年ぶんの傷と、拭き残した埃。

板の合わせ目の鉛筆の「三」は、まだ消えていなかった。

私はその横に、自分の指で四本目の線を引きかけて、やめた。

数える権利は、たぶん私にはない。

私は数えるのではなく、訊いてしまった側だ。

私は電話帳を持って、管理人室へ行った。

管理人さんは、表紙を見ただけで、中を開こうとしなかった。

「あんた、訊いたね」

私は答えられなかった。

「訊いたんじゃね」

「……四年目に、一度だけ」

管理人さんは編み物を膝に置いて、長いこと窓の外を見ていた。

三号棟の裏には、まだ低い草地が残っている。

そこが、埋めた池のいちばん深かったところだと聞いた。

「名前を訊くいうんはね」

その人は、ゆっくり言った。

「こっちが、相手を憶えるということよ」

「はい」

「憶えたら、繋がるが」

私は、その意味を、まだ半分も理解していなかった。

「小久保さんは、どうされたんですか」

「よそへ移られた」

「その後は」

管理人さんは編み棒を持ち直して、それきり何も言わなかった。

私はいま、隣の市のマンションに住んでいる。

固定電話は解約した。

携帯の番号は、団地にいた頃から変えていない。

この五年、私の電話は、一度もあの手の着信を受けていない。

だから、終わったのだと思っていた。

先月、実家の母から電話があった。

母は七十八で、耳が遠い。

用件が終わったあと、母がふと言った。

「あんた、うちに何度も電話かけてくるじゃろ」

「かけとらんよ」

「かけとる。着信に、あんたの番号が出とるもん」

私は、少し笑った。

母がまた何か勘違いをしているのだと思った。

「出たら、なんて言いよるん」

母は、こともなげに答えた。

「ママ? って、それだけ言うて切れるんよ」

私は、その場で母の携帯の着信履歴を確認してもらった。

私の番号だった。

間違いなく、私の番号だった。

私の携帯の発信履歴には、その通話が一件も残っていない。

日付を聞いて、手帳と照らし合わせた。

一件目が、去年の六月。

二件目が、今年の六月。

母は「三回目もあったかね」と言って、まだ数えていなかった。

私は母に、ひとつだけ頼んだ。

誰からかかってきても、絶対に、相手に名前を訊かないでほしい。

「なんでね」

「憶えられるけん」

母は「よう意味がわからん」と笑った。

笑いながら、わかった、と言った。

母の家の電話に出た人の話も、あとで聞いた。

母が留守のとき、たまたま来ていた叔母が受話器を取ったのだという。

叔母は、母とは声がまったく違う。

それでも相手は「ママ?」と言ったそうだ。

叔母は「違うよ」と答えて切った。

叔母は、相手に名前を訊かなかった。

訊かなかったから、叔母のところには何もない。

私はそれを聞いて、少しだけ安心した。

安心して、それから、もっと怖くなった。

作法が効くということは、あれが作法の通じる相手だということだ。

あの団地は、去年の秋に取り壊された。

更地になったところを、一度だけ見に行った。

三号棟の基礎が抜かれて、裏の草地との境目がなくなっていた。

境目がないと、どこまでが池だったのか、もうわからない。

重機の轍に、水が溜まっていた。

六月でもないのに、私はその水面を長いこと見ていた。

子どもの声はしなかった。

そのかわり、帰り道でずっと、誰かに名前を呼ばれかけているような感じがあった。

呼ばれかけて、途中でやめる感じだ。

やめてくれているうちは、まだ大丈夫なのだと思っている。

あのとき管理人さんが名前を訊かなかった理由が、いまはわかる。

あの人は、私を守ってくれていたのではない。

覚えない、という作法を、ただ守っていただけだ。

そして私は、四年目の六月に、その作法を破った。

私は相手に名前を訊いた。

訊いたから、繋がった。

繋がったものは、電話を替えても、番号を替えても、たぶん切れない。

いまも、六月になると、実家の母のところに私の番号から電話が入る。

私はそのたび、自分の発信履歴を確かめる。

何も残っていない。

それでも、確かめずにはいられない。

あの日、電話の向こうにいたものが「ママ」を探していたのだとしたら。

いま、私の番号で母を呼んでいるものは、いったい何を探しているのか。

私は、それだけがわからない。

訊けば、たぶんわかる。

けれど、二度と訊かないと決めている。

怖い話・不思議な体験・都市伝説まとめ|ミステリー

ミステリーを応援する

読んでいただけるだけで、十分に励みになります。
当サイトは個人で運営しており、いただいたご支援はサーバー代やドメインの維持費に大切に使わせていただきます。

¥240 の一度きりのお支払いで応援いただけます。
お礼として、以後ずっと広告を非表示にいたします(継続課金はありません)。

くわしく見る →

メンバーなのに広告が表示される方

ブラウザを変えた・Cookieを削除した場合は、登録のメールアドレスを入力してください。