ムシリ

公開日: ほんのり怖い話 | 長編

寝室(フリー背景素材)

私の家系の男は全員『ムシリ』という妖怪が見える。

正確には、思春期頃に一度だけ会うものらしい。

おじいさんの話だと、夜寝ていると枕元に現れ、家系の男の髪の毛を毟り、食べるのだという。

それは数十分間、ひたすら髪を毟って食べるらしいが、その間は痛みもなく、ただ抜かれる感じだけは分かるらしい。

朝起きると枕元には無数の髪の毛が落ちており、一度食べられると二度と出て来ない。

髪を毟られるせいか、私の家系の男はみな、20代から禿げるみたい(遺伝かもしれないけど)。

私は女なので気にするなと言われたけど、弟は必ず会うから注意しろ、と言っていた。

何を注意するかと言うと、髪を抜かれている間は消して動くな、気付かない振りをしろ、ということだった。

先祖で一人、抜かれている間に逃げ出した男の子が原因不明の病気で死んだからだそうだ。

ただ、来ても逃げたりせずにじっとしていれば良い、儀式のようなものだ、とおじいさんは言った。

その話を聞いた弟は、妖怪を見ることより、若禿が確定したことがショックだったようだ。

そこで、中学に入ったと同時に弟は毟られないようにと、頭を丸めた。

おじいさんは、それに対して

「昔はみんな頭を丸めていたし、意味ないぞ」

と言っていた。

結局、弟はそのまま髪の毛を伸ばすことにしたようだった。

私たちの父も昔『ムシリ』に出会ったらしく、若禿だった。

父は20代だった頃は禿げていることにコンプレックスを感じていたらしく、カツラを着けていたそうだ(実際、私たちが赤ん坊の頃の写真の父は髪の毛があった)。

ある日、父は弟に

「ムシリに会ったら、このカツラはおまえにやるよ」

と言って、和箪笥の中のカツラを見せてくれたらしい。

そして、そのカツラが弟を大変な目に遭わせるのだった。

中学に入り数ヶ月経ったある日の朝、弟が興奮しながら私に言ってきた。

「姉ちゃん、絶対言うなよ!昨日『ムシリ』がきた!!」

私も驚き、

「見たの? 怖かった? 大丈夫??」

などと質問攻めにしたが、弟は

「違うんだよ、姉ちゃん!俺、追い払った!!」

と答えた。

弟は小学生の頃から喧嘩っ早かったので、

「殴ったの?」

と聞くと、弟は得意気に

「違うよ。これ使った」

と言って、父のカツラを見せてきた。

どうやら、弟は父の話の後すぐにカツラを拝借し、中学生になってからずっとカツラを被って寝ていたそうだ。

弟は続けた。

「怖くて姿とか見えなかったけど、間違いない。誰かに抜かれた!!

でも抜かれたのはカツラの髪で、俺は一本も抜かれなかった。感触も無かったし!

1時間ほどカツラの髪を抜いて、消えて行った!

怖さより『勝った!』という気分でいっぱいだった。

子孫にはこの方法を伝授しないと」

と、興奮気味に話してくれた。

その時は私も『騙したんだ、弟すげーなー』としか思っていなかった。

それから一ヶ月後に事態は一変した。

弟が授業中に頭痛を訴え、そのまま気を失ってしまった。

病院に連れて行かれ、CTやMRIなどの検査をしたが理由は判らず仕舞い。

医者には、

「このまま意識を取り戻さない可能性がある。容態も安定しないので覚悟してください」

と言われた。

私はその時『ムシリ』の件など忘れていたが、田舎からおじいさんが見舞いに来てくれて、ふと、そのことを思い出した。

そして、おじいさんに弟の話を隠さずに明かした。

おじいさんは、

「馬鹿なことをしおって」

と呟き、病室から出て行った。

おじいさんはうちの家系が古くから馴染みのある神社の神主様に電話したらしく、2時間ほどして神主様が病院にやって来た。

神主様とおじいさんが数分話をした後に、神主様以外は全員病室の外に出された。

父は無念そうに顔をしかめ、母は泣いていた。おじいさんは病室の外で念仏を唱えていた。

その時、何も知らない看護婦さんが、病室のドアを開けてしまった。

父はすぐに事情を説明し、検診時間を30分ほどずらしてもらったが、私は開いた時に見てしまった。

祈祷する神主様の正面で、弟が自分で自分の髪の毛を毟っていたのだった。

ドアが開いても、神主様も弟もこちらを見る様子もなく、弟は焦点が定まらず、ブチブチと短い髪を引き抜いている。

その間2、3秒だったが、怖さが弟を心配する気持ちを上回ってしまい、逃げるように待合室まで離れてしまった。

結局、弟は自分の髪の半分は引き抜いてしまっていた。

神主様は、

「もう大丈夫、ムシリ様は帰られた」

と言って、帰って行った。

その後、弟はすぐに意識を取り戻し、一週間ほどで退院した。

退院後、弟に話を聞くと、

「あの時、頭の中に虫のような小さな生き物がいっぱいいたんだ。

虫が頭いっぱいまで広がって、自分が自分でなくなる感じがしてきて、

気持ち良いような気持ち悪いような、嬉しいような悲しいような感情が押し寄せてきて、

寝たら楽になるかな~って考えてたら、頭にビシッと衝撃がきて(これは多分神主様のお払い棒?)、

ふと頭の上を見ると、人間の形だけど人間じゃない何かが俺を見下ろして、一心不乱に髪の毛を毟ってた…。

その時はずっと『ごめんなさい、ごめんなさい』って謝ってた。

目が覚めたら、髪の毛が無いからびっくりした…」

と話してくれた。

結局、弟の奇行も無かったことにされて、病気の理由も判らず仕舞い。

おじいさんは、

「もう安心だ」

と言っていた。

何故、うちの家系でそういうことが起きるのか、それは判らない。

何故、男にしか見えないのか?

虫のようなものは何なのか?

そして『ムシリ』とは一体何なのか?

関連記事

竹藪(フリー写真)

佐々間のおばちゃん

子供の頃は両親が共働きだったので、うちには幼い俺の世話をする『佐々間のおばちゃん』という人が居た。 おばちゃんはちょっと頭が良くなかったせいか仕事は持たず、自分ちの畑とうちのお手…

祖母のしたこと

私の一番古い記憶は3歳。木枯らしの吹く夕方、一人でブランコを漕いでいるところ。 手も足もかじかんで、とても冷たい。でも今帰れば母に叱られる。祖母に迎えに来て欲しい、ここはいつも来…

じいちゃんの話(長編)

これは俺が10年以上前に体験した話。 当時、俺は田舎にある実家に住んでいた。 実家は古くから立つ日本家屋ではあったが、辺り一面に田んぼがあるほどのド田舎という以外は、ごく普…

住宅(フリー写真)

苦労かけるな

夜に2階の自室で、一人で本を読んでいた時のこと。 実家は建てた場所が悪かったのか、ラップ現象が絶えなかった。 自分は単に家鳴りだと思っていたのだが、その日はポスターから音が…

浅間神社の氏神様(宮大工4)

とある秋の話。 俺の住む街から数十キロ離れた山奥にあるA村の村長さんが仕事場を訪れた。 A村の氏神である浅間神社の修繕を頼みたいという。 A村は親方の本家がある村であ…

優しい抽象的模様(フリー素材)

兵隊さんとの思い出

子どもの頃、いつも知らない人が私を見ていた。 その人はヘルメットを被っていて、襟足には布がひらひらしており、緑色の作業服のような格好。足には包帯が巻かれていた。 小学生にな…

義理堅い稲荷様(宮大工9)

晩秋の頃。 山奥の村の畑の畦に建つ社の建替えを請け負った。 親方は他の大きな現場で忙しく、他の弟子も親方の手伝いで手が離せない。 結局、俺はその仕事を一人で行うように…

見えない壁

数年前の話。 当時中学生だった俺は雑誌の懸賞ハガキを出すために駅近くの郵便局に行く最中だった。 俺の住んでる地域は神奈川のほぼ辺境。最寄り駅からまっすぐ出ているような大通り…

すたか駅

消えた駅『すたか』と提灯の山

それは、ある晩のことだった。 京都駅からJR線に乗り、長岡京へ向かっていた私は、仕事疲れもあってか、ついウトウトと居眠りしてしまった。 気づいたときには、電車はすでに見知…

ハコマワシ(長編)

半年くらい前、怖い体験をした。心霊現象ではないが、かなり気持ち悪い体験だ。長くなると思うから適当に読み流してくれても構わない。 中学生だった頃、俺のクラスに霊感少女がいた。家が神…