あやこさんの木

公開日: 怖い話 | 長編

校庭(フリー写真)

私が通っていた小学校に、あやこさんの木というのがあった。

何という種類かは分からないが、幹が太く立派な木だ。

何故、あやこさんの木と言うのかは判らない。

みんなそう呼んでいたが、由来は誰も知らない。

そんな名前の木だから、あやこさんの木には色々な怪談があった。

あやこさんの木の下には、あやこさんが埋められているとか、あやこさんが首吊りをしたとか、夜中にあやこさんが枝に座っていたとか。

そのあやこさんの木が切られることになった。

整地されたグラウンドには不釣合いな木だし、100メートル走のスタート位置のすぐ後ろに立っていて、体育の時間や運動会の時はかなり邪魔になっていた。

あやこさんの木が切られる日は、危ないから休み時間に校庭で遊ぶのは禁止され、体育も体育館で行われることになった。

授業中にチェンソーの音が聞こえ、そのチェンソーの音が木を切っている音に変わった瞬間、

「ぎゃああああぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁ」

という凄まじい叫び声が聞こえた。

男なのか女なのかも分からないほど歪んだ声。

どこから聞こえて来るのか分からない。

教室から聞こえて来るようにも思えるし、遠くから聞こえて来るようにも思える。

先生はすぐに授業を中断し廊下に出て、他の先生と話し合いを始めた。

その間もずっと叫び声は続いている。

数分経って、校庭に避難することになった。

避難している最中も叫び声は聞こえる。

叫び声は学校中に響いていて、やはりどこから聞こえて来るのか分からない。

校庭に避難してからも、学校の中から叫び声が聞こえる。

暫くしてあやこさんの木が切り倒されると、叫び声は止んだ。

その日は何も持たずに、そのまま集団下校をすることになり、夜になって保護者説明会があり、次の日は休校ということになった。

保護者には、誰かが放送室に侵入して悪戯をしたと説明したらしい。

翌日に友達と学校へ行ってみたが、校門は閉じられていて中に入れない。

道路から校庭が見えるので、あやこさんの木を見てみると、大人が何人か居て、切り株になったあやこさんの木の周りを白い紐で囲っている。

どうもお祓いをやっているようだ。

その日の夜、スイミングスクールの帰りのことだ。

自転車で学校の前を通り、何気なく校庭のあやこさんの木を見ると、あやこさんの木の切り株に女の子が座っているのが見えた。

うちの小学校は一箇所だけ夜間照明があり、それがあやこさんの木のすぐ側にある。

だから遠いが結構はっきりと見える。

間違いなく女の子が切り株の上で体育座りをしている。

夜の22時過ぎだ。こんな時間に女の子が、あやこさんの木の切り株に座っている。

あやこさんだ。間違いなくあやこさんだ。

恐怖もあったが、明日はこの話題で持ちきりになるだろうという嬉しさの方が強かった。

早く家に帰ろう、そう思い自転車を漕ぎ出すと、市内放送が流れた。

こんな時間に市内放送が流れるなんて滅多にない。

自転車を止めて聞いていると、どうやら小学生の女の子が行方不明になっているらしい。

小学生の女の子? さっきの切り株に座っていた女の子が頭を過った。

あの子かな? でも、何であんなところに座っているんだろ?

正直かなり怖かったが、女の子を見つければヒーローになれる。

その誘惑に勝てず、一人で校庭に忍び込むことにした。

校門の前に自転車を停めて、校門をよじ登り飛び降りた。

その瞬間にゾクッという悪寒が走った。

ただでさえ夜の学校は怖いのに、その上、あやこさんの木の切り株の上に女の子が座っている。

どうしようか迷った。一度家に帰って親と一緒に来ようか?

でもやはり一人で見つけたかった。

校門からあやこさんの木まで、100メートルちょっとある。

ビクビクしながらあやこさんの木に近付いて行った。

女の子は顔を伏せて、切り株の上で体育座りをしている。

異常な光景を目の当たりにして、声を掛けることが出来なかった。

ここまで来て引き返そうかとも思った。

それほど目の前の女の子が怖かった。

でも足が動かない。

1分ほど黙って女の子の前に立っていたが、意を決して

「どうしたの?」

と声をかけた。

女の子は顔を伏せたまま、

「…たの?」

と言ったが、ボソボソと話して聞こえない。

「え?」

と聞き返すと、

「どうして切ったの?」

と訊いて来た。

あやこさんの木のことかなと思ったが、私にどうしてと言われても分からない。

答えられずにいると、女の子はゆっくりと顔を上げて私を見つめた。

普通の女の子だ。

だが、女の子の顔が怒りの表情に変わって行く。

立ち上がって切り株から降り、近付いて来た。

逃げ出したかったが、やはり恐怖で足が動かない。

女の子は私の目の前で止まり、

「どうしてだーーーーーーーー」

と叫んだ。その瞬間に、

「あ゛あああああああぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁ」

という、あの歪んだ声が学校から聞こえて来た。

学校の窓は全て閉めてあるが、声が漏れて聞こえて来る。

あまりのことに、私は女の子を突き飛ばし全速力で逃げた。

校門まで遠い。

振り返りたい衝動に駆られたが、絶対に振り返ってはいけない気がして、とにかく全力で走った。

走っている最中も、学校からはあの声が聞こえる。

校門の前にパトカーが停まっているのが見えた。

助かった。涙が出そうなほど嬉しかった。

「助けてーーーー」

と夢中で叫んだ。

警官が、

「どうした? 何があった?」

と聞いて来ても、泣いて答えられない。

何人かが校庭に入って行き、女の子を抱えて出て来た。

パトカーの中で落ち着かせてもらって、やっと話せるようになり、ありのままを話した。

信じてくれたかどうかは分からないが、校庭に入った警官は、学校から聞こえて来たあの声を聞いているはずだ。

あの女の子はやはり行方不明になっていた女の子だったようで、母親が泣きながら女の子を抱き締めている。

私は夜も遅かったので親に連絡をして呼んでもらい、一緒に帰った。

翌日は土曜日だったこともあり、学校を休むことにしたが、昼過ぎに

「またお祓いをするから、一緒にやってもらった方がいいんじゃないか」

と担任に言われ、昼過ぎに学校へ行くことにした。

あの女の子も同じ小学校の下級生で、お祓いをしてもらうために親と一緒に学校へ来ていた。

少し話をしたが、私のことを覚えていないどころか、昨日の記憶が殆ど無いらしい。

校長も教頭も、小学校の先生がほぼ全員一緒にお祓いを受けた。

何だか葉っぱの沢山付いた樹の枝みたいなので、頭をバサバサやられたりしたのを覚えている。

お祓いが効いたのか、それからは何も起こらなくなった。

先生達にあやこさんの木について聞いてみたが、何も知らないと言う。

昔からある木だから、何かが宿っていたのかもしれない。

あの小学校の前を通る時は、今でも偶にゾクッとする。

見ない方が良いと分かってはいるが、あの切り株を見てしまう。

もう何の変哲もない、ただの切り株になっていることを願う。

関連記事

みょうけん様

うちの地元に「○っちゃテレビ」というケーブルテレビの放送局があるんだが、たまに「地元警察署からのお知らせ」というのを流すんだ。 どこそこのお婆さんが山に山菜を採りに行って行方不明…

地厄(じんやく)

今から25年前の小学3年生だった頃の話。 C村っていう所に住んでたんだけど、Tちゃんっていう同い年の女の子が引っ越してきたんだ。 凄く明るくて元気一杯な女の子だったんで、こ…

山

土着信仰

俺の親の実家の墓には、明治以前の遺骨が入っていない。 何故かと言うと、その実家がある山奥の集落には独自の土着信仰があり、なかなか仏教が定着しなかったから。明治まで寺という概念すら…

マリエ

うちの近所にまことしやかに囁かれている「マリエ」というお話です。 オッチャンは焦っていた。今日も仕事の接待で深夜になってしまった。いつものT字路を曲がるとそこには古びた神社があっ…

空き家

赤い鞠

これは私が小学生の頃の話です。 家の近所に一軒の空き家がありました。 その家は昔旅館を経営していた様子で、山奥の長い一本道を上って行くと突然現れるその家は、小学生が誰しも…

パンドラ(長編)

私の故郷に伝わっていた「禁后」というものにまつわる話です。 どう読むのかは最後まで分かりませんでしたが、私たちの間では「パンドラ」と呼ばれていました。 私が生まれ育った町は…

白い顔の女

大学時代の友人、藤本の話をします。藤本は入学当初から賑やかで遊び好きな男でした。 その藤本が2年の春から大学の近くにアパートを借りて、一人暮しを始める事になったのです。 晴…

地下のまる穴(長編)

これは17年前、高校3年の時の冬の出来事です。 あまりに多くの記憶が失われている中で、この17年間、僅かに残った記憶を頼りに残し続けてきたメモを読みながら書いたので、細かい部分や…

峠

かんのけ坂

今年の2月に起きた本当の話。 大学4年で就職も決まり、学校生活も落ち着いたので、念願の車の免許を取るべく免許合宿に行ったんだ。 俺の地元は近畿なのだが、合宿場所は中国地方だ…

村の風景(フリー素材)

朽縄(くちなー)様

田舎に住む祖父は、左手小指の第一関節の骨がありません。 つまむとグニャリと潰れて、どの角度にも自由に曲がります。 小さい頃はそれが不思議で、「キャー!じいちゃんすごい!なん…